第二十九話 おっぱい星人、陰謀を知る
謁見の間を辞した途端、プニルが爆発した。
「なんですのあの王は!」
「全然話聞いてもらえなかったですね…‥」
いやいやおたわむれを、いや我は本気であるぞ、光栄ですがそんな急な話は、ならば待とうではないか、などとまるで話の通じない謁見をなんとか切り上げ、席を辞して城の廊下を歩く。
王は欠片もこちらと話すつもりはなかった。ただ、聖都の騎士団お墨付きの実力者であるプニルとミルヒアの引き抜きをするためだけに場をしつらえたのだった。結局あの王は俺には一瞥もくれなかった。
謁見は失敗である。
仮にこちらを信じていない相手であれば論と証拠で説得も可能であるが……
「はじめから話を聞く気すらない相手だとな……」
お手上げである。
ミルヒアが疲れた様子で口を開く。
「仕方ありません。ひとまずはセプト老のところに戻って今後の方針を話しましょう」
王は城に逗留するように二人にしきりに勧めていたが、それは断固固辞した。どんな手段を用いてくるかわからないような相手の用意した部屋で寝られるわけがない。
というか俺がそんなとこに二人を預けたくない。衝撃で思考がマヒしていたが、だんだんじっくりと腹が立ってきた。あんにゃろめ、あんだけ立派なおっぱい軍団並べたうえでさらにミルヒアとプニルまで欲しがるだと。許さんぞ、許さん。むしろ一人か二人俺にくれ。
いや、そうじゃないな。ふーっと息を吐きだす。
あの王は、二人を戦力としてしか見ていなかった。俺はそれが気に食わなかったのである。せめて王として異性を求めるつもりで声をかけていたなら……あれ? これはこれでしこたま腹立たしいぞ?
なんとも処理しがたい悶々とした気持ちだけが残る。冷静にならねばならない。
意図的に冷静たれと努めたからか、お嬢様らしからぬ怒りの歩法で高そうな絨毯をえぐりえぐり進むプニルのあとを追いながら、ふと気配を感じ取れた。異質な乳気……とでもいうべき謎の気配。
果たして振り返れば、今まさにこちらに声をかけようと踏み出したドレス姿の少女と目が合う。
少女は一瞬口ごもったあと、結局心の中の既定路線で行くことに決めたらしい。
「もし、そこの方たち」
数回咳払いをして体裁を取り繕い、切り出してきた。
「先ほど兄に話した内容を、私にも話していただけませんか」
* * *
ドレスの少女の先導で、王城の一室、それもかなり奥まった区画に導かれる。表からは普通たどり着けないこの区画はおそらくは王族専用、あるいは……
(その王族を軟禁するための区画か)
「クラーリア、と申します」
人の気のない飾り気のない小部屋で、ドレスの少女はそう名乗った。
プニルが跪く。よくわからないが俺たちも倣う。しかし、プニルがそう振舞ったのはあくまで儀礼的なものだったらしい。
「王妹閣下が私たちに何のご用事ですの?」
臣下の礼を取りながら、プニルの言葉は警戒心に満ちたものだった。
王妹クラーリア
現王ヘンシャルの実妹である。
事前に情報は聞いていたが接触を図って来るとは予想外だった。
クラーリアはこちらの礼を解くように手で示した後、優雅にこちらに一礼をしてみせた。
「まずは愚昧な兄王の振る舞いをお詫びいたします」
「おやめください王妹閣下。貴方様から謝っていただくことではありませんわ」
「いえ、これはこれからのために必要なことなのです」
そういうクラーリアの目はまっすぐ真摯で……濁っていた。
* * *
「なるほど、そのような敵が現れたのですね」
クラーリアは俺たちの話を興味深そうに言いてくれた。特に、乳憎むものの能力の特性には興味を引かれたようで、襲撃の時の様子を詳しく聞きたがった。こちらも明かせる範囲で可能な限りの情報を開示する。
可能なら王とこの時間を取りたかった。嘆いても始まらないが。
「ああ、どこに現れるかまるでわからない。なので可能な限り広域で対策を取っておきたい」
「そのためには男の方を戦力として使う必要があると」
「あくまで対策としての一案ですわ。これが完全正解というわけではないのですけれど」
それでも可能性をあげた対策をしていくしかないのですわ、と半ば自分に言い聞かせるようにつぶやくプニル。
クラーリアはふむ、と考え込む様子だった。
「確証があるわけではないからこそ、王家に先んじて協力を要請し、諸領に号令をかけたい、といったところですか」
「飾らない言葉を使わせていただけるなら、その通りですわ」
「あの人は何をしてくるかわかりません。可能な限り早急に対応したほうがいいと思います」
「ふふ、ご安心ください。きっとすぐそちらと連携できるようになります」
ふわっと微笑むクラーリア。
「一週間後、きっと有意義なお話ができるようになっていると思います」
「……それはどういう意味ですの?」
クラーリアは微笑むだけでその質問には答えなかった。
* * *
「という具合だった」
「なんなのですか! ここの王様は! 失礼にもほどがありますですよ!」
「見損ないましたね……他領にそこまで強い影響を持てるつもりでいるのでしょうか」
セプト邸にて留守番組に王城での顛末を伝えると、メイド二名は大いに憤慨した。当たり前の反応である。俺たちは道場の名にふさわしい板敷きの間で車座になっていた。逗留中はこの門弟なき道場が俺たちの居間となる。ちなみに聖獣たちは餅をたらふくたいらげたらしく、ご満悦で転がっている。たぬきじゃ。たぬきが4匹おる。それでも俺の四方を囲むように転がっているのがボディーガードのつもりだろうか。バリエラが気を使って精算はエルブレストに帰ってからでいいですと言ってきたのがむしろ怖すぎる。いくら食べたの君たち。聞きたくない。
「でも、クラーリアさんは話を聞いてくれたんですよね」
ミルヒアが思い出したように言う。たしかにクラーリアは兄王よりは話が通じそうな空気があった。だが、何かが引っかかる。
あの濁った気配は一体……
プニルも素直にクラーリアのことは受け入れられないようだった。
「トプレスの王家は代々男子継承のルールを敷いていますの。いくら王妹といえど王の方針に口を出すことは越権、あるいは反逆に該当しますわ。何のあてがあってあのようなことを」
「やはり気になるよな……あの王妹閣下はなにをする気なんだ」
すると、そこまで黙って茶を淹れていたセプト老が、ぽつりと口を開いた。
「デボ助の上司さんたちよ。悪いことは言わねえ。早いところこの街を出て行った方がいい」
「叔父上?」
「関りを持たないでいられるならそれが一番だ。わざわざ他所から来て巻き込まれることはねえ」
「やー、やっぱりそういうことだよね」
それまで黙っていた砂霧が口を挟む。
「灼狩っち、さっき言ってたこと教えてあげて」
「ああ、この館の周りに複数の監視の気配を感じた」
「で、奏鳴っち」
「音を集めてみたら、そこのおじいちゃんを見張ってるみたいだったよ。それもお知り合い?なかんじ」
セプト老の肩がぴくりと揺れた。
「で、どうにも、そいつらお城に向かうバスティアたちも監視してたみたいなんだよね」
「……そうして、城で王の妹が俺たちに接触してきたと。それも味方と判断して」
「ここの道場、隠密術を教えてたんだよね。つまり……」
「クラーリアは、隠密集団を引き抜いて運用しており、兄王の意見を翻させる計画がある。これは……」
「やめろ! それ以上口にするな!」
セプト老が慌てた声をあげるが……
「だいじょうぶ、奏鳴の〈消音〉だけじゃなくボクの〈霜〉で覗き穴も塞いでる。誰も見えないし、聞こえない」
氷毬がごろんと転がりながら告げる。その〈房珠〉は言葉通りの魔法を発動させていた。
奏鳴も同様だ。〈房珠〉を揺らしながら器用にサムズアップしてきた。頷きを返してやる。
ならば、遠慮することはない。
「……反逆計画、それも王の暗殺計画が動いている」
場がしんと静まり返った。




