第四十一話 おっぱい星人、灯をともす
二週間が飛ぶように過ぎた。
品評会の申請の並行してプロトタイプから使えるパーツの確保をしていく。特に心臓となる回転坩堝と温度調節機構は替えの利かない複雑なシロモノだ。分解して品評会会場で組み立てなおす必要がある。
開催一週間前から会場での工事が許されるようになる。時間のかかる土木系の基礎工事も魔法を併用すれば突貫も可能だ。新たにマインが起こした設計図通り品評会会場に通って作業を進める。
* * *
品評会当日の朝はまだ冬の寒さを感じさせる寒さだった。だが、これから灼熱の炉の近くで作業をするのだ。悪くない気候だった。
「やあ助手たち、いよいよ仕上げだ。今日は頼むぞ」
「博士こそこのひと月お疲れさまでした」
「はっはっは、それは無事品評会が終わってからにしてくれたまえ、可能なら報酬を渡した段階で言ってくれるとうれしいね」
マイン工房に博士を迎えに行き、品評会の会場で最終的な支度をする。準備は昨日までの間に全て終わらせてある。
すべて予定通りにいくはずだった。
「あら、ライラック卿とみなさん。ごきげんよう」
「貴様、なぜここにいる」
品評会会場で出会ったのは、意外な人物だった。ブラーレス商会のティッツボム。変らずぴちっとしたスーツで取り巻きを引き連れている。んー、みんなおっぱいを晒してる世界だとたまにこうやって隠してる勢が逆に新鮮だ。
ライラックの剣幕にもティッツボムは涼やかに応える。
「いやですわ、私もこの街の中心にいる一人。当然新しい技術の革新には興味があります」
そしてライラックを振り返りもせずに、マインに声をかけた。
「素晴らしい発明品ですわ。これは今後もこの街の支えとなるでしょう」
「はあ、どうも?」
急に話を振られてしどろもどろになるマイン。これまた新鮮な光景だ。
「では、ごきげんよう」
ティッツボムが去っていく。
「なにしに来たんでしょうかね。あの人」
「何か引っかかるのか?」
不思議そうに言うミルヒアに問い返す。俺も、何か違和感を覚えていた。
「だって、新しい技術に興味があるなら、見ていけばいいじゃないですか。これから実証試験をするんですから」
「そう……だよな?」
そうだ。帰る必要がないのだ。言葉通りなら。
「……おい、貴様、品評会場の警備は誰が管轄している?」
ライラックが静かな声でマインに尋ねる。
「え、そりゃあ品評委員たちの手勢がしっかり守っているさ」
「その品評委員には、領主は含まれるのか?」
「ああ、そりゃあ当然含まれるが……」
領主の協力があれば、品評会会場に事前に入り込める……?
そういう……ことかっ
なぜ、ティッツボムは公開前の新型炉に素晴らしい発明品だなどと言ったのか?
それは当然知っていたからだ。
公開される前の新技術をどこで知った?
当然、今日この場所でさっき知ったのだ。
俺たちが来る前に。
では、そこで、奴らはなにをしていたのか……?
「みんな、新型炉のところへ急ぐぞ!」
嫌な予感……いや、すでに不安は確信に変わっていた。
* * *
「くそっ……!」
炉は、見た目には何も問題ないように思われた。だが、内部は滅茶苦茶になっていた。
送風関係と排気関係への破壊工作が特にひどい。これでは魔法金属加工のための温度調節など不可能だ。
悪趣味なことに見た目には本当に問題ないのだ。だが、レバーを引いてもまともな手ごたえが返ってこない。今から切り開いて修正し閉じるという工程は、とても間に合わない。
交換が効くのは内部温度の測定器くらいしか残っていなかった。
「そんな……品評会が守る品評会会場で破壊工作だって!? そんなの前代未聞だぞ!」
頭を掻きむしるマイン。だが、俺たちは予想してしかるべきだったのだ。そして不審に思うべきだったのだ。俺たちの再度の来訪がなかった商会がどう動くかということに。そして、昨日まで一切の妨害が入っていなかったということに。
「マイン、バスティア……こっちもガタガタです」
吊り下げ回転機の確認に行ったミルヒアも沈痛な面持ちで戻ってきた。
「ギリギリ坩堝が吊られているだけです。これでは大量のミスリル銀を入れたらろくに回転もできずに崩壊すると思います」
「なんだって……それじゃあ、どうしようもないじゃないか!」
「ミスリル銀の量を絞って実証はできませんの?」
「だめだ、今回の技術の肝は効率的な量産なんだ。少量のミスリル銀糸を生み出すだけでは、従来の方式との差別化が図れずに見向きもされなくなる。誰もが驚く成果が必要なんだ」
「もとより、炉がこれじゃあその少量のミスリル銀すらもどうにもできません」
デボネアが冷静に、決定的な一言を述べる。
「……今回は見送って、次回に伸ばしてもらうことはできませんです?」
「いや、それも無理だろうな」
すでに新型炉の機構はブラーレス商会に知られてしまっている。
「おそらくすでに次の品評会は領主が招集を要請しているはずだ。新型の回転式をお披露目すると言ってな」
「なんだって……?」
「情報は奪われていると思ったほうがいい。今回俺たちがこの技術の有用性を立証できなければ、敵はそっくりこの技術の権利を奪い取るだろう」
俺たちができなかった新技術をブラーレス商会に取り込まれた領主家が確立する形になる。
そうなれば、高級魔障布の供給体制は今と一切変わらないままだ。
今から何ができる……? 炉の完全修復は不可能だ。
問題点は二つ。坩堝の吊り下げ機と温度調節機構。
大量の金属加工は無理……少量でいて評議員に衝撃を与え、領主すら黙らせる結果を出す……
「オリハルコンだ」
「え? バスティアくん、何か言ったかい」
「オリハルコンを、今日この場で糸にする」
「なにを言ってるんだい? たしかにオリハルコンなら少量で成果を見せつけることもできるだろう。だが、肝心の炉がダメなんだ。500イグニスの微細な温度コントロールはどうするんだい!?」
マインがわめきたてる。だが、申し訳ないが今は無視だ。確認すべきことは他にある。
「灼狩、お前は最大でどのくらいの強さまで炎を操れる? コントロールは考えなくていい」
すでに俺の言葉を予想していたのだろう。灼狩は力強く頷いた。
「時間をかければ、上げるだけなら550イグニスまで行けます」
「よし、氷毬、お前は冷気そのものを送り出すことはできるか?」
氷毬も同様だ。ぺろりと唇を舐めると、にやりと笑って返してくる。
「灼狩とおなじ。コントロールしないでいいなら、かなり強く冷やせる」
「……バスティアくん、なにを……するつもりだい?」
おそるおそる聞いてくるマインにわかるように、宣言する。
「俺たちが制御室に入り、直接過熱と冷却をコントロールする。炉を蘇らせる」
「無茶だ! 仮にそれが可能でも、今回の新型炉は制御室を500イグニスの輻射熱から守るように作っていない!」
「つまり、安全性を確保できればいいですわね?」
「それはそうだがっ……!」
「ならなんの問題もありませんわ。バリエラ?」
「はいです。高速でぶん回されてる対象ならともかく、固定された超至近距離限定なら、〈耐熱結界〉全開で500イグニス防いでみせますです」
「これで、カードは出揃ったみたいですわよ」
プニルの言葉に、マインの目が揺れる。固定観念と、希望の間で揺れている。
俺はバリエラに向かい合った。
「……いいのか? 至近距離となると、ともに制御室の中に入ってもらうことになる」
「灼狩と氷毬には聞かなかったのに、私にはそれ聞くのです? 酷くないです?」
……聞く方が酷いのか?
「でも、そうですねえ。せっかくですし、何かあったらバスティアに責任を取ってもらうのですよ」
「そうは言ってもな……失敗したら一緒に死んでやるくらいしか責任が取りようがないが」
このケースでは失敗とはそういうことなのだ。なにを報いろと言うのか。
バリエラは一瞬きょとんとして、そして笑い出した。
「わかりましたです。その一言で十分ですよ。命預かりましたです」
「え? それでいいのか? 俺なにか変なこと言ったか?」
「言いましたですよ」
「えっ」
ミルヒアが神妙な顔でつつつと寄ってきて、耳打ちする。
「バスティア、裏路地の流儀では、一緒に死んでやると言うのは、命を懸けて貴方に尽くすという舎弟の宣言なのですよ」
「えっ!?」
「しかも、異性間で使った場合はさらに別の意味を持ちまして……」
「よし、決めたぞ! やる、やってやろうじゃないか助手諸君!」
マインが大声で立ち上がった。
「そうと決めたら最低限回転軸の修理を可能な限り行う! それとバスティア! 君は予備の測定器とオリハルコンを工房に取りに行ってくれ! 他のみんなで炉の改修と修理を可能な限り行う!」
マインが矢継ぎ早に指示を出す。絶望に沈んだ俺たちの時間が音を立てて前に動き出す。
ライラックが呆れたようにぼやいた。
「……貴様らは、いつもこんなことをしているのか」
「まあ、見ての通りの行き当たりばったりだ。俺たちは賢くは生きられないな」
「そうだな、賢い生き方ではないな」
ライラックはどこか遠くを見ているようだった。
「だが、己が賢しいと思っているいけ好かない相手に、貴様らがぶちかますのを見てみたくなった」
くるりと背を向けて言う。
「行け、貴様には割り振られた仕事があるのだろう」
「ああ、行ってくる」
走りだす。前へ、前へ。ただ愚直に。