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第二十四話 おっぱい星人、光を掴む


 歯欠けになっていた客席がどっと沸く。デボネアとバリエラが飛び跳ねている。双子と目が合うとニヤリと笑ってサムズアップしてきた。こちらもサムズアップを返してやる。

 プニルがゆっくりと起き上がる。慌ててメイドたちが支えに行く。あちらは心配ない。

 ミルヒアがほっとした顔でこちらを見ていた。まったく、心配するなと言ったろう? 俺は案外やるんだぜ? ニヤリと笑ってやると、ミルヒアはまるで困った弟を見るかのような顔をした。



 ぱち ぱち ぱち



 ゆっくりとした拍手だった。だが、一瞬でその音が場を支配した。しんと静まり返った演習場の観覧席を降りる、靴の音。


「お見事です。従者、いや冒険者バスティアというべきなのでしょうね」

 騎士パンプローヌ……


「まさか従騎士とはいえ、聖都騎士を男の身で退けるとは思いもいませんでした」

 そのおっぱいで……階段を下りられるのか……!


「さて、わたくしといたしましてもこのまま引き下がるわけにはいきません。是非、次はわたくしがご相手を」

「またれい! すでに決着はついておろう。パンプローヌ卿が手出しする名目が立たぬ!」

「お忘れですか? マンチェスター侯。〈治智比べ〉を挑まれたのは我らが騎士団なのですよ」

「ぐっ……」

「それにこれは座興なのでしょう? 大丈夫ですよ。命を取る気はありません。事故は起こりうるでしょうが」


 そして、こちらに微笑みかけた。この騎士様の初めて感情を感じる表情だった。

「わたくしとの立ち合い、受けていただけますね? バスティア」

 穏やかな笑顔の陰に隠されたのは、交じりっ気のない純粋な怒気。

 聖女もかくやというたたずまいをしながら、そこに立っているのは光を纏った修羅であった。


「……望むところです」

 やはり、避けられぬか。この勝負。いや、心のどこかで望んでいたから、俺は騎士団に戦いを挑んだのかもしれない。


 俺は懐からグローブを取り出して装着した。リコルに与えたんのと同じ、魔障布のグローブだ。

 力を見せるわけにはいかない。だが、手加減して勝てる相手でもない。

「面白いものを持っているのですね。魔障布と見ました」

「……さすがですね。その通りです」

「なるほど、そうやって男の身でありながら〈房珠〉に抗う技を磨いてきたと」

 パンプローヌは感心したように頷いた。


「〈房珠〉を奉る聖都の騎士として、見逃すわけにはいきませんね」

 もはや騎士様は殺意を隠そうともしていなかった。

 


「なぜ、わたくしたちが大墓院騎士でありうるのか。その身をもって理解していただきましょう」

 そういうと、パンプローヌは開始の合図すら待たずに、自らの〈魔頭〉を包んでいた〈鞘〉を取り払った。

 すごい、そこ自分で手が届くんですね! あらためてその〈房珠〉の圧倒的な質量に驚かされる。

 しかし、そんなところに驚いている場合ではなかった。


 ふわり


 〈房珠〉が……浮かび上がった……!?

 目の前で重力から解き放たれたかのように、二つの〈房珠〉がゆらりゆらりと舞い始める。

「大墓院騎士の〈鞘〉は〈鞘〉にあらず。ただあるだけで周囲を焼きかねない強力な魔法を押さえ込む、特殊な拘束具なのです。そして」


 カッ!


「っつ!」

 突如足元の地面が爆ぜる。白き光と雷による一撃。捉えきれない!? いや、それよりも……!


「これが解放されたわたくしの魔法、〈聖雷光〉。とくと味わいなさい」

  

 嘘だろう……? パンプローヌの〈魔頭〉は巨大な〈呪紋〉に陥没している!

 その状態でこれだけの魔法を放っているのか……?


「いつまでもつか、見ものですね」

 ゆっくりとパンプローヌの〈魔頭〉が隆起していく。


 それは光の無差別爆撃だった。宙を舞う〈房珠〉の〈詠衝〉に合わせて、膨大な魔力がランダムに〈魔頭〉から〈聖雷光〉を放つ。

 しかも、巨大な〈魔頭〉が徐々にその姿を現すたびに、光の奔流はますます激しさを増していく。

 まさにその場にいるものを殲滅させるためだけの魔法だった。


 飛びのき、転がり、身を伏せる。直撃弾こそかろうじて避けてはいるが、この魔法は見切れない(・・・・・)……!

 一瞬の間隙をついて距離を詰めようとするも、〈房珠〉の周りを跳ねる遊星と化した魔力ハンマーがそれを拒む。その動きが、読めない。


 だって、無重力で揺れるおっぱいとか見たことないし!


 どれだけ記憶を遡っても、無重力おっぱい動画とか出てこないよ! この乳揺れは現代人には未来過ぎる!



「ぐあっ!」

 とうとういいのを脇腹に食らってしまった……! 引きつるような痛みと衝撃。患部がどくんどくんと嫌な熱と鼓動を発している。全身から嫌な汗が噴き出した。


「不心得者にひとつ、説法をしましょうか」

 膝をつく俺を満足そうに見つめて、パンプローヌは穏やかに離し始めた。


「神がおわす前、我々は生き方を選べない獣と変わらない存在でした」

 観客席を仕切っていたロープが焼き切れた。


「そこに偉大なる守神モリアーティ様が現れ、我々に〈房珠〉を授けてくださったのです。その力は己を望む生き方を与えてくれる至高の力でした」

 モンタリウェの風雷でわずかに残っていた観客も、すでに全員避難していた。会場に残っているのは、最後まで審判を務めようとする双子と、その場を動こうともしないミルヒアとプニル、そしてそれを守ろうとするバリエラたちだけだ。


「ですが、その力を無秩序に使えば、世界は混沌に飲まれてしまいます。モリアーティ様の遺志を継ぎ、〈房珠〉の力をもって〈房珠〉を律し、〈房珠〉の秩序を守るのがわたくしたち大墓院騎士団の務めなのです」

 パンプローヌは自らの説法に恍惚としていた。白き光に照り返されたその表情はもはや狂気のそれ。しかしぶち撒かれる〈聖雷光〉はますます激しさを増していく。


「もうよい! やめい! パンプローヌ卿!」

「やめる? なにを辞めよと言うのです。神の務めを果たそうとしているわたくしに」

 ローレリアの叫びに応えたパンプローヌの声に迷いはない。完全に、何かが外れていた。

 

「もう、無理なのですよう! プニル様、退避をっ!」

「ダメですわ……バスティアは私たちのために戦っているのです。ここを離れるわけにはいきませんわ。貴方たちだけでも行きなさい」

「できるわけないのですよう―!」

 仲間たちの悲鳴が聞こえる。すでに暴走した〈聖雷光〉はバリエラの障壁を何度も打ち据えていた。おそらく長くは持たない。

 このままでは、仲間たちが焼かれてしまう。どうにかしないといけない。


 だが、すでに〈聖雷光〉の密度は嵐を超えて魚群を取り囲み捕ええる網そのもの。魚の気持ちになどなったことはないが、泳いで逃げることもできない絶望とはかくなるものか。



 泳ぐ。



 泳ぐ、か。


 何かが噛み合った。



「あら?」

 パンプローヌが意外そうな声をあげる。


 回避。回避。軽傷。回避。被弾。回避。


「バスティア!?」

 ミルヒアが息を呑む。


 回避。回避。回避。前進。回避。軽傷。回避。回避。回避。


「ふははは、さすがじゃのう!」 

 白き雷光に脅かされながら、心底愉快そうにスリザリアが吼える。


 回避。前進。前進。回避。前進。回避。前進。回避。


 見切った!

 読めるぞパンプローヌ! お前の《房珠》の動き!


「そんな……馬鹿なこと!」

 いいねえパンプローヌ。悠然と距離を詰める俺に驚愕の声をあげてくれる。

 


 無重力のおっぱいと思うから見切り損ねていたのだ。あの動きは、爆乳水中運動会のそれ!

 水中で跳ねまわるおっぱいの動きと変わりない!

 恐れることはない。あれは知っているおっぱいに過ぎなかった。

 ならば揉める!


「ひれ伏しなさいっ!」

 圧倒的な質量を伴う魔力ハンマー乱舞ももはや怖くない。こんなもの水中騎馬戦動画で何度も見た!

 ならば、俺が意識ずる動きはおっぱいに押されて揺れる水流になりきること。


 編み出したぜ。

 おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)〈枯柳改・笹流(ささながれ)〉……


 今の俺は水をかき回すことでは絶対に捉えられない一枚の笹の葉だ!


「おのれ! おのれ!」

 半狂乱になって乱打と〈聖雷光〉を繰り出し続けるパンプローヌ。

 見切ったとはいえ、このままでは仲間たちが危ない。


 ばふり


「貴様っ」

「よぉ騎士様。ちょっと無茶させてもらうぜ」


 俺はパンプローヌの〈房珠〉の間に挟まりこんだ。この位置なら〈聖雷光〉の死角になる。その位置から俺はパンプローヌの()魔頭(・・)〉を掴んだ。うん。でかい。掴める〈魔頭〉ってどんなだ。莫迦。加減しろ莫迦。これじゃあ〈妨害〉しようにもデカすぎて無理だ。第一〈房珠〉が掴めない。ええい、時間も選択肢もねえ!


「うおおおおおおおおお!」


 ずぼり

 ぐにゅう


 そのまま〈聖雷光〉で指が焼けるのも構わず、俺は〈魔頭〉を〈呪紋〉の中にねじ込み戻す!


「やめなさい! そんなことをしたらすでに解放済みの〈聖雷光〉が内部で爆発を!」

「あー、そりゃやばいですね騎士様。でも、主たちを守るには、これしかないので」


 指先に感じる魔力と熱がどんどん高まっているのを感じる。膨大な〈聖雷光〉が〈房珠〉の中で弾けようとしていた。

 ふふふ、仲間を守るためにおっぱいに挟まりながらおっぱいで爆死か。おっぱい星人(バスティアン)らしい。なにか賞が貰える死に方だと思う。


「バスティア―っ!」

 ミルヒアが叫んでいる。ああ。心配するなって言ったのに心配させちゃったな。そこだけは心残りか。



 唐突。



 唐突に、その場を支配していた〈聖雷光〉がすべて、かき消された。


「いやァ、ここでテメェにいい顔で死んでもらっちゃ困るんだよなァ」

 その声は、この場で聞こえてはいけない声。


「俺の雇い主からテメェに伝言がある。バスティア、でいいんだよなァ?」

 そこにいるはずのない、黒髪を左右で束ねた、ライダースーツの女だった。


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