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第二十二話 おっぱい星人、激怒する


「あれが大墓院騎士か……」

 

 聖夜祭に飾り立てられた目抜き通りを鎧姿の一団が闊歩する。騎士団とは名ばかり、まるで前世紀の特殊警察とでも言うべきような雰囲気を纏った一団だった。

 俺たちはそれを見物に訪れた群衆の中から見ている。今回の応対にはミルヒアとプニルの冒険者としての従者は参加しない。彼女らはあくまで領主の名代としてことにあたるのだ。


 先導するのはプニルとその補佐官、他数名のマンチェスター家直属の衛視たち。そのあとに騎士団がついていく。騎士団の先頭は薄緑がかったおかっぱ頭の小柄な少女だった。鋭い目つきはまっすぐと前を見据え、両手で巨大な団旗を掲げている。鼓笛隊のような服装をしているが胸元は大きく開き、突き出した小ぶりな〈魔頭〉には団旗と同じ紋章の入ったニプレスタイプの〈鞘〉に納められていた。


 その後ろを行くのは筋肉質で大柄な騎士だ。服装こと先導する少女と同じだが、赤紙の混ざった黒髪のくせっ毛は騎士というよりも山賊か海賊の頭を思わせた。ニヤニヤと周囲を睥睨するように大股で進んでいる。その一歩ごとに力強く突き出た〈房珠〉がのしりのしりと揺れる。


「先頭で旗を持っているのが従騎士ルカート。そのあとに続いているのが従騎士モンタリウェです」

 横にいるのはデボネアだ。今回は彼女らもプニルたちの身の回りを離れることになる。

「嫌な雰囲気だ」

「ええ、まるで占領にきたかのような振舞いです」

「実際そのつもりなのかもしれないな」

「ただ、それを冗談にしないだけの手練れなのは間違いないでしょう。……来ました。あれが、パンプローヌ卿です」

「ぬうううう! あれは……ッ!」


 その姿が視界に入った途端、周囲の世界が一瞬凍結したかのように見えた。従者と護衛の背後から一人馬に乗って現れた女。前髪を刈り揃えた流れるような黄金の髪、王女のような気品にあふれ穏やかな顔つき。見た目の歳のほどは俺よりも一回りは上……タチアナさんよりも上か。


 しかし、俺が圧倒されたのはもちろんそこではない。

 〈房珠〉が……〈房珠〉がッッ…‥


 揺れてない(・・・・・)ッ!


 あまりの重量感に〈房珠〉が上向きの運動ベクトルを拒否している! 驚くべき巨大さだった。バカな。このおっぱい星人(バスティアン)がカップの推測すらできないだと……

 巨大な〈房珠〉にはそれに伴う〈呪紋〉も巨大らしい。団旗を記した特大の〈鞘〉が〈房珠〉の真ん中で威容を放っていたが、それでも一部〈呪紋〉が収まりきらずに覗いて見える。どれだけの魔法を修めているというのか……あの〈房珠〉は……

 知らぬうちに腰が抜けていた。慌てて駆け寄るデボネアの声が聞こえる。


「ミルヒア……ッ」

 我が主殿は今日から五日間、あんな恐るべき相手とやり合わねばならぬのか。


    *    *    *


「師匠、今朝はまだ続けるんですか」

「……あ、ああ。そうだな」

 気がつけばリコルが地面にへたり込んでいた。だいぶオーバーワーク気味に鍛錬を行っていたらしい。ミアなどはとっくに飽きて朝食に向かっていた。


(いかんな……自分を見失うほどに乱れているのか)


 俺のおっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)はあの巨大なおっぱいに通じるのか……?

 その疑念があの日から離れなかったのだ。

 勝てないかもしれない。初めてそう感じた。このおっぱい星人(バスティアン)が。

 ぶっちゃけおっぱいと認識できなかった。デカすぎるよあれ。山ですらおっぱいに見える俺でも初見でそう見えなかったんだから。莫迦。加減しろ。莫迦。


「すまない、先に戻っていてくれ。俺はもう少し、技を磨いておきたい」

「師匠……」

「心配するな……そうだ、これを渡しておこう」

「これは?」

「魔障布で作ったグローブだ。限定的だが〈房珠〉を押さえ込むことが理論上は可能なはずだ」

「これを……僕に?」

「だが忘れるな。〈房珠〉とは正面から戦おうとは思うな。可能なら逃げろ。そして俺にもしものことがあったら、お前がおっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)を受け継いでくれ……」

「師匠ッ……!」

「ごはん冷めるよー?」

 ミアが匙を加えながら戻ってきた。


 騎士団の逗留は三日目となっていた。初日と二日目で記録の交換と今後の防衛計画のすり合わせ、聖都への街道の警備計画などを取りまとめ、残りの日程で街中の視察を行うということだ。この数日間聖獣たちは聖都の連中から隠しておきたいので今日も孤児院で謹慎している。

 一方でミルヒアとプニルはそつなく対応をこなしているらしい。このまま何事もなく終わればよいのだが……


    *    *    *


「ギルドの演習場でミルヒアたちが野良試合だと?」

「はい、そうなのです。先ほど決まったようで、私たちもついさっき知らされましたです」

 昼過ぎにバリエラが息を切らせて飛び込んできた。こんな時でなければ激しく上下する〈房珠〉を堪能したいところだがそうも言っていられない。

「詳しく話してくれ」

「私も又聞きなのですが……」

 

 いわく、三日目の予定はエルブレスト内部の視察で、途中までは何事もなく進行していた。

 ところが、ギルドの演習場を訪れたとき、従騎士モンタリウェが案内役を務めていたプニルに申し出たらしい。


 街の程度はもう大体わかった。それよりもこの街の戦力に疑念がある。

 本当にこの報告通りに魔族を倒せたのか疑わしい。是非その力を我々に示してほしい。

 おあつらえ向きに試合ができそうな場所があるじゃないか。

 プニル殿、ミルヒア殿、是非そのお手並みのほどを我々にご教示願えまいか。


「あの筋肉女か……」

「この申し出は改めでパンプローヌ卿からもなされ、領主さまがたの承認もあり正式に受理されましたです」

「立ち合いはいつからだ」

「間もなくなのです!聖夜祭の座興として是非観客を入れた会場で、と、こちらも卿からの提案で」

「あの騎士、大人しそうな顔して随分と無茶をやってくれるな」

 やはりこちらを揺さぶりに来たか。

「場所はギルドだな? 行くぞ」


    *    *    *


〈拡散雷網〉


 演習場……改め試合会場に駆けつけたとき、俺の網膜を焼いたのはよく知った雷の魔法だった。しかし、雷が収まった後に地面に倒れ伏しているのは……プニルとミルヒアだった。


「うう……」

「くっ……」

 二人は激しく痛めつけられていた。まるでほぼ無抵抗(・・・・・)で攻撃を受け続けたように。


「ややや、領主名代殿は電撃魔法の凄腕と聞き及んでいましたが、まさかこの程度で終わりではないでしょうね?」

 勝ち誇った声をあげるのは今まさに〈拡散雷網〉を放った大柄な女……準騎士モンタリウェ。その傲慢に突き出した〈魔頭〉からはいまだにわずかな放電をしている。

「我らが買いかぶり過ぎていたということだ。所詮はこの程度。つまらん」

 腕を組んだまま冷酷な目で二人を見下ろすのは小柄な準騎士ルカート。どうやら試合は2対2で行われたらしい。


 会場を見渡せば、急遽しつらえられた観覧席から双子が苦々しそうな顔で試合場を見守っていた。その横には騎士パンプローヌ。こちらは変わらず穏やかな顔で……初めて見た時と全く変わらぬ表情で地に伏した二人を見つめていた。

 馬鹿な……いまのはプニルの得意魔法。まさか敵はより強力な電撃魔法の使い手だというのか?


 二人の〈呪紋〉を凝視し……理解してしまった。この試合で何が行われていたかを。

 言葉にならない呪詛の声が口から洩れる。

 月下に微笑むミルヒアの顔が脳裏に再生される。


 あいつら……あいつらッ!


「聞けば御両人は魔族の群れを討伐なさったとのこと。それがこんな体たらくとは。どうやら報告そのものを疑わねばならぬようですなあ?」

「従騎士モンタリウェ。冒険者が功を焦って己の成果を過剰に申告することはよくあるという。すでにこうして醜態をさらした以上はこれ以上辱めてやるのも哀れだ」

「いはやはまったく、気が効かないで申し訳ない」


 会場がざわつく。不穏な動揺が伝播する。


「しかしこうなると先日話し合った共同防衛計画の内容も練り直さねばなりますまいなあ?」

「従騎たる我々に街の英雄が勝てないというのなら、両都市の力関係も見直さねばならん」

「この弱さ、もはや我らを謀ったと言い換えても仕方ありますまい。ご領主、この始末どうつけていただこうか」



「その汚い口を閉じろ。卑怯者の騎士団」



 しん、と会場が静まり返った。


 誰だ……今声をあげたのは。

 ともに駆け付けたデボネアとバリエラが信じられない顔で俺を見ている。

 会場の視線も同様だ。あの双子領主すらも眼を剥いて俺を見ている。


 ああ、なんだ、俺か。俺が声をあげたのか。



 よかった。

 俺以外の誰かにこのセリフを取られないで、本当によかった。



「男……? 貴様、自分が何を口にしているのか理解しているのか?」

 従騎士ルカートが目を細める。


「歓待のものを卑怯な手段で打ち据え、それを誇って約定を違えようとするものには妥当な言葉でしょう」

 一歩ずつ、試合会場へ。観客たちが道を開けてくれる。


「ほう! 誰の目にも明らかであった勝敗を卑怯というか! 面白い。男!」

 従騎士モンタリウェが愉快そうに笑う。

「卑怯だろう。なあ? 無効化魔法と模倣魔法の使い手たちよ」

「「!!」」

 二人の従騎士の顔から嘲りの笑みが消えた。


「察するに2対2の勝負を挑んだのもお前たちだろう。片方が相手の魔法を封じたうえで、もう片方が相手の魔法を奪って攻撃する。とんでもないハメだ。相手に手出しできなくさせて一方的に攻めるんだからな。そりゃあ2対2なら強いだろうさ。だがそれだけだ」

 観客席を仕切るロープをまたぐ。

 ミルヒアが小さく、俺の名を呼ぶのが聞こえた。


「我が主たちは己より絶対多数の魔族相手にも一歩も引かずに戦った。お前たちは己が確実に勝てるルールに断れない相手を引きずり込んで嬲った。これを卑怯と言わずになんと言う!」

「貴様……騎士相手にそれだけの口をきいて、タダで帰れると思うなよ」

「言われるまでもない!」

 俺は観覧席にいる双子に向き直った。

「領主さまに申し上げます! この従者バスティア、我が主ミルヒアとその友プニル両名の名誉のため、この騎士団に〈治智比べ〉を申し入れたい! 決着条件は互いの誇りが失われること! 立ち合いをお願い申しあげる!」



「うむ」

「ええじゃろ」

「マンチェスター侯!」 

 にやりと笑う双子に、初めて目を見開いた騎士パンプローヌ。

「先ほどの試合もぬしら聖夜祭の座興と申しておったろ」

「ならばこれも座興の延長よ」

「……後悔なさらないように」



「〈房珠〉も持たぬ男が、まさか我らが騎士団に喧嘩を売って来るとはなあ!」

「魔法を使うまでもない。私が片付ける」

 〈魔頭〉をニプレスタイプの〈鞘〉に納めながらルカート。鼻で笑ってやる。

「違うだろ。卑怯者のお前らの魔法は男には意味がないんだ」

「貴様ぁ……まだ侮辱するか……まさか試合だから殺されないとは思っていないだろうな」

「できるものならやってみればいい。だが、我が主は情け深い。俺は卑怯者の騎士様から騎士の誇りを奪うだけで勘弁してやるつもりだ」

 ルカートはすさまじい形相でこちらを睨むと踵を返した。もはや交わす言葉は無用と判断したか。


 その間に、ミルヒアとプニルを試合場の袖に運ぶ。2人とも息も絶え絶えであった。

 それでも無理をして言葉を紡ごうとする。あいつら……怒りが再度爆発しそうになるが、二人には大丈夫だと微笑みかける。

「なんて無茶をしますの……」

「ダメです……バスティア……あなたの力のことが聖都に知られて……」

「心配するな」

 ボロボロになりながらも俺の身を案じようとする二人。

 この歓待のためにずっと我慢して準備してきた二人。


 そして、外道どもにそれをすべて踏みにじられた、二人。


 二人をゆっくりと横たえる。あとは俺に任せてくれ。

「あんな奴ら、特別な力など使わなくとも、どうにだってできる」

 ゆらり、と外道ども振り返る。



 お前らは、おっぱい星人(バスティアン)に、喧嘩を売った。



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