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第三十九話 おっぱい星人、助手になる

「来たね研究助手。私がマインだ」

「まだ研究助手になるとは言っていないのですが」

「まあまあ硬いことはなしだ。座り給えよ研究助手たち」


 通りの奥に居を構えていた工房の主は燃えるような赤い髪をツンツンにとがらせた見た目は20歳前後の女だった。オーバーオールにボロボロでほとんど布切れと化している防御力ゼロのタンクトップを身にまとっている。なかなかに味わいのある借景に彩られたCカップ〈房珠〉からは念動魔法の使い手である〈呪紋〉までバッチリと見て取れる。遮光眼鏡からのぞく灰色の瞳で遠慮なくこちらを品定めに入っている。


「あの、座れと言っても、どこに、ですの?」

「好きなとこに座るといい。ああ、そこのパイプは避けておくことをおすすめするぞ。尻が焦げて炭になる」

 結局誰も座ろうとしなかった。砂霧などはふさふさの尻尾を守るように抱きかかえている。


「座らんのか? まあいい。お茶でも淹れよう。赤青黄色の三食があるがどれが好みかね?」

「それよりも早く本題に入れ」

 ライラックが真っ先に我慢の限界に達した。


「久しぶりの来客なのだから多少の対話くらい楽しませてくれてもよかろうよ。ふむ、それではなぜ王都で急に高級魔障布が必要になったかに興味がある。聞かせてくれたまえ」

「な」

「そんな服着るのは王都の人間か聖都の人間しかいない。そして聖都には魔障布が潤沢に供給されているだから、あんな怪しい依頼に興味を持つ理由もないだろう。自分で言うのもあれだがね」

 絶句したライラックの反応が楽しかったのか、マインは楽しそうだった。


「消去法で、王都で急遽高級魔障布の需要が発生した、と推察するが、どうだろうね」

「驚いたな。その通りだ」

 下手な隠し事は無駄な相手のようだ。俺は王との話の流れをかいつまんで説明した。


    *    *    *


 説明を進めるほどに、マインの目つきが懐疑的なものになっていった。

「〈房珠〉を封じるために魔障布でグローブを作るぅ?」

「ああ、それも可能なら、高級魔障布がいい」

「いやいやいやいや、えーと、男のキミ」

「バスティアだ」

「バスティアくん、キミの言ってることはむちゃくちゃなのだよ。要は、キミの言ってることはこうだ」

 手近な机の上にあった切り出しナイフを抜き、その鞘を放り投げてくる。軽く受け止めたのを見て、マインは頷いた。


「グローブで〈房珠〉を封じるというのは、その鞘でこのナイフの切っ先を受け止めると言ってるに等しい。このようにねっ……!」


 カシャン


 抜き打ちでマインが突き出したナイフの刃は、音を立てて俺が持つ鞘の中に納まった。

 

「……なっ!?」

「納得してもらえただろうか」

 空いた手で色めきだつ仲間たちを「なんでもないよ」と制しながら、俺は努めて冷静な声で語りかけた。


 そりゃあね、ずっと|おっぱい星人奥義〈バスティアン・アーツ〉〈幻照〉でおっぱい見てましたからね。初動から狙いから腕を伸ばすタイミングまでおっぱいの揺れ具合でお見通しである。


「驚いたね……バスティアくん」

「納得してもらえたなら、そろそろ話を」

「いや、本当に失礼した! バスティアくんとそのご一行! 私は君たちにとても興味が出てきたよ! 私の実験には是非君たちに手伝ってもらおう!」

「あの、だから依頼の詳細をですね」

 ミルヒアの控えめな声は興奮したマインの耳にはいまいち届いていないようだった。


    *    *    *


「来月の品評会で是非新式の金属糸製造機をお披露目したくてね。そこで評価されれば今後の研究補助金もパテント料も入る。報酬も支払えるというわけだ」

 工房の裏口を抜けて、裏庭へ。雑然と積まれたガラクタや資材を縫って奥に進む。


「一度技術的な有用性を見せつけて、品評会員20人の過半数の支持を得ることができれば、あとは町全体で研究が進められる。そうすれば現状の金属糸問題も一気に解決できるのだね」

 中庭の奥には倉庫群らしき建物。見た目よりかなり奥深い敷地をマイン研究所は持っていた。


「キミたちにお願いしたいのは、新式の加熱のコントロールと、冷却のコントロールなのだよ」


 振り返って大仰な動きでこちらに指を突き付ける。


「一応は秘伝とされているが、従来式の金属糸の作成法はひどく効率が悪いのだね」

「つまり、新式はその効率の点が大幅に改善されていると」

「そういうことだよバスティアくん。さらに、この新式には従来型では困難だった特殊金属糸の作成も容易くなる」

「それは……興味深いな」

「そうだろうそうだろう。これはきっとバスティアくんの技の助けにもなるぞ、是非期待してくれたまえ」


「なんかいい雰囲気ですわ……」

「【まい】なのです……」

「まだ判断は早いです。まだ」

「腰軽男ぉ……」


 背後から主様たちのなんかジトっとした視線を感じるけど、今までの流れ見てただろうに。

 そんなんじゃないから。不可抗力だから。


    *    *    *


「見てくれたまえ、これが私の考案した回転式金属糸生成器だよ」

「これは……」

 マインが裏庭の倉庫内に造っていたのは、かいつまんで言うと巨大な綿あめ機だった。巨大な金属の囲いの中に、ろくろのようなものに据えられた特殊な形状の溶鉱炉らしきものが乗っている。

 マインが得意げにいかに新機軸であるかを語っているが、実は俺は前世ですでに某クラフト漫画でこの手法は知っていた。綿あめを作るがごとくに融解させた金属を遠心力をもって細い繊維状に変形させるものだ。自慢げに話すマインの気分を害さないように、感心しながら相槌を打つ。

 いや、実際基礎知識なしに独力でこの発想に至るのは素直に感心する。俺ごときの半端な知識持ち程度よりもはるかに高度な知能の持ち主なのだ。この女史は。


 ひとしきり気持ちよさげに解説をぶち終えたマインは、ようやく本題に入った。

「基礎理論は問題ない。だが、いざ実験段階となると、どうしても人の手が足りないのだ」

「人の手というと……?」

「キミたちは俗にいう魔法金属が何故加工に困難を伴うか知っているかね?」

「そのくらいなら知っていますわ。きわめて融解温度の幅が狭いのでしょう?」

「そう、温度が低すぎれば熔けないし、高くなりすぎてもまた固形に戻ってしまうんだよ。普通の金属と違ってね。それゆえにかつては壊せない神の金属と思われていた時代もあるそうだ」 

 常識の外にある性質だった。こういうところに異世界を感じるな……

 マインは机の上に次々と鉱石の塊を並べていく。


「これが俗にいう高級魔障布の材料に使われるミスリル銀だ。融点…‥いや、融域というべきだな。融域は145イグニスから147イグニスの間だけ。こっちがヒヒイロカネ。融域は220イグニスから221イグニス。これがアダマンタイト。融域は広めだが820イグニスから825イグニスと非常に高温を必要とする。そしてこれが金属糸化は不可能とさてているオリハルコン。ぴたり500イグニスで10秒以上加熱しないと熔けない」

 早口で並べられても頭に入ってこない。どうやらイグニスというのがこの世界の温度単位らしいのはわかったが。

 しかし、どれもこれも伝説で聞いたことしかないような金属だ。いや、乳揉み用自動翻訳機構が俺の知る空想上の名前に置き換えてくれているのか……


「それゆえにひたすらに加工がしずらいんだ。加工の間ずっと同じ温度を維持していないといけないからね」

「なるほど、だからこそ温度維持の手間を減らすために遠心力を使った短時間勝負ってわけか」

「そういうことだ! やっぱりキミは理解が早いねバスティアくん!」

 マインは嬉しそうだった。


「というわけで、君たちに手伝ってほしいのは、高速回転する溶鉱炉に張り付いて中の温度を一定に保つことだ! 温度が高すぎても低すぎてもいけないが短期間で済む! ちなみに溶鉱炉自体を高速回転させるのは私が念動魔法でやるからな! 心配してくれなくていいぞ!」


 ……


「何をするって?」

「中央の回転台の上に溶鉱炉があるだろう? そこに張り付いて燃料や廃熱の調整をしてくれればいい。回転中もちゃんと弾き飛ばされないように椅子も設えてあるぞ!」


 見れば言葉通りに回転台の上にやたらと厳重な……というか安全装置なのか拘束具なのかわからないベルトで覆われた椅子が設えてある。横には石炭らしきものが詰まった箱と、排熱弁を操作するハンドル……か?


 熔けた金属が巻き散らかされる坩堝に張り付いて一緒に高速でぶん回されつつ作業をする……?


「……」

 仲間たちを振り返る。

 全員目をそらした。ライラック嬢すらもだ。


「さあ、バスティアくん、善は急げだ!」

 善なものか。死んでしまうわい!


「せめて設計改善を要求する!」

 魂の限り叫んだ。


 

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