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第一話 おっぱい星人、異世界に立つ

すべてのおっぱい好きな人たちへ。

    *    *    * 


 目の前におっぱいがあった。


 なまめかしくも張りのある褐色肌のおっぱいである。カップはF。乳首もほどよい大きさに屹立している。

 それが揺れる風景は実に素晴らしいものだった。可能ならずっと見ていたいと思わせるほどに。


 しかし、このおっぱいは、もといおっぱいの持ち主は確実に俺を殺そうとしていた。

 褐色の炎をまとった爪が鼻の先をかすめていく。一歩遅れて重量級のおっぱいがそのあとを追うように通り過ぎた。


(命がけってそういうことかよっ! あの渡守のジジイ!)


 俺はこの場所に俺を送り込んだ老人に心の中で盛大に罵声を上げた。


    *    *    *


 現世で死んで最初に思ったことは、魂って本当にあるんだなということだった。

 なんだかぼんやりとした光の塊となった俺には、かつてのやせ形中背の肉体も、目つきの悪い黒髪の顔も残っていない。

 それなのに自分が死んだということだけははっきりと自覚できるほど意識は明瞭だった。

 別に女の子を助けてトラックに轢かれるようなドラマチックな死を迎えたわけでもない。

 瞬間的な暗転ののち、気がついたらただのぼんやりした何かになってここにいる。 


(ここがあの世かあ)


 雲の山。虹色に輝く道。光でぼんやりした空。

 見れば目の前に三途の川と思しき川まで見えた。

 死んだのだからこのまま流れに逆らわずあの世に渡ってしまうのが一番いいのだろう。

 だが穏やかな光の中。反射的に俺は叫んでいた。


「死ぬ前におっぱいを揉みたかった!」


 声が出た。口もないのに声が出た。



 俺の名前は椛志田イタル(もみしだいたる)。大学一年生。享年20歳。

 だが俺を知る奴は大体俺のことをおっぱい星人(バスティアン)と呼ぶ。


 そう、俺はおっぱいが好きだ。もはや俺の存在理由と言ってもいい。

 性欲とかと一緒にしてほしくない。俺は純粋におっぱいが好きなのだ。

 大小問わずおっぱいは慈しまれ、敬意を持たれるべきものだ。信仰を持っていると断言できる。

 写真や動画で審美眼を磨き、日々おっぱいに近づくために数多くのおっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)を編み出し研究した。


 しかしこれほどの努力をしたにも関わらず、物心ついてからの俺の人生はおっぱいというものに一切縁がなかった。

 大学生になった俺は解禁されたバイトを始めた。三日三晩寝ずに働いた。

 すべてはおっぱいでサービスしてくれる大人のお店に行くために。


 軍資金を得た徹夜明けの俺は、店に出かけようとウキウキ気分で家を出ようとして、そのまま心臓が止まって死んだ。


 一度もおっぱいを揉まずに死んでしまった。

 ここまで俺はおっぱいと縁のない生き物だったのか。

 今まで生きてきた世界のおっぱいは俺に少しも優しくなかった。

 俺の魂は泣き震えた。



「珍しい魂があるものよのう」

 振り返ると(首も頭もないのだが)、全身白づくめの老人がそこにいた。


「生に対する強い未練がありながら、現世に対する未練がまるでない。矛盾に満ちた実に面白い魂じゃ」

「あんたは?」

「儂か?儂は渡守じゃよ。お主の知っている言葉で言うなら、三途の川の渡守じゃ」

「俺はこれからどうなるんだ?」

「さて、さて」

 老人がもったいぶった様子で語り始める。


「生にも現世にも未練がある魂は、この世にやり残したことがあるということ。新たな生として輪廻させる習わしじゃ。生にも現世にも未練のない魂は役目を終えた魂ということ。彼岸へ連れて行くことになるのじゃが、お主はどちらにも当てはまらぬ」

「俺の魂は世界に否定されたんだ。ほっといてくれ」

「そうもいかん。このままだとお主は進むも戻るも叶わぬ存在になる。ぶっちゃけると」

こちらを指さして言う。

「交通の邪魔じゃ」

「世知辛い!」

 頭を抱える腕もない。


「なのでお主には、別の場所に転生してもらうことになる」

「てん、せい」

「さよう。現世とは違う世界にて未練を晴らしてもらわねばならぬ。ほう、お主の未練は女子(おなご)の乳を揉むことが」

「それはもう間違いなく!」

魂の叫びだった。比喩でもなんでもなく。

「よかろう。ならば転生先の世界で思うさま乳を揉むがよい。そのために必要な力も授けよう」


 ふたたび暗転する俺の意識の隅で、渡守の最後の言葉がぼんやりと聞こえた。


「励めよ。 それこそ命がけでな」


    *    *    *


 気づいたら森の中に倒れていた。

 意識は明瞭だ。夢ではない。体を確認する。異常なし。出かけようとしたときの精一杯の外出着姿。腹も減っていない。


(これが噂に名高い異世界転生か)

 

 創作で聞いたことはあったが、わが身に起こると思いのほか簡単に受け入れられた。

 問題なく四肢も動く。風が気持ちいい。異世界とは思えない快適な森の中だ。

 もしピクニックでここに来ていたのなら素晴らしい場所だっただろう。だが、このままではただの遭難だ。

 さて、まずは何をするべきかと考え始めたそのとき、森の奥から響いてきた女の声を俺の耳が拾った。


(この声は、間違いなく美乳の声!)


 一人年間十万再生の実績を持つおっぱい動画マイスターの俺には美乳の声を聞き分けることなぞ雑作もない。

 俺は反射的に美乳のいる方向に駆け出していた。


 茂みを抜けると、目の前におっぱいがあった。

 正しくは、二人のおっぱいが戦っていた。

 かたや、全身に炎をまとった褐色肌の全裸の女性。

 かたや、動きやすそうな革鎧の胸元だけを盛大に解き放った、まさに冒険者然とした金髪の少女だった。

 戦局は褐色のほうが優勢らしく、少女は息を荒らげて膝をついていた。


 膝をついていた少女がこちらに気づき、悲鳴を上げる。


「だめ!逃げて!」


 目の前の素晴らしい光景に気を取られていた俺の意識を、少女の悲鳴が現実に引き戻す。すでに目の前には褐色の拳が炎を纏って迫っていた。


「ッキヒィッ!」

 人とは思えない声とともに放たれたのは炎をまとった拳だ。


(まじかよっ!)


 どうやら褐色は俺にターゲットを移したらしい。間一髪拳を避けた頬を通り過ぎた炎が炙る。

「ッキヒヒヒィッ!」

 回避できたのはただの幸運だった。このままでは間違いなく死ぬ。

 そう思った循環、俺の中に光り輝く意志の力が宿った。


(乳も揉まずに二度も死ねるかよぉっ!)

(揉め)

(揉むんだ)


(俺は乳を揉むんだ!)


 迫りくる相手を、いや乳を凝視する。おっぱいはすべてを俺に教えてくれる。

 体幹のブレ、筋肉の収縮、そして行動の狙い。

 頭を狙った横薙ぎの大ぶりを体を沈めてかわす。


 顔と下から見上げたおっぱいを同時に鑑賞できるこの体勢、おっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)〈虎伏〉(こふく)から伸びあがり、一気に乳の間をを狙うおっぱい星人奥義(バスティアン・アーツ)〈点睛〉(てんせい)を以て俺は距離を詰めた。

 これは異世界で得たスキルではない。ただ日常から来たる日のために鍛え上げた俺のユニークスキルである。

 前世ではついぞ活用する機会が訪れなかったが。


 刹那の交差で褐色おっぱいの攻撃をかいくぐった俺は、迷いなく両手を目の前の乳に突き出した。

 狙うはその見事なおっぱいである。俺の命などくれてやる。だがそのおっぱいは揉ませてもらうぞ!

 俺の両手が褐色の柔肉を掴んだ瞬間、褐色の攻撃が止まった。何やら驚いているようにも見える。

 俺も驚いていた。そして感動していた。手のひらに伝わる乳の感触に。


 しかし、呆けたままでいる暇はない。目の前に迫る死の瞬間の前に、できる限りの力で俺は乳を揉まねばならぬ!

「うおおおおおおっ!」

 そのまま縦横無尽に揉みしだく!この手は決して離したりはしない!


「ヒッ!? ヒィアッ!?」

 すると不思議なことが起こった。褐色の全身を纏っていたあの恐ろしい炎が消えている。

 集中力を切らしたか? 馬鹿め、それならそれで揉み放題よ!

 上上下下左右左右BUST!

 これは最初に襲われた分!これは二回目に殴りかかられた分!これは前世に残してきたおっぱい動画の分だ!

「グィイイ! ガアアアア!」

 右に逃げようとすれば乳は左に。左によじろうとすれば乳は右に。これはロデオだ。命を賭けた俺と褐色のロデオ。

 理解した。これが『乳を揉むための力』かっ!


 しかしその戦いも長くは続かなかった。

「いやああああっ!!」

 気合とともに少女の光を纏った拳が横合いから撃ち込まれ、褐色女に打ち込まれた。

 目の前を横切ったなぜか丸出しの少女のおっぱいが重そうにゆっさり揺れた。


 打ちぬかれた褐色おっぱいは一瞬の後渦巻く炎に変容し、そのまま虚空に消えていった。



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