第二十話 おっぱい星人、ひとときの休暇を楽しむ
働きに報いると言った双子の言葉は苛烈かつ徹底した方法で完遂された。
まずは問答無用でギルドに介入。ミルヒアとプニルの聖獣戦絡みのデータを隠ぺいする。二人の〈房珠〉にははっきりと惑わす狐と凍てつく熊の撃破記録が残っているのだから、これを表沙汰にすれば聖獣絡みの騒ぎになるのは避けられないからだ。ギルドそのものは複数の街に根を下ろす組織だと聞いていたので、そんなことが可能なのかと聞いたところ
「エルブレストがいわばギルドの中で最も地盤の強い街なのじゃよ」
とのローレリアのお言葉。
「交易都市ディカップには護衛のみを商品にする商社があるし、聖都には大墓院騎士団という風に、それぞれの街に主力を張る荒事専門の組織があるのじゃ。もちろん王都にも正規の軍勢がそろっている。で、うちじゃが、うちは戦力を基本冒険者に頼っているから結果としてギルドとの関係も深くてのう」
「ギルドもあちこちに支部はあるがの、立地の関係上総本山はうちじゃ。介入も容易いわ」
とんでもない暴君ぶりである。
暴君たちはその上で推薦型依頼をバンバンミルヒアたちに回してきた。それも外のパーティには面倒にもかかわらず、俺たちの仲間には比較的容易いというものを厳選してである。
「ばすちー。採ってきたよー。褒めて―」
それは峻険な岩場に生える希少な薬草採取であったり
「バスティア様、この草原に湧いた根切り鼠の群れは全員小火精が狩り尽くしました」
ひたすら数だけが多い害獣の排除であったり
「はい。これでこちこち。三日は溶けない」
腐りやすい乳製品の長距離輸送であったりした。
「ほらー。そっちは崖だよー。こっちのほうにしか道はないよー」
砂霧の砂の幻覚に従って、脱走した乳牛たちが素直に柵の中に誘導されてゆく。それを丘の上からぼんやり見ているだけの俺たちである。プニルがこぼす。
「……暇ですわ」
「なんかズルしている気分なのですよ」
「激務続きだったから余計に反動を感じますね」
表沙汰にできる面倒な依頼を短期間で次々とこなし続けた結果、潤沢な報酬とともに俺たちは正式にBランクパーティへの昇格を果たしていた。
* * *
「これが今回の報酬になります……」
「お疲れ様です……タチアナさん」
妙に憔悴した受付のお姉さんから明らかに重みのある皮袋を受け取る。何度もこんなことが頻繁に繰り返された結果、報酬受取係の俺は受付のお姉さんの名前を教えてもらえる程度にはつながりができていた。
「大変ですね……お察しします」
「うううううう」
ずるずるとカウンターに突っ伏すタチアナさん。豊かな〈房珠〉がセルフ枕になってその頭を受け止めた。いいなああれ。いいなあ。
双子の介入で一番割を食ったのは間違いなくこのタチアナさんだ。記録の改ざんから依頼の恣意的なより分けなど、どう考えても黒判定の出そうな裏工作を受付で一番偉い彼女が取り仕切る羽目になったのである。なまじ精神操作系に通じた〈房珠〉をお持ちだったため、双子の『強引にして高圧的な思わず自分から従いたくなる魔力を伴うお願い』にも抵抗があったのが彼女の不幸だった。
「他の冒険者さんたちに工作を気づかれないようにするのが一番神経をつかうんですよぅー」
いつの頃からか、俺はタチアナさんの愚痴聞き役にされていた。察した他の受付さんがカウンターを開いて他の冒険者を捌き始める。教育が行き届いているなあ。
「こんなのリスクと報酬が釣り合ってませんよう……それなのに組織全体としては利益が上がってるのが一番納得いかないぃぃぃ……」
小声でぶちぶちと文句を垂れ続けるお姉さんに相槌をうちながらねぎらいの言葉をかける。
「まあまあ……今度お茶でも奢りますから、元気出してください」
「おー? 若者よナンパかー? おねーさんをナンパしてるのか―?」
目が座っている。しかしタチアナさんはふーっと大きく息を吐きだした。
「従者の男の人に受付が勝手に粉かけたって思われたらセクハラパワハラ案件ですよう……そういうとこ厳しいんですうちのギルド……」
「あー、そうでしたか」
なんともしがたいので適当に切り上げて退散した。
* * *
「ばすちあー、終わった?」
ギルドの前で氷毬が待っていた。タチアナさんのとこに行くと長くなるので聖獣たちはギルドの建物の中には入ってこないが、こうして律儀に街中でも交代でボディーガードを務めてくれている。もっともこれは優先ホニホニされ権とバーターであるらしく、聖獣たちの中で厳密な当番制の取り決めがあるらしい。すぐに背中を預けてきた氷毬にフニフニを敢行する。ああ、社会の闇のおすそ分けされて荒んだ心が癒される。
こてんと頭をこちらの胸元につけて、下からのぞき込むように氷毬が聞いてきた。
「たくさんお金貰えた?」
「ああ、氷毬たちのおかげでバッチリ稼げているぞ」
「にひひ」
氷毬はぴょんと飛び跳ねてしがみついてきた。
「じゃあなんか食べに行こ!」
氷毬たちは山分けされる金銭報酬の取り分を受け取らなかった。代わりに分配された俺の報酬からそれぞれ欲しいものを買い与えている。彼女らは人間の街そのものが珍しいらしくあちこち行きたがっているのだが、いかんせん人の世界の常識に疎い彼女らが単独で外出したらまず間違いなくトラブルが起こる。なのでボディーガードの名目のかたわら、それぞれが俺を引っ張り回して人間社会を楽しんでいるのだ。
* * *
「すごい。これクリームすごい」
氷毬が大きなクリームパイにがっついているのを、カフェオレ片手に眺める午後。ここはギルドにほど近いパイ料理専門のカフェだ。最近では聖獣たちを連れて入る行きつけになりつつある。胸元を露出した給仕さんが実にいい景色で俺個人としても愛用している店である。
聖獣たちははみな甘味が好きだった。それぞれ肉食猛禽の類だと思っていたから肉料理とか好きかと思ったら一様に「肉は自分で獲れるから別にいい」とのことで、もっぱら働きにはこうして甘味をもって報いることになる。山から離れられないまま千年を過ごしてきた彼女らにとって、鮮烈な甘みはそれだけの衝撃だったらしい。特に果実の恵みすらも乏しい北の霊峰を守っていた氷毬にとって甘味は特別な意味を持っていた。
「はぁ……しゅごい……あたまバカになる……」
数人で切り分けるサイズのクリームパイを一人で平らげ、氷毬は口の周りをクリームでべとべとにしながら椅子の上でぐにゃぐにゃになった。コートがめくれてへそまで見えている。苦笑して口の周りを拭いてやる。氷毬は見た目も相まって歳の離れた妹を相手にしている気分にさせられる。千年年上とはとても見えない。
コートの裾を整えてやると氷毬は椅子に座り直し、急に真面目な顔つきになった。どうした?と聞くと、一瞬躊躇したようだが、決心したように質問してきた。いわく
「ボクたちばっかりいい思いしてるけど、ばすちあはそれでいいの?」
とのこと。
全く予想外の言葉である。真意を聞きなおしてみると
「だって、助けてもらっただけじゃなく、〈房珠〉の調整はしてくれるし、こうやって街とか案内してくれるし……」
と、どんどん小声になっていく。これは聖獣たち皆の思いのようだった。
小さな体でますます小さくなっていく氷毬の頭をポンポンしてやる。
「俺はもっと大きなものを受け取ってる。気にするな」
本心からの言葉だった。おっぱい触って感謝されてお金貰える仕事とかホワイトすぎる。ホワイトどころかプラチナだった。俺のほうがいいんですかねコレと世界中に問いかけたいくらいだ。真のWIN-WINはここにあった。
「こんな生活が続けばいいな」
「ね」
それが無理なのはわかっている。乳憎むものはすぐに己の計画の失敗に気づくだろう。そうすれば遠からず新たな悪意をこの街に向けてくるに違いないのだ。それも次はおそらく自らの計画を邪魔した俺たちを狙ってだ。
それでも、だがそれでもだ。この豊かな時間がせめてもう少し続けばと
「あー、ばすちー、やっぱここだぁ。緊急招集だよー」
奏鳴が店に飛び込んできた。
* * *
「聖都から使節団が来るんですか?」
「そうじゃ、年末の聖夜祭に合わせて来るとの連絡があったわ」
心底うんざりした様子でスリザリアが書簡を卓に放り投げる。
緊急という割にはマンチェスター邸の中庭には今日も茶の支度が整っていた。あれだけ大きなパイを完食した氷毬が茶菓子を順調に減らしている。もっともこれは他の聖獣も大差ないので4倍速だ。実に見ていて気持ちがいい風景ではあるが、本題はそちらではない。
「わらわたちには魔族討伐のねぎらいと聖夜の祝福と伝えてきおったがのう。その実はこっちの戦力の値踏みと偵察じゃい」
前世におけるクリスマスに該当する聖夜祭というのはモリアーティがこの世界にもたらしたものらしい。友よ、随分フリーダムに生きてたんだな……
昼間に星を探して空を見る俺を無視してスリザリアが続ける。
「使節の代表は大墓院騎士のパンプローヌ……随伴はその配下20余名」
ため息ひとつ。
「有体に言うと、公安部隊の長が年末の五日間、部下引き連れてやってくるんじゃい」
「時期もたまらんのよなあ」
ローレリアもうんざりした口調で吐き捨てる。
「それだけの人数を歓待する場所となるとそれを用意するだけで一苦労じゃ。おまけに箔まで必要となればさらに場所は限られる。冬支度の時期にほんとやってくれるわ」
「なんでそんなやつらに目付けられなきゃいけないんだ」
全くわけがわからなかったので思わず聞いた。ミルヒアどころかプニルもそうだそうだと頷いている。この世界のもとからの住民においても納得のいかない話のようだ。
「聖都の教えというものを知ってるかの?」
「〈房珠〉至上主義でしたでしょう?」
それじゃ、それが問題なのじゃ、とスリザリア。
「連中の教えの根幹にあるのは偉大なる〈房珠〉とそれによる秩序じゃ。もとよりモリアーティの墓所を守るという名目の大墓院騎士は権威と実権を維持しておる」
「そこまでなら理解できますけども」
ミルヒアが口を挟む。たしかにこれは冒険者の流儀と大差はない力の論理だ。
「問題は魔族が絡んだ場合での。聖都の教えでは本来魔族が存在してはならんことになっておるのじゃ」
強力な至高の〈房珠〉が歪んで正義を失うことがあってはならないというわけか。
「なので、魔族が出ると連中は被害が広まる前にそれを人知れず処分したいのじゃ。で、今回みたいに聖都じゃないものが、魔族を倒したとなると」
「その現れた魔族が大した〈房珠〉を持っていなかった小物であると示さねばならん」
スリザリアに次いだローレリアの言葉にプニルが得心したように言う。
「つまり、私たちを貶めて序列を誇示しようというわけですわね」
ふん、と鼻を鳴らす。
「思いっきり無意味な権力の世界じゃないですかあ」
ミルヒアに至ってはげんなりすぎて泣きそうになっている。
「つまり、聖都から来たお偉いさん相手に、付け込まれない程度のメンツを保ちつつも、相手が気持ちよく帰れるくらいの接待をしなければならんというわけだな」
「そういうことじゃな」
「当事者のミルヒアとプニルちゃんにはつらい役回りがいくことになる」
二人はうえええええと卓に突っ伏した。心中察するに余りある。
双子もさすがに気の毒な表情だ。すまんのう、と詫びながらも領主としてやらねばならぬことはやらねばならない。
「権力を持つとどうしてもメンツのことも考えねばならんからのう」
「だからわれらもこうしてこっそりバスティアたちと会う場を設けているのじゃからな」
「ところが、これも今後ままならん」
「まだありますのぉ?」
プニルがフレアクロ―に囲まれたときと全く同じ表情をする。
「先ほど言ったように、使節団を受け入れる設備が限られとる、となると、使えるのはせいぜいそこの別邸じゃ」
この中庭からマンチェスター別邸はほど近い。あらためて見てみれば頑強な造りで広さも十分に思えた。しかし外部からの使節団の応接に使えるかというと……
「このままじゃとても使えぬ。ゆえに内装から調度品から調えねばならん」
「というわけでしばらくここいらには工事屋やら家具屋やらが出入りすることになる」
「人目につかない一席を持つというわけにもいかなくなるのじゃ」
交互にまくしたてた双子はそろってため息をついた。
「面倒じゃー。面倒しかないのじゃー」
「バスティア―、おぬし本気で代わりに領主やる気はないかのー」
「したら二人そろって嫁に行ってやっても良いぞー」
「安泰じゃぞー死ぬほど雑務が面倒なだけで」
「だめです」
左右からわらわらと謎の秋波を送ってきた双子をミルヒアがしっしっと蹴散らす。
どうやら俺たちはゆっくりと冬を迎えることもままならないらしい。
「あのう、申し訳ないのですが」
それまで黙っていた灼狩がおずおずと口をはさんだ。
「お菓子が無くなったので、その、おかわりかもらえればと」
他の聖獣3人も空の皿を前にじーっとこちらを見ていた。
その日はそれでお開きとなった。




