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第三十六話 狐さん、繁殖について聖獣会議する


 ミルヒアが大慌てで部屋を出て行った。なんだったんだろうねアレ。

 机の上にはりんご餅がまだいっぱい残ってる。ごちそうさま。


 あたしたち聖獣にとっては、人間は2種類しかいない。守るべき人間と、そうじゃない人間。守るべき人間は簡単。結界の約束に沿って街の中にいる人たちのこと。その外にいる人たちは守らなくていい。

 だから、バスティアのことを聞かれると、少し困っちゃうんだよね。身の回りを守る約束はしたけど、実際守られてるのはあたしたち。自分で身を守るために〈房珠〉の力をもらったあたしたちにとって、他に守られた記憶なんてこの千年一度もない。


 氷毬がいった、いいひと(・・)っていうのはとてもしっくりきた。守るべき人間でもそうでない人間でもない、大きな集まりの塊である「人間」とは違う、たったひとりのいいひと(・・)

 ミルヒアもまあまあいい人だ。プニルやデボネアやバリエラも。そういう意味ではローレリアもスリザリアもまあまあいい人だよ。お世話になってるし。だけど、まあまあ止まり。

 絶対にこの人じゃなきゃだめだ、って言える、いい人はひとりしかいない。


「でもさあ、奏鳴ってばすちーの子供作れるのかな?」

 ミルヒアがいなくなった途端、なんか奏鳴がおもしろいことを言いだした。両手にお餅持ってる。それ禁止だよ奏鳴。


 奏鳴は聖獣になる前から独特の空気を纏ってた。だから、同族に友達がいなかったみたい。賑やかな性格してるけど、ずっと一羽だった印象がある。にへらっとしてたけど無理してたんだなあって。

 だって最近の奏鳴、前よりすっとにへらにへらしてるからね。心からのにへら。きっと、どんな空気を纏っててもいいとまり木を見つけたんだ。


「なんでそんなこと聞くの?」

 氷毬が不思議そうに聞く。ほら氷毬が真似してお餅二個取りはじめちゃったじゃないか。ここから先は戦争だよ?


 氷鞠も変わった。この子はもう周りが全部敵にしか見えてないタイプ。同族相手でも絶対に隙を見せちゃだめっていつもピリピリしてたなあ。聖獣になってからもなるべく人が来ない北の山を望むくらい。でも、似たような考え方をしてるあたしとは話があった。結界を糸電話代わりにしてね。まあ、今日は何食べたくらいしか報告ないんだけどね。

 だから、ただ助けられたって経験がよっぽど新鮮だったみたい。それとも触られる経験のほうかな。他人に慣れることを知った氷鞠はまるで裏返ったかのように人に甘えるようになった。バスティアも前の氷鞠とか想像つかないだろうね。

 

「だってさ、ばすちーって卵産む生き物じゃないじゃん」

 そっかー、奏鳴はそこが心配だったかー。なんとかあたしは自分の分のお餅を確保した。油断も隙もないよまったく。


 あたし? あたしはまあ、性格のいいほうじゃなかったよ。性格悪いやつらの考え方読まなきゃいけなかったしね。そこは幻覚魔法を使うようになったってことから察してほしいところ。


「それは心配ないだろう。むしろ奏鳴、お前卵産めなくなってるはずだぞ」

 灼狩がぼそりと指摘する。うん、あたしも同意見。あと実はこの子が一番お餅をかき集めてる。さすが狩人。抜け目ないね。


 灼狩はもうひたすらに丸くなった。もともとは引きこもりの氷鞠と違って周りに噛みつくタイプ。だけど、それは臆病の裏返し。聖獣になってからもたまにやばいの呼び出して人間を遠ざけてたくらいだし。

 新しい群れの中にいる灼狩はほんとにのびのびしてる。自分が一人でなにもかも責任負って突っ張らなくても良くなったからかな。頑張ったら褒めてもらえるとかなかったもんね。

 

 要は、あたしたちはみんなおかしかったんだよ。群れを外れてそれでも生きたいなんて生き物して狂ってる。だけど、モリアーティはそんなあたしたちの願いを叶えた。山と一心同体になったあたしたちは望み通り強く、孤独になった。自分たちが望んだとおりに、そうなった。

 自分で選んだ結果って残酷だよね。在り方ごと変えられたあたしたちは、後悔する権利すら与えられなかった。正直、黒髪女にやられたときは、これで全部壊れるってほっとしたくらい。


 今はもう、そんなこと考えてないよ?


「マジか」


 え?口に出てた?

 違った。灼狩にツッコまれた奏鳴の台詞だった。

「マジって言うかさ、この千年気づかなかったかなー?」

 らしくないらしくない。ペースを取り戻そう。


「ボクだってもう自分が熊の体じゃなくなってるの、わかったよ?」

「そいえば奏鳴、この千年卵産んだことなかったぜい……これはうっかりんこ」

「こっちがマジかー、だね……ある意味すごいよ奏鳴」

「奏鳴はもうすこし物事を深く考えたほうがいい。バスティア様にも迷惑がかかる」

「ぶー、奏鳴ちゃんとお役にたってますぅー」

 ばっさばっさする奏鳴。

 まあね、奏鳴役にたってるのはホント。特に今回はすごかった。……正直ちょっと嫉妬したよ。


 あたしたちにはバスティアが必要だ。だけど、バスティアもあたしたちを必要としてくれる。それがなんかすごく心地良い。実利的で健康的な関係だよね。人間がよく言うアイとかそういうあやふやなものじゃなくて、もっと有意義なもの。

 バスティアがあたしをもっと必要にしてくれたら、あたしももっとバスティアを必要とできるのにな。


 ぼんやりもやもや考えてたあたしを引き戻したのは、やっぱり奏鳴の唐突な一声だった。

「じゃあさ、奏鳴たちとばすちーの子供って、いったいナニになるの?」


 ……

 おおっと、これは……

 これは……


「どうなるんだろね?」

 わからない。全然わからないよこれ。あたしだってこの千年、というか子供産んだことないし。

 灼狩と氷毬も黙り込んじゃった。そりゃそうだよ、あたしたちは子供を産む生き物じゃないんだ。

 

 あたしたちは長い長い命をもらっちゃったんだ。そして、それを天敵から守るために十分な力も。だから、生き物として子供を残す必要なんか本来なかった。あたしがただ一人いればいいんだからね。


 だけど。


 あたしたちの在り方は、変わった。誰もいないとこで、ひとりで強ければいい在り方じゃなくなっちゃった。そう書き換えてもらった。バスティアに。

 バスティアに、子供が必要な体にしてもらった。


「……バスティア様は、どんな子供を望んでるんだろう」

 灼狩も同じことを考えてたみたいだ。今のあたしたちの体は、バスティアの望むあたしたちの姿がかなり影響してる。だから、多分バスティアが人間の子供を望めば、それを産める体になってるはずだし、もし今のあたしたちの子供が欲しいと思っているなら、きっと、あたしたちの特徴と能力の影響を受けた子供が生まれるはず。


「これは……試すしかない」

 氷毬がそんなことを言う。あたしも同意見、だけど……

「まだだめだよ、ミルヒアに禁止されちゃったし、例の黒髪女が片付いてからだよ」

「そっか、あんにゃろがいた」

 まだまだあたしたちにはすることがある。安全な巣穴を作るのは、周りの敵をやっつけてから。先のことはそれから、それから。


「もし、もしもだけど」

 灼狩がポツリという。

「本当にすべてが片付いて、結界とかが要らなくなったら、アタシたちも人間と同じ時間を生きても良くなるかな?」


 みんな黙り込む。

 それ、できるのかな。

 してもいいのかな。

 

 いくらあたしたちが群れを外れるような愚か者でも、千年も一人で生きればさすがに気付く。

 もう、こんな長い時間を一人で過ごすのは無理だって。


「それ、いいね」


 氷鞠の一言に反対するのは誰もいなかった。


「すごく、いいね、それ」


 氷鞠がもう一回、なぜだかなんか泣きそうな声で言ったから、みんなしんみりしちゃった。


 ねえ、バスティア、君はあたしたちに、いや、あたしにどうあって欲しいのかな?

 全部終わったら、聞かせてもらうよ。


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