第二十三話 おっぱい星人、まかり通る
「男、名前を聞いておこうか。聖都の連中の笑い話として語り継ぎたいからな」
「おっぱい星人奥義バスティア。小間使い殿は自虐を吹聴するのがお好みなのか?」
「従騎士ルカートだ。その舐めた口をこそぎとってくれる」
演習場に退治する俺とルカート。今回は変則試合だ。〈房珠〉の出番はない。ゆえに開始の合図も〈抜頭〉と違う。
「始めい!」
ローレリアの合図とともに同時に踏み出す。
「死ねえっ!」
ルカートは大胆に距離を詰めてきた。魔力で身体強化されている女と〈房珠〉のない男なら小細工なしで叩き潰せるのだろうと思っていたのだろう。その判断は通常なら正しい。だが!
おっぱい星人奥義〈枯柳〉
「なにいっ! 躱しただと!」
そこまで頭に血が上ってれば行動も読みやすいというものだ。間違いなく『顔面を狙ってくる』とわかっていれば捌くのも容易い。これで決まると思っていたのだろう。ルカートはバランスを崩してたたらを踏む。そして憎々しげに吐き捨てた。
「運がいい……! しかし、次が躱せると思うな!」
「次? いいのか? お前こそ『もう次しかない』ぞ?」
おっぱい星人奥義は合気道の動きを取り入れた身体操作術だ。しかし、その目的はおっぱいを狙うことにある。すべての技はおっぱいに通じているのだ。
俺は左手の二本指に挟んでいたものを掲げてみせた。
「ッッ! それはっ!」
慌てて己の〈房珠〉を検めるルカート。その顔が怒りと屈辱でさらに赤く染まる。
おっぱい星人奥義〈枯柳〉はすれ違いざまに相手のおっぱいにワンタッチするカウンター技……
俺の手にあったのはルカートの左〈魔頭〉を隠していた〈鞘〉だった。
ハハハハとモンタリウェが笑う。
「おいおいルカート、旗持ちが団旗を奪われたとか笑えんぞ」
「うるさい! こいつ、面妖な体術を使う……!」
術中にはまりつつあると気付いたのだろう。ルカートは小刻みな攻撃に切り替えてきた。
いいね、その判断の切り替え。でも正しいからこそ読みやすい!
おっぱい星人奥義〈宵神楽〉
「この至近距離で……当たらない!?」
おっぱい星人奥義〈宵神楽〉は激しく躍動する相手のおっぱいを至近距離で観察するための体捌き。相手の攻撃とおっぱい、そして自分の体が正三角形の位置を描くように動く。相手からは俺の動きはまるで自らにつき従う影のように捉えどころがないものに見えるはずだ。
それを可能にするのはおっぱいに対する集中力だ。しかし、俺自身がびっくりするほど、俺はルカートのおっぱいに興味が持てなかった。
半分晒された〈呪紋〉は無効化魔法に特化されている。これがこいつの在り方ということだ。ただ、目の前の相手を否定するだけの〈房珠〉。
なんの矜持も理想も感じない、つまらない〈房珠〉だ。うんざりだった。こんなものはおっぱいではない。こんなものなど……っ!
「命を懸けて揉むにも値しない」
「なにいっ!」
〈宵神楽〉からの攻撃の一手、おっぱい星人奥義〈闇撫〉
俺の右手はもう一枚の〈鞘〉をむしり取っていた。
* * *
「そこまで! 勝者は従者バスティアじゃ!」
ローレリアの審判が下る。
どっ
一拍おいて、会場が一気に盛り上がった。
収まりがつかないのだろう。ルカートはローレリアに食って掛かる。
「待て! 私はまだ戦える! 勝負はついていない!」
しかし、双子たちはむしろ冷たくルカートに言葉を叩きつける。
「おや、おぬし、団旗も身に帯びず、いまだに騎士団として戦える気でおったのかの」
「な」
「バスティアの宣言を聞いておらんかったのかの。挑まれたのはおぬしらの騎士団よ。旗持ちが旗をなくして団を背負って戦おうだと?」
「恥を知れい!」
「くっ……」
「引き下がりなさいルカート」
静かに告げたのは騎士パンプローヌだった。その表情は穏やかで、そして欠片も情けも感じない。
ルカートはまだ何か言いたそうに目まぐるしく表情を変えていたが、結局は無言で一礼し、闘技場から降りた。
「まさかここまでやる男がいようとはな! おいお前、次はアタシとやってもらうぞ!」
「もとよりこちらにも見逃すつもりはない。来いよモンタリウェ」
「滾るねェ! お前最高だぜ」
まさに肉食獣が獲物を前にしたかのような獰猛な笑みを浮かべて、モンタリウェが試合場に上がる。
「アタシは旗持ちじゃねぇ。ルカートのアホみたいなヌルい決着で済ませられると思ってないだろうな?」
ずずい、と威圧するように突き出される〈房珠〉。誇示された〈鞘〉の団章に普段なら見惚れもしたたろうが、俺の心は静かだった。
「御託はいい。その空っぽの〈房珠〉ごとねじ伏せてやる」
「始めい!」
「はあっ!」
開始の合図とともにモンタリウェも距離を詰めてきた。しかしルカートの怒りに任せた大振りとは違う。緩急のついたこちらを揺さぶる動きだ。手堅くジャブを放ちながら時折織り交ぜられる足払い。しかし、俺はその動きを知っている。
「なにぃ」
不思議か? 不思議だろうな。
俺が前世でどれだけ女性格闘家の動画を乳揺れ目的で観賞してきたと思ってる!
「ならばこれでぇっ!」
大ぶりの右、しかしこれはフェイント。本命は!
「これも避けるのか!」
遅れてやってきた魔力をまとった〈房珠〉の魔力ハンマーだ。だがすまんな。それも知ってるんだ。
「デボネアの一撃のほうがはるかに鋭かったぞ!」
〈虎伏〉でくぐるように回避。行きがけの駄賃とばかりに〈鞘〉を片方むしり取る。
モンタリウェは小さく舌打ちして後退し距離を取った。
巻き起こる喝采を鬱陶しそうに睨みながら、モンタリウェは吐息とともに口を開く。
「やってくれるじやねえか」
「お前が口ほどにもないだけだ」
「気に入ったぜ。お前うちの団に来ねえか? ルカートの代わりに旗持たせてやるぜ?」
「断る。我が主はミルヒア唯一人だ」
「じゃあその愛するご主人様の魔法で死にな!」
モンタリウェが残った〈鞘〉もむしり取る。その動きが〈詠衝〉となり、臨戦態勢の〈魔頭〉が魔法を完成させた。
「アタシは魔法を使わないなんで一言も言ってないからなぁ! まさか卑怯とは言わないよな!」
「何を言ってる。俺は始めからずっとお前たちが卑怯だって言ってただろ」
「……ッッ! 喰らえッ!」
右の〈魔頭〉から雷撃が、左の〈魔頭〉から衝撃波が巻き起こる。
「どうだ! どうだ! どうだ!」
猛然と揺らされるモンタリウェの〈房珠〉から容赦なく叩きつけられる雷と暴風の嵐。
だが。
「お前は一番取っちゃいけないやり方を選んだよ」
「なんだと!」
俺は何事もないように魔法の嵐の中を進む。すぐ近くを雷が通り過ぎて独特の臭いを放つが、かすりすらさせない。
他の誰よりもよく知ってるおっぱいたちだ。〈魔頭〉の向きから揺れ幅で、どの魔法がどこに着弾するかなど、未来を見通すかのようにバレバレだ!
「なぜだっ! なぜ当たらねえ!」
「なぜか知りたいか?」
俺はとうとうモンタリウェの眼前に立つ。
「魔力の練り込みが遅い」
壱!
たふっ
「うあっ!?」
右〈房珠〉を掌で弾く。見当違いの方向に雷撃が飛んでいく。
「魔法の絞りがぬるい」
弐!
たふっ
「おうっ!?」
次は左〈房珠〉を弾く。衝撃波が観客席の直前に着弾する。
「〈詠衝〉の無駄が多い。標準の付け方が甘い。初動が雑で見え見えだ」
参! 肆! 伍!
たふっ たふっ たふっ
「や、てめ、やめ……!」
〈房珠〉が右に左に弾かれるたびに風が、雷が無駄に放射される。
「技のつなぎ目がなっていない! 相手の動きを想定できていない! 無計画に魔法を撃ちすぎる!」
陸! 漆! 捌!
たふっ たふっ たふっ
「ぐあああああああ!?」
絞り出されるかのような嵐の中を観客が逃げ惑う。バリエラはじめ一部の障壁使いが障壁を張っていなければ被害はもっと広がっていただろう。
おっぱい星人奥義‹九頭竜›……
某有名剣豪漫画を見て感銘を受け修めた技だ。まあ実際は八方からおっぱいに執拗にタッチの連撃を食らわせるだけの技である。武術のそれと違って体重も乗っていないし、捻りも効いてはいないが、おっぱい触るだけなのだからスピードが乗ってればそれでいいのだ。そして。
「……お前は主たちに比べて弱すぎる」
乳!
たふふん
「う……あ……」
左右の掌底に叩き合わされたモンタルウェの両〈房珠〉には、もう魔力は残っていなかった。
「勝者! 従者バスティア!」
力尽きたモンタリウェが膝をつくのと同時に、ローレリアが決着を告げた。




