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第三十話 おっぱい星人、立ち上がる

 

 セプト老は深々とため息をついた。それが今までの推測が正しかったことを肯定する。

「叔父上、何があったか教えてください」

 デボネアが詰め寄ると、セプト老はながくなるぞ、と前置きした上で観念したかのように話し始めた。

「王家が男子継承なのは知ってるな?」

「この世界では珍しい話だとは思っていたが」

「今から千年ほど前、守神が〈房珠〉をもたらす前は、この世界は男のほうが強かったんだとよ」

「何度聞いても信じられませんよね」

 ミルヒアの言葉にプニルたちも頷く。

「まあ、そんな時代もあったのさ。当然そんな世界じゃ男のほうが強い権限を持つ。王位継承権もそうだ」

「指導者に強い力が求められるのは当たり前のことですわ」

「ところが〈房珠〉がもたらされ、その序列が狂っちまった」


 ここからは俺の推察も入るぜ、と断ってからセプト老は言葉を紡いだ。

「世界のルールが根底からひっくり返った中で慌てたのが既得権益に縋っていた連中だ。当然王家の男も含まれる。だから連中はルールとして男を保護する仕組みを作った」

「なるほど、それで男優位の継承権か」

「でも、そんなの周りの女の人が認めなくないです?」


 バリエラの疑問はもっともだったが、セプト老は首を横に振る。

「上に近い連中にとっては、テッペンが弱いほうがやりやすいのさ。そんなこんなで公爵家以下が女権体制に変わっていく中、王家はどんどん弱くなっていった。今では聖都のほうがよっぽど格上だ。この街に聖都に逆らえるやつはいねえ」

 それで紹介状があれだけ効いたのか。パンプローヌ、グッジョブだ。

「血に男を混ぜ続けたなら当たり前の結果ですわ」

 プニルが呆れたように言う。


 ……?


「いや、普通子供を残すなら男の血は混ざらないか?」

 俺が口にした途端、皆が黙ってしまった。

 あ、この空気知ってるぞ。小さな子供に「赤ちゃんはどこから来るの」と聞かれたときの気まずい大人たちの空気だ。

「バスティアさんよ。それは下層のやり方だ。お偉いさんたちの世界は違う」

 比較的冷静枠のデボネアが解説を買って出た。

「権力者は強い〈房珠〉を持つ子供を望みます。なので子供を作るときは、〈創造〉やそれに類する魔法を持つものから直接魔力ある胤を宿してもらうのです」


 ……本格的に男が要らない世界なのか。ここは。


「もっとも金のかかるやり方だからよ、生まれによっちゃ知らねえのもしょうがねえか」

 だが貴族の付き人やってるなら知らないのはまずいぜ、とセプト老。

「男の人を介した妊娠で生まれる子供の質はまちまちです。一度孤児となったあとに後天的に強い〈房珠〉の力を得たミルヒアは幸運なケースです」

「はい、ラッキーでした」

 結構きわどい話のはずだがミルヒアはあっけらかんとしていた。出自の関係ない完全実力社会だからこその考え方だろうか。


「話を戻すぜ。そんなわけで、いつの間にか王家には公爵家の中から〈房珠〉が弱い娘が嫁ぐことが慣例となった」

「そうすれば王家に強い影響を与えつつ、その力をさらにどんどん弱められるというわけですか」

「一族の爪弾きものを押し付けるにも丁度良かったんだろうな。王家の子供は代を重ねるうちにみるみる魔力が薄まっていった」

 セプト老はため息をついた。

「それを是としなかったのが、当代のヘンシャル王だ」


 ちらりと灼狩を見ると、小さくうなずき返してきた。

 レーダーの反応に不穏な動きなし。続けてくれとセプト老を促す。


「ヘンシャル王の妹、クラーリア様は、あまりにも〈房珠〉の力に恵まれなくてな。王はそれを嘆いた。こんな悲劇を繰り返してはいけないとな。そこで外部から強い〈房珠〉持ちを掻き集め始めた。公爵家から身を護るため、そしてゆくゆくは王家の子を宿してもらうためにだ」

「そういうことだったのですの」

 プニルが納得したかのように頷いた。

 クラーリアが纏っていた奇妙な乳気の正体が理解できた。クラーリアの〈房珠〉は…偽乳(竹光)だったのだ。違和感を覚えるはずだ。

 同時に王の苦悩にも納得がいった。

 急で強引な勧誘も、男を軽んじる言動も、ただどうしようもない現実を変えるための力を求めるがゆえのものだったか。


「王は今年の双輪武術会に虎の子の親衛兵団を出場させるつもりだ。その実力を示し、それをもって公爵家の傀儡から決別するつもりでな」

「それは公爵家も黙ってないでしょう?」

「もちろんだ。武術会には一族の中でも腕利きを送り込んで、親衛兵団を叩き潰そうとしている。だがな、問題はそこじゃねえ」

 セプト老は声をさらに小さくした。

「つまり、この大会の間は、王国の腕利きは大会に拘束される。王の護衛がもっとも薄くなる」


 それこそ、男でも暗殺が成し遂げられうるほどに、か。


「クラーリア様は、己を疎んじて顧みないヘンシャル様を憎んでいる。そしてヘンシャル様の考え方を憎んでいる。この機会に兄の顧みなかった弱者の手をもって暗殺を成し遂げようとしてるのさ」

「じゃあ弟子の皆さんは」

「あのバカども、自分たちの技が実践で必要とされてると唆されて、こぞってクラーリア様の引き抜きに飛びつきおったわ。いや、これは技ばかりで心を仕込めてなかった俺が悪いか」

 セプト老は疲れ切ったように手足を投げ出した。

「知ってるか? もともと双輪武術会というのは男女の2人組で参加するのが慣わしだったらしいぜ。それが今じゃ出場するのは女しかいねえ。あげくの果てにそこで妹が兄王を殺そうとしてやがる。いつからこの国は……この世界は狂っちまったんだろうな」


 セプト老は笑っていた。それは己の全てをあざけるような悲しい笑い。

 継いで絞り出したような言葉が、いかに彼がすべてを諦めてしまったかを物語っていた。

「今の俺にはわざわさ死ににいく弟子を止める力すらねえ。だからデボ助たちには言っておきたいのさ。どうししようもないことにははじめから関わらねえに尽きる」


 誰も声をかけられなかった。ひとつを止めれば済むような簡単な問題じゃない。

 なにをすればいいのかすらわからない。

 なにをしても反対側がほころんでしまうような、虚しさと絶望感。


 セプト老は空気を切り替えるように立ち上がった。

「今日はもう遅い。一晩寝て明日の朝決めとけ。今から空き部屋に案内するからよ。部屋割りは勝手にしろ。だがまあ一応道場なんでな、猥褻沙汰は控えてくれ」

「しませんよっ!」

 ミルヒアがむきになって抗議した。


    *    *    *


 かすかな物音で目が覚めた。

 寝床からそっと這い出す。格子窓から射し込む月の光の角度はまだ深夜。あてがわれた一人部屋で周囲の乳気を探る。

 近くにデボネアの乳気を感じない。

 そっと部屋を出ると、物音がまた聞こえた。音を追えば、屋外練武場らしき場所に出た。

 道着で身を包んだセプト老と、肩で息をしているデボネアが月明かりの下で対峙している。


「もう一本だ。好きに打ち込んでみろ」

「はいっ!」

 デボネアが魔力を帯びた踏み込みで距離を詰める。そのまま流れるようなローキックを放つが、セプト老は読んでたとばかりにその膝を足の裏で迎え撃った。

「あうっ!?」

 横から蹴り脚の膝に変な力をかけられたデボネアは重心を崩され、回転するように地面に転がされた。


「避けられらなら足を狙う。見え見えだぜ。宵影流の真髄を言ってみろ」

「相手のしたいことを理解し、それの邪魔をする、です」

「魔法の戦い方に慣れちまって忘れてるだろ。魔法も使ってもう一回やってみろ」

「はいっ!」

 デボネアが道着の胸元を豪快にはだける。〈多重詠衝〉されたのは〈移動阻害〉と〈足絡み〉だ。と


 すこーん

「はうっ」


 セプト老の投げた小石がデボネアの額を直撃していた。

「距離を詰めたい相手は遠間から打つ、足を止めさせたい相手なら機先を制して逆に足を止めさせる。常に相手が嫌がる手を打て。それがお前の妨害魔法だろう」

「はいぃぃぃ」

 額を押さえてデボネアが呻く。魔力で強化されたデボネアの体でも集中力を切らす程度には痛かったらしい。俺が受けたら額が割れてる奴だ。


「まあ、これが宵影流だ。参考になったかバスティアさんよ」

 セプト老はこちらを振り返った。さすがにこちらには気づいていたらしい。素直に称賛する。

「ああ、いいものを見せてもらった。大したものだな」

 まさか魔法まで破るとは思わなかった。あとデボネアの道着ポロリ。深刻な話ばかりだったので魂が潤います。


「謙遜なさんな。お前さんはもっと派手なことができるらしいじゃねえか」

「いや、俺の技は半分ペテンのようなものだからな」

「技に王道もペテンもあるかよ。生き残るために何でも使うのが技だ」

「肝に銘じる」

 礼をすると、セプト老は手をひらひらさせて立ち去った。


 セプト老が立ち去ると、デボネアがのろのろ立ち上がった。手を貸してやる。

「ううう、バスティア、見てたのですね。お恥ずかしいところを」

「いや、大したものだった」

 セプト老の技も、デボネアのおっぱいも。

 でも、それ以上に宵影流の考え方に感じ入るものがあった。


「したいことを理解し、相手が嫌がることをする、か」


 力を求めるあまり力なきものを否定する道を選んだヘンシャル王。

 既得権益を求めるために王家に変化を許さない公爵たち。

 兄王を疎むあまり無謀な暗殺計画を企むクラーリア。


「生き残るために、か」

 月明りに照らされて、練武場の石畳に俺とデボネアの影が伸びる。


 そうだ。俺たちは立ち止まるわけには行かない。

 立ち止まれば世界が消えてしまうのだ。

 どんな手も使わなくては。


「双輪武術会というのはいつあるんだ?」

「今年は3日後ですね」

「参加資格は?」

「2人組で、飛び入り参加ありです」


 最初の開催者は、どんな思いで2人組の大会を双輪と名付けたのだろうか。

 国を前に進めるための双輪、この国が見失っているというのならば。 


「やるか」

「え?」


 ならば、やってやろう。


「あいつら全員が嫌がることを全部、な」


 

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