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第十三話 おっぱい星人、朝食をとる


「やりましたのね……」

「勝て、ましたぁ」


 魔法の発生源を封じたとはいえ、こちらもみな満身創痍だった。

 強力な精神支配の中で無理に動いたのだ。肉体以上に精神が摩耗していても無理はない。


 俺自身も限界だった。拳を突き上げたままがくりと膝をつきそうになる……

 頭を、ばふりと受け止める〈房珠〉があった。この〈房珠〉に頭をうずめるのは二度目だ。持ち主は……


「はーい、動かないでくださいですよー。一番の重傷者はあなたなのです」


 そういってバリエラが〈精神抵抗〉を俺の頭にかける。誰もが倒れているこの空間で、彼女だけが動けていた。自前の防御魔法を持つ彼女だけ復活が早かったか。

 穏やかな魔力が流れ込むたびに脳内に残っていた魔法の残響が薄れて消えていく。まるでひどい船酔いが急激に解消されていくかのような爽快感だ。

「ああ、助かる……」

「助かるーじゃないですねえー!」

 〈房珠〉の谷間から見上げるバリエラの顔は、驚くべきことに怒りの表情であった。

「私、ちゃんと逃げろって伝えましたですよねえ。命懸けで伝えましたですよねえ」

 バリエラの伝言がなければ何も気づかないままに詰まされていたのは確かだ。素直に礼を述べる。

「ああ、情報提供ありがとう、あれがなかったらどうにもできなかった」

「そういうこと言ってるんじゃないですよねえーーー!」


 むぎゅり みちぃ


「ぐえーーー」

 〈精神抵抗〉からシームレスの魔力ハンマーもとい魔力万力である。

 さっきまで頭を優しく包んでいた特大〈房珠〉が純粋に物理的な圧となって左右から締め付けてくる。

 やめてーバスティアが死んじゃうーとミルヒアの声が遠く聞こえ……あ、またこれ落ちるパターンか……



「ふは、はははは」

「負けたのう……これは負けじゃ」


 ばっと飛びのいて距離をとる俺たち。

 そんな目の前でがばりと起き上がった双子は、そろって胡坐をかいて両手を上げた。

 お嬢様らしさも領主としての威厳もない。ドレスの胸元も直さずにガリガリと頭を掻いてため息までつく。

「そんな警戒せんでももうやらぬわ」

「というかもうやれぬ。われらの負けじゃい」

「……ずいぶん物分かりがいいんだな?」

 双子はむしろきょとんと不思議そうな顔をしてこちらを見る。見た目通りの少女みたいな顔だった。

「お互い名乗ってやり合った以上、これも紛れもなく〈治智比べ〉じゃろ」

「われらの要求を突き付けた〈治智比べ〉で負けた以上は、ガタガタ言わんわい」

 気持ちいいくらいの実力主義社会の論理だった。ミルヒアが納得して力を緩めるのを感じ取り、俺も緊張を解く。双子はむしろ愉快そうに告げてきた。

「わらわたちに|〈治智比べ〉で勝った以上、おぬしにはこちらに要求を突きつける権利がある」

「領主の座か? それともプニルちゃんを娶りたいとでもいうか?」

 ちょ、お姉さま、何を言っていますのと騒ぐプニルと、なぜか一緒に騒ぎ出したミルヒアは一旦置いて、俺は言った。

 さっきからずっと言いたいことがあった。


「とりあえず、朝食を出してもらおうか」

 謀略とはいえ朝食に誘ったならば支度だけでもしておくべきなのではないか。


 果たして、双子は鷹揚によかろうと頷いた。


    *    *    *


「要はプニルちゃんが悪いのじゃ」

「プニルちゃんが悪いのよ」

「プニルが悪いのです」

「ちょっとぉ! ひどくありませんのっ!?」

 ローレリアとスリザリアと、あとついでにミルヒアの集中砲火を受けて、プニルが絶叫した。


 マンチェスターの家人たちは実に有能で、横暴な主の急な「客人をもてなす朝食の用意をしろ」という要請にも完璧に応えてみせた。こうして俺たちは急遽中庭に設えられた食卓にて、領主家謹製の朝食をいただいているところである。

 切り分けられた色とりどりのパイに鶏むね肉の冷製など、朝食にしては非常に豪勢な品数を心行くまで詰め込み、食後に牛乳たっぷりのミルクティーを戴きながら、俺たちはことの顛末を聞いていた。

 ちなみにデボネアとバリエラは本来使用人として控えるべき立場なのであるが、双子の小粋な意地悪によって俺たちと同じ客用の席に座らされていた。他の使用人がチラチラ見る中まるで晒しものである。居心地がとても悪いのか、ほとんど朝食も喉を通っていないようであった。かわいそうに。


 ローレリアがじろりとプニルを睨む。

「プニルちゃんの報告に不備があったのが悪いのじゃろ」

「うぐぅ……」


 近隣に魔族が出現し、それが即時討伐されたと聞いた双子は領主として即座に情報の供出を求めた。シルフ討伐の当事者であるプニルは当然報告をする。はてシルフに〈拡散雷網〉を連発して駆逐とあるが、これはいったいどのように? 言えません。言えませんとはどういうことか? 協力者に秘密にしろと言われています。なぜ秘密にせねばならん? 〈治智比べ〉で負けて口にできないからです。なに、いつの間にマンチェスターの名を背負って〈治智比べ〉に負けておったか。これは魔法で聞きだせばならぬ。いやーお姉さまやめて―、という、なんともなんともな顛末であった。


「なんで所々馬鹿正直に話した」

 俺が呆れてプニルを睨むと猛然と反論した。

「でも他にどう説明すればいいというのですのッ!」

 確かにプニルの抗議ももっともあった。街を脅かす脅威が現れたのは事実であり、その戦力を過小報告することは街の存亡にかかわる特級の造反行為である。これは魔族討伐の情報価値を見誤っていた俺たち全員の落ち度だ。

「いや、バスティア殿は悪くないぞ。むしろよく街を救ってくれた」

「だがのう、バスティア殿をそのままにもしておけんかったのじゃなあ」


 これもまた話を聞けばそれなりに理由のあってのことなのだった。洗脳して口を割らせたプニルが言うことには、シルフ討伐の切り札になったバスティアという男は自らの存在を領主も含めて周囲に隠したがっている。その存在の秘密を、精神操作とはいえ相手に不本意な形で仲間のプニルが漏洩させてしまった。〈治智比べ〉で保障されたはずの秘密がどんな形であれ漏洩したとなれば、バスティアという存在がプニルの裏切り行為に見切りをつけて町を離れてしまうかもしれない。ならば漏洩がバレる前にバスティアを確保して対魔族戦の手駒として陣営に加えなければ、というわけだ。


「われらもやらかしたと思ったわい。ただの秘密程度ならわれらが秘せばよいと思っておったのじゃが」

「わらわたち自身、その秘密を知って捨て置くことができないほどの重要な情報だったとはのう」

「それだけ、魔族に対抗できるおぬしは破格の存在なのじゃよ。バスティア殿」

「……その殿ってのはやめませんか。俺の身分はミルヒアの従者なのですから、領主さまがそういうのは不自然でしょう」

 ミルヒアが鼻をぴすぴすさせてそうだそうだと言わんばかりの顔をしている。


 ……つい数日前にも同じような会話をした記憶があるな。小動物と化したミルヒアを頭ポンポンして鎮静化させる。


 しかし、この双子は妹よりも邪悪な提案をしてきた。

「わらわのことをスージィと呼んでくれるなら呼び捨てで呼んでやる」

「われはローリィでよいぞ」

「……呼べるわけがないでしょう」

「お姉さまがた。いい歳してぶりっ子ぶらないでくださいまし」

 視界の隅でバリエラが聞こえないほどの小声で「きっつぅ……」とつぶやいているが、黙っておく。

 双子はそろってふん、と鼻を鳴らしてこう言う。

「しょうがなかろ。今までわれらに勝てるものなどおらんかったからの」

「初めてわらわたちが認める格上に出会ったのじゃ。甘えんでなんとする」

 とても甘えているとは思えない風格のある居直りだった。もっともローレリアもスリザリアも見た目だけなら十分に甘やかしていいい美少女である。でも、俺より年上なんだよなあ……


「まあ、冗談はほどほどにして」

「結局、プニルちゃんと人知れず負けておったデボ子が悪いということじゃ」

「ぶぼぉ」

 目立たないようにちびちび茶を啜っていたデボネアが急に槍玉にあげられてむせた。

「もっとも、結局われらもバスティアには勝てなかったからあまり強くはいえんがのう」

「この場の序列的にはバスティアには誰も文句は言えんのじゃよ」

 ひゃひゃひゃと笑う双子。

 わたしーわたしがバスティアの主ですよーとミルヒアがぴょこぴょこアピールしているが、今回は無視する。


 さて、と双子が居住まいを正す。そして頭を下げた。

「バスティア、このような形になった後で申し訳ないが、改めてわれらに力を貸してほしい」

「領主として、これ以上街を脅かされるのを看過するわけにはいかぬのだ」

「それほどに、深刻な状況なのですか」

 場の賑やかし状態だったミルヒアが、深刻な顔で話に加わってきた。

「うむ、かなり悪いといってよかろ」

「なんせ、守護稜線の内側に魔族が出たからの」

「守護稜線とは?」

「このエルブレストの周囲を守っている四方の霊峰をつなぐ結界線ですわ。それぞれに守護聖獣がいてその内側にはまず強力な魔族は出ないとされていますの」

「つまり、守護稜線が機能していない可能性があるのしゃ」

「こうなれば領内全てが最前線と変わらぬ。有効な戦力を確保しておきたいという状態に変わりはないでの。対魔族戦の切り札として防衛戦力に加わってほしい」


 悩ましい提案だった。俺とてこの街には多少なりとも愛着が出てきている。孤児院の子供たちも含めて見捨てがたい人たちも増えた。力の及ぶ限り守りたいとは思う。しかし、街に張り付いて防衛戦というのはいかにもまずい。明らかに人目のある中で力を出し惜しみせずに戦うことになる。こうなってしまえば秘密どころではない。たまたま領主とは剣呑ならざる関係を維持できているが、他の全てがそうとは決して限らない。そうなれば、それこそ知り合いに危険が迫ることもありうる。


「話を受ける前に、確認しておきたいことがある」

「なんじゃい」

「守護聖獣というのは、本当に『居る』のか?」 

「居る。それらの固有魔法によって、守護稜線は維持されているのじゃから」

「もっともこれは本来代々の領主だけに伝わる秘密なのじゃがな」

「治智比べで負けた相手に聞かれたら答えざるをえんのう!」

 かんらかんらと笑う双子。こほんと咳払いして話を戻す。

「では、今はその守護聖獣が機能していない可能性が高い?」

「そういうことになるな」

ふむう……ならば、こういう解決策もありか?

「ならば、俺が守護聖獣を調査し、可能なら機能を回復できれば、街の守護を特別に強化させる必要もなくなるか?」

「できるのか?」

「わからない。だが俺は魔力の流れを感じることができる。何らかの情報はつかめるかもしれない」

「なんとまあ」

「やはり奇貨置くべしじゃのう」

「手段そのものが増えるというなら、われらとしては叶ったりじゃ」

「是非、お願いしたいところよ」

「ならば、是非冒険者ミルヒアにご依頼いただきたく」

「ふぇっ」

「俺はミルヒアの従者だからな。主に勝手には動けない」

「ふむ、道理じゃの」

「受けてくれるかの? ミルヒア」

「……話が大筋まとまったあとにこっちに振るのずるくないですか」

 まあいいですけど、とミルヒアは結局頷いた。


 結局ミルヒアは冒険者としてこの話を受けることにした。十分な報酬だけでなく、万が一の時の孤児院の維持に関する契約まで領主に飲ませたのだからなかなか大したものである。


 そうなれば善は急げだ。可能な限り半宮仕え的な役回りは解放されたい。

「では、手早く片付けてくる。ローレリア、スリザリア」

「だからローリィでいいというに」

「スージィじゃ」

 バリエラが今度はギリギリ周りに聞こえるくらいの声量で「きっつぅ」とつぶやいた。

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