第三十四話 主殿、突撃女子トークをする
バスティアが王様に攫われてしまいました。
正確には合意の元で招待されたのだけれど、私にしてみれば攫われたのと同じです。
バスティアは私の従者ですよ?
せっかく大きなお仕事が終わって、知らない街で羽を伸ばせると思ったのに、バスティアがいない……
「退屈です」
あのあと、セプトさんの道場にはお弟子さんたちが無事に戻ってきました。セプトさんも大喜び。だけど、男の人がたくさん戻ってきたところに女がいるわけにもいきません。私たちはそれぞれ街中に宿をとってバスティアの帰りを待っています。砂霧たちは野営でいいよって言ってたけど、街中であの要塞みたいな鎌倉を作られても困りますから、私の部屋の近くに大部屋を借りてそこに押し込みました。
でも、それっきり特にやることもありません。知らない土地でお仕事をするほど路銀に困ってもないですし、街をうろつこうにも双輪武術会も終わって、トプレスの町を包んでいたお祭りの熱気も引いてしまったみたい。これじゃあバスティアを連れ出してもあまり面白いことは……
いやいや、そうじゃない、そうじゃないですよミルヒア。今しかできないことをしなきゃいけません。
(この機会に、はっきりさせておかなくてはいけないことがあります!)
バスティアがいる時だと聞けないことを、みんなに聞いておかなければいけないのです。
* * *
「バスティアをどう思うか、かー」
私は砂霧たちの部屋に強襲をかけました。ちょうどいい感じに4人そろっています。手土産にりんご餅を持ってきたので彼女たちの口も軽いはずです。
そう、調べておかなければならないのは、みんながバスティアをどう思っているか、です。
特に聖獣たちは毎日バスティアに〈房珠〉のメンテナンスを頼んでします。本人たちは必要だって言ってるけど、あれは嘘です。だって今だって別にしばらくメンテナンスされてないのに平気そうだし。
ただ気持ちいいからされてるんです。ずるい。私だって一回しかしてもらったことないのに。
「いいひと」
さっそく一つめのりんご餅に手を伸ばしながら氷毬が答えます。意外でした。この子が一番妹的な感じでバスティアにすりすり懐いてる感じだったのに。結構ドライな評価です。
「うん、ばすちーはいい人。安心保障」
奏鳴が口をもっちもっちさせながら器用に声を出してます。さすが音魔法の使い手です。でもこんなことで〈抜頭〉するのはちょっと剣呑なのでやめてほしいところです。
この子の答えも意外でした。いつも隙あればバスティアにばすちーばすちー抱きついたりしてて大変羨まし、じゃなくて、はしたない印象を奏鳴には持っていたのですが。それほどでもないのかな?
「そだね、バスティアはいいひとだねー」
砂霧もそう答えます。ちょっとムッとします。バスティアはどこかこの子のことを深く信頼しているようなところがあって、砂霧自身もそういうバスティアを信頼してるのかと思っていたのに。思ったよりも営利的なつながりだったのでしょうか。
もしかしてそこまで彼女たちは気にすることなかったのかもしれません。元が動物の彼女らと私たちでは相手の距離感が違うだけの可能性も……
「そうです! バスティア様はいい人です!」
興奮気味に話すのは灼狩。この子は……もう目に見えてバスティアに懐いています。仲間内でももう誰もバスティアに様をつけるのを窘めるものはいません。一度バスティアがやめてくれと言ったらこの世の終わりみたいな悲しそうな顔をしたので、あわててバスティアが取り消したくらい。見た目お姉さんなのにもしかしたら一番バスティアに甘えてるかもしれません。今もこれだけ言うのにすごい勢いで尻尾振ってるし……
ん?
妙です。
違和感です。あの灼狩がバスティアをただの「いいひと」って答えるわけがありません。酷い違和感を感じます。嫌な予感も。
「念のために聞きますけど、あなたたち、どういう意味でいいひとって言ってるんですか?」
はたして、氷毬たちの口からとんでもない答えが返ってきました。
「いい人ってのは、10人くらいなら子供産んでもいいくらい」
「そだねー、そのくらいは子供欲しいねー」
「ばすちーの子供なら強く育ちそうだもん」
「あ、アタシはバスティア様の子供で群れを作ってもいいけどっ!」
約一名激しく興奮しているのを除いてまるで井戸端会議みたいな軽さです。ちょ、ちょっとまってください。
「あ、あなたたち、そこまでバスティアのことが好きなんですかっ!?」
「やー、そりゃその程度には優秀な種だって評価してるよ?」
「好きだけど、奏鳴たちとばすちーは同じ時間を生きられないからねー。子供残す程度しかできないし」
「ばすちあの時間とボクたちの時間、違いすぎるから」
「バスティア様のいなくなった土地に血を残すことしかできないのが歯がゆい……っ」
……千年生きた動物の感覚舐めてました。人間の感覚とは全然違います。でもそれは動物の感覚としては普通のことで、あああ。
「と、とりあえずは世界をどうにかできるまでは子供は作らないでくださいっ」
それだけ言うのが精いっぱい。
「はーい」
「りょかー」
「いいよ」
「そのくらいなら我慢する」
わかってるのかわかってないのか私がわからない返事を聞きながら、よろよろ退散します。
* * *
「バスティアをどう思うかですって?」
プニルさんたちは表通りの格式高い宿に部屋を借りています。ちゃんとメイドさんが身の回りのお世話をしてくれる人が泊まるようなお高いとこです。ブルジョワめえ。ブルジョワでした。ごめんなさい。
プニルは質問した私をじろじろと見ると、こう返してきました。
「ミルヒア自身がどう思っているのか先に言うのがフェアじゃありませんの?」
ぎゃあ。
完全な不意打ちです。おおお落ち着きましょうミルヒア。まずは大きく深呼吸。頭に血が上っているのを必死になって下げます。〈心拍調整〉〈体温調節〉〈発汗抑制〉……
「もういいですわ。〈詠衝〉してまで取り繕わなくても」
プニルがどこか哀れみをもった声でそう言ってきます。……屈辱です。まるで〈治智比べ〉に負けたみたいな気分。すごすご〈納頭〉します。これじゃあ奏鳴に文句言えないじゃないですか。不覚。
でも、プニルは小さくため息をついてこう答えます。
「私はマンチェスターの人間ですの。伴侶を求めようなどは思っていませんわ」
寂しそうな顔でした。とても言葉通り割り切ってるとは思えません。
そうです、貴族であるプニルは優秀な〈房珠〉持ちの子を残す義務があります。これはひどく残酷なことを聞いてしまったかもしれません。ちょっとしゅんとします。
そんな私をプニルは半眼になって睨みます。
「……伴侶とかそういう意味で聞いたわけではない、とか否定はしませんですのね。ミルヒア、あなたまさか従者に手出しするつもりですの?」
ぎゃあ。
カウンターです。これは酷い罠です。
「主従をかさに従者に迫るのはドン引きですよう」
「ミルヒア、それは人としてどうかと思います」
あああ、バリエラにデボネアまで追い打ちをかけてきます。反撃しないと。
「ぷ、プニルはああ言っていますけど、バリエラとデボネアはどうなんですかっ! そこのとこハッキリさせてください!」
勢いで机だってバンバン叩きます。痛々しいものを見る目で見ないでくださいプニル。これは譲れない戦いなのです。何と戦ってるかは聞かないでください。
「そうですねえ。バスティアからグイグイ迫られたら、据え膳て思うくらいにはアリですねえ」
おっとりとバリエラがそんなことを言います。ぐぬぬ。
「お慕い申し上げております。ゆくゆくは宵影流に婿入りしてもらうつもりでいます」
しれっとデボネア! この人は前々から怪しいと思っていましたが、まさかここまではっきりとバスティアを狙っていたとは予想外でした。今回もなんかいい雰囲気だったですし。危険、危険です!
え? もしかしてプニル以外全員バスティアを狙ってるんですか?
これは由々しき事態ですよ!?
「あげません。あげませんからね!」
もうなりふり構っていられません。
「バスティアは私のものですから! そこのとこほんとよろしくお願いしますねっ!」
言い捨てて退散です。これは逃走ではなく撤退ですっ!
* * *
調査結果は散々でした。
バスティア、思ったより狙われてるんですね……周りはみんな狼と思ってよさそうです。約一名本当に狼ですし。
バスティアは結局優しすぎるんです。みんなが困っているとすぐ手助けしたくなっちゃう。本当はもっと主を大切にするべきじゃないんですかー? 薄情者、腰軽男っ。
はあ、とため息。でも、結局みんなそこが好きなんだろうなあって思います。
異世界の感覚なんでしょうかね。誰もが見捨ててもしょうがないよって人ですらバスティアは助けに行っちゃいます。それも弱い男なのに。自分より強い女の人のために自分より強い女の人に突っかかりに行けるとか、そんなの馬鹿か英雄じゃないですか。
でも、いいです。バスティアは誰にもあげません。
月が綺麗ですね
ソーセキ、でしたっけ。
バスティアは私が知らないと思ってたみたいですけど、私たちの世界には守神が伝えた不思議な言い回しが慣用句として残ってるんです。ソーセキもそのひとつ。こないだの猛勉強で教養として習ったから私知ってるんです。
あの鋭そうで鈍そうな人がいつそのことに気づくでしょうか。
もっとも私はバスティアを残して死んでもいいなんて絶対言ってあげませんけど!