第十一話 おっぱい星人、招かれる
「バスティアは〈房珠〉が怖くないってホント?」
翌朝の鍛錬中にリコルが聞いてくる。他の子は鍛錬に付き合ったりサボったりだがこの子は毎日顔を出す。
「……なんでそう思う?」
「だってミルヒアねえちゃんの〈房珠〉を怖がってないから」
なんだ、一瞬能力のことがバレたのかと思って本気で焦った。そういうことなら答えてやらねばならない。
「ああ、怖くないとも」
「じゃあ鍛錬してたら〈房珠〉に勝てる?」
「いや、俺はおっぱいには勝てない」
「えっ? 勝てないのに怖くないの?」
「俺はおっぱいには勝てなくていいと思っているからな。勝たず、屈さず、ともにある。そうありたいと願っている」
「僕は勝てるようになりたいよ」
「そうか、リコルはそれを目指すか。いつか俺の至らないおっぱい星人奥義の高みに至れるかもな」
「うん、いつかバスティア流戦闘術を極めてみせるよ!」
「すでに〈比良坂〉を使いこなせているからな。資質はあるぞ。だが、この技には続きがあってな……」
師弟の心温まる交流をしていると、話に入れないでいたミアが服を引っ張ってきた。
「バスティアー、いつものお姉ちゃんたちが来たよー」
見れば、プニルたち三人が門柱のところに立っていた。
* * *
「朝早くからなんですかーもー」
「失礼しましたわ。でも今日はお伝えしたいことがあってきましたの」
なんなんですかーもーとぶー垂れながら普段着のミルヒアが三人を居間に通す。
構わず案内されるプニル。背後に控えるようにデボネア。
それに続く最後尾のバリエラがふらっと躓く。
おっとあぶない、と肩を支えてやる。
するとバリエラが小声で衝撃的なことを伝えてきた。
「バスティア、時間がないので手短に伝えますです」
よく見るとバリエラはひどく憔悴していた。どうしたと聞く前にバリエラが続ける。
「領主さまがたに、バスティアの能力がバレましたです。魔法で捕らえて操るつもりでいますです」
「なっ」
「二人は精神を操られていますです。私にも同じ魔法がかかっていますが、ギリギリ防御魔法で〈抵抗〉しているです」
精神に作用する魔法だと? バリエラの〈房珠〉を注視する。確かに歪んだ魔力の塊が見える……
俺の手なら直せるか? と手を伸ばしたところを、バリエラに制される
。
「ダメです、無理やり解除したら、こちらが感づいたことが領主さまがたに伝わってしまうです」
手出しができないということか。バリエラが言葉を絞り出す。
「二人とも、バスティアのことは隠そうとしていましたです。でもダメだったです」
最後にふーっと大きく息を吐きだすと、バリエラは無理やりに微笑んで告げてきた。
「私たちのことは気になさらないで逃げてください。これは三人の総意なのです」
歪んだ魔力がすっと《房珠》になじんでいくのがわかる。伝えるべきことを伝えたバリエラが抵抗をやめたのだろう。一瞬の隙をついて俺に必要なことを伝えるためだけに、抵抗力を集中させていたのだ。
数歩ふらふらしたバリエラは、失礼しましたと小さく微笑むと、プニルたちのあとを小走りで追っていった。
俺は黙ってそのあとをついていく。
「お姉さまたちがお喜びですの」
プニルが心底嬉しそうに告げる。
「それだけ魔族討伐という功績は素晴らしいものなのです」
デボネアか噛みしめるように淡々と言う。
「つきましては、プニル様のお仲間を是非お館にご招待したいということなのです。もちろんバスティアも含めてなのですよ」
バリエラの思わず見惚れそうになる笑顔。
「わ、わ、なんだかすごい話になってきましたよ」
何も知らないミルヒアの浮足立った声を聞きながら、俺は居間のテーブル越しにそれを見ていた。
冷静でいようと多大な努力が必要であった。もちろん抑え込んでいるのは耐え難いほどの怒りだった。
(なんて醜悪なものを見せやがる)
仲間びいきするわけではないが、3人の器量は相当にいい。気位が高い猫を感じさせるプニルは仲の良い妹がいたらこんな感じかなと思わせてくれるし、デボネアはクールビューティーに見えて素直で実直だ。バリエラは穏やかやムードで周囲を包み込んでくれる。
なによりみんな美乳持ちだ。それぞれの個性を在り方として支えるかのように、3人の〈房珠〉は常に光り輝いていた。
それが、歪められ、操られ、本人の意志とは別の言葉を彼女たちに紡がせている。
「よろしければ、今日このままご招待せよとのお達しです」
デボネアが己の意思とは真逆の言葉を吐き出す。
「是非、朝食をともにしたいと領主様たちかおっしゃられていますです」
ついさっき逃げろと伝えたバリエラの口から悪意の提案がなされる。
「こんな機会はなかなかないですわよ」
あれだけ俺の秘密に気を使ってくれたプニルに、俺を陥れようとさせているやつがいる。
限界だった。
「ミルヒア、ぜひ招待にあずかろう」
「え? いいんですか? 私は嬉しいですけどバスティアがあんまり目立つのは」
「大丈夫だ」
「そ、そうですか? じゃあ遠慮なくお招きに預かりましょう。あ、でも着ていく服が」
「というわけで、少し身支度する時間をくれ。長くは待たせないから」
「構いませんわ。ここで待たせていただきます」
ミルヒアを居間から引き離した俺は、手短に事情を伝えた。ミルヒアの顔色が目に見えて変わった。
「バスティア、逃げてください」
「いや、できない」
「なんで!? 領主様の魔法には誰も逆らえないと言われてるんですよ!?」
「その、領主の魔法で知っていることを教えてほしい。対処法が必要だ」
「まさか、戦う気ですか!?」
「他に方法を知らない」
「無茶です! 〈房珠〉がない人が精神攻撃を受けたら、直接脳が書き換えられてしまうんですよ!?」
「それでも、奪われたものをそのままにはできない」
ミルヒアがハッとした顔をする。
そうだ。奪われたのだ。
おっぱいが奪われたのだ。
おっばいは、ただあるだけで素晴らしいのだ。
おっばいは、本人が望む形が一番美しいのだ。
(俺の目の前でおっぱいを汚すだと?)
(他人の手でもって本人が望まない形に歪めるだと?)
おっぱいを愛でるものとして、許すわけにはいかない。
「デボネアを、バリエラを、プニルを取り戻す」
「バスティア……」
ミルヒアが一瞬だけ心持ち悲しそうな、それでいて叫びだしたそうな顔をする。
だが、力強く頷いて宣言した。
「わかりました。私も戦います」
「すまない。助かる」
「私も仲間を奪われたままにはできませんから」
主のどこか切なげな笑顔だった。
「あら、準備はお済みに…… !」
居間に戻った俺たちの姿を見て、プニルは絶句した。
あのバリエラまで目を見開いている。
完全武装のミルヒアがニッコリと微笑みかける。
「冒険者としてご招待されたのですから、冒険者として伺うのは当然では?」
「これか俺たちの正装だからな」
冒険者姿でプニルの前に立った俺はプニルに告げた。
「あまりおまたせするのも失礼だ。ぜひ、領主様のところへご案内願おう」
* * *
プニルたちに連れられて街をゆく。馬車の類は用意されていない。客にも使いにもそんなものは必要ないと領主が思っているのだ。
領主邸は街の中心から少しずれたところにあった。周囲にも同規模の邸宅が並んでいるが、マンチェスター邸だけ妙に人が少ない。警備も同様だ。
「必要ないからですよ」
こちらの疑問を察したミルヒアが小声で伝えてくる。エルブレストは複数の豪族が束ねる街であるが、その時々で〈智治比べ〉を行い、代表を決める制度を取っている。そんな中で警備の必要を感じていないとは……
敵の手札はそれだけ強力な精神支配魔法だということだ。〈房珠〉持ちであろうがなかろうが、等しく自らの敵として値しない、そう言い切るだけの裏打ちがあるのだろう。その油断を突かねばならない。
こちらの手札を確認する。まずプニルから情報はバレていると思っていい。〈妨害〉と〈代理詠衝〉はあるものとして警戒されているはずだ。そして相手は二人組だ。正面からおっぱい星人奥義で征するには手が足りない。つまりミルヒアとの連携が必要となる。警備に介入されると厄介なのでなんとか人払いをさせる必要があるが、これに関しては勝算があった。
「こちらからになりますわ」
プニルが勝手口から俺たちを案内したことで確信を持つ。領主たちは俺たちを招いたことを内密にしたいのだ。なんのために? それは俺を魔法で捕らえて配下に置くためだ。俺の力の本領は相手の隙をつくこととはまさにプニルの看過した通り。それを手駒として使いたいなら捕獲したことも外部に対して内密でなくてはならないのだ。
「大したお屋敷だな」
「自慢になりますけど当家はなかなかの名家なのですわ」
表向きの区画を抜け、裏庭に案内される。そこに別邸らしき建物があった。
「こちらに案内するように言われていますの」
華美さのない堅牢そうな建物だった。有事の際には砦としても使われそうな。
(いや、実際に砦なのか)
ここでなら人目につかず魔法を行使できるというわけだ。
ならばこちらもそのつもりで挑まねばならない。