第二十八話 おっぱい星人、王都へ行く
「それではわたくしたちはここで。またご縁があればお会いしましょう」
「ああ、そちらも達者で」
軽く会釈してパンプローヌと別れたのは聖都に向かう東の街道を一週間進んだ三叉路だった。ここから東に3日進めば聖都ノヴァユリア、南に折れてさらに一週間進めば王都トプレスとなる。雪のちらつく旅程ではあったが、基礎魔法でインフラのほとんどが現地調達できるのだから強行軍という程でもない。なによりこちらにはエキスパートがいる。
* * *
「じゃーん。かまくらー」
「多重防風壁を添えてー」
くるりと回ってとハイタッチ。寒空の下、氷鞠と砂霧がせっせと〈房珠〉を〈詠衝〉させて魔法で氷と砂で組み上げてみせたのは、有り体にいって要塞である。トーチカってやつだろこれ。断じてかまくらなんて可愛らしいものじゃない。騎士団逗留中は目立たないように我慢してた反動か、パンプローヌたちと別れてからのはっちゃけぶりがすごい。この自称かまくら、〈聖雷光〉にもしばらく耐えるって断言できる。
「バスティア様、お風呂も設えてあります。小火精が控えておりますのでいつでもお入りになれます」
さらに灼狩が傅いてとんでもないことを言う。
「えーと、その、奏鳴も歌とか歌ったほうがいいかな?」
なんか出番がなかった奏鳴が居心地悪そうにしてたので、4人まとめてフニフニしてやった。
「改めてとんでもないですねえ」
「やっぱりひどいズルをしている気分になりますわ」
「旅先のほうがいい暮らしできますね」
「わーいお風呂なのですよう」
何かを諦めたような口調でつぶやくミルヒアとプニル、そして実際諦めたらしいメイドさんたちだったが、こっちに言わせてもらうならこんな寒さでもマント一枚羽織れば済んでしまう〈体温保持〉の魔法のほうが遥かにずるい。俺ひとりだけモコモコフル防寒仕様なのだ。
もっとも〈自動詠衝〉のために常時〈抜頭〉していてくれるのは大変にモチベーションが上がります。ありがとう〈体温保持〉。でもずるい。
やはり寒い中では氷鞠が特に元気だった。熊なのだから冬眠はしないのかと聞いてみたところ、盛り芸術と契約した理由がまさにそれだったと言う。
熊は寒さで冬眠しないで済む在り方を、狼は炎を恐れなくていい在り方を、鷹は大きな音に怯えなくていい在り方を、狐は執拗な追跡者に脅かされない在り方を望んだ。生存本能に逆らうという生き物の枠からはみ出した彼女らの望みを盛り芸術は力を与えることで叶えた。彼女らはその交換条件として人の街を守る聖獣となった。
しかし、そんな盛り芸術は今、人の世界を滅ぼそうとしている。
友に一体何があったのか。
いつか真意を問いたださねばならない。
* * *
「見えました。あれが王都です」
丘の上からデボネアが指差す先を見つめる。
王都トプレスは蜘蛛の巣のような放射状の区分けを持つ都市だった。輪切りにしたオレンジのようにも見える。全体的に建物の背が低い街だ。特に目を引くのはコロッセオだろうか。巨大な石造りの競技場らしき建物が見える。エルブレストのギルドの仮説試合場とは3段階ぐらい規模の違う本格的な集客施設だ。その中心に古めかしい造りの石の尖塔が見えた。あれが王城なのだろう。
「これからどうすればいいんだ」
難しい手続きに関してはさっぱりだ。これからの方針をプニルに確認しないといけない。
「まずは、謁見の申し入れをしないといけませんわ。重要案件ではありますが火急の報というわけでもないので、どこまで反応していただけるかわかりませんが」
「この世界では地方領主というのはどのくらいの役職なんだ」
「実質的な権力としてはほとんど王家と同格か、あるいはそれ以上ですが、形式上は王家の配下として地方自治を任されている、という形式になりますの」
そういえばマンチェスター家は侯爵だったな。
「つまり、ここぞとばかりに権威を振りかざしに来られる場面というわけだ」
「こういうのから離れたくて冒険者になりましたのに……」
「ま、まあ、私この土地には若干明るいですし、案内できます。この時期なら新年の双輪武術会もありますし、仕事が済んだら観光できますよ」
デボネアがフォローに入る。ミルヒアが思い出したように質問する。
「デボネアはなんでこの街にくわしいんです?」
「私の師匠筋にあたる方がこの街にいるんです。私自身もしばらくこの街で暮らしていました」
「わあ、じゃあ挨拶に行かないとですね」
「ええ、私に行動阻害術の基本を教えてくれた人です。普段は男の方にしか教えてないんですけど、私は特に目をかけくれて。バスティアにも是非紹介したく」
「それは学ぶことがありそうだな」
俺の技はすべてハウツー本経由の我流を組み合わせたものだ。本物の戦闘のプロと会うことで新たな境地を開けるかもしれない。魔法を介さない男向けの戦闘術となればなおさらだ。
「それよりまずは宿を探さないといけませんです。旅装のまま面会を申し込むわけにもいかないですし」
「じゃあ尚更先に紹介しておいた方がいいですね」
バリエラのぼやきに丁度よかったとばかりにデボネアが答えた。
「その師匠筋というのは、私の叔父なんです。かなり広い道場を構えてますから、泊まる場所くらい貸してくれるはずですよ」
* * *
「おう、歓迎するぞデボ助の上司さんたちよ」
「知人の前でその呼び方はやめてほしいのですが」
「おう、わりぃな」
デボネアの叔父という人物は、小柄ながらも矍鑠とした老人だった。
「俺はセプト、まあここの主だ。今は部屋だけは空いてるから好きに使ってくれていいぜ」
「あの、弟子のみなさんは?」
「ああ、みんな辞めちまった」
セプトと名乗る老人の家は、ありていに言えば道場そのものだった。広い訓練場にそれなりの人数を収容できそうな宿舎まである。ただ、そのいずれにもまったく人の気配を感じない。
「ちゅうわけで宵影流隠密術は俺の代でしまいだ」
「そんな……先人の編み出した技は技は時代を超えて受け継がなくてはとあれだけ言っていたのに」
「時代にそぐわない技を覚えても誰も幸せにならないってこったよ」
セプトはデボネアをじっと見つめた。
「デボ助、お前に教えた宵影流の心構えがうちの本質だ。魔法が使えるお前がその本質を継いでくれりゃそれでいい」
「叔父上……」
「失礼、俺はバスティアという。セプト師範にお尋ねしたい。なにがあった?」
「ああ、お客人に気にかけてもらうことじゃない。どうしようもない事情ってやつだ」
「ならいいのだが……」
なにか助けになれればと思ったが、話してもらえないならしょうがない。
「それよりも、急に来るから飯が出せねえ。武術会が近いからこの近くにも餅のうまい露店が出てる。行ってみるといいぜ」
「おもち!?」
なぜか砂霧が食いついた。
「あのむにむにでふにふになやつだね。いいねおもち。食べに行こう」
「砂霧は餅が好物なのか?」
初耳だったので聞いてみる。
「やー、東の山の近くの祠にたまにお供えがあったんだよ。あの辺大きな街道が通ってるから」
「なにそれずるい」
「ずっこい」
「ずるいな」
比較的僻地が持ち場だった他の聖獣たちが唱和した。
「お餅もいいですけど本題を忘れてもらっちゃ困りますわ」
プニルのぼやきは聖獣たちの耳にはもう届かない。
* * *
「……まさかこんなにスムーズにいくとはな」
「驚きでしたね」
「さすが聖都の騎士と言ったところですか」
予想通り、謁見は申し入れ段階で大いに対応を焦らされた。
この際地方領主に格の違いを教え込まねばという役所対応である。実際こうやって公務を受け付けているのは上位の公爵家の連中、マルタン家といったか……もっとも名ばかりでまともな領地ももっていないような連中ばかりなのだが……なのだからたちが悪い。個人的に言うならば、きつめの秘書風お姉さんがおっぱい丸出しで塩対応してくれるというご褒美シチュなのも実にたちが悪い。癖になったらどうしてくれる。
しかし、そこでパンプローヌの紹介状がてきめんに効いた。聖都の紋を見るや、使いの者は王のもとに飛ぶように駆けていき、あっさりと謁見の手筈が整った。とんとん拍子で支度は整い、こうして王座の間で膝をついて王様の登場を待っているというわけである。
ちなみにプニルには俺とミルヒアのみが同行している。もとよりメイドが出るべき場所ではないし、餅の露店の前から動かなくなってしまった聖獣たちの面倒を見るのに誰かが残らねばならない。今回の件で乳憎むもの対策を奏上するなら、男である俺は同行したほうがいいだろうということで、この人選である。
「だが、侯爵の親書より騎士の紹介状を重んじるとはどういうことだ」
「まあ思うところはありますけど、面倒が減ったと思えばいいですわ」
プニルはどこか疲れたような諦めた口調でそう言った。スルー術も応対猛特訓で仕込まれたのだろうか。心なしか〈房珠〉までひなびた魔力を放っている。在り方が揺らぐレベルのストレスを感じてるのか……
なんて益体のないことを考えていると、ざかざかと豪快な足音が聞こえてきた。
足音の主はその印象のまま、どかりと音を立てて玉座に座った。豪快に足を組み腕掛けに肘をつきにやりと笑う。まるでジャックスパロウをそのまま金髪にしたかのような偉丈夫だった。
左右に控えるのは磨き上げられた〈房珠〉を誇らんばかりに誇示する近衛兵団だ。上半身を装飾鎧で固めているがもちろん〈房珠〉部分はぽっかりと穴が空いている。突き出した大ぶりな〈房珠〉は練り込まれた魔力に満ち満ちている。たとえるならおっぱいの富岳三十六景。〈鞘〉に記された王家の紋を見るに、側近中の側近を集めたのだろう。
(強い……な)
俺たちが気圧されているとこの緊張感を見て取ったのだろう。王は満足げに口を開いた。
「余がヘンシャルである。遠路はるばるご苦労」
プニルが代表して口を開く。
「我らが王に於かれましてはご機嫌麗しゅう。わたくしエルブレスト領主マンチェスターの名代で参りましたプニル・マンチェスターと申します」
俺たちは話を振られるまでは口を開けない。おとなしく富岳三十六景の鑑賞に戻る。しかし王はせっかちであった。
「よいよい、すでに書簡には目を通したわ。本題に入ろうではないか」
「はい、ではアンティバスト対策に関する具体的な方策なのですが」
「ああ、〈房珠〉を持つものでは対抗できない敵相手に男を使う、という話だったな。ふむ、実にユニークな発想である。なかなかに面白かったぞ」
「では……!」
「だが不要であろう」
王はぴしゃりと言ってのけた。
「火事が怖いからといって、木の椅子を捨てて泥の椅子に座る道理もあるまい。男は弱い。女が勝てぬ相手に弱い男は役に立たん。男はただ女に守られていればよいのだ」
「しかしそれでは!」
「この話はしまいである。では、本題に入ろう」
王はずい、と身を乗り出した。
「プニル殿、そしてミルヒア殿。おぬしら魔族討伐の実績があるとのことであるな?」
「ええ……」
「は、はい」
「おぬしら、我の近衛に入れ」
「……えぁ?」
「はひゃ!?」
ミルヒアとプニルの口から、玉座の間で出してはいけない類の声が漏れた。




