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第十四話 おっぱい星人、東へ向かう

「調査に向かうなら東の荒野から頼むぞ。あちらは聖都への道があるから異常が聖都にバレたらまずいでな」

「管理不行き届きを理由に行政権に介入してくるようになるに決まっとる」

「ゆえに、こっそりどうにかできそうなら真っ先に東からじゃ」

 という双子領主の極めて政治的かつ保身的な判断により、俺たち5人は翌日には旅支度をして東に向かうことになった。


 守護稜線はエルブレストの領域の外周を囲むように位置する。旅慣れているプニルたちは手早く準備を調えたが、日帰りの仕事ばかりしてきたミルヒアは支度だけでも大騒ぎだった。

 実際俺も何を支度すればいいのかわからなかったので、結局プニルたちに事情を話し支度を手伝ってもらう。二手に分かれて俺はデボネアとあちこちの店を周り身支度を調えた。この世界には基礎魔法という便利なものがあり、俺が脳裏で想定していた旅装の殆どが不要と事前に判明したのは幸いだった。


「大きな水袋などは必要ありません。現地で作り出せます」

「防寒具はバスティアの分だけあれば問題ありません。私達には〈体温保持〉がありますから」

「石鹸を用意しておくことをおすすめします。私達の仲間には洗浄魔法の使い手がいませんし」

 デボネアの適切な指示の下準備が調う。こちらは諾々と従うのみだ。同時にこの世界の常識を少しでも学ばねばならない。


「では、残った荷物の空きスペースいっぱいに、リンゴを買っておいてください」

「なぜリンゴ」

 さすがに意図がわからず聞き返す。

「プニル様がお喜びになるからです」

 完全に私的な指示が混ざっていた。どうもこの世界では男にリンゴを剥いてもらうのが女のロマンらしい。従者を持つ醍醐味でもあるという。前世で言うところのメイドさんにお茶入れてもらう感覚と同じなのか。


 とはいえ買い出しに付き合ってもらった礼はせねばならない。結局俺の荷物のほとんどはリンゴになった。


    *    *    *


 翌朝は幸い旅立ち日和と言うべき晴天であった。


「では出発しますわ!」


 景気の良いプニルの掛け声とともに俺たちは街道を進む。いつの間にか俺たちが遠征するときのリーダーはプニルが務めることになっていた。旅慣れている人間が仕切るのは当然のことだ。

 街の外壁を出て東には聖都に向かう街道が整備されている。冒険者だけでなく交易商の姿もそれなりに見られる。比較的安全な旅程であった。


 休憩の都度ミルヒアの〈外傷治癒〉で肉刺を治療したり、なぜか全員からリンゴを剥くことを欲求されたりしながら、3日後には領境の村にたどり着く。ここからは街道を逸れて荒れ地を進むことになる。


 最後の補給地ということで宿を取り、念入りに今後の準備をする。宿の女主人が大部屋しかないのですがと俺に(・・)申し訳無さそうに聞いてきたのが印象的だった。


「惑わす狐が宿るとされている岩山には、ここからなら一日もかからず着くはずですわ」

 プニルが寝台の上に広げられだ地図を指差す。エルブレストで発行されている地図だ。かなり精密に記されている街道図とは別に、四方に意匠化された山と動物が描かれている。

 守護聖獣は四方それぞれに一柱ずつ存在する。凍てつく熊は北、群れ追う狼は西、惑わす狐は東、星追う鷹は南と各方位の霊峰に宿り、エルブレストを守護しているらしい。

「手がかりのない荒野ですけれど、往路は山を目指せば良く、帰路は方位を確認しながら街道にぶつかるまで進めば良いですわ」

 かなり大雑把な計画を立ててプニルは地図を丸めた。霊峰は霊峰と言うだけあって人が近寄らないらしく、地元のガイドも頼めないとなればしょうがない。


 翌日に疲れを残してもしょうがないので同じ部屋の中に4組の美乳が存在することを感謝しながら眠りにつく。



 翌日の道中はなかなか過酷なものだった。岩石砂漠が延々と続く中を歩く。〈房珠〉の力で身体能力が底上げされている4人と違い、こちらは悪路となれば躓くし、大岩を飛び越えるわけにもいかない。

「どんどん頼りにしてくださいですよー」

 バリエラのかけてくれた〈敏捷上昇〉のおかげでなんとか皆についていく。完全に介護状態である。

「従者を使うってそういうことですからねー」

 礼を伝えたバリエラは何事でもないかのようにふるふると手を振った。連動して丸出しの〈房珠〉もふるふる揺れる。〈自動詠衝〉が発動して俺の〈敏捷上昇〉が延長された。

「そもそも男性の従者はこういう過酷な冒険についてくることを想定されてないのです」

 いつの間にか俺をフォローする位置にデボネアが回っていた。

「その辺を考慮しないで簡単に従者契約をしたミルヒアが異端なのです」

「ぴぁ!」

 先行していたミルヒアがデボネアからの流れ弾に不意をつかれて足元を滑らせた。


「あれが東の霊峰ですわ」

 ほどなく見晴らしのよい丘に出た。すでに先行したプニルとミルヒアが安全を確保している。デボネアに手を取ってもらい俺もなんとか丘の上の岩によじ登る。

「ほおお!」

 俺は思わず声を上げた。荒野の先に、砂に霞んでふたつの岩山が並んでいる。形こそ歪であるがあれはまさしく


(おっぱい山だ)


 おっぱい山としか言いようのない岩山だった。

 驚いたことに岩山をおっぱいと認識した途端に、俺の視界に鮮明に山の周囲を取り巻く淀んだ魔力の流れが見え始めた。そうか、これは大地のおっぱいか。


 俺は振り返って皆に告げた。

「ここからは俺の仕事た」

「すでに何か掴めましたの?」

「いや、だが魔力の流れは見える。やはり正常な魔力の流れではないようだ」

「原因はわかりそうですか?」

「ここからだとわからないな。だが原因が霊峰の中にあることは間違いない。外部から影響を受けているようには見えないからな」

「さすがですねバスティア」

「ならばここからの指示は任せますわ」

「任された」

 介護されてばかりでは格好がつかない。


「必ず掴んでやるぜ」

 ここからはおっぱい星人(バスティアン)の領域だ。


    *    *    *


 近づくほどに山を取り巻く魔力の異常が明らかになってきた。本来なら魔族を食い止めるために他の霊峰に向かっているはずの結界的な魔力がまるで感じられない。代わりに霊峰の周りを歪んだ魔力の渦が円を描くように取り囲んでいる。


「まるで〈行動阻害〉に近い魔力を感じますね」

 デボネアが心持ち青い顔でそう言う。

「いま〈魔力抵抗〉をかけますですよう」

「……山全体が私たちを拒んでいるかのようですわね」

 周囲は依然として代わり映えのしない岩石砂漠だ。視界内には誰もいないが……

「みんな気をつけろ。近づいてきている奴がいる」

 俺は掌を握りしめた。周囲にある魔力は霊峰のものと思っていたが、明らかに近づいてきている。すでに魔力が揉める(・・・)距離なのだ。つまり、この付近に〈房珠〉を持つものがいる。

 「ならば一手ご披露しますわ」

 プニルが豪快に〈抜頭〉した。〈魔頭〉から微量の放電をしている。

「〈静電気知覚〉ですの。これなら見えないところにいる相手も感知できますわ」

 自慢げに張った〈房珠〉が青白く発行したままぷるりと揺れた。 

「へー、そういうこともできるんだね。じゃあ隠れても無駄かなあ」

「「……!」」

 俺とプニルが振り返ると、そこに白い髪の少女がいた。瞳は透き通るような赤色。外見はプニルと同じくらいか若干幼いくらいか。身には何も着けていない。スレンダーな体格とそれに似合った薄い〈房珠〉を持っている。


(こんな近くまで寄られているのに俺が〈房珠〉の気配に気づかなかっただと)


 全身から白い印象を受ける少女だったが、それ以上に明らかに目を引く特徴があった。白い髪の上で、大きな獣の耳がふわりと揺れる。そして、人にはあらざる大きな尻尾。あれは……


「やぁっ!」

 ミルヒアが飛び出す。少女は避ける気配もないが……


 ザアッ


「えっ!」

 ミルヒアの拳の直撃を受けた少女の体は細かい砂になって飛び散った。舞い上がった砂はそのまま俺たちの周囲を漂い始める。砂の霧の中を少女の声が反響する。


「でも、手遅れだね。壁、超えちゃったもんね」

 周囲を取り巻く砂の音がますます強くなる。

 まるで周囲を無数の大蛇がはい回っているかのようだ。

「壁超えちゃったら、殺さないといけないもんね。約束だもんね」

 完全に俺たちは敵の術に周囲を囲まれていた。示し合わせることもなく俺を囲むようにフォーメーションをとる4人。デボネアが上ずった声でつぶやく。

「聖獣自身に何かあった想定もしてはいましたが、ここまで明確に敵に回っているとは予想外でしたね」

「……惑わす狐……!」

 ミルヒアが己の拳で捉えられなかった相手の名を呪詛のように吐き捨てた。


 少女の耳と尻尾は、狐の持つそれだった。

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