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第二十六話 おっぱい星人、激突する


 ガシィッ


 激突は超常の力の伴わない静かな組打ちから始まった。


「チッ!」

 乳憎むもの(アンティバスト)の舌打ち。目論見が外れたか? だがこれは予想してしかるべきだろう?

 俺の右手、乳憎むもの(アンティバスト)の左手。ともに力持つ超常の手ではあったが、その手は空中でただがっしりと組み合っただけに留まる。

 お互いの手は〈房珠〉にのみ特効だ。異邦人同士、〈房珠〉の加護なきもの同士、その力は及ばない。


 だが、ここでこいつを逃がすわけにはいかない!

 力が使えないならむしろ好都合だッ! ここぞとばかりに腕力と体重で押し込みにかかる。


「ハッ! さすがに素の力勝負は分が悪ィな!」

 軽口を叩く乳憎むもの(アンティバスト)の額に脂汗が浮かぶ。


 組み合ってみて分かったが、乳憎むもの(アンティバスト)は予想よりもがっしりした骨格を持っていた。ライダースーツは伊達ではなく、実際に前世ではバイクを乗り回していたのかもしれない。するとこの世界に流れ着いた死因は……いやよそう。俺には関係のないことだ。


「魔法を持たない同士なら、純粋な力勝負だ。このまま押さえ込ませてもらうぞ!」

「そりゃあ甘いぜェ? バスティアァ」


 ぐらり、と膝を崩す乳憎むもの(アンティバスト)。急に重心を崩されたたらを踏む。わずかな位置の転換。だがそれが奴の狙いだった。

「戦場には地雷が落ちてるもんさァ」

 乳憎むもの(アンティバスト)の右手の先には、騎士パイプローヌの左〈房珠〉!


 カッ!


「ぐあっ!?」

「あうっ!?」

 声を漏らしたのは俺とパンプローヌ。

 俺の声はパンプローヌの右〈房珠〉から放たれた〈聖雷光〉に身を撃たれて。

 パンプローヌの声は乳憎むもの(アンティバスト)に無理やり〈房珠〉を歪められての苦悶の声だった。

「程よく心が折れてやがる。これなら人間でも簡単に〈堕とせる〉ぜェ!」

 〈房珠〉とは在り方の象徴。その在り方が揺らげば、相手が人間であっても歪められるということか!

 こいつ……このままパンプローヌを〈歪め〉きるつもりか。


「……させねえ!」


 ぼみゅう


 カッ!


「チィッ!」

「あひぃっ!?」


 俺も負けじと左手でパンプローヌの右〈房珠〉を掴む! やっぱりでけえ! 手に余る! しかし、半ば〈房珠〉に手をめり込ませるように、歪みを掴んで引き戻す! 〈聖雷光〉をお返しとばかりに乳憎むもの(アンティバスト)に〈代理詠衝〉して返す。


「く、くくく」

「ははは」


 どちらともなく零れる笑い。


「バスティアアアアアアアアア!」

乳憎むもの(アンティバスト)ォォォォォォ!」

 牙を剥き、吼える。未だに押さえ込みあう片手はそのままに、俺たちは猛然とパンプローヌの〈房珠〉への干渉を開始した。


 ぼみゅぼみゅぼみゅぼみゅぼみゅぼみゅ


 カッ! カツ! カッ! カッ! カッ! カッ!


 互いが掴む〈房珠〉から〈聖雷光〉が放たれ、そして互いの身を灼く。

「ぐああああああ!」

「ぎぃぃぃぃぃぃ!」

「あひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 書き換え合戦のついでに放たれる〈聖雷光〉はあくまでも小規模なものだが、至近距離で回避もできないノーガードの打ち合いは続く。ついでにパンプローヌの悲鳴が響く。

 一進一退の攻防。基礎体力は若干俺が有利。だが負傷の差で互角と言ったところか。

 

「へへへ、てめえ、死ぬまでオレと踊る気かァ!?」

「いや、その気はない」

「あァ……?」

「お前、俺たち(・・)を舐めすぎだよ」

 そうだろ? 俺の仕事はあくまで敵を封じることだ。

 言うのと同時に、俺はさっと飛びのいた。 


 カッ!


「あぐおっ!?」

 乳憎むもの(アンティバスト)を横から穿った光は〈聖雷光〉ではない。 


 〈収束雷穿〉

 

「お疲れさまでしたわ、バスティア」

 背後に立つは〈房珠〉を構えたプニル。ミルヒアたちも周囲を取り囲むように展開する。


 すでに魔族化ノームは仲間たちの手によって元の土くれに戻っていた。


    *    *    *


「はァ……遊び過ぎたかァ……」

 驚くべきことにプニルの〈収束雷穿〉を受けて、乳憎むもの(アンティバスト)はまだ意識があった。

 ライダースーツが絶縁体の役目を果たしたのか、むしろ巻き添えで雷を受けたパンプローヌのほうがダメージが大きそうに見える。

 もしかしたら、まともに魔法を受けている乳憎むもの(アンティバスト)の姿を見るのは今回が初めてかもしれない。


「好き勝手やってくれたのう」

「よもや逃げ切れるとは思っておるまいな」

 双子がずいと前に出る。すでに〈抜頭〉状態で鎮圧準備は済んでいる。すぐにでも〈共振詠衝〉を放てる構えだ。人の身なら例え抗えても捕縛は免れまい。デボネアもすでに〈移動阻害〉の〈詠衝〉に入っている。6対の〈房珠〉の包囲陣。必勝の陣形だ。


 だがしかし、しかしそれでも乳憎むもの(アンティバスト)は余裕を崩そうとはしない。嘲りの口調は健在だった。

「逃げ切る……逃げ切るねェ?」

「なにがおかしいんですかっ!?」

「抵抗はやめるのですよう!」

「いやァ、不思議に思わねえのかなァ? ってよ」


 くっくっ、と含み笑って一言。

「オレが、どうやって、なにをしにここ来たのかな? って普通は疑問に思わねえ?」


 悠然と前に踏み出す乳憎むもの(アンティバスト)。その足取りは〈移動阻害〉の影響を受けているようには見えない。

「……! なぜ!? 〈移動阻害〉が発動しない!?」

 デボネアが再度〈房珠〉をすり合わせて〈詠衝〉する。乳憎むもの(アンティバスト)の足取りは変わらない。


 魔法が無効化されている……


「まずはなにをしに来たのか、からなァ。てめェらを観察してたらウマそうなコマが転がってたからよ。スカウトしてたのさ。てめェはまあモリアーティへの義理のついでだよ。バスティア」

 背後から現れる二つの人影。


「紹介はいらねえなァ? 男ごときに破れて心がバキバキに折れて舞台袖に引っ込んでたところを、俺様がさくっと〈堕とし〉てやったうちのルーキーだ」

 目を闇色に血走らせた、二人の従騎士。


「……モンタリウェ……ルカート」

 うつろな目でパンプローヌがつぶやく。


 デボネアの〈移動阻害〉はルカートによって完全に封じられていた。


    *    *    *


「もう一つの答え合わせも行こうかァ」

「ぐっ!?」

「こ……れは……」

 ぐらり、と視界が揺れた。抗いがたい強烈な眠気が襲い掛かる。かろうじて耐えるが意識がとぎれとぎれだ。精神魔法に抵抗のある双子やバリエラまでが膝をついた。


 ぬらり、と乳憎むもの(アンティバスト)の影から長い黒髪の女が現れる。

「こっちは紹介しとこうなァ。夜の概念にモリアーティの札で〈房珠〉を埋め込んだシェイド……もちろん魔族になるまで〈堕とし〉切ってあるぜェ。オレの潜入を手助けしてくれる頼もしいオモチャだァ」


 あの闇聖霊の〈呪紋〉は……精神魔法……それも特化型か……?


「『眠らせる』『覆い隠す』って特性を徹底的に歪めてやったからな。衛視様も見回りの兵も関係ねえ。もちろん俺を捕まえようとする冒険者様もなァ?」


 すでに体力を削られてたミルヒアとプニルがくずおれる。バリエラが〈精神抵抗〉を〈詠衝〉するが、その当のバリエラがすでに限界だ。

 まさか、こんな……こんな形で全滅だと……


「騎士様とバスティア、てめェらはこのまま回収させてもらうぜ。他はまあ、邪魔だから処分させてもらうか。顔も見られてるしなァ」


 ちく……しょう……


 ……


 〈鶏鳴〉!


 脳を揺さぶるような高音。急激に意識が戻る。鼓膜が痛いくらいだ。これは……!

「奏鳴!」

「ばすちーーーっ! きたよーーーッ!」

 目の前に舞い降りる金髪の背中。


灼狩ん(ほかりん)がね、街中に急に黒髪女の気配が湧いて出てきたって言ったからね! ちょっぱやで来ましたっ! 褒めてもいいんだよっ!」

「間に合ったようで何よりです。バスティア様」

「助かったぞ! 灼狩! 奏鳴!」

「なんで灼狩んの名前先に言うかなーっ!」


「害獣どもがァ……シェイド、まとめて寝かしちまえッ」

「させるかーあほーっ!」

「! クソがっ!」

 命令を受けて〈強制睡眠〉を放とうとしたシェイドの頭部が丸ごと氷毬の〈氷弾〉の直撃を受けて消し飛んだ。乳憎むもの(アンティバスト)に投げつけたほうは消されてしまったが、それでも防御の手は塞がせた。


 シェイドを守れなかったことで初めて乳憎むもの(アンティバスト)の顔に焦りが産まれた。

 チッ、と舌打ち一つ。懐から大量の〈蜃気楼〉を取り出しばら撒いた。途端に生み出されるノームの群れ……なんて量を呼びやがる。


「引き上げだァ! チビ女は退路を開け! デカ女はそっちの騎士様を連れてこい!」

「……わかった」

「……御意」


 壁代わりに生み出されたノームを殿(しんがり)にして乳憎むもの(アンティバスト)と従騎士たちは撤収を開始する。モンタルウェがパンプローヌを連れ去ろうとするも、パンプローヌに抵抗する気力はない。位置も悪い。こちらからは連れ去りは妨害できないかに思われた。なすがままにモンタルウェに抱え上げられ……いや、パンプローヌの姿が、砂になって崩れた。


「やー、そこは欲張りすぎるかなー。させないよ」

 砂人形を身代わりにパンプローヌを救出していた砂霧が砂の〈擬態〉から姿を現す。


 奏鳴、灼狩、氷毬、砂霧、四方を守る4人が、俺を守るように立ちはだかったのに憎々しげに一瞥をくれると、乳憎むもの(アンティバスト)はそれ以上なにも言わずに逃走した。

 その背中に灼狩が小火精(ティンダーベル)を放ったが、こちらはルカートに消されてしまったらしい。



 残されたノームたちを片付けて追いかけるには、さすがに手の数も時間も足りなかった。



    *    *    *


 消息不明者:聖都からの従騎士2名

 

 それが最終的な今回の襲撃の被害報告となった。




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