第三十八話 おっぱい星人、資本の暴力を知る
紡績都市フリントが実際に鉱山都市であることはすぐに分かった。
どこかから運ばれてきた大量の綿花の馬車に並んで街に入れば、目抜き通りの両面に魔障布の問屋がある。
「なるほど……ミスリル銀糸を使っているのか」
店先に並んでいる張り紙を見た俺はたちどころに理解した。
一見同じような白い布地の横にミスリル銀糸使用率が書かれている。当然ミスリル銀糸割合の高いもののほうがいい値段がついている。
この街は運び込まれた綿花と採掘されたミスリル銀を合わせて紡績を行い、それで魔障布を作っている街なのだ。
だが、ライラック嬢は店頭を一瞥しただけで興味を失ったように踵を返す。
「この店はダメだ。並の魔障布しか扱っていない」
「この3%っていうのはダメなのか」
「貴様何を買いに来た。高級魔障布というのは含有率下限7%からだ。貴様の使ったあの……忌々しいロープですら含有率5%はくだらないもののはずだぞ」
そうだったのか……なにげなく使わせてもらっていたがバンドル店主はなかなかの目利きだったらしい。
「とりあえずは拠点の確保をする。それから店探しだ」
今回の行程は宿代含めて王都の財布から出る。ライラック嬢の方針に従うことにした。
* * *
「表通りの『とんとこコットン』さん、上限2%です」
「おなじく隣に店を構えてる『とんとんコットン』も2%でした」
「『とことんコットン』さんは一応3.5%までありましたですが……」
「全然だめだな。話にならん」
それぞれ手分けして表通りの各店舗を除いてみたものの、扱われているのは一般魔障布ばかり。
特殊魔障布どころか、高級魔障布の欠片すらも見つからない。
「『とっとこコットン』の店主に聞いたところですと、高級魔障布は売り切れではなく、扱ってないとのことですわ」
「いや、これは異常だぞ? ありえん」
ライラック嬢がらしくなく頭を掻きむしる。
「そこまで異常なことか?」
「……もの知らずな貴様に教えてやる。なんでもいいから貴様の好きな専門店を思い浮かべてみろ」
好きな専門店……お金払ったらおっぱい揉ませてくれる店だろうか。行けなかったけど。
「その店にいったら、そこの看板商品だけまるまるない。代わりに劣化代用品しか置いてないというありさまだ」
おっぱい揉ませてくれるお店に行ったらおっぱいありません。代わりにはんぺんでも揉んでいきませんか。
「異常事態じゃないか!」
「だからそう言っている」
「異常事態だったら、ギルドで情報を集めたらいいと思うのです」
バリエラがおずおずと発言する。
「そういえば、この街にもギルドがあるのか?」
「どの街にも一応ありますですよ。フリントは私設の軍を持っていない街ですから、それなりにギルドの勢力が強いはずです」
「冒険者どものたまり場か……」
ライラック嬢はとことん嫌そうな顔をしたが、結局折れた。
「仕方がない。不本意だが行くとする」
冒険者も嫌われたものだ。多分俺のせいだけど。
* * *
「そりゃあんたたち無駄足を踏んだものだねえ」
フリントのギルド員は深い紺色をした筋肉質の姉御だった。割れた腹筋の上にそびえるは圧巻のGカップ〈房珠〉。どうやら圧縮魔法の使い手らしい。ギルド内で狼藉すると握りつぶされるのか。絶景だけどこわい。
ギルド内を見回しても冒険者の皆さんたちはみなどことなく筋肉質な体をしている。環境の厳しい山地で活動しているからだろうか。引き締まった筋肉質の体に張りのある剥きだし〈房珠〉、最高ですね。しばらく離れていたギルドの光景だからなんだか懐かしい。
「高級魔障布は今はブラーレス商会は牛耳っているから、そっちの支店に行かないと手に入らないさ」
「ブラーレス商会か。綿糸関係の看板を出していなかったからスルーしてたが、表通りのいいとこに確かにあったな」
「交易都市ディカップに本店のある屈指の大商会ですわね」
「まあ、期待しないで行ってみたらいい」
「いってらーおみやげよろーばすちー」
「土産売ってるような店じゃないと思うが……」
聖獣たちは留守番である。どうやらカウンターで提供している抹茶白玉が大いに気にいったらしく動く気配がない。お餅好きだね君たち。
「じゃあ、私はお留守番してますねえ」
バリエラがすっと挙手する。
「奏鳴たちをほっておくと、バスティアのお財布が大変なことになっちゃうかもです」
「助かる。じゃあ、任せていいか」
「いってらっしゃいーです」
* * *
「なんだこの値段は……!」
「ちょっとこれはなんなんですか……」
「あり得ないですわ……」
言われた通りブラーレス商会の店頭では明らかに他の店とは輝きの違う魔障布が扱われていた、が、その値付けを見たそれぞれの感想がそれである。
皆は驚愕しているが俺にはそもそも高級魔障布の相場自体がわからない。聞くしかない。
「これは高いのか?」
「相場を知らない貴様に教えてやる。貴様の好きな店にちょっと多いかなと思える予算を持っていったと想像しろ」
おっぱいを揉ませてくれる店に行った時は初のバイト代5万円をにぎりしめていったっけな…‥‥玄関先で死んだけど。
「会計の段になってそれの十倍を請求されたと思え」
おっぱい触ったので50万円です。
「ぼったくりじゃないか!」
「だからそう言っている」
「ぼったくりとは人聞きの悪い」
店頭で騒いでいたからだろう。奥から明らかに役職者ですと言わんばかりの女性が現れた。緑がかった金髪をまとめて結い上げたいかにも性格のきつそうな長身の美女だ。この世界の人間にしては珍しく胸元を開かない構造のスーツを着ている。なるほど、そのはちきれんばかりのHカップ〈房珠〉を抜くような荒事は周囲の者に任せるという立場にある人間か。
ちらりと周囲を見れば、高級そうなビキニアーマーに身を包んだ従業員がさり気にこちらを包囲するような位置を取っている。ふん。俺にとってはご褒美でしかない。
「責任者のティッツボムでございます。当商会の商品にご不満がございましたら、どうぞ他のお店をご利用くださいませ」
結い上げスーツはそう名乗った。ライラック嬢が一歩前に進み出る。
「ちょうどいい。聞かせてもらおう。この値付けはどうしたことだ。おかしいだろう」
「いいえ、適正でございます」
「なんだと……」
「こちらの品は本来聖都に卸すための品々。それをあえてお譲りするなら、聖都への義理もありますのでこのお値段でお譲りする、と言っているのです」
「……私は王都のライラック・マルタンというものだ。この名を持つ相手でもこの値段は変わらないか」
「ライラック様、もとよりご尊顔も存じ上げております。当商会はどなたさまにとっても明朗公平な商売を心がけております。常時適正価格での商いをさせてもらっておりますよ」
完全に舐められている。怒りに震えるライラックはなんだかチワワめいていてかわいくもあったが、このままここで押し問答していても意味はなさそうだった。
「……ライラック、いったん出直そう」
「……ああ」
「ぜひご検討ご相談の上、またの来店をお待ちしております」
* * *
「なんなのだあの商店は!」
「ははは、期待すんなって言ったろ。これが今のこの街の現状さ」
「一体何が起こっていますの……ええとあなた……」
「カウンティだよプニルさん。よろしくな」
「私のこと知っていますの?」
「そりゃあんたら有名だからな。ミルヒアさん御一行のことは各地のギルドに知れ渡ってる」
「さん付けはこそばゆいので要らないです」
「そうかい? じゃあそうさせてもらう」
「それより、貴様その現象とやらを詳しく説明しろ」
「はいはい、貴族様のご要望にお答えしましょうかね」
カウンティの説明はこうだ。
フリントの街には領主直轄の金属糸製造の工場があり、魔障布製造の紡績工場にはそこからミスリル銀糸含めた様々な金属糸が供給される。製法は門外不出だが、各紡績工場と領主の関係は良好で、安定した供給が為されていたらしい。
ところが、この領主の放蕩息子が交易都市ディカップで大層なおいたをしでかしたということだった。ギャンブルとも女絡みとも言われているが、これの仲介に名乗りを上げたのがブラーレス商会だったという。
「その交換条件に、ミスリル銀糸工場の権利をブラーレス商会に押さえられたってわけか」
「そういうことだね。高品質のミスリル銀糸はブラーレス商会の息のかかった紡績工場にしか入手できない。規格外の低品質なミスリル銀糸しか市場には流れないもんだから、街で流通してるのはそっちしかないってことさ」
「そんな……そんなことが許されるわけないだろう!」
机を叩いたライラックだったが、カウンティは冷ややかに笑ってみせた。
「許されるも何も、王都含めてこの街以外じゃ誰も気にも留めていなかっただろう? 高級魔障布なんてそもそも需要が限られてるんだ。供給が変わったからって市民が騒ぐ品でもない」
「それは……そうだが、しかし聖都はどうなる! 値を吊り上げれば聖都から反発もされるだろう!」
「ブラーレスの連中はそんな間抜けじゃないよ。流通を牛耳ったら、今度は聖都にそれを安く卸し始めたのさ。当然聖都はブラーレスを歓迎する。それを手土産にブラーレスは今や聖都の食料雑貨の類の流通権を掌握しつつあるって話だ」
「今や聖都御用商人てわけだ」
「そういうことだね。もし商店に王都が高級魔障布を欲しがってるって知れたら、商機と見て次は王都を揺さぶりにくるだろうね」
「冗談では……ないぞ」
財務官であるライラックの顔から血の気が引く。
流れでしょうがなかったとはいえ商会には王都の需要が完全にバレてしまった。次商会に向かっても値段をさらに吊り上げられるだけだろう。その上でこれをきっかけに王都の流通にブラーレス商会が大規模介入を始めたら、王都で商売をしている既存の店舗は立ちいかなくなる。王都は事実上交易都市の経済的支配下に置かれることになるのだ。財務官としては致命傷では済まされない。
俺としても避けたい事態だった。せっかく王都をエルブレストとの協調路線に導けたのだ。ここから是非王都の名で各地に号令をかけたいところなのに、その雲行きが一気に怪しくなる。なにより、ヘンシャル王に新たな気苦労をかけさせたくなかった。
「そーゆーことならさー、これどうだろね」
重たい空気が場を支配しかかっている中、だれかが声をあげた。抹茶白玉の匙を咥えながらふらふらとギルド内を見回っていた砂霧だ。
指さす先には一枚の依頼書。
求む。実験助手。
ミスリル銀糸含めた新しい金属糸の製法の実験助手を募集しています。
忠実な人材大歓迎。
詳細は工房6番通り最奥マイン工房まで。
報酬:応相談
注:命の危険あり
カウンティが面白そうに口を挟む。
「ああ、それな。酷い依頼だろ。話を聞きに行ったやつも何人かいるが、報酬は後払いの一点張りで話にならなかったらしいぞ」
「……とんでもない地雷依頼じゃありませんの」
「命の危険がバッチリ明記されていますからね……でも」
「話を聞きにいくしかないだろうな」
俺たちには選択肢がない。薄い可能性でも足掻けるうちは足掻くしかないのだ。