第三十一話 おっぱい星人、背中を預ける
『やあ、プニル。来てくれたのか。先の話は決心してくれたということでいいのかな?』
『王よ。ご機嫌麗しゅう。そのことで今日はひとつ余興をと思って馳せ参じましたの』
『ほう、よいぞ。今日の我は機嫌がいい。言ってみるとよい』
『ええ、今日の大会の結果で、ひとつ賭けなどを』
『ばすちー、聞こえる?』
「ああ、ばっちりだ。プニルたちの会話も全部拾えてる」
「すげっしょ? 褒めなよばすちー。奏鳴のこともっと褒めて』
「えらい、すごい、かわいい、奏鳴最高」
『にゃー、褒め過ぎだぜいばすちー。卵産みたくなっちゃう』
『あのう、そっちの会話もこっちに伝わってますです。イチャイチャはほどほどに』
「……ああ、すまない」
『砂霧だよ。作戦位置についてるよ』
『氷毬もおけ。指示よろ』
「じゃあ、後はデボネア、全体の指示は任せる」
『……はい、死力を尽くして、務めさせていただきます』
奏鳴の〈遠隔通話〉の威力は改めて破格の性能だった。おまけに〈盗聴〉でヘンシャル王の言葉まで一方的に中継してくれる。そのせいで彼女は左右の〈房珠〉の〈多重詠衝〉でこの魔法の維持に専念しているのでこれ以上動けないが、この段階で今回のMVPは奏鳴に与えてよかった。
おかげでこの国に一発ぶちかませる。
あとは各々が最善の結果を出すだけだ。
* * *
二日前に遡る。
セプト老が供してくれた朝食をいただいた後、俺は皆を集めた。
「双輪武術会に出るぞ」
「ええと、突然どういうことですの?」
急な言葉にプニルが戸惑った声をあげる。だが、これはこの場にいた全員の疑問を代弁していたと言えるだろう。
「すべての問題を解決できるかもしれない方法が見つかった。話だけでも聞いてくれるか?」
互いに顔を見合わせるミルヒアたち。さっと動いたのは氷毬と奏鳴だ。餅を咥えながらであるが、素早く〈抜頭〉して目隠しの〈霜〉と〈消音〉を発動させる。頼りになる。
「バスティア。まずはあなたの認識している問題とはなにかから話してください」
ミルヒアが板張りの床の上で足を直す。手に持っていた餅もそっと横に置いた。真剣な視線でじっとこちらを見つめてくる。
「ひとつは今回の謁見の目的が未達成なこと。これは王の考えを認識レベルで改めさせる必要がある」
プニルがこくりと頷く。ここをしくじればそもそも今回の特使としての任務は失敗だ。果たさなければならない最低ラインである。
「それと並行して、王家から力を削ごうとする公爵連中の意図もくじかねばならない」
せっかく王の考えを検めさせても、それで元の体勢に戻るようでは意味がない。俺たちの意見に寄り添ってもらえるように誘導しなくてはならない。
「だから、この武術会を使う」
「話が繋がってきませんわ」
だろうな。俺自身綱渡りの計画だとは思っている。
「この大会に、男である俺が出場し、勝つ。それで王の力に対する認識を叩き壊す」
「なるほど、直接王に男が女を凌ぐ場面を見せるわけですね。確かにそうすればあの王もさすがに考えを改めるかもしれないと」
さすがミルヒア、言いたいことを適切に拾ってくれる。しかし当然疑問を挟む声も上がる。
「でも、その通りにうまくいく保証はないのですよ。王が考えを変えない可能性だって十分にありますです」
そこがまさに最初の綱渡りだ。
「そこは祈るしかない。俺も力を出し惜しみしないで十分にアピール力のある勝ち方を心掛ける」
「……いえ、ひとつだけその賭けの目を確実にする方法がありますわ」
プニルがつぶやく。
皆の視線が集まる中、プニルはとんでもないことを言ってのけた。
「私が、王に賭けを持ち掛けるのです。誰がこの大会で勝つかと。そこで王にこちらの提案を呑む約束をさせればいいのですわ」
「プニル様! それは危険です!」
「王は間違いなく賭け代にプニル様の身を要求してきますですよ!」
あまりにも大胆な提案に俺だけでなくメイドたちが顔色を変える。しかしプニルはそんなメイドたちを制すると、俺をまっすぐに見た。
「もちろんこの賭けは必ず勝てる勝負になるのですわ。約束してくれますわね。バスティア」
そう、きたか。
そう言われたら俺はこう答えるしかない。
「ああ、勝つ。約束する」
しっかりとプニルの目を見つめて誓う。プニルは満足そうに頷くと、ミルヒアを振り返った。
「ミルヒアもお願いしますわ」
「え? 私ですか?」
急にプニルに話を振られて、ミルヒアが素っ頓狂な声をあげる。プニルが呆れた声をあげる。
「この大会はタッグ出場ですわ。私が王とやり合う以上、バスティアと組むのは悔しいですけどあなたしかいないでしょう」
「もとより、相方はミルヒアにお願いするつもりだった。頼むミルヒア」
「ええーまた事後承諾感あるんですけど……」
「じゃあ私と交代しますの?」
「やです、絶対譲りません」
快諾である。
「でも、問題はそれだけではないよね?」
砂霧が口を挟む。もちろんこれからが本題だ。
「ああ、王をどうにかできてもそれで暗殺されたら意味がない。当然クラーリアの暗殺計画も防ぎ、宵影流の人たちも救い出す」
「……できるというのか」
それまで部屋の隅で黙っていたセプト老がぼそりとつぶやく。
「ああ、やる。もし王の説得に成功したなら、その時必要になるのは宵影流を修めた戦える男の人材だ」
デボネアがスカートの裾をぎゅっと握りしめるのが見えた。
「砂霧たちには、大会に合わせて襲撃のために潜伏している宵影流の隠密たちを無力化してほしい」
「やー、簡単に言ってくれるけど、森の中で狩りをするのとはわけが違うよ?」
「はい、アタシの目でも人ごみの中に隠れている人間を識別するのは無理です」
灼狩が申し訳なさそうに言う。そう、今回は大漁の観客の中から曲者を見つけ出して無力化しないといけないのだ。だが、あてはある。そして先ほどのプニルの申し出でより盤石なものになった。
「奏鳴、離れた相手に音を届けることはできるだろう?」
「やだなあ、ばすちー、そんなのちょー余裕っしょ。〈通話〉も〈盗聴〉も奏鳴におまかせだよ? なんなら街のあっちとこっちでヒソヒソ話させちゃるかい?」
想像以上に頼もしい答えが返ってきた。
「いいぞ奏鳴。これで手札がすべて揃った」
俺はまっすぐにデボネアを見つめた。たじろぐデボネア。
「デボネア、今回の作戦の指揮官を任せたい」
「え? えええええええええ?」
クールビューティのデボネアが慌てた声をあげる。
「ななななんで私ですか!? 何かの間違いじゃないですか!?」
パタパタと手を振るたびに豪快に〈房珠〉が揺れているが今はそっち見てる場合じゃないので精神力を絞り出してデボネアの顔を見る。まあおっぱい星人奥義〈幻照〉を使うところまでは見逃していただきたい。
「いいや、間違いじゃない。デボネアはプニルとともにヘンシャル王の近くに行ってもらって、観覧席に潜り込んでほしい。そこで、ヘンシャル王と、おそらく同席するクラーリアの様子と、灼狩たちから上がってくる情報をもとに、宵影流の動きを同門として分析してほしい」
「つまりボクたちは、でぼねあの指示で動けばいい?」
「やー、なるほどね、それならこっちも目星をつけて対処できるよ」
納得する聖獣たち。それに対してデボネアは真っ青で泣きそうな顔をしている。
「そんな……責任重大な仕事、私には無理ですう…‥」
「いいや、できる。というか、デボネアにしかできない」
俺はデボネアの肩を掴んだ。びくりと震えるデボネア。その肩は小さく震えている。
「デボネアにトレースしてほしいのは、まさに無理だと思っていたことを成し遂げようとする宵影流の使い手たちの考え方なんだ。仮にクラーリアの指示を受けたデボネアなら、攻め手としてどうするのか。それをみんなに伝えてほしい。デボネアが一番嫌がる手が、敵にとって一番嫌がる手になる」
デボネアの目から動揺の揺らぎが消える。代わりに灯るのは理解の灯。だが、まだ小さい。
「バリエラには、ともにプニルについてもらい、指揮に集中するデボネアのサポートをしてほしい。あとは王の最終防衛ラインを頼みたい」
「いいですよう。プニル様とデボネアちゃんを守るのはずっと私の役目でしたから」
「プニルはデボネアのフォローも頼む。可能なら王やクラーリアから情報も引き出してアシストしてほしい」
「心得ていますわ。私たち3人がどれだけの修羅場をくくりぬけてきたと思っていますの」
バリエラとプニルの力強い声で、デボネアの瞳に意思の光が宿り始める。
その光に向かって、俺はもう一度言う。
「デボネア、頼む」
「……バスティア、あなた宵影流の才能ありますよ」
デボネアはくすりと笑ってそう言った。
「そんな目で頼まれたら、もう断れないじゃありませんか」
「嫌だったか?」
「その質問も意地悪です。嫌じゃなかったから、嫌なんです」
デボネアがそっと距離を取る。細い肩から手が離れる。
「こういうのは、もっと別の言葉を投げかけるときに使ってほしかったです」
ミルヒアがもにゃもにゃ何か言いたそうにして、結局口を閉じた。
セプト老はただ黙って、俺たちに頭を下げ続けていた。
俺たちの戦いが動き始めた。




