第十九話 おっぱい星人、白状する
「皆様には迷惑をおかけしました。この焔狩心よりお詫び申し上げます」
「ごめんねー? あ、奏鳴は奏鳴になったのでこれからヨロね」
深々と頭を下げる元群れ狩る狼と、実に対照的な元星追う鷹の姿である。
あのあとわずかな正気を取り戻した群れ狩る狼は即座に在り方の書き換えを受諾。終始こちらが居心地が悪くなるほどの平身低頭ぶりで、もはや狼というよりも怒られてしょげた犬のオーラを放っていた。鋭い系の長身の美人がそんなざまなのでギャップが妙にかわいらしい。砂霧と氷毬が交互にからかって可哀想なので二人をフニフニして黙らせる。
星追う鷹は実に気楽に書き換えを受け入れた。乳憎むものは本当に星追う鷹を便利使いにしていたらしく、『結界を離れ乳憎むものの命令を聞く』という在り方のみの書き換えが為されていた。すでにその場に命令者がいないとなれば彼女を束縛する約束はなにもない。もっともこれには多分に彼女のほにゃほにゃした性格も理由に含まれていそうだったが。
正常化された結界と切り離され、それぞれ新たな名前と在り方を得た彼女らは、行動を砂霧たちに倣った。すなわち俺たちとの同行を申し出た。
ミルヒアが麻袋をかぶせる前にプニルが二人にフード付きコートをかぶせた。ずっと俺と自身の火傷を治療していたはずなのになんでこんなに元気なんだミルヒア。狼対処後からなんか妙に機嫌がいい。狐対処後の時とは真逆だ。
* * *
街に戻って早速三人の衣服を買いそろえる。
灼狩は黒いジャケットと黒のロングパンツにロングブーツ、〈鞘〉にタンクトップタイプを選んだ。長身と鋭めの顔つきのためにクールで近寄りがたい雰囲気に見えるが、天然犬耳ヘアバンドと全身から発する無害なわんこオーラともいうべき何かがそれを台無しにしている。ちょっとカッコつけたい近所のおねえさんみたいな仕上がりになった。
奏鳴は綿生地のぶかっとしたジャケットとホットパンツを選んだ。腕にまとった羽毛は飛行補助魔法に依るものだったらしく、解除すると完全になくなるわけではないものの、だいぶボリュームダウンしてジャケットの袖の中に納まる。すぐに飛行魔法が使いたいと〈鞘〉の装着を拒んだが、弱体化したとはいえあの〈鎮圧音衝〉ばりの破壊音波を街で暴発されても困る。結局、ほぼ横紐一直線という実に目に刺激的な〈鞘〉を装着することになった。足元はサンダルを選ぶ。飛行補助魔法を使うと猛禽の爪が副次的に生えて普通の靴だと穴が空いてしまうからだそうだ。
氷毬は最初にもらったコートのままでいいよと言い張っていたが、プニルが無理やりにコーディネイトした。白いファー付きの桃色のコートに、揃えのファー帽子である。これで耳までしっかり隠せる。下になにも付けたがらない氷毬になんとかパンツだけは穿かせたと言っているのを聞いた、きっとくまさんパンツに違いない。反響魔法との相性もあって〈鞘〉は選ばななった。靴はモカシンのような革靴だ。
一気に3人も従者を増やしたミルヒアは流石にギルドでも怪訝そうに見られていた。バスティアがあんまり荷物とか持てないものでーと急にミルヒアが振ってきたので、いつもすまないねえと老人コントみたいなアドリブで応えたら、受付のお姉さんはますます怪訝そうな顔をした。
* * *
「アンティバストとな」
「目的はなんじゃ」
顛末の報告を受けた双子がそっくり鏡写しのような格好で悩みこむ。
俺たちは領主邸の別館に設えられた茶席についていた。名目上は実家帰りしたプニルお嬢様とそのお友達の歓待ということになっているらしい。改めて人払いを気にしないで寛げるのは実に助かる。砂霧たちをフニフニするのに人目を憚らないでいいというのも実に助かった。普通は冒険者は自分の武器たる〈房珠〉を簡単に他人には預けないのだ。
「口調からすると、まるで人間すべてを恨んでいるかのようでした」
ミルヒアが両肘を卓の上について紅茶をすする。この場には誰もマナーを指摘するものなどいない。
「仮に破滅型のテロリストだとしても、人の身であるなら生活基盤が必要じゃろ」
「結界の破壊も時間をかけてやってたみたいだしの」
「足代わりしてた奏鳴はあいつの拠点を知らないか?」
膝の上でフニフニを堪能していた奏鳴は、急に話を振られて、ほえ、と変な声をあげた。
「知ってるよ」
「知っとるんかい」
「先に言わんかい」
「聞かれなかったし?」
食い気味の双子にも余裕のテヘペロである。いいから話せと促すと、オッケーと奏鳴は話しだした。
「でも、結界の外のだいぶあっちだよ? それもなんか廃墟みたいなとこだったし。たぶん仮アジトじゃないかな」
「調査にも行けそうにないのう」
「奏鳴なら行けるんじゃありませんの?」
「やー、やめておいたほうがいいねー。あたしたち結界の力使えてたときですらやられちゃったんだし、今の弱体化した状態でのこのこ近づいたらめっちゃカモだよ」
「奏鳴もヤでーす。あの辺シルフとかめっちゃ出るし。ヤバ空域。そもそもバスティアと離れるとかありえないし」
「調査に行くにしてもだいぶ準備かかかりそうですね」
デボネアの発言が結論だった。双子はぐぬぬと言いながらも長期的な調査隊の編成案を立てていたが、その頃に仮アジトを漁っても何も残ってはいないだろう。
結局コストが割に合わないとなり、盛大にローレリアがぼやく。
「せめて相手の魔法がわかれば対応もできるんだがのうー」
そうだ。伝えなくてはならないことがあった。
「色々と妙な力は使っていたが、あいつには〈房珠〉はなかったぞ」
双子だけではなくその場にいた人間全員が、なぬ? といった顔をする
「実は男だったとかないですの?」
ブンブンブンと首を振る氷鞠。買ったばかりの帽子がずり落ちそうになる。
「ボク匂いでわかる。あんにゃろは女。間違いない」
「僭越ながら、匂いの件に関しては、アタシも同意見です」
灼狩もおずおずと言い添える。むしろキョトンとした顔で奏鳴が継いだ。
「え? でも異世界から来た人って大体そっしょ? バスディアもそうだし。あ、バスティアは男だから始めっから〈房珠〉ないか」
「ぶっふぉ」
ミルヒアが紅茶を吹き出した。
場が微妙な雰囲気に包まれる。
「あれ? もしかしてこれ隠してたやつ?」
「あたしはなんか隠してそうだなーと思ってたから言わなかったけどねー。さすがだね星追う鷹、じゃなかった奏鳴」
「ごめんち?」
金髪鳥類本日二度目のテヘペロだった。
ゆらりと立ち上がる双子。
「治智比べ勝者とあっても異世界となると聞き出さんわけにもいかんのー」
「洗脳じゃのー、これは洗脳じゃのー」
揃ってドレスの胸元を引き下げで〈抜頭〉あそばされる。すでに〈魔頭〉はぎんぎんに励起して魔法が暴発寸前になっていた。素晴らしい光景だけど怖い。本気で怖い。
反射的に席を立とうとする左右の腕を、誰がががっしりと拘束する。このボリュームは
「バスディアー? 私もそのへんの話すっごく聞きたいですよー?」
「さすがに抵抗されるべきではない局面かと思われます」
バリエラとデボネア! お前らもそっち側か! いや元々ここんちのメイドさんだった!
奏鳴はとっくに膝の上から避難してた。このケースだとボディーガードはしてくれないらしい。灼狩だけが心配そうにこちらを覗っているが、砂霧が肩に手を置いて首を横に振っている。氷鞠に至ってはお菓子をつまむ手を止める気配すらない。視界の端ではミルヒアがプニルに肩を捕まれ「知ってましたの!? 知ってましたの!?」とガックンガックンされていた。
「わかった! 話すから! 全部話すから!」
観念するしかなかった。
* * *
「納得がいったわ。バスティアの奇妙な力はそういうものであったか」
「こうなるとアンティバストより先に会えておったのが幸運であったともいえるのう」
「ナイスじゃプニルちゃん」
「ナイス暴発、ナイス情報漏洩じゃ」
「不本意ですわっ!」
結局俺が異世界から来たこと、その力が転生によるものだということあたりをかいつまんで話した。どのような力が使えるのかは知る限りのことを伝えたが、なぜこの世界に来ることになったのかあたりは誤魔化した。さすがにおっぱい揉みたくて世界線超えて来ましたとか言えない。
「アンティバストとは、俺の世界の言葉で『〈房珠〉を憎むもの』という意味だ。同郷の出身だろうな」
「バスティアの故郷の感性で敵の行動目的が測れませんの?」
「すまない、まるでわからない」
おっぱい嫌いな人なんているー? と俺こそが叫びたかった。きっと一人だったら叫んでいた。
「でも、砂霧さんたちはまるで異世界からの人が当たり前にいるみたいに話すんですね?」
がっくんがっくんから解放されたミルヒアが涙目で言う。さらりと返す聖獣たち。
「そりゃあこの街が名前が違うころからずーっと生きてるしねえ。何人か異世界から来たのにも会ったさ」」
「そもそもアタシらに〈房珠〉を授けてくれたのが異世界人だったのですよ」
「たぶん千年くらい前。こまかくは覚えてない」
「守神モリアーティとか名乗ってたっけかー?」
聖獣たちの何気ない世間話風のくちゃべりは人間陣にまたも衝撃をもたらした。
「モリアーティじゃと!」
「それは聖都の崇める神じゃないですの!」
「とんでもない名前が出てきたのです」
「神は異世界の者でしたか。ならば数々の奇跡の伝説も納得ですね」
「となると、ますます聖獣絡みの情報は聖都に隠さねばならぬのう……絶対介入されるやつじゃぞコレ」
「下手すると宗教的理由で領地召し上げされてしまうかもしれん」
何やら新しい問題が勃発しているようだったが……
「バスティア? どうしたんですか?」
もともとこの世界の人間でもない俺も、その名前には衝撃を受けていた。
「もりがみ……モリアーティ……だと」
盛り神・盛芸術
前世における、おっぱい星人唯一の親友と言ってもいい男の名前だった。
* * *
盛芸術は高校で出会った。小柄で気弱そうな男で、いつもおどおどしているような男だった。そんな彼を彼足らしめていたのは、類稀なる乳盛りコラージュの手腕だった。美術の教科書のルノワールの絵画に見事な爆乳を盛ってみせたのを見たときの感動は忘れない。乳はあるがままが美しいというのが信念の俺が思わずうなるほどの見事な美爆乳だった。方向性は違えど彼もまたおっぱいを追い求める求道者だったのだ。俺たちは時に対立し、時にわかりあいながら、互いの道を究め合った。
高校卒業とともに進路が分かれ、連絡が取れなくなっていたが……友よ、お前もこの世界に来ていたというのか。
しかしそういうことなら、あいつが渡守に何を願ってこの世界に流れ着いたのかもわかる。『乳をもっと盛る力が欲しい』と言ったに決まっているのだ。砂霧たちに乳を盛ったというのもあいつなら腑に落ちる。
「まさか、知り合いなのですか」
ミルヒアがおずおずとこちらに聞いてくる。心配かけてしまったようだ。微笑んでやる。
「前の世界の、友だ。夜通し夢を語り合ったこともある」
深夜のファミレスで熱くおっぱい談義をしてとうとう店を出禁になったな……
「そうだったんですか……でも千年前って」
「ああ、こちらに来る時間がだいぶずれているようだ。もう会うことはないだろうな」
友よ、お前が乳を盛った世界で俺はいま乳を揉んでいるぞ。なぜか急に星が見たくなってきた。真昼間なのに。
「しかし、そういうことなら、結局はいずれ聖都とは関わればならぬかもしれんのう」
スリザリアがぽつりと言う。
「守神モリアーティだけではない。奇跡に関する数多くの記録が残っているのが聖都なのじゃ。もしそれらが異世界からの者によるものなのだとしたら、乳憎むものへの対抗手段が見つかるかもしれぬ」
「聖都ノヴァユリアか」
友の足跡を追うため、敵を追い詰めるため、向かわねばならないようだ。
ローレリアがポンポンと手を叩きお開きの合図をする。
「とりあえず今は体を休めることに専念せい。外傷は治っても火傷の怪我は芯に残ると聞くぞ」
「本当に返す返すも申し訳なく……」
また灼狩が小さく縮んでいる。
「うう、私も新しい治癒魔法を覚えないと……」
「なによりこれから冬ですわ。守護稜線の結界もどうにかなりましたし、私たち少々働きすぎだと思いますの」
「かかか、しっかり報いてやるから安心せい。冬支度で困るようなことにはなるまいよ」
こうして俺たちはしばしの休暇を得た。
このときにはまさか聖都の方から春を待たずに俺たちに接触してくるとは思ってもいなかった。




