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第四十三話 おっぱい星人、餞別をもらう


 喝采が冷めやらぬ評議会場から人がはけ、俺たちが制御室を出るにはかなりの時間を要した。

 実験成功と同時に、温度差で炉も砕けよとばかりに氷鞠の〈冷却〉を全開にし、ミルヒアの送り込んでくれる酸素で息を潜める。お土産にサンプルのオリハルコン糸をもらってほくほく顔で品評会員が引けたころには、結局昼をだいぶ回った時間になっていた。


「もう大丈夫だ! やったなキミたち!」

 マインが制御室の扉を開けで入って来たときには俺たちはフラフラになっていた。氷鞠が作ってくれた氷を舐めてなければ本気で命に関わっていたかもしれない。狭い密室で汗でぬるぬるの女の子3人と密着して過ごすというのは……コレお金払わないでいいやつですか? ほんとに? 


「どろどろの、びしゃびしゃ」

「くしゅん」

「ああ、お疲れさま。本当に助かった。ありがとう。氷鞠、灼狩」

「うへへ」

「やりました」

 汗で水を被ったみたいになってる氷鞠と灼狩を受け取ったタオルでわしわしと拭ってやる。二人はこの作戦の文字通り心臓部だった。どれだけ労っても足りない。

 というかこれ二人を労ってるように見えて、俺的にはただのご褒美だよね? 汗で濡れた〈房珠〉も素晴らしかったが、汗を拭ってほんのり上気した〈房珠〉が荒い息とともに上下している景色もまた至高ですよ。雨上がりにデュアルそびえる夕暮れの富士。あの世に行ったら鉄棒ぬらぬら先生に浮世絵にしてもらおう。


 ふと、振り返る。バリエラがじっとこっちを見ている。体を拭く様子もない。

「バリエラ?」

「……」

「そのままだと風邪引くぞ?」

「……」


 観念する。他には聞こえないように、そっと耳元でささやく。


「お姉ちゃん?」

「はいです」

「体を拭いたほうが……」

「私には、してくれないのです? それ」


 じっと氷鞠と灼狩を見ている。

 されたかったのか。え、いいのか? 


「どうぞこちらに」

「よきにはからえ、なのです」


 それならば やらせてもらうが おっぱい星人(バスティアン)


 いや、それ抜きにしても今回はバリエラには文字通りおんぶにだっこになってしまった。バリエラの体をタオルでぬぐいながら思うことは感謝の念である。まあそれはそれとして〈幻照〉はさせていただく。さっきまでしっかり目では観察できなかったからね……でもこの谷間に俺の頭が収まっていたのか……でけえ……

 雑念にとらわれながら丁寧に肩をぬぐっていて気が付く。

 目立たないが、細かい傷がある。それも古傷だ。少なくともお嬢様が身に帯びるようなタイプの傷じゃない。

 裏路地(ストリート)の流儀……か。バリエラの過去に何があったのだろう。


「どうしましたです? バスティア」

「いや、なんでもない、今日はありがとう。お姉ちゃん」

「いいのですよ」

 バリエラは上機嫌そうに見えた。でも、どこか寂しげでもある。


 やめておこう。

 俺だって過去など語りたくはない。ただ今目の前にいる彼女たちがいればいいのだ。


「バスティア! まずは自分の体を拭いてください!」

 ミルヒアがタオルを押し付けてきた。

「そもそも男のバスティアが一番貧弱なんですからね! 片付けはいいから温泉に入って汗流してきてください!」

 たしかにその通りだ。体調管理系の基礎魔法がない俺が一番風邪を引く可能性がある。なにせまだ春というには寒すぎる季節だ。ここで倒れたらみんなに迷惑がかかる。


    *    *    *


 急ぎ足で品評会場を出ようとする通路の先に、誰かが壁に寄り掛かるように立っているのを見つけた。

 駆け寄って、例を言う。

「助かった。ライラック」

「貴様のためだけではない」

 そして、こっちの目をまっすぐ見て言った。

「バカめ」

「知ってる」

「ふん」


 顔を逸らして品評会場に向かうライラック。こいつも律儀だな……貴族なら片付けなど他のものにやらせるのが常だろうに。


「早く行け。バカでも風邪は引くだろう」

「ああ、そうする、ありがとう」

 再度の礼にははライラックはこちらを振り返らず、追い払うようなジェスチャーを返してきた。

  

    *    *    *


 結局そのあとフリントには一月ばかり逗留した。高級魔障布の大量生産が軌道に乗るまでそれだけの時間がかかったからだ。それでも新しい形態の産業ひとつがこれだけの速さで調うというのだから魔法による技術のバックアップはすさまじい。プニルはエルブレストに、ライラックは王都にそれぞれ書簡を送り交渉の経緯をやり取りしていたらしいが、詳しい経緯は知らない。


 約束通りマインは評議会から得た報奨金から十分な報酬を支払ってくれた。研究にひと段落がついたマインは俺の技に興味を持ったらしく、根掘り葉掘りいろいろなことを聞いてきた。俺もひと月特にやることがなかったのでマインに付き合って取材に応じたりした。


 半月ほどで聖獣たちが抹茶白玉に飽きた。そうしたらカウンティが太い客を手放すまいとクリームいちご白玉を開発してきた。マインから得た俺の取り分の報酬は結局すべてこの街に還元された。


    *    *    *


「今日はご挨拶にと」

 ある日、いつものようにギルドで聖獣たちの欲望に応えていると、ティッツボムがやってきた。

 ここのギルドは白玉だけでなく食事も鉱山式で安くてうまい。おのずと俺たちのたまり場になっていた。

「ご挨拶……なんのだ?」

「お別れの」

 ティッツボムはふわりと口だけで笑った。

「皆様の健闘で我が商会はこの街での事業を縮小することになりました。私も本社に召集されることになり、この街を離れることになりましたので」

「ほう、それで挨拶か。義理堅いことだな」

 ライラックが匙を置いてティッツボムを睨みつけた。ちなみにライラックはここのハンバーグオムライスが気に入っている。おいしいよねハンバーグオム。

「次のビジネスに繋がりそうな縁は無下にするなというのが社の方針ですので」

「よく言う」

 ライラックはそれだけ言うとまたオムライスに戻っていった。


「さて……」

 店内を軽く見渡したティッツボムが、軽く顔を伏せていたバリエラのところに歩み寄る。

「ちらりと見たときは、まさかと思いましたが、やはり貴方でしたか、バリエラ」

「……変わりませんですね、ティッツボム」

 観念したかのように、顔を上げるバリエラ。

「あなたがまさか人の下でメイドをしているとは、とても信じられません」

「……いろいろあったのですよ。人の在り方などいかようにでも変わってしまうのです」

「もしかして、それで過去の禊をしたつもりです?」

「……私は一度だって過去を捨てたつもりはないのですよ」


 いてもたってもいられなくなり割って入る。

「貴方の過去に何があったか知らないけれど、挨拶ならもう受けたしお引き取り願いたいんだが」

 ティッツボムはこちらをちらりと見て、バリエラに言い放った。

「この子が『代わり』というわけですか?」

「ちがっ……!」

 顔色を変えたバリエラとティッツボムの間に割り入るようにプニルが立つ。

「うちのメイドにそれ以上絡むのはやめていただけませんこと?」

 プニルの声に一礼すると それっきりティッツボムは振り返らずに店を出て行った。


    *    *    *


「やあバスティアくん! 元気か!」

「博士もお元気そうで」

 俺たちが買いつけた高級魔障布を馬車に積み込んでいると、マインが相変わらずのよれた格好で宿まで訪ねてきた。

「明日には帰ってしまうと聞いてな! これを渡しに来た!」

 そういって、マインは俺に包みを渡してきた。

 中を開けてみれば、グローブ……高級魔障布製が3組入っている。


「これは……?」

「餞別だよ。ただの高級魔障布のグローブじゃないぞ」

 マインは楽しそうに笑った。


「それにはそれぞれ新型で作ったヒヒイロカネ、アダマンタイト、そしてオリハルコンの糸を追加で編み込んである。キミのサイズにぴったり合わせてあるぞ」

「これを、俺に?」

「ああ、どんな効果があるかわからんがな! なので、キミのこれからの戦いで実践試験をしてくれたまえ!」

 マインは俺の胸をトントンと叩いた。


「そして、すべての戦いが終わったら、是非報告にきてほしい! それまでに新しい色のお茶が淹れられるようにしておこうじゃないか!」

「わかった、ありがとう、博士」

「よろしい、では、バスティアくん、実証開始だ!」

 博士はそれだけ笑顔で言って、去っていった。

 その後ろ姿に、もう一度頭を下げる。



 俺たちはその翌日に、紡績都市フリントを離れた。

 

 


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