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第二十五話 おっぱい星人、岐路に立つ


「何者っ!」

 パンプローヌが挟まってる俺ごと(・・・・・・・・)魔力ハンマーを振り回す。

「無駄だァ」

 しかし乱入者……乳憎むもの(アンティバスト)はうっとうしそうに手を振るうと巨大魔力の遊星は跡形もなく霧消した。


「オレの手は乳に由来するものをすべて否定する。魔法も魔力も例外じゃねェ。駄肉は大人しくしてろォ」

「だっ!?」

 衝撃に固まるパンプローヌを無視して乳憎むもの(アンティバスト)は焼け焦げた試合会場に悠然と降り立った。……うん、〈房珠〉が揺れない。


「よう糞野郎。バスティアって言うんだってな」

 パンプローヌの〈房珠〉から弾き飛ばされた俺に乳憎むもの(アンティバスト)が悠然と近づく。

 ちなみに〈房珠〉から手を抜き取ったとき、グローブは完全に焼け落ちていた。指に引きつるような痛みは残ってはいるが、まだ動く。満身創痍の体で臨戦態勢をとって、黒い乱入者を睨みつける。

 そんな俺をニヤニヤと眺めながら、乳憎むもの(アンティバスト)は言葉を紡いだ。


「バスティア、調べさせてもらったぜ。随分窮屈な生活してんじゃねえか。ちげェだろ? てめェの本質はこんな生活望んでねェよ」

 手を大きく広げ、敵意のなさを示すように、乳憎むもの(アンティバスト)が呼びかける。

「……お前に何がわかる」

「乳揉み男がまともな社会動物じゃねってことはわかるぜェ」

「ぐっ……!or。」


 泣きそうになるので正論はやめていただきたい。


 言葉に詰まった俺に畳みかけるように乳憎むもの(アンティバスト)は続ける。

「てめェの欲望はもっと破壊的で排他的なもんだ。お上品ぶったところで意味はねェんだよ」


 容赦なく正論を叩き続けてくる。やめて。痛い。耳と心が痛い。

 とどめとばかりに、乳憎むもの(アンティバスト)はにやりと笑ってみせた。


「オレたちの仲間に来いよ。てめェの力で好きなだけ乳を蹂躙させてやる」


「勝手なことを言わないでください! なんの根拠があってそんなことを!」

 ミルヒアたちが俺と乳憎むもの(アンティバスト)との間に割って入る。あれだけやられたのに〈房珠〉持ちは回復が早い。満身創痍とはいえ十分戦う余力は残しているようだった。双子も臨戦態勢だ。視線で逃がすものかよと侵入者を射抜く。

 軽く飛びのいて距離を取った乳憎むもの(アンティバスト)は、数の上では圧倒的に不利でありながらも余裕があった。ミルヒアの咆哮にも軽いノリで返答する。


「あァ? そりゃ聞いたんだよ。俺の雇い主にな。我が友はそういうやつだって」


 わが友、だと……?

 予感はあった。だが、あり得ない、とも思っていた。

 まさか、という思いと、やはり、という思いが交差する。

 それでも、聞かねばなるまい。


「……乳憎むもの、お前の雇い主と言うのは」

 乳憎むもの(アンティバスト)は至極あっさりと、俺の葛藤を肯定してみせた。

「あァ、言ってなかったなァ。盛り芸術(モリ・アーティ)がヨロシク、だとよ」



 ……生きているのか、友よ。



「嘘ですッ」

 その名を聞いたとたんに、完全に呆けていたパンプローヌが目を見開いた。

「モリアーティ様はわたくしたちに〈房珠〉をもたらした偉大なる神! その名を騙って悪行を為そうとはなんということを!」

 そんなパンプローヌを、乳憎むもの(アンティバスト)はいっそ哀れみをもった目で見下ろした。

「頭悪いなァ。騎士様よォ。そのありがたい〈房珠〉を誰が魔物や魔族に盛ったと思ってた?」

「なんっ!?」

「モリアーティの野郎は人間の守り神なんかじゃねえ。神羅万象あらゆるものに乳……いや、〈房珠〉だったか? を盛り散らかすだけの狂った存在よォ。そしてェ」

 パンプローヌの鼻先に指を突き付ける。

「今なお生きて世界に〈房珠〉をばらまき続けてやがる俺の雇い主だ。受け入れなァ」


 パンプローヌの顔から血の気が引いていく。乳憎むもの(アンティバスト)が告げたわずかな事実だけでも、聖都が信奉している宗教の根幹を揺るがす大問題なのだろう。軽く話を聞きかじった俺でもそれがわかるのだ。信仰心の強い彼女の心中はいかばかりか。


「自分たちの力は神が与えたもので、邪魔者の力はなんとなく自然発生した? 本気でそう思ってるならてめェら病気だぜ。ああ宗教ってのはそういうもんかァ?」

「嘘ですッ! そんなこと信じません! 神の名を貶めるなどッ!」

 ヒステリックに抵抗するパンプローヌ。もはやそこに威厳のある騎士の姿はない。信じたくないものに一分の理があるとわかってしまったからこその、本気の抵抗だった。


 だが、その言葉をまっていたと言わんばかりに、乳憎むもの(アンティバスト)が懐から何か描かれた護符のようなものを出して地面に放り投げた。

「証拠を見せてやんよ。ほら」



 あれは……!

 盛り芸術秘具モリアーティズ・ガジェット(蜃気楼〉(ミラージュ)


 〈蜃気楼〉は盛り芸術(モリ・アーティ)がかつて好んで持ち歩いていた手製のおっぱいシールだった。様々なサイズと角度で描かれたおっぱいのシールを奴はあらゆる写真や絵に張り付けていた。ベストマッチしたシールを張られた週刊少年漫画はクラスの男子で奪い合いになったほどだ。

 そんなものを……なぜ?



 〈蜃気楼〉が張り付いたとたん、演習場の地面がみるみる隆起し始める。隆起は双丘となり、それを中心に地面は瞬く間に女体を象った。


 スリザリアがうめく。

「ノームを生み出したじゃと……」

 あいつ……目の前で地面に〈房珠〉(おっぱい)を盛りやがった!


「ただのノームじゃねえぜェ!?」

 乳憎むもの(アンティバスト)がノームの〈房珠〉を平手で張る。途端にノームの目には明確な敵意と害意が灯った。ノームが上下に揺らした〈房珠〉の〈詠衝〉で足元から生み出された〈岩石槍〉を俺たちが咄嗟に回避できたのは、半ばただの幸運だったと言わざるを得ない。陣形が乱れる。


「とうだァ? ありがたい神の奇跡の再現だ。祈ってくれてもいいぜェ?」

 乳憎むもの(アンティバスト)は愉快そうに笑った。

 パンプローヌは完全に打ちのめされていた。そんな、〈房珠〉が、とかつぶやいている。

 悪いが、気にかけている余裕はない。


「なぜ、乳憎むものが乳を盛るもの(盛り芸術)に従う」

 どうしても、問わなければならなかった。こいつは、そして、友は何をしようとしている。

 乳憎むもの(アンティバスト)は質問はもっともだと言わんばかりに頷いた。

「そりゃァ、利害関係が一致したからさ」

「利害……?」

「あいつに従ってればこうやって便利な玩具をくれる。俺はそれを使ってクソうざいこの世界を壊す」

「それがなんであいつの利になる!」

「あいつは盛ったあとの乳に興味はねーのさ。むしろもう一度盛るためには邪魔だとすら思ってる。狂ってるだろォ?」


 ……すでに盛ったこの世界が、邪魔だから……消す?

 いや、昔から盛り芸術(モリ・アーティ)にはそういうところがあった。ゴッホのの自画像にまで乳を盛り尽くした美術の教科書を、まるで興味をなくしたかのように雑に扱っていたのを思い出す。


 盛り芸術(モリ・アーティ)、おまえ、この世界まるごと……それをやるつもりなのか。


「で、だ。そんな俺の雇い主はてめェに大層執心だ。つうわけでうちに来いや。引き抜きだ」

「この世界を壊すために手を貸せと?」

「ああ、そうだ。そのついでに好きなだけ乳を揉ませてやるよ。老若男女好き放題にな」

 

 男は要らない。

 

 いや、そうではなく。


「……俺は行かない」

「あァ?」

「壊させるわけにはいかない……! 俺は、この世界を愛している!」


 おっぱい丸出しだから? もちろんそれもある。そこは誤魔化さない。おっぱい星人(バスティアン)なのだから。


 だけど、それ以上にミルヒアたちのいるこの世界を、愛している。

 やらせるかよ馬鹿野郎。たとえ友と戦うことになっても、だ。

  

「あーーー」

 俺の答えを聞いた乳憎むもの(アンティバスト)は大仰に嘆いたそぶりを見せた。

「そっかァ、残念だぜバスティア。雇い主には残念な報告をしなきゃならねえ。てめェが敵になってしまったとな」

 だが、それはそぶり(・・・)だけだ。


「だけどオレは嬉しいぜ? バスティア。お前が敵に回ってくれて」

 乳憎むもの(アンティバスト)が駆けだす。俺も駆けだしていた。

 まっすぐに向かい合うお互いの目に宿るは、純粋な敵意。


「俺は乳も嫌いだが、乳しか見てねえ男も大っ嫌いなんだよォォォ!」

乳憎むもの(アンティバスト)ォォォ!」


 跳躍。

 互いの掌が空中で激突した。



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