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第二十七話 おっぱい星人、街で流行る


「これで衛視はすべてか……」

「すまんのうバスティア。手間をかけさせる」

「いや、気にしないでくれ」

 襲撃後、早急に衛視の精査が行われた。随分前から乳憎むもの(アンティバスト)は街に入り込んでいたらしい。かなりの数の人間がその影響を受けていた。巡回中に意図的に死角を作るルーチンを仕込まれていたもの、黒髪の女をそもそも視認できなくされていたもの、ひどいのになると乳憎むもの(アンティバスト)を家族と誤認させられ生活インフラを提供させられているものまでいた。シェイドの魔法と合わせられると、ほぼ捕捉不可能な形で潜入を許していたことになる。


 まあ、精査とは言っても召集された衛視の魔力の流れを俺が確認し、乳憎むもの(アンティバスト)の操作を受けた痕跡があれば、俺が矯正するというだけの作業だ。手間どころかご褒美タイムである。これむしろこっちがお金払わなくていいんですかそうですかヤッター。


「むしろ、施術中の〈記憶操作〉のほうが助かる」

「やらせてるのはこっちじゃい」

「礼を言われることなどありゃせんわ」

 それでも俺の手の力のことはなるべく秘密にしておきたい。双子の助力もあり、衛視たちの施術中の記憶や致命的な齟齬を生み出しそうな記憶は封印処理された。とりあえずの応急処置は完了である。それでもこの作業だけでまるまる一日かかることになってしまった。



「さて、これからのことを考えねばならんの」

 スリザリアが一同を見渡した。徹夜作業明けの集合である。いつもの中庭はさすがにこの年の瀬には使えないとのことで、騎士団を応対していた邸内の一室をそのまま使用している。会するのは試合会場に残っていた全員…双子に俺とミルヒア、プニルたちと聖獣たち、そこに憔悴しきったパンプローヌと、なぜかギルドの職員として退避せずに現場を守っていたタチアナさんが加わって13人だ。この二人にも俺の力がバレてしまっていることになる。


 のろのろとパンプローヌが発言をする。

「従騎士二人は……試合の敗北のショックで出奔した、ということにしてあります」

 騎士団の関係者はその処理に追われているようだった。出奔ということにしてもスキャンダル性十分だが、それでもテロリストに呼応して離反したとするよりはマシと判断されたらしい。モンタリウェ戦とパンプローヌ戦の余波で現場から目撃者が退避していたこともその点においては幸いした。唯一の目撃者であり上司であるパンプローヌがそうだといえば、それは騎士団においては事実となる。


 結局パンプローヌとの決着は引き分けという裁定になった。没収試合というわけである。俺はそれでほっとしたが、パンプローヌは打ちひしがれていた。まあ立場上勝たねばならない戦いであっただろうし無理もない。全身から放射されていた光の気配を伴う威とも呼ぶべき気配が消えている。巨大な〈房珠〉の影から周囲を窺うフェレットよのうな印象すら受けた。


「今回の件は聖都にはどう報告するつもりですの?」

 丁寧接待モードを解除したプニルがパンプローヌに問う。

「……襲撃の件は、アンティバストの攻撃があったという点以外は一切をわたくしの胸の内に秘めようと思っています。すべてを明らかにするなら、モリアーティ……様のことについても言及しなければなりませんし」

「それで大丈夫なのかや?」

「大丈夫、ということはないでしょうね。おそらくは部下の件で何らかの処分がわたくしにも下されるでしょう」

「重要なのは上への報告ではなく、パンプローヌさん、あなた自身の中でのことだと思います」

 ミルヒアがじっとパンプローヌの真意を問うべく見つめる。


 騎士様はため息をついた。やっぱり〈房珠〉は揺れない。

「……わたくしの、信仰が揺らいでいるのです。心はいまだ聖都とともにあります。でも、今のわたくしに守神の代行者として判断を下す資格はとてもありません。悔しいですが…‥あのものの言葉に、真実が含まれていることを感じてしまったのです」


 無理もないことだった。乳憎むもの(アンティバスト)が口にしたことはおそらく真実だ。今まで疑念なく信じていたものにこのまま縋り続けるには、刺激の強すぎる情報だったに違いない。いや、ここで疑問を覚えることができるこの騎士様がまだ比較的まともだったということだろうか。


 最後に騎士様は深々と頭を下げた。

「何を詫びればよいのかすら、今のわたくしにははっきりと答えは出せません。でも、わたくし個人としてあなた方の戦いを邪魔するようなことはしないと誓わせていただきます」


 パンプローヌは俺をまっすぐ見た。

「バスティア殿が望むなら、あなたを聖都に紹介することもできますが」

「後に必要があったら頼むかもしれないが、今は伏せておいてくれると助かる」

「かしこまりました。確かに、今の聖都はまだ諸々の事実を受け止められる体制ではないでしょう。では、そのように」

 パンプローヌがふわりとほほ笑んだ。


「奇跡の力を随分簡単に見逃してくれるのじゃな?」

 スリザリアが半眼でねめつける。

「わたくしの中で神に対する信仰が揺らいでいるからですわ。かつてのわたくしならアンティバストに対抗できるバスティア殿を無理やりにでも神の再来として聖都に連れていくことも辞さなかったでしょう。ですが」

 ちらりとミルヒアを見る。

「バスティア殿の主様は、わたくしがバスティア様を神として、この身を捧げることを許してくださいますか?」

「ダメです」

 ミルヒアは思いっきり両手を×の字にして掲げてみせた。

 くすりと笑ってパンプローヌは締めくくった。

「そういうことです」

 

    *    *    *


「まあそちらはそれでええじゃろ。問題は今後の防衛計画じゃ」

 ローレリアが頭をがりがりと掻いた。流れるような金髪が一瞬乱れるが、さらりと解けて元に戻る。

「衛視にどれだけ警戒させても、今回みたいにあっさりと街の中まで入り込まれることが明らかになった。これをどうするかじゃ」

「魔族だけならまだ戦力で対抗しようもあるが、あの『手』が厄介じゃのう」

「〈房珠〉持つ限りは衛視すら取り込まれかねないとなるとな。接触すなわちアウトとなると、従来の警戒態勢がまるで意味をなさん」


 今までどおりがダメなら、新しい機構が必要だということだ。

 だったらこの手は使えないだろうか。

 前々から心に引っかかっていたことでもある。


「男を使ってみるのはダメなのか?」

「男性を、ですの?」

「別に主力で使えと言うことではなくて、衛視のチームの中に乳憎むもの(アンティバスト)の力の影響を受けない〈房珠〉のない人間を混ぜておくんだ。これなら全員が一度に同じ手段でやられるケースを防げる」

「それは……確かに有効かもしれんがのう」

「しかし、男を一線に立たせたがらないもののほうが多いじゃろなあ」

「それ以前に男を戦力として認めないものがほとんどじゃろう」

「あの、それがですね」

 それまで居心地悪そうにしていたタチアナさんがおずおずと挙手をした。


「ギルドのほうに、男性従者の募集が殺到しておりまして。これは衛視局のほうからも問い合わせが」

「なんじゃと?」

「初耳なのです」

「何がありましたのでしょうか」


 いえ、それが、とタチアナさん。

「先の試合を見てた冒険者さんたちの中で、主のために戦う男従者萌えが起こってるみたいで」


 は?


「バスティアさん症候群です。男だてらに屈強な女騎士を制したということで、男も侮れないと再評価のブームが来ています」

「……そういうことでしたら、衛視隊に男性を加えさせるというのも……?」

「おそらくは現実的に可能でしょう」


 異世界にてまさかの俺萌えブームが来ていた。


 タチアナさんが心なしか申し訳なさそうに、ちらりとこちらを見る。

「その流れで、バスティアさんにも引き抜き勧誘が殺到してますが……これは処分していいんですよね?」

「処分です!」

「処分ですわ!」

「処分すべきです」

「処分なのです!」

 ミルヒアとプニルの声がハモった。あと誰か他にも声が混ざってた気がする。

 気おされてタチアナさんは軽く涙を浮かべていた。かわいそう。


 灼狩がぽつりと口を開く。

「ええと、そのことでバスティア様に伝えておきたいことがあります……」

「それは今関係のあることか?」

 たぶん、と前置きをして灼狩が続ける。

「今朝から男の人たちが、おうちの周りに押しかけてます。バスティア様に弟子入りしたいとか言って」

「ひゅー、ばすちー有名人」 

 奏鳴が囃す。しかしこの報告は少し俺にとっては考えものだった。おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)はあくまでおっぱいとの関係を追求するための技術なのだ。あの試合だけを見て戦闘術と誤解されては困るし、半端に教えて生兵法で怪我をされても寝覚めが悪い。

 リコルほど素直に師事してくれれば技の伝授もやぶさかではないが、男従者の需要が高まっているとあれば時間をかけて真意を学んでくれるものは少ないだろう。そもそも真意を理解されてもらえる気がしない。


 是非にギルドでも講習をお願いしたいと頼むタチアナさんを制し、技の伝授を軽々にするつもりはない旨伝えると、双子はふむ、と腕を組み、このような提案をしてきた。

「バスティア、おぬし王都に行って見る気はないか」

「王都? なぜ急に王都が出てくる」

「アンティバストらの目的が今の世界のすべての破壊なら、その対応はなるべく多くの都市で共有せねばならないからの。特使を派遣せねばならぬ」

「今のエルブレストにいても追っかけ回されてばかりで気も休まらんじゃろ。しばらく身を隠したほうがいいと思ってな」

 王都か。確かにしばらく街を離れるのは一つの解決策に思えた。時間を置けば男を含めた衛視の体制も地に足のついた価値観に収束するだろう。


 デボネアが思い出したように言う。

「そういえば、〈房珠〉伝来よりも古い歴史のある王都トプレスには、男性が戦うための技が未だに伝承されていると聞いたことがあります」

「かつて男が世の中を仕切ってた時代の名残じゃの。今でも王家には男が混ざっとる。なにせ現王が男じゃからな」


 この世界で、男が一定の立場を守ってきた古都か。

「面白い。興味が出てきた」

「そう言うてくれると思っていたぞ」

「出立は早いほうがええ。早速準備せねばならん」

「こんな寒い年の瀬にご苦労さまですのね、バスティア」

 プニルの同情の視線である。が、双子は心外そうに言う。


「何言うておるプニルちゃん」

「他人ごとのように言っとるが特使はプニルちゃんじゃぞ」

「なんのために諸々の所作を叩き込んだと思っておる」

「これから主な外交はプニルちゃんの仕事じゃ」

「なんせわらわたちは街から動けんからのー」

「プニルちゃんなら己の身も守れるし安心じゃのー」

「立派に育ってくれて嬉しいわい」

「聞いてませんわああああ!?」

 プニルが立ち上がって絶叫した。


 ぎゃいぎゃい騒いでいる姉妹を見守っていたパンプローヌが思いついたように提案する。

「それでしたら、役に立つかわかりませんが、わたくしのほうからも紹介状を添えさせていただきますわ」

 意外な言葉だった。思わず聞き返す。

「いいのか?」

「かまいません」

 パンプローヌは憑物の落ちたような笑顔でこう言ってのけた。

「どつせ聖都に戻れば謹慎は免れない騎士位。使えるうちに使っておきましょう」


 そう言って笑うパンプローヌの顔は、人間味に溢れた非常に魅力的なものだった。


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