第四十五話 おっぱい星人、山賊に出くわす
「オイィ、あんたら景気良さげじゃねえの。食い物も大層積んでるんだろ? 分けてくれねえかな」
山賊だった。
「なあ、あれって山賊か?」
「山賊ですよ。バスティア知らなかったんですか?」
「いや今まで見たことなかったからさ」
「即断は禁物ですわ。もしかしたら盗賊かもしれません」
「やー、そういえば山賊と盗賊の違いって何だろうね」
「そりゃ山に住んでるかどうかっしょ。ここはどっちかな?」
「ボクの見立てでは山3、森7」
「アタシ的には山5くらいあると思う」
「じゃあ丘賊なのですねえ」
「無視してんじゃねえええええええええええええ!!!」
ブチギレ気味の山賊さんである。ちなみに頭領と思われるのはDカップ〈房珠〉に火炎魔法の〈呪紋〉を宿した日焼けのまぶしい筋骨隆々のデカ女だった。そことなくモンタリウェを彷彿とさせるこの銀髪女は、実際大した相手ではない。
この世界では魔力が強いものほど魔力による肉体強化の比率も大きい。つまり強い魔力を持つものは体を鍛える必要がないのだ。そもそも強化の効率が高すぎるために半端なトレーニングでは負荷にならないらしい。もちろん例外はあるが、その例外はこんなところで山賊などしているはずがない。
王都聖都エルブレストの三差路を過ぎて二日目のあたりである。エルブレストの勢力圏に入った途端、今まで一度も出会わなかった山賊に俺たちは出くわした。
数はせいぜい20人ほど。そして明らかに他人を襲い慣れていない手腕だった。本職ならまず奇襲を仕掛けてくるはずだ。そして目当ての収奪物を口にはしない。つまりは、手加減して無力化しないといけない手合いだ。
「やー、バスティア、あれやるのかい?」
「今回の相手ならいい練習になるだろう」
俺はマインにもらったグローブを手にはめた。右手がヒヒイロカネ、左手がアダマンタイトだ。
「わかってると思いますけど、皆さん無傷で連行しますわよ」
「心得ている。ミルヒア」
「はいどうぞ」
ミルヒアが心得ていますよとばかりに〈抜頭〉した〈房珠〉を突き出した。
「ありがとう」
俺は感謝とともに右手で差し出されたミルヒアの〈房珠〉を揉む。
「男だ! 男がいやがるぞ! 男から狙え!」
案の定、山賊の多くは男である俺を狙って殺到してきた。もちろん全員〈抜頭〉していて、さすがに数が多い。素のままのおっぱい星人奥義なら押し切られてしまうところだが……
ミルヒアのぬくもりが残る右の手袋を握りしめ、念じる。
〈脚力強化〉
「速い!?」
「なんだ!? こいつ男の動きじゃねえぞ!」
無事に発動した身体強化魔法に〈笹流〉を合わせ、俺は迫りくる魔法と近接攻撃を次々かいくぐる。よし、不具合はないな。
俺は限定的にミルヒアの魔法を使っていた。これがヒヒイロカネグローブを着用して力を使った時の効果だった。もともと技を司る魔法金属と言われていたヒヒイロカネ越しに相手の魔力を掴んだ場合、相手の〈房珠〉のぬくもり……魔力の名残が残っている間限定で揉んだ相手の魔法が使えるのだ。もちろんあらかじめ〈呪紋〉は確認できていないといけないが、〈抜頭〉状態の乱戦なら、俺にとってはより取り見取りだ。
おっと、そろそろ魔力が切れる。手ごろな〈房珠〉は……このそばかすさんは〈反射神経強化〉が使えるのか。これをお借りしよう。
もみゅり
「ふあっ!?」
〈反射神経強化〉!
「だめだ! 背後から回り込んでも避けやがる!」
「くそっ! 当たりゃしねえ!」
連撃の回転をあげるも焦る一方の山賊さんたち。いやこれ君たちの仲間の魔法だからね。そばかすさんはもっと自分の才能に気づいて技を磨いたほうがいいぞ。
「埒があかねえ! てめえら退きやがれ!」
この声は頭領か。見れば巨大な〈火球〉を〈房珠〉の前に〈詠衝〉し終わっている。さすがにでかいな……時間を与え過ぎたか。しかしこれ味方ごと巻き込むつもりか? 俺を吹き飛ばしても女なら耐えられると思っての算段か。
「吹き飛べっ!」
やはり素人臭さを感じる。何も言わずに不意打ちで打ち込んでいたら当たりの目もあっただろうに。まあもっとも敵はこちらの手の内を知らないのだ。勝ったと思ってもそれを責めるのは可哀想かもしれない。
俺は左手を飛来する火球に突き出した。そして指を立て〈火球〉をまるごと揉みほぐした。
「なにぃ! 魔法を消しやがっただと!?」
アダマンタイトグローブの効果である。守りを司る魔法金属であるアダマンタイト越しに俺は魔法そのものを揉めるようになっていた。
もっともこれも限定的なもので、視覚的に俺が「揉めそうだ」と思った魔法しか掴んで揉むことはできない。氷毬の〈氷弾〉や灼狩の〈火矢〉は揉み潰せたが、奏鳴の〈惑乱音衝〉やデボネアの〈足絡み〉など、魔法で生み出された何かをモノとして認識できないものは触ることができなかった。
「バスティア、こちらはもう終わりましたよ」
デボネアがさっきのそばかすさんに〈酩酊〉をかけながら言った。
見れば山賊たちは頭領を除いて全員鎮圧されていた。さすがみんなだ。俺が遊んでる間にさくっと仕事を済ませていたらしい。じゃあこちらも仕上げに入るか。
「ちっきしょう!」
頭領が両手の拳に炎を纏わせて突進してくる。逃げずに向かってきてくれたのは助かるぜ!
俺は両手のグローブをオリハルコングローブに付け替えた。魔法金属オリハルコンは破邪を司ると言われている。乳揉む力と合わせたならば!
〈虎伏〉!〈点睛〉!
&揉み!
「ぐおぁっ!」
〈房珠〉を揉みあげられた山賊頭領は奇を失い、ゆっくりと地面に倒れた。
このグローブの効果は揉んだ〈房珠〉の魔力を軒並み枯渇させるという強力なものだった。弱点としては両手同時に装備して同時に揉まないと、二つの〈房珠〉の魔力を逃げ場なく消滅させることができないので他のグローブと組み合わせにくいという点だが、決まれば〈房珠〉持ち相手ならこのようにほぼ必殺である。
「まあ、お前らは襲う相手が悪かったよ」
「心外ですわ、確実に生きながらえさせてもらえる相手を襲ったのだから、相手がよかったというべきですわ」
突き出すように張り出した〈房珠〉には汗ひとつかかずに述べられたプニルお嬢様のお言葉だった。
* * *
「というわけで山賊が出たぞ」
「またか……ご苦労様じゃの」
以降何事もなくエルブレストに帰還した俺たちは、王からの手紙をスリザリアに渡し、ローレリアに山賊の報告をする。この双子、基本的にローレリアが内政、スリザリアが外交を担当しているらしく、二人で仕事の効率化を図っている。なので久しぶりの裏庭茶会ではあるが、王の手紙にかかりっきりのスリザリアは今席を外している。
ちなみに今日の茶菓子は王都から持ち帰った餅だ。それでは微妙に足りてないので、さっきから俺はリンゴを剥きまくっている。この半年でだいぶリンゴ剥きの腕あがってるな俺。
「またか、ということは最近残族の類が多いのですの?」
「じゃのう、春先からじわじわ増え続けておる」
ローレリアは忌々しげに土産の餅をかじった。
「ぶっちゃけると、食料が不足している。冬小麦の農場の被害が甚大なのじゃ」
「農場になにかあったのです?」
「アンティバストじゃい。奴め、都市部の侵入が難しいと知ったら、周辺の刈り入れ前の農地でノームを作りまくりおった」
「地味に最悪なことをしてきやがるな……」
「こっちが嫌がることを敵も適切にしてきますね……」
「おかげで周辺では一部住民が山賊まがいのことを始めてるというわけじゃ。理由が理由だけにするなと止めてどうにもならん」
「じゃああの山賊たちはどうするんですか」
「軽くおつむを〈洗濯〉して帰すしかあるまいの。少々〈教育〉も書き込むが」
さらっと怖いことを言っている。皆のちょっと引いた目つきに思うところがあったのか、ローレリアはプニルに提案した。
「それともデボ子やバリ子みたいにメイドにするか? プニルちゃん」
「ちょ、なんで山賊がメイドとかそういう話になるんですの」
「驚くことはないじゃろ。デボ子もバリ子も元々暗殺者だったんじゃし」
「「えええええええええええ!?」」
プニルとミルヒアの声が合唱する。
すっと顔を逸らすデボネアとバリエラ……マジか。
「なんじゃ、伝えとらんかったのかいデボ子」
「……特に話す機会がありませんでしたので」
「過去語りとかあんまししねーのです」
むすっとしている二人。そりゃまあさらっとぶちまけられて嬉しい話ではないわな。
構わずぶっちゃけ続けるローレリア。
「デボネアは王都の隠密屋、バリエラは交易都市ディカップで慣らした愚連隊上がりよ。他家に暗殺者として雇われたのを返り討ちにしてうちでメイドとして雇っとる」
衝撃、メイドさんの正体は忍者と極道だった。
「なんでそんな判断になったんだ……」
「そりゃあ効果的だからよ。敵目線で送り込んだ手練れが片っ端から返り討ちにあって相手の手駒になってるのを考えてみぃ。そのうちどこの家も馬鹿らしくなって暗殺者など送らなくなったわ」
「非公式とはいえ〈治智比べ〉の手順で負けていますからね……」
「よっしゃうちでメイドやれ、って命じられたら従うしかねーです……」
「ちょうどプニルちゃんの周りを固める荒事専用のメイドが欲しかったからの。渡りに船じゃったわい。デボ子はともかくバリ子は言葉遣いから仕込む必要があって難儀したがの」
ローレリアはからから笑った。
「懐かしい話をしとるの」
そんなところにスリザリアが仏頂面で現れた。そのままテーブルの上の餅を3つ掴んで一気に口に放り入れる。
それを見た聖獣たちからああ……と悲しげな声が漏れる。餅の供給がやはり芳しくないと知った聖獣たちは餅に関してはお互い保護協定を結んで大事に食べているらしい……知らんけど。
「王からの手紙を読んだうえで、最近の交易の流れを洗ってみたら、ろくでもない傾向が出たわ」
スリザリアはどかっと席について注がれた紅茶を一気飲みした。
「街に入ってくるブラーレス商会の食料品目が春先から激減しとる」
「それは、山賊の影響じゃなくてですか?」
「食料以外の品目は前より多いくらいじゃ。食料だけ減っとる」
「つまり、意図的に絞っているってことか?」
「じゃの。それも、アンティバストが農地荒らしを始めたころからじゃ」
……
「……まさか、連動していると?」
「どちらかが先でもう片方が便乗しているのかもしれん。即断はできんが、偶然と放置しておくわけにもいかん。確実なのは」
スリザリアはため息をついた。
「アンティバストだけでなく、ブラーレス商会から致命的な悪意を向けられているということじゃ」
「フリントの件もあるからの。責めるわけではないが、心あたりがないとは言えん」
工作されるだけの時間は……確かにあった。あれから一月半以上の時間が流れている。
なんとも気まずい雰囲気になった俺たちを察したのか、ローレリアが明るい声で言った。
「しかし、これはもしかしたら好機かもしれん。もしかしたらアンティバストのしっぽを掴むチャンスやもしれんぞ」
「どういうことだ?」
「一通り畑を荒らしたアンティバストは最近周辺をうろついておらんのだ。周辺を派遣巡回する冒険者を増やしたこともあるがの」
「もし、ブラーレスとアンティバストが関係しているなら、アンティバストは今ディカップにいる可能性はある」
「なるほど……最低でも痕跡が掴める可能性はあるな」
「じゃの。行ってみる価値はあると思うぞ」
双子はうんうんと頷いた。
「ついでに言うなら他の商会相手に食料の買い付けをお願いしたいのじゃ」
「土地勘ならバリ子が明るいじゃろ」
「穀物中心に多めに買い付けてきてほしいの」
「……もしかしないでも、そっちが本題だな?」
返事代わりに、双子は悪びれもせずに妙にかわいらしいお願いポーズで上目遣いで見つめてきた。
バリエラはもうツッコむ気力すらないようだった。
なんにせよ、街の食糧事情は改善しなくてはならない。
次の目的地は交易都市ディカップだ。




