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第四十六話 おっぱい星人、交易都市入りする


「そういえばディカップってどんな街なんです?」

 キャンプ中にミルヒアがバリエラに尋ねた。現在地はエルブレスト東の三叉路をさらに聖都側に3日ほど進んだところだ。程なく北向きの分岐が現れ、それを2日ほど進むとディカップとなる。

 聖都にはかなり近い位置にあるのだ。いや、聖都に近い位置だから交易都市として栄えたのだろうか。


 ちなみにキャンブ地は街道を少々離れた場所にライラとラックごと馬車を守れる小規模な陣地を設えてある。だんだん暖かくなって来た上に人通りの多い街道なので、派手な簡易建築は思い留まらせた。砂霧と氷鞠が拗ねたフリをしてるからさっきからずっとフニフニケアをしている。


「でっかい街ですよ。北東部からの農作物や特産品が運河経由で集まってる街なのです。王都よりはるかに広いのですよ」

「想像もつきませんわね」

 プニルがチーズ巻き焼き餅を咥えながらぼやく。


「プニルは行ったことないのか?」

 お嬢様だろうに不思議だったので聞いてみたら、むしろ不思議そうに聞き返された。

「特に用事もないのに他の街に行くはずもないでしょう?」

「まさか王都にまで行くことになるとは思いませんでしたねえ」

 ミルヒアがしみじみと言う。


「冒険者なら護衛とかで遠出とかしないのか?」

「中にはそういう仕事を専門で受けてる人たちもいますけど」

「護衛を雇えるような人たちって普通に自分が強いんですわ」

「ああ」


 なるほど、実力本位(物理)社会だった。身を守るべき高貴な存在なら狼藉者など片手間に蹴散らせるのだろう。

 たしかにローレリアやスリザリア、パンプローヌが護衛を必要としてるとはとても思えない。


「じゃあなんで逆に護衛の仕事が存在するんだ?」

 火のそばで丸くなってた灼狩が不思議そうに聞いてきた。

「主な依頼人は、やっぱり商人とかですね」

 火にかけた餅をひっくり返しながらデホネア。

「個人ではなく積荷を守ったり、馬車をトラブルから守ったりするのに雇われます」

 ちらりと氷鞠を見て

「乳製品を凍らせて腐敗から守るのも広義では護衛になりますね」

「ああ、あれ護衛だったんだ」

 フニフニ中の氷鞠がぽやぽや顔で反応した。

 実際に残暑の概念におっぱいが生えて襲いかかってくる世界なのだから、あながち間違ってないのかもしれない。


 灼狩はまだ納得してないようだった。

「じゃあ逆にもっと護衛の仕事が多くなくちゃ変じゃないか? 商人とかいっぱいいるだろ?」

「だから武装商会があるのですよ」

 バリエラが疑問に答える。

「いつ確保できるかわからない冒険者と違って、特定の街道を知り尽くした専門家が定期的に荷物を護衛するのです。護衛の貸出で成り立ってる商会もあるのですよ」

「人間もよく考えるな」

 灼狩が感心とも呆れともつかないため息をついた。


「ならブラーレス商会ってのはどんななんだ?」

 気になったのでついでにバリエラに聞いてみる。

「ブラーレスは流通をしながら自分のとこ専用の護衛団を組織してる商会なのです。それも最大手ですね。武装した商会、という意味では正しく武装商会そのものなのです」

「厄介そうな連中ですわね」

「厄介なのですよ」


 バリエラは炎を見つめた。


「ほんとに、厄介なのです」


    *    *    *


 交易都市ディカップに続く主街道はさすがに人の流れが多かった。何台もの交易馬車とすれ違った。その中には当然BLマークを刻んだものもある。

 逆に言うなら、これだけの交易馬車が通っているのに、エルブレストに向かう馬車が明らかに少なかったということだ。やはり意思のある異常事態とみてよかった。


「ディカップに入るのには何か手続きとかいるのか?」

 バリエラに聞いてみる。バリエラは街が近づいてからメイクとセットを変え、軽く変装をしている。微妙に故郷帰りには思うところがあるらしく、俺たちも特には深くツッコまなかった。


「いえ? 中央のほうに行くとそれなりに警備がありますけど、基本は来るもの拒まず出るもの追わずの街なのです」

「それで防御とかは大丈夫なんですか?」

 ミルヒアが冒険者らしい真っ当な疑問をぶつける。

 バリエラは曖昧に笑った。


    *    *    *


「……なるほどな」

 丘の上から見れば一目瞭然だった。ディカップは巨大な同心円を幾重にも重ねた形状をしている。

 すでに屋根の色から違う。中心部の白壁石造りの建造物から明確な境界を引いて、徐々に建物の色がくすんでいく。最外周は明らかにスラムだ。

 無制限に肥大していった結果、外周部の人命がそのまま防護壁となっている街なのだ。


「聖都が近いからできる街づくりですわね」

 プニルが気に食わなそうに吐き捨てる。たしかに前線の砦となるエルブレストではこうはできない。

「これはさすがにものすごい街だね……」

 比較的感情の起伏の少ない砂霧が目を見開いている。

「こんなに広いとどこに行けばいいかわかりませんね」

 ミルヒアがおのぼりさん丸出しの顔で呆けている。


「実際これからどうするんだ?」

「とりあえずは街ののギルドに馬車を預けて、そこから各商会をあたるとしますわ」

「エルブレストのギルドからの紹介状もありますし、拠点は心配ないでしょう」

「馬車に積めるだけの食料を確保しつつ、各商会で大口の発注をかけて回るという流れでいきますわ」

「ブラーレス以外の商会だと、ワイヤール商会、ヌーブラン商会あたりが食料強いのです」

「さっさと片付けてアンティバストの調査に入りましょう」

 ミルヒアがふんすと気合を入れた。


 もちろんそんなにうまくは事は運ばなかった。


    *    *    *


「売れないってどういうことですの!?」

 ヌーブラン商会のカウンターをドンと叩くプニルにも、番頭の男はまるで動じもしなかった。

 先ほどまでは実に交渉はスムーズだった。番頭の男も柔和な態度で交渉に応じていたが、届け先がエルブレストと知れた途端にこれである。


「言葉通りの意味さ。エルブレストとは取引するなってブラーレスからお達しがあってな」

 番頭が壁を指さすと警告書らしきものが見える。エルブレストへの大口の食料取引を制限……?

「あんたらがどんな恨み買ったかは知らんが、ブラーレスが正式な仁義を通して申し入れてきた以上、こっちも応えなきゃいけない」

 番頭は無感情な瞳でこちらを見つめた。


「というわけでお引き取り願おう」

「……なら、小口の取引ならどうですの」

「お嬢ちゃん、猫の子一匹通すなって話で鼠ならよかろうってなると思うかい? ちょっとは考えて口を開きな」

「エルブレストには今本当に食料がなくなりつつありますのよ!」

「それはいい。もっと干上がればさぞ高値で取り引きができるようになるだろう」

「……っこのお!」

「待て待て待て待て」

 〈抜頭〉しかかったプニルの〈房珠〉を後ろから押さえ込む。気持ちはわかるが暴れてどうする。

 むう、魔力密度とともに〈房珠〉のボリュームが増してるな……実に良し、と別のことを考えている俺を番頭は面白そうに見上げた。


「兄ちゃん、そこの嬢ちゃんにもちゃんと教えてやれ。この街で相手をねじ伏せるのは力ではなくて金だってな」

「ああ、どうやらそうらしいな」

「ここは交易都市ディカップだ。荒事しか能のない田舎者はさっさと帰って故郷で芋でも掘れ」

「うーっ!」

「どうどうどうどうどう」

 もみゅもみゅもみゅもみゅもみゅ

 暴れるプニルを揉み落ち着かせて店を後にする。


    *    *    *


「あーーーもう腹立つっ! ですわっ!」

 悔しそうにギルドの円卓をバンバン叩くプニル。相当に力が入ってるのか卓についてる他のみんなの〈房珠〉まで振動で揺れている。楽しい。目に楽しい。


 ディカップのギルドは武装商談のお膝元とはいえ、さすがに街の規模に比例してかなりの大きさだった。全三階建てで上層が宿泊施設、一階がカウンターと酒場兼食堂のような構造になっている。俺たちはその隅のテーブルをひとつ占領していた。


「露骨に悪意を向けられましたねえ」

 ミルヒアは対照的にのほほんとしていた。考えたら裏路地(ストリート)育ちのミルヒアと違ってプニルは人間にここまで正面から悪意をぶつけられたことがないのかもしれない。変なところでお嬢様なのだった。


「これ、思ったより長引くんじゃないの?」

 言いにくいことを空気も読まずに奏鳴が言う。だが、それはその場の誰もが思っていたことであった。思案の唸り声が交差するも、どうしても皆さっきのプニルの興奮に引っ張られて過激な提案ばかり出る。すわ討ち入りも辞さぬかとなりかけたその時、冷静な声が上がった。

 

「わたしに提案があります」

 挙手をしたデボネアに注目が集まる。

「大店を介さずに、少々足は出ますが当座の食料をかき集めるプランです」

「聞きますわ、言ってみなさい」 

 プニルの言葉に、では、とデボネアが説明を始める。


「中心部の大店で仕入れをするのは不可能と見ていいでしょう、ならば、下町区画の小売りを回って食料を買い集めてしまいましょう」

 確かに、それなら割高ではあるが品そのものを集めることはできる。だが問題がある。

「やー、それで品物を集めて、運ぶのはどうするの? 馬車一台じゃ限界があるし、商会は使えないよ?」

「幸いここはギルドです。輸送の護衛は別途依頼を出してしまえばいいかと」

「あー、なるほどね」

 流石に他の冒険者に依頼を出すという発想は砂霧も思い至らなかったようだ。バックに都市レベルの資本がついているからできる荒業である。個人ではとてもできない。


「でも、肝心の仕入れができますか?」

「おそらく、相手はエルブレストから来た一行に売らないようにお触れを出しているのでしょう。もしかしたら一部私たちの特徴が出回っているかもしれません」

「じゃあ、結局無理じゃないですか」

「なので、メインにバスティアを使います。エルブレストや王都内ならいざ知らず、離れた街の小売りにまでいちいち男の従者の特徴まで出回ってはいないでしょう」

「それは……そうかもしれないですね」

 この世界では日々の買い物も大体男の仕事だ。たしかに無数にいる男の従者や小間使いを弾くのは大店ならともかく小売りまでお触れを出すことはできそうになかった。理には適っている。


 そしてこれがこの作戦の肝ですが、とデボネアは咳払いした。

「遠方からの冒険者と気づかれぬように、バスティアとそれぞれ誰か一人、まるでデートでもしているかのように交代で仕入れに行くのです。これを繰り返して必要な食料品を確保します」

「……それで誤魔化せるか? さすがに毎日違うペアで歩き回ってたら気づかれるだろう」

「徐々に目立ちはするでしょう。この作戦は最終的に敵を釣り出す意図もあります。悪意のある相手なら接触を図って来るでしょう。その間に他のメンバーも比較的自由に動けますから、買い出しと情報収集を並行して行うことも可能です」

「理には適っているが、かなり危険が伴う作戦に思えるが……」

「「「「「「「乗ったッ」」」」」」」

 俺の声はかき消された。


「ナイス作戦ですわデボネア」

「やるねー、いいアイデアだよ」

「アタシは今初めてバスティア様以外の人間を尊敬している」

「すごい、やりてきわまる」

でぼぼ(デボネア)策士ぃ」

「あら、あらあらあらうふふなのです」

「んんん、いいでしょう。ギリギリ許可します」


 皆好き勝手にデボネアのことを褒め称えている。


 これは……満場一致ということですね?

 結局そういうことになった。



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