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第四十二話 おっぱい星人、燃え上がる


「品評会員の皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます……マイン工房のマインです。ただいまより新式金属糸制作機の稼働実証実験を行いたいと思います」

 マインの前口上が閉ざされた制御室内にも響いてくる。

 奏鳴のおかげだ。炉の内部を隠すために制御室の密閉性をあげたので、指示の伝達は伝声管経由で奏鳴が拡大した音声を伝えてくれているのだ。

 あの尊大なマインが丁寧な口調で口上を述べているのがなんだかおもしろい。すべて無事に終わったら絶対にからかってやろう。そのためにも、万全の結果を出さねばならない。


「へへ、何だかちょっとワクワクしてくる」

 俺の左側にぴったり引っ付いている氷毬が心なしか楽しそうにつぶやいた。ちなみに俺の左手は氷毬の左〈房珠〉をしっかりと掴んで待機している。


「こんな時に言うことじゃないのかもしれないですが、こういう巣穴も悪くないですね」

 右側には灼狩だ。当然俺は右手で灼狩の右〈房珠〉をしっかりと掴んでいる。左右から寄り添うように体を押し付けられて、炉が点火する前から心持ち制御室内が暑い。いや、もう一人いる。


「でも、さすがにこれは狭すぎますですよ。野営の避難所ならいいですけど」

 頭上からバリエラの声。俺の頭がヘッドレスト代わりに使っているのは、バリエラの〈房珠〉の谷間である。


 ……いや説明をさせていただきたい。もともと制御室は一人が腰かけるだけがせいぜいの広さしかないのだ。身を寄せ合うように横に三人が入ったら、最後の一人はどうしても前か後ろしか入る場所が無くなる。前に来られると計測器が見えなくなる関係上、こういう三面〈房珠〉コックピット配置になるのは不可抗力なのだ。不可抗力万歳。


「……以上が基礎設計コンセプトとなります。では、これより実際の稼働実験を行いたいと思いますが、この装置の微細な温度調節機能と、画期的な金属糸制作能力の能力を実証するために、今回はオリハルコンを利用させていただこうと思います」

 マインがそう言ったとたん、ざわめく会場。わざわざこんな音まで拾ってくれなくてもいいのにな奏鳴。たかだか20人程度の評議員と聞いているが、〈増幅伝声〉されるその声はまるで王都のコロッセオの中心にでもいるような錯覚を与えてくれる。

 しかし、会場に与えるインパクトは十分だったようだ。すべての状況がこれで揃う。


「はい、あのオリハルコンです。間違いありませんとも! 本日この場であのオリハルコンを私が糸にして皆様にご覧に入れましょう!」

 やけくそ気味に叫ぶマイン。聞きなれたペースを取り戻しているな。そうだ、そのくらい大胆でいてくれないと困る。俺たちが命を賭けるだけの値打ちを存分に品評会員に売りつけてもらわねば。


 意識を研ぎ澄まさせる。左右の手に伝わる柔らかさの違う〈房珠〉にそれぞれ意識を沈めていく。手のひらに感じる二つの鼓動と二つの体温の先に、灼狩と氷毬の在り方が見えてくる。こちらが意識の手を伸ばすまでもなく、二人の意識が寄り添ってきてくれるのを感じた。

 二人の魔力の高まりが伝わってくる。二人同時の〈代理詠衝〉をするのはまったく初めてだが、片手での〈代理詠唱〉がパンプローヌの時に成功しているのだ。灼狩と氷毬で失敗することのほうがむしろ想像できなかった。

 

「んっ」

「くぅん」

 二人が小さく息を吐きだす。それぞれが〈加熱〉と〈冷却〉を高めていく。制御は今完全に俺の手の中にある。今俺たちは3人でひとつの装置と化していた。

 こちらの準備は万全だ。首を反らせて〈房珠〉の間からバリエラの顔を見上げる。

「そっちは、任せた」

「うふふふー。バリエラお姉ちゃんが任されたです」

「お姉ちゃん?」

「かわいい舎弟のお願いですからね、お姉ちゃん張り切りますですよ」


 やっぱりそういう意味になってしまったのか。でもまあ〈房珠〉に挟まれながらいきってもしょうがない。素直にお姉ちゃんの庇護に預かるのも悪くない気がしてきた。


「じゃあ、頼んだ。お姉ちゃん」

 俺がそう言うと、バリエラが〈房珠〉で頭をふにふにと挟んだ。いつぞの魔力万力と違って攻撃の意思のないふにふにである。これはあれか、この世界の価値観では武器の柄で軽く相手の肩を叩いてるのと同じだな。お姉ちゃん万歳。


ふと視線を感じると、氷毬と灼狩がこっちをじっと見上げている。

「ずっこい。ボクもばすちあをお兄ちゃんと呼びたい」

「アタシも兄様と呼ばせていただいても?」

「……人前だと恥ずかしいから勘弁してくれるかな」

「ぶー、それじゃ子づくり中くらいしか呼べない」

「アタシはそれでもっ!」

「他人の〈房珠〉に挟まったままイチャイチャしないでくださいねえ」

 今回は少し強めにバフバフ挟まれた。


    *    *    *


「それでは、稼働実験を開始する! ミルヒア君、送風を開始してくれたまえ!」

 壊されたファンの代わりにミルヒアが風を送り込む手はずだ。それを合図に俺は炉の中に魔法の灯をともす。直接目で見えなくても炉内の構造は手に取るようにわかる。灼熱の効率的な〈加熱〉はたちまちに燃料全体に行きわたり、炉の温度はみるみる100イグニスを超える。


「灼狩、ペースを上げるぞ」

「バスティア様の望むままに」

「よし」

「んうっ」

 猛然と右手の〈詠衝〉を加速させる。魔力を絞り出されて灼狩が苦しそうな息を吐く。炉内の温度が150イグニスを超える。

 ミスリル銀を溶かすのに必要だった本来の温度を超えた。制御室の温度もじわりじわりと上がっていく。


「じゃあ、そろそろ始めますですよ」

 バリエラがゆっくりと〈詠衝〉を開始した。頭の左右で豊かな〈房珠〉がもゆんもゆんと揺れる。さすがにおっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)にもこの環境に対応できる技はない。状況のインフレに技が追いつかないとはな……フフフ、悪くない気持ちです。

 実際に制御室内にこもり始めていた熱が弾き飛ばされ気持ちが一気に楽になった。しかし、バリエラの結界にも時間の限界がある。短期間勝負で一気にかたをつけなくては。


「うふう、くぅう、んあぁ」

 さらに加速した俺の〈代理詠唱〉に灼狩が苦しげな声をあげる。くそっ、無理をさせてしまっている。だが、彼女はできると言い、その身をゆだねてくれたのだ。俺が彼女を疑うことは許されない。せめて、早く決着をつけねば。

 350イグニス、400イグニス、450イグニス……

 炉が異音を発するたびに、適宜氷毬の〈冷却〉で調整する。急ぎながらも焦ってはいけない。坩堝全体に熱を通すように温と令で熱を循環させる。


 バリエラの〈詠衝〉も段々激しくなってきた。しかしそれでも500イグニスに迫る炉の輻射熱は完全には防げない。バリエラの〈房珠〉の間にも滝のように汗が流れ込んでくる。後頭部に早鐘を打つ心臓の音を強く感じる。だが、それでも、神の金属を溶かすほどの高温に炙られながらも、俺たちは生きていた。命を預かったというバリエラの言葉に嘘はなかった。


 いける。480イグニス。490イグニス。


 パリッ


 今までと違う異音がした。どこだ? どこから聞こえた?

「ばすちー! 炉から変な煙が出てる!」

 伝声管越しに、奏鳴の悲鳴が飛び込んできた……炉……外壁だと!?


「バスティアくん! 炉内の圧力が高まりすぎている! このままだとヒビが入って熱が逃げる! 毒ガスも溢れるぞ!」

 マインの叫び声が聞こえる。だが……目の前の計測器が刺す数値は498イグニス!


「今498イグニス! すでに〈冷却〉で調整のシークエンスに入っている! 30秒以内に500イグニスに到達する!」

「30秒……!? もつかもたないかギリギリだぞ!? 危険だ!」


 これまでか……?


 しかし、一瞬の逡巡をする俺の代わりに答えた声があった。

「いいから坩堝を回す準備をするですッ!」

 バリエラ……?


「……ッ! わかった! 無理はするな!」

「了解ですよう! そっちこそオリハルコンが熔ける瞬間を見逃したらぶっとばしますですよ!」

 通話が途切れると、バリエラがふんす、と鼻息を吐いた。


 こちらのもの言いたげな雰囲気を感じたのだろう。バリエラが穏やかな口調で語りかけてきた。

「大丈夫ですよう、もし何かあっても、3人には命がけで〈耐熱結界〉と〈耐風障壁〉をおかけしますです。命、預かってますから」

「バリエラ……」

「だから、バスティアたちは全力でベストを尽くしてくださいですよ」


 この言葉と覚悟は真実だ。

 だから、俺も、俺たちもバリエラに命を預ける。

「……やるぞっ」

「もち」

「バスティア様と共に」

 汗で濡れる〈房珠〉を握り直し、神経をさらに研ぎ澄ませていく。


 パリッ パリパリッ


 499イグニスを超えた計測器の向こうから聞こえる異音はますます大きくなってきた。

 あと少しだ……いけ……持ってくれっ……頼む……!



 瞬間



 祈りが通じたかのように、炉からの異音が聞こえなくなった。

 まるで、誰かが外から炉に圧力を(・・・)かけて押さえ込んだかのように。


「貴様たちはバカだ」

 奏鳴の〈増幅伝声〉が、誰かの声を拾った。


 同時に、計測器が500イグニスを指し示した。

 

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