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第十八話 おっぱい星人、灼炎を断つ


「ダメですわ……私の雷ではあれは倒せな……倒せませんのッ!」


 完全に戦意を喪失しているプニルをバリエラとデボネアがかばう様に立つ。フレアクロ―はまるで嬲るようにこちらを遠巻きに取り囲んでいる。悪意なき笑顔がひたすらに不気味だ。獲物が消耗するまで焦らず仕留める、まさに狼の狩り方だった。

 非常にまずい事態だった。フレアクロ―の群れ相手とはいえど戦力評価では決して歯が立たない相手ではない。ミルヒアの拳ならフレアクロ―を足止めできれば屠ることができる。プニル自体の戦力もミルヒアと比べて劣るものではない。だが、己の雷が敵を穿てないという一点がただプニルを縛っていた。このままでは身動きがとれないままバリエラの障壁ごと削られてしまう。デボネアが相手の火力を押さえ込んだとしても守勢に回る以上は時間稼ぎにしかならない。


「ヒヒイッ!」

「くっ!」

 散発的な攻撃がミルヒアのガードを削る。力以上に熱量のダメージが大きい。カウンターを狙おうにも四方から交互にヒット&アウェイをしてくるのではそれもままならない。

 砂霧と氷毬もこの状態では動けない。フレアクロ―が星追う鷹の拘束を解いてしまえば最悪の事態だ。すでに周囲の熱気で〈氷鎖〉が溶けかかっている。氷毬は必死に両手で〈房珠〉を動かして〈詠衝〉を繰り返していた。惜しむらくはその光景をガン見する余裕が俺にないことだ。

 こうしている間にも群れ狩る狼の〈房珠〉は新たなフレアクロ―を生み出している。


 決断が必要だ。


「デボネア! ミルヒアの援護に回れ! ミルヒアなら〈行動阻害〉の効いた相手なら確実に仕留められる!」

「だけどプニル様が!」

「プニルは俺に任せろ! 二人で少しだけ時間を稼いでくれ!」

「! 任せますッ!」


 デボネアの支援を受けたミルヒアの拳が徐々にフレアクロ―を捉えだす。しかしこの手数では次々生み出されるフレアクロ―の数に対抗できない。

 俺の役目はプニルを戦えるようにすること。それができなければ数で削られて俺たちの負けだ。プニルの傍らに駆け寄る。


「プニル、撃て」

「ダメですの……」

「大丈夫だ。倒せる」

「え……」

「プニルの雷で、あれは倒せる」

「でも……」

「いいから、俺を信じて撃て。俺が届かせてやる」


 俺はそう言って、バリエラ(・・・・)の背後に回りこんだ。

「あのー、バスティア? そこで合ってるです?」

「すまん、今回はお前の〈房珠〉を借りる」

 釈然としていないバリエラの〈房珠〉を背後から鷲塚む。うおおやっぱりでかい。そして柔らかい。こんな時じゃなければじっくり堪能したいが、今はひたすらに精密に魔力の操作に集中する。バリエラもそれ以上は何も言わずに、すぐに魔力の循環を開始させた。すまんバリエラ、意図を説明している暇がないんだ。でもお前の魔法があれば……


「……もう! 知りませんわよ!」

 プニルが〈詠衝〉を完成して雷撃を放つ。あの〈魔頭〉の魔力の収束を見るに選んだのは〈収束雷穿〉か。ここで一点突破の大威力魔法を選んでくるのがたとえヘタレていてもプニルだった。

 この一瞬だ。プニルの〈詠衝〉に合わせて完璧なタイミングでバリエラの〈房珠〉をコントロールする。プニルが狙ったフレアクロ―にある魔法を重ね掛けする。


 バシュゥ


 一瞬の炸裂音。そして閃光。

 それが晴れた時には、プニルの狙ったフレアクロ―は見事消滅していた。


「効いた……?」


 プニルが信じられないといった目つきで自らの〈房珠〉を見下ろす。

 バリエラも同様だ。己が放った魔法がどんな意味を持っていたのかすぐには理解できない。

「いまのは……!?」

「理屈はあとだ。できるか? バリエラ」

「! やれますです!」

 優先順位を適切に理解し猛然と〈詠衝〉を開始するバリエラ。それを見てプニルも〈詠衝〉を切り替える。選ぶのは〈拡散雷網〉! すでにプニルの顔に迷いはない。やるべきことを完全に理解している。

「蹴散らせプニル! そいつらはもうお前の敵じゃない!」

「わかりましたわ!」

 捻り上げられたプニルの〈魔頭〉から放たれる無数の雷光が、フレアクロ―の周囲の酸素(・・・・・)を焼き尽くす!


〈対風障壁〉!


 即座にバリエラがフレアクロ―に(・・・・・・・)大気遮断障壁を展開した。

 フレアクロ―……サラマンダーは「他を焼き尽くす」という炎の在り方を強化された魔物だ。当然その本質は酸素を利用して燃焼するという火そのもの。雷の熱量で本体を消し飛ばすことが叶わなくても、瞬間的な酸素欠乏を起こして火として存在できなくさせてやれば、倒せる。先ほどデバフを味方にかけたデボネアの機転がなければ気づけなかった「防御障壁を敵にかける」という逆転の戦術、フレアクロ―には効果覿面であった。プニルの雷撃が生み出す熱も加われば酸素消費速度も加速する。これで、手が足りる。


 バシュ バシュ バシュゥ


「ヒイッ!?」「ヒヒヒイッ!?」

 フレアクロ―の戦列に乱れが生じる。

「なんだと……!」

 フレアクロ―を生み出し続けていた群れ狩る狼も、初めてまともにこちらを見た。

 すでに天敵は天敵ではなくなった。となれば敵が取ってくる手段はひとつ!


 バキン


「チイッ!」

「させるわけがないでしょう!」

 プニルを直接狙おうと炎の爪で襲い掛かった狼を先読みしたミルヒアの蹴りが叩き落とす。

 さすがに狼も直撃は避けて着地する。着地の振動を利用してさらなるフレアクロ―召喚を〈詠衝〉するが、こちらはもう無視していい。

「おまえらぁっ!」

 距離を取りつつ狼がバックステップの振動を(詠衝〉に変えて〈火矢〉を放つ。弾むロケット〈房珠〉から散らすように放たれた幾条もの火箭は、横合いから撃ち込まれた〈氷弾〉ですべて相殺される。

「ばすちあ! 加勢する!」

 氷毬が加勢する。フレアクロ―の数が減りつつある今、星追う鷹の保護は砂霧一人で大丈夫と判断したらしい。炎遣い相手にこの援軍は特に心強い。


 これで4対1。


 狼がぎりりと歯をかみしめる。

「形勢逆転だ。投稿しろ群れ狩る狼。悪いようにはしない」

「……結界は」

「あ?」

「結界はてめえらの好きにはさせねえっ!」

 突然爆発するような熱波が狼の体から噴出した。とっさに呼吸器をガードするがそれでも全身の皮膚が引きつるように痛む。氷毬が慌てて〈霜〉を〈詠衝〉するが、それも一瞬で消し飛ばされる。

「はっはぁ……どうだ……」

「そんな……狼……そこまで……」

 熱波を放った狼の姿を見て、氷毬が声を詰まらせる。


 群れ狩る狼は燃えていた。ゆっくりと呼吸に合わせて〈自動詠衝〉されているのは〈焦熱〉の魔法。


「人間に結界をくれてやるくらいなら……アタシごと壊してやる……」

 燃えているのは群れ狩る狼本人だった。

 艶やかな黒髪が燃えている。褐色の肌が燃えている。

 おっぱいが燃えている。


(おっぱいが燃えるだと!?)


 俺は駆けだしていた。


「バスティア!? 無茶です!」

「ばすちあ! 死んじゃう!」

 仲間たちの声が置き去りになる。俺は走るのを止めない。一歩踏み出すごとに体を灼く熱が跳ね上がる。

 ははは、なんで駆けだしているんだろうな俺。

 群れ狩る狼までわずかなのに、この熱量では届く前に己が致命傷を受けてしまうのがわかる。

 だが、ここで見捨てるという選択肢は、俺にはないのだ。

 だって、俺はおっぱい星人(バスティアン)だから。

 命かけて、乳を揉みに行って、そして倒れる。

 それが俺の宿命か……


(感覚阻害〉!


 ふっと全身を苛んでいた火傷の痛みが消える。デボネアか。止めても無駄とわかっているなら、手を貸してくれるのか。最高の仲間だ。

 それでも皮膚が焦熱に晒されてただれていく。痛みはなくても段々筋肉が言うことを聞かなくなってきた。


〈瞬間氷結〉!


 氷毬の魔法が俺の全身を冷やす。熱波に剥がれる端から氷の鎧が俺の体にまとわりつく。氷毬たちにも無理をさせてしまっている。ずいぶんとこき使ってしまった。ことが終わったら個人的にも報いてやらねばなるまい。


 ことが終わったら?


 急に愉快な気持ちになってきた。さっきまで倒れても悔いのない気持ちだったのに、まだこの世界にはこんなに未練があった。

 俺は狼を救う。そして生きて帰る。

 ああ、なのに、膝から崩れる。俺の命が言うことを聞かない。

 そのとき、俺の頬に背後から柔らかいものが振れた。


〈外傷治癒〉


 ミルヒアの、〈房珠〉。いつの間にか、背後にぴったりとミルヒアがついてきている。

 この世界に来てから何度も浴びた。最も優しい魔法が俺を癒していく。


 自らも焼かれて熱いだろうに。無茶をするミルヒアに言う。

「無理してついてこなくていいんだぞ」

「大丈夫、二人なら、いけます」

「そうか、そうだったな」

 ひどく当たり前のことを聞いてしまった気分になる。そして、それはおそらく正しいのだ。


 頭にしがみついたミルヒアごと立ち上がる。二人ともに灼かれていくが、すぐ傍にあるミルヒアの〈房珠〉からはとめどなく癒しの魔法があふれ出る。大丈夫だ。これでもう最後まで行ける。

「……なんなんだよ……お前は……」

 紅蓮の炎に包まれた狼が泣きそうな声をあげる。


 俺は、おっぱい星人(バスティアン)だ。


 声に出して言いたかったが、喉はとっくに焼け付いて声を発せなくなっていた。

 半ば焼け落ちそうになった俺の手が、ゆっくりと群れ狩る狼の〈房珠〉に重なった。

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