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第三十七話 おっぱい星人、おつかいを任される


「はくしょい」

「どうしたバスティア殿。風邪でも引いたか」

「いえ……くしゃみだけです。お気遣いありがとうございます」

 王の前で粗相をしてしまった。どうにもここ数日くしゃみが止まらない。体調は悪くはないんだが……


「して、魔障布であったな」

「はい、王。可能なら高品質なものが理想です」

「それがあれば貴殿の技の再現も可能であると」

 結局王には俺が異世界人であることと、その由来の与えられた力の正体は伏せることにした。特殊な研鑽を積んで磨いた技ではあるが、道具であっても同じことができる、と、そのほうが話の展開に都合がよかったからである。男そのものを戦力として数えさせるためには、俺はただの一人のおっぱい好きな普通の男であった方が都合がいい。


「財務官」

「ここに」

 王の呼び出しに即座に部屋に入ってくるライラック嬢。そこに控えていたのか……っていうかあなた財務の結構偉い人だったんですね。ほんとごめんなさい。こんなに何度も顔を合わせる羽目になるとは……


「魔障布の備蓄はどのくらいある」

「通常品質のものであれば十分にご用意できます」

「高品質のものはどうだ」

「御用商人を含め、そもそも王都には流通しておりません。ほぼ聖都が独占状態にありますゆえ」

「そうか……」

 王は振り返って申し訳なさそうに言う。


「すまないな、期待に沿えないようだ」

「いえ、お気持ちだけでも十分です」

 残念だがないものはしょうがない。

「しかし、プニルとの賭けも反故にするわけにもいかぬ……ふむう」

 思案顔の王がふと提案する。


「バスティア殿、直接製造元と交渉してみる気はないか?」

「製造元、とは」

「魔障布の製造元といえば紡績都市フリントよな。ないというならば実際にバスティア殿の目で品を見て確保してもらうほうが確実だろう」

「紡績都市か……」


 〈房珠〉が最強の武器となるこの世界では、さしずめファンタジーでいうところの鍛冶の街か。魔障布グローブなどの装備以外にも、パンプローヌの〈鞘〉のように魔法的な効果のあるアイテムが見つかるかもしれない。

 そういえば、そういうアイテムは乳憎むもの(アンティバスト)には有効なのだろうか? 布段階なら乳に由来するものには含まれないだろう。もしかしたら……今後の戦いの切り札になり得るかもそれない。


「行ってみようと思います。明日にでも出立しようかと」

「おお、ならばその代金をもって今回の賭けの支払いとさせてもらうとプニルに伝えてくれ」

「承りました」

「そうだな、それならばついでに王都で使う高級魔障布の確保も一緒に頼むぞ」

「お待ちください王。このものを使いとして国庫の財を預けるおつもりですか」

 王の気楽な要請にツッコミを入れたのは財務大臣ライラック嬢。うん、当たり前の反応だ。信頼してくれるのは嬉しいが、さすがに外部の人間に国防に関する調達を丸投げするのには周囲の理解が得られまい。


 しかし、王は無情だった。ライラックに対しても、俺に対しても。

「もちろん国庫の金をそのまま預けるわけがなかろう。財務官、お前も随伴しろ」

「うぇっ!?」

 わあ、ライラック嬢すごい顔だあ。そりゃあそうだよなあ……っていうか俺もものすごく気まずいんだけどなあ。思い直そう? 王様。


「命令である。すぐに支度をせい」

 無情だった。


「……かしこまりました」

 ライラック嬢も折れてしまった……まあ、どう考えても一番効率的な手段なのは間違いないんだから反論しづらいよな……

 でもこれどうしよう。勝手に決めてしまったけど、ミルヒアたちにどう説明したらいいんだ?


    *    *    *


「あ、犬にされた人だ」

「犬って言うなっ!!」


 三日ぶりに王城を出た俺はミルヒアたちに事情を話すべく、皆を集合させた。といってもプニルが泊まってるという部屋を集合場所にさせてもらったわけだが。しかし立派な部屋だな。ブルジョアか。ブルジョアだった。すまん。

 まあ、明日から当分同行することになるライラック嬢の紹介もしておこうと連れていったのだが、一目見た氷毬がド直球をぶつけてしまった。


 言うな否や執務服の胸元をはだけるライラック。すわ乱闘かとみな身構えるものの、発動させたのは〈心拍調整〉〈体温調節〉〈発汗抑制〉、他バイタルコントロール系の基礎魔法ばかりだった。そこまで動揺してたのか。ふう、全く心臓に悪い。


「作法がなっていないのではありませんこと?」

 プニルが一応苦言を呈する。一応と言ったのは笑いをこらえて鼻の穴が膨らんでいるからだ。

「まあ、いや、しょうがないこともありますし」

 なにかよくわからない擁護に回っているのはミルヒアだ。なぜかばう。


 しかし、さすがにライラック嬢も己の行為を恥じたらしい。手早く〈納頭〉すると非礼を詫びて自己紹介をした。

「明日からバスティア……殿のフリント行きに同行することになった一等財務官ライラック・マルタンです。よろしくお願いします」


「……【らい】ですわ」

「いえ、お嬢様、まだ様子を見ましょう。番外の駒かもしれません」

 プニルとメイドたちがなにかよくわからないことをヒソヒソしている。


「明日からフリント行き、ですか?」

 ミルヒアが首を傾げた。

「ああ、王との話し合いで急に決まった。高級魔障布の確保に直接現地に向かう」

 賭けの顛末のこともプニルに伝える。妥当なところですわね、とプニルも納得してくれた。

「みんな今回のことは俺が一存で決めたことだ。無理に同行してくれとは言わない。何なら戻ってくるまで王都で待っていてくれても」

「「「「「「「「行く」」」」」」」」

「かまわ……な……」


「行くに決まってますわそんなの」

「当たり前なのです」

「ボクついてくよ。ついてく」

「ばすちー連れてけー」

「留守番という選択肢はないですね、ええ、ないです」

「あたしはバスティア様のいくところどこへでも!」

「やー、行くに決まってるよねそんなの。聞く意味なくない?」

「バスティア、主にお願いする言葉が違います」

「ああ……うん、ありがとうみんな」

 なんか全員すごい食い気味にOKをくれた。そんなに行きたかったのか紡績都市。まあ〈鞘〉の名産地でもあるのだろうから、行く価値はあるだろうけど。


「じゃあ早速旅支度ですね」

 デボネアの言葉を合図にみなバラバラに部屋を出ていく。部屋には俺とライラックだけが残された。

 ぼそりとライラック嬢がつぶやく。

「……貴様とサシで行脚する羽目にならなくて心底ほっとしている」

「……俺も全く同意見です」

 奇妙なところで意見の一致を得た。これって一種の和解って言えるのだろうか。


    *    *    *


「この箱は……」

「りんごですわ」

「こっちの箱は?」

「おもちだよー」

「……じゃあこっちの箱は?」

「りんご餅。おいしいよ。ばすちーにも食べさせたげる」

「いや、一気に3倍はちょっと辛いんだが」

「……馬車を使え貴様ら。経費で出る」

 なぜかライラック嬢に助けられた。


    *    *    *


 片道5日の旅程は順調そのものだった。

 

 王都と紡績都市は整備された街道で繋がれており、長毛馬の足でも十分な速度が出る。なにより荷物を背負わなくてもいいのがいい。さすが4頭立てだ。

 なあこれうちでも導入しよう? とミルヒアに提案したが、従者がいるんだから必要ありませんと却下された。たしかに荷運びに馬車を使い始めたらなんのための従者かとは思われるだろうが、そろそろ俺の地位向上が図られても良くないだろうか。4頭立てとは言わないから。



「呆れたものだ」

 目の前に組み上がった凍土の城を見てライラック嬢が呆然としている。そりゃそうだ。砂霧建築士と氷鞠建築士による仮設住宅建築はますますタガの外れる方向で磨きがかかっていた。馬車がまるごと入る厩はいいとしよう。なぜバルコニーまで造る。


「そりゃまあ、予行演習?」

「なんのだ」

「いーからいーから」


 砂霧に中に入れば暖炉まである。巧みに砂と氷を使い分けて氷の中にいながら火まで使えるとは、居住性がやたら向上している。


「貴様らは、一体なんなのだ」

「冒険者ミルヒアとその仲間たちです」


 嘘偽りのないミルヒアの説明にも胡散臭い視線を向けていたライラック嬢だったが、結局は暖炉で焼けた餅を喰らい、風呂にも入ったのだから順応性はかなり高いのだろう。

 それでも寝るときは一番良さげな場所を確保して手荷物で結界を作っているのだからまだ心は遠い。


「そこ取っちゃうんだーふーん」

 恨みがましい奏鳴の声にもどこ吹く風だ。誰用の位置とかあるのか。お客さんなんだからそこは譲ってあげようよ。


「明日からは別棟を建てたほうがいいかもだねー」

「そんな、犬小屋みたい」

「犬って言うな!」

 氷鞠がまた華麗に地雷を踏み抜いた。


    *    *    *


 平地ばかりの快適な旅程と思っていたのだが、5日目に入ってから急に山道になってきた。

「本当にこの道で合っているのか?」

「どういう意味だ貴様」

 思わず心配になってライラックに尋ねる。


「俺の知識だと紡績で使う綿花はもっと広い低地で作られていると思ったんだが、山に向かってないか?」

「そりゃあ山に向かっているのだからそうだろう。貴様、ただの布を仕入れに来たわけじゃあるまい」

「どういうことだ」

「じきに自ずとわかることを説明するつもりはない」


 ライラックの言葉は正しかった。

 山間に見えてきた紡績都市フリントは誰がどう見ても鉱山の町としか見えない出で立ちだったのだ。

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