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第二十一話 おっぱい星人、月下に主と

 ミルヒアはプニルとともに領主邸に軟禁状態だった。孤児出身のミルヒアには当然マナーなど身についていない。基本的に穏やかに振る舞えるミルヒアであるから平時であればせいぜい『粗にして野』程度の評価で収まるが、今回の相手は『卑としようとアラ探しにくる』のである。一部の隙もないマナー教習が敬愛なる我が主に襲いかかった。それもゲスト側の機微まで要求される。俺たちを含めて完全隔離体制のもとに主は今日も拘束されていた。


 プニルも似たようなものだった。

 一応名目上は侯爵じゃからの、とはローレリアの弁。ほぼ形骸化しているとはいえ、王都から地方都市ひとつ任される身として双子には相応の身分が公的に与えられていた。少なくとも騎士位の相手の歓待につきっきりになっていられる身分ではない。かと言って他の家のものに役を振って、わざわざ政争のタネをくれてやるわけにもいかない。領主の実妹であるはずのプニルは突如マンチェスター分家の主として仕立て上げられ、騎士様たちの歓待役の名代として魔改造されつつあった。


 「洗脳されれば苦痛も感じずに短期間ですむぞ?」と双子は半ば本気で提案していたが、これは二人とも全力で固辞していた。


    *    *    *


 主たちが動けないのだから、当然従者は暇になる。


「お二人とも大変に摩耗されてらっしゃいます」

「そうだろうな。報告ありがとうデボネア」

 簡素な報告だけして帰っていくメイドさんの姿も恒例化していた。毎朝の鍛錬後、デボネアかバリエラが欠かさず報告に来てくれる。もっとも内容は『無事に無事ではない』ばかりなので、報告する方も苦笑混じりだ。お疲れさまです。


 デホネアが帰るとみるや、頭に奏鳴がしがみつきてきた。

「ばすちー、ミルヒア(みるひー)どうだって?」

「苦労しているってさ」

「そっかー。うーん。そっかー」

 この金髪鳥類は自分が普通の鳥であるかのように振る舞うときがある。今もまるで鷹が人間の肩にとまるくらいの感覚で俺の首を脅かしているのだ。まったく、顔面に〈房珠〉が押し付けられてなければ振り払っているところだ。


「奏鳴、そのへんにしろ。バスティア様の首がもげる」

「おーう、すまねばすちー」

「いや、大丈夫だ。たが灼狩もありがとう」

 命を懸けたおっぱい堪能は、鍛錬後を見計らって手ぬぐいを持ってきてくれた灼狩によって無事中断された。飛び退いてしまった素晴らしい感触に未練を覚えつつも、手早く全身の汗を拭う。終わるのを見計らって、おずおずと灼狩が声をかけてきた。 


「でも、良いのですかバスティア様」

「何が?」

「しばらくミルヒアに会ってないでしょう。鍛錬にも、その、身が入ってないように見えます」

「……傍から見てもわかるか」

「はい」

「……そうか」


 実際に身が入ってないのだ。なんやかんやでミルヒアが苦労しているのに手助けできないのが歯がゆい。あと、しばらくミルヒアのおっぱいを見れてないので中毒症状が出つつあった。周りはおっぱいにあふれているのに我ながら不思議な感覚だが。


「じゃあ、みるひーに会いに行こう」

 奏鳴がさらりと言う。こら、と灼狩がたしなめる。

 だが、ふむ、うむ、そうか……

「よし、ミルヒアに会いに行こう」

 要は、俺たちは暇なのだった。

 

    *    *    *


「やー、あたしはやめたほうがいいね」

 潜入工作のあてにしていた砂霧にあっさりと断られる。彼女の幻覚を使えないとなると難易度は急に跳ね上がってしまう。理由を聞かなくてはいけない。

「どうしてだ?」

「あたしの幻覚って、砂を媒体に使うでしょ? 建物の中で使うと大変だよ?」

「あー」

 今回の潜入はこっそり撤収するところまでが含まれる。好き放題に砂の幻覚を使えば当然周囲は砂まみれになる。誰がやったかまでバレバレというわけだ。


「ボクもこういうの苦手。ごめんねばすちあ……」

 氷鞠が隣でしゅんとしている。うん最初から今回はあてにしてなかったとはとても言えない。いいよいいよと頭を撫でてやる。


「でもそういうことなら、灼狩に頼むのがいいね」

「灼狩に? 砂以上に炎は屋内向きじゃない気がするが」

「甘いねーバスティア」

 砂霧がチッチッチッと指を振った。合わせて〈房珠〉がふるふる揺れるのがポンチョの隙間から見える。

「直接獲物に牙を立てるだけが狩りじゃないのさ」


    *    *    *


「今です、バスティア様」

「よっ、と」

 灼狩の合図で館の外壁を飛び越える。飛行補助魔法のひとつである〈荷重軽減〉がかかった俺の体は、助走もつけない跳躍で簡単に夜の空に舞った。

 音もなく無事敷地内に着地。これも奏鳴が〈詠衝〉し続けてる〈消音〉の効果のおかげだ。一定範囲内で発生する音を周囲に漏らさないようにしてくれる。周囲を見渡すも、巡回の見張りも、夜間を通して工事をしている業者の姿も見えない。群れを狩るために備わった灼狩の能力は、マンチェスター邸内にいる人間の気配を完璧に捕捉していた。


「なるほど、これは助かる」

「奏鳴はー? ねー奏鳴はー?」

「奏鳴も助かるよ。でも今は〈消音〉に集中な」

「ぶー」


 時刻は日付が変わる寸前。空には細い三日月が見える。ちょうどミルヒアたちがレッスンから解き放たれて寝室に戻った頃あいだ。


「すまない、ここから案内を丸投げする」

「お任せくださいバスティア様」

「頼りにさせてもらうぞ灼狩」

「はい!」

「ねー奏鳴はー? 灼狩ん(ほかりん)ばっかりするい」


 灼狩が先導を開始する。俺はいつもより3割増しで機嫌よくぱたぱた揺れてる尻尾を追いかけるだけでいい。あれほど人の出入りがあるのに、灼狩の感覚は目から、奏鳴の魔法は耳から俺たちの存在を完全に周囲から隠していた。おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)も体捌きと情報察知に重きを置いた技ではあるが、ここまでのことは流石にできない。やはり魔法は便利だ。特に潜入となれば。

 ふと、思い至る。


 これは……乳憎むもの(アンティバスト)も同じなのではないか?


「どしたん? ばすちー」

「いや、なんでもない」

 急に真っ青になって立ち止まった俺を心配そうに奏鳴がのぞき込む。うん、両手で〈詠衝〉しながらのそのポーズはなかなか良いぞ、花丸を上げよう。いやそうじゃなくて今はミッション中なのだ。ミルヒアのことだけを考えていよう。

 心配かけたな、と奏鳴の頭をぽんぽんすると、奏鳴は釈然としなさそうにしながらもコクリと頷いた。



「ここです」

 灼狩の案内でとうとう邸内の客間のひとつの扉の前にたどり着いた。いつも別邸しか入ったことがなかったのでまるで土地勘がなかったのだが、途中多少迂回路は使ったものの最後まで全く迷うことはなかった。灼狩の能力はレーダー探知に近いものなのかもしれない。この能力で狩りたてられていたらと考えるとぞっとする。

「カギはかかっていないようです。あとは見張りをしていますので、バスティア様はどうぞ中へ」

「えー、奏鳴もみるひーに会いたい」

「空気読め。お前はアタシとここで見張りだ」

「ちぇー」

「すまんな。行ってくる」


 そう言って俺は颯爽とドアを開け

「ぎゃー!」

 当り前のように中にいたミルヒアに張り倒されたのだった。

 ギリギリで奏鳴の〈消音〉範囲にいたのが幸いだった。


    *    *    *


「今更言うのもあれですけど、男の人が深夜に女の人の部屋を訪ねて来るとかはしたないですよ」

 ミルヒアは驚いてはいたようだったが、怒ってはいなかった。うーん、やっぱりこの辺の感覚のズレが前世と違う。


 部屋の中はなかなかに豪奢な造りだった。大きな寝台に鏡台、応接セット一式。奥には連れの者を控えさせるだけの部屋もあるようだ。とりあえずは手近なソファに座ってミルヒアの様子を窺う。

 見慣れない寝巻を着て寝台に腰かけている。ネグリジェというやつか? おっぱいが隠れる服に関してはあまりよく知らない。しかし寝巻まで指導されてるとはさすが宿泊式スパルタマナー教習だった。

 俺がじっとみてるのに気づくと、ミルヒアは顔を真っ赤にして手で体を隠した。んんん、普段おっぱいを丸出しのくせに寝間着姿を見られるのは恥ずかしいのか。なんだこれ。新鮮でいいぞ。


「な、なにしに来たんですか」

「い、いや、様子を見に来た」

 そうですか、とミルヒアは緊張を解いた。妙な空気が和らいだ。


「苦労しているみたいだな」

「そーなんですよう」

 ミルヒアが寝台にごろんと転がった。角度的にきわどいところが見えそうになるが、無心でおっぱいに注視して目をそらす。そう俺はおっぱい星人(バスティアン)なのだ。紳士たれ。


「朝起きたときの挨拶から歩き方まで、ずっと監督がつくんですよ!? おはようって言いながら目をこすっただけで指導が入るんですよ!? 信じられます!?」

「そ、それは大変だな……」

「ミルヒアさんには一度徹底的に生まれ変わってもらいます、染みついたものがきちんと抜けるまで、って!」


 じたじたじたじた

 一通り畳水練を終えた我が主は、ぱたんと脱力した。


「なんだか私怖いんですよう。今までの人生の全てが何か否定されてるような気がして」

「大丈夫だよ。ミルヒアはミルヒアだ。それ以外のなにものでもない。俺が保証する」

「ほんとですかー?」

 ミルヒアのろのろと起き上がった。


「じゃあ、あれ、私にもやってください」

「あれ、とは?」

「砂霧たちにやってる、在り方を定着させるってやつです」

 ずい、とミルヒアが迫ってきた。

「ちゃんと私が私のままかどうか、保証してください」



 なんとなく照れ臭くなって部屋の明かりから遠い窓の近くの長椅子に移動した。

 薄い三日月の月明りを頼りにミルヒアの背後に回る。

 謎の高ぶりはあるが、いつの日かのような変な動悸はない。今はミルヒアの思いに真摯に応えるときだ。

 寝巻の裾をまくりミルヒアの〈房珠〉にそっと手を当て、魔力を感じる。いつも〈外傷治癒〉の時に感じる温かい魔力。自分ができることを全力でやろうとする魔力。じっくりと手のひら全体になじませる。


「ミルヒア」

 もみゅ

「はい」


 ……


「ミルヒア」

 もみゅもみゅ

「……はい」


 名前を呼びながら、ミルヒアの在り方を想う。出会った時からミルヒアは賑やかだった。稀に慎重、だいたい大胆。俺を異世界から来た異邦人と察しながら受け入れてくれた。少し嫉妬深い。実は姉御肌で子供達には恐れられながらも慕われている。人あたりはいい。冒険者仲間とは組みはしないものの交友は広かった。だけど細やかなことは苦手で、料理だけでなく家事全般ががさつでおおざっぱだ。

 そして、頑張り屋だ。


 〈房珠〉から伝わってきたのはいつもと変わらない、俺が思う通りのミルヒアだった。


「ミルヒア」

「はい」

 もう一度、名前を呼ぶ。


 薄い月明りに照らされたミルヒアを見て、思わす言いたくなった。

「月が、綺麗だな」

「え?」

 前世におけるとある慣用表現だ。通じるわけがないことを知っていて、おもわす口をついて出た。

「なんでもない」

「そうですか?」

「ああ」


「私は、私でしたか?」

「ああ、ずっと俺の知ってるミルヒアだった」

「そうでしたか」


 そういうと、ミルヒアはすっくと立ちあがった。

「ありがとございました。バスティア。元気が出ました」

「あ、ああ。それならなによりだ」

「そろそろ夜回りが来ると思います。そろそろ引き上げたほうがいいと思いますよ」

「そうさせてもらう。これから、頑張れそうか?」

「バスティアの中の私は、頑張れそうでしたか? ダメそうでしたか?」

「聞くまでもなかったな」

「だから、大丈夫です」

 ミルヒアは三日月の下でにっこりとほほ笑んだ。



 秋が終わろうとしていた。

 まもなく冬、そして聖夜祭がやってくる。


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