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連載候補短編

宮廷を追放された錬金術師、善人ばかりの旅団に拾われ幸せを手に入れる ~私の才能に今さら気付いたってもう遅い! 甘い言葉で利用して『芋臭い没落貴族の娘に興味はない』と言った王子に協力なんてしない!~

作者: 日之影ソラ

 私の生まれは辺境の小さな貴族の家柄だった。

 富も権力も、貴族と呼ぶには小さすぎて、少し裕福なだけの家だったと思う。

 あまり記憶にないんだ。

 だってその家は、私が大人になる前に没落してしまったから。


 当主である父の病死。

 流行病にやられて、あっけなく父はいなくなってしまった。

 続けて、父の代わりに頑張っていた母が過労死した。

 これもあっけなく。

 子供だった私には何も出来なかった。

 悔しさを感じることすら出来ず、ただ悲しかった。

 でも……

 母は最期、私に言い残した。


「ユリア……幸せになりなさい。自分の……したいことを……して」


 苦しくて辛い……弱音をはいてしまいそうな時に、母から出た言葉は私の幸せを願う一言だった。

 思えば父も、同じことを言っていた。

 自分たちの後を追うことはない。

 貴族であることが幸せだとは限らない。

 もし、自分らしく生きられる道があるのなら、迷わず進めば良い。


 幸せになろう。

 強い父が、優しい母が。

 安心して天国で過ごせるように。

 私は私らしく生きて、幸せを掴んで見せる。


 

 ロクターン家。

 それが私の生まれた家で、王国の南端にある小さな領地を統治していた。

 両親が他界したことで、貴族としての威厳は保てなくなった。

 領地は王国に返上。

 いずれ別の領主が誕生するだろう。

 屋敷での生活にもお金はかかる。

 母が私に残してくれたお金もあるけど、当然無限じゃない。

 使えばなくなってしまう。

 どれだけ切り詰めて使っても、五年くらいが限界だ。

 それまでに生きていく術を見つけなければならない。


 幸い私には、誰にも教えていない特技があった。

 いや、特技ではなく才能と言ってしまったも良いと思う。


 錬金術。

 物質同士を掛け合わせ、新しい物質を錬成する。

 使える者が限られている魔術の亜型。

 私には錬金術の才能があった。

 一生、使うことなんてないと思っていたけど、錬金術師は貴重だ。

 使い熟せるようになれば、必ず生きるための武器になる。


 私は生まれ育った土地を出て、王都へ向かった。

 王都、王宮には専属で働く錬金術師がいるという。

 目指すなら一番良い場所を。

 宮廷錬金術師になることを目標に、私は王宮に駆け込んだ。


 それから年月は流れ。 

 五年後――


  ◇◇◇


 水が流れる音。

 金属同士が擦れる音。

 台座に刻まれた錬成陣の上に、数種類の薬草が置いてある。

 あとは水の入ったガラス瓶と少量の塩。

 

「よし」


 準備は整った。

 私は錬成陣に両手をかざす。

 すると、錬成陣は光り輝き、用意された素材が消えていく。

 素材を分解し、再構成している。

 光が極限まで強くなって、次第に弱まり消えていく頃には、青い液体の入った小瓶がちょこんと置かれていた。


「うん、成功」


 私は小瓶を手に取り、成分を分析する機材に流し込んだ。

 ざっと確認した限りでは、予定した通りの出来だ。

 

「うーん、まだ効果が薄いかな? これじゃ万能ポーションとは言えないよね」


 私が作ろうとしているのは、どんな傷、どんな病もたちまち癒せる万能ポーション。

 これ一つで全ての病を駆逐し、人々を苦しみから救えるような。

 夢物語みたいなポーションを作るため、私は日夜研究に励んでいた。


 十七歳になった私は、宮廷で働いている。

 念願だった宮廷錬金術師には二年前に着任した。

 十五歳の成人と同時に宮廷に入れたのは運が良かったし、私が最年少だったらしい。

 驚かれはした。

 けれど、褒められることはなかった。

 私の出自、辺境の貴族に生まれながら没落し、身一つで王都までやってきたこと。

 哀れな娘だと言われ、宮廷での扱いはあまり良くない。

 本来宮廷付きという役職は、名のある貴族の中から選ばれることがほとんどだった。

 私はその中でも例外だ。

 落ちた元貴族、いわば一般人から宮廷付きに選ばれたのだから。


 中でも一人。

 特にちょっかいをかけてくる人がいる。


「あら? こんな時間から働いているのですか? 相変わらずせわしない方ですね」


 素材を研究室に運ぶために廊下を歩いているところを、彼女に声をかけられた。

 派手な金髪に派手な衣装。

 見るからに貴族の令嬢らしい立ち振る舞いの彼女は、私と同時期に錬金術師になったミーニャ・フロレンティア。

 フロレンティア家は王都でも名のある大貴族で、そこに生まれた者は代々、何かの分野で秀でた才能を持っている。

 当代では錬金術師としての才能を持った彼女が生まれた。

 貴族の生まれという点では似ているけど、ここに至るまでの道程は全く異なる。

 彼女は家柄のお陰で、宮廷付きの試験を受けずに宮廷錬金術師になった。

 それだけ期待され、贔屓されていた。


「ミーニャさんこそ、こんな朝早くに来られるなんて珍しいですね? 研究ですか?」

「研究? ふふっ、そんな面倒なことしなくても、私は正解にたどり着けるの。貴女みたいな凡人と違って……ね?」


 彼女は自信の塊だ。

 錬金術師にとって大事な研究という過程を軽く見ている。

 しかし現に、彼女はこれまでに多くの成果を出してきた。

 私が研究の果てにたどり着いた物を、彼女はいつも一歩先にたどり着いていた。

 悔しいけど認めるしかない。

 彼女はきっと、天才なのだろうと。


「近々いい発表が出来ると思いますわ。楽しみにしていてくださいね?」

「はい。私のほうも近いうちに出来そうです」

「へぇ~ それは楽しみね」


 彼女に負けたくない気持ちが、私のやる気をかきたてる。

 天才に努力で勝ちたい。

 恵まれた人に、恵まれなかった人が勝てる未来を想像して、奮い立つ。


 ただ、それだけじゃない。

 私のやる気を保ってくれている人が、もう一人いる。

 私が研究室に戻ると、彼が扉をノックした。


「入るよ、ユリア」


 優しい声に振り返る。

 声とピッタリな表情をした彼が、扉を開けて研究室の床を踏む。


「やぁユリア、今日も頑張っているね」

「ありがとうございます。ゼノン殿下」

  

 ゼノン・マクスウェル。

 私が暮らす国、ソロモン王国の第一王子様だ。

 

「重たそうな荷物だね? まさか自分で運んできたのかい?」

「はい」

「そういうのは男に頼むと良い。君は女性なんだから、もし怪我でもしたら大変だよ? 必要なら僕を頼ってくれたらいいのに」

「そんな! 殿下の手を借りるなんて」


 彼はゆっくりと首を振る。


「遠慮はいらないよ。錬金術師は国の発展に大きく関わる役職だ。君に期待している分、有意義な環境で研究に取り組んでほしいのさ」

「殿下……」


 彼はとにかく優しい。

 かけてくれる言葉も、表情も全て。

 きっと心も。

 私みたいな元田舎貴族の没落令嬢なんて、普通なら相手にもしないのに。

 殿下は期待してくれているんだ。

 私の頑張りを認めてくれている数少ない理解者。

 

「無理せず頑張ってくれ。僕が王になった時に、君の話を自慢したいからね」

「はい!」


 彼に褒められると心が躍る。

 期待されていると知って、やる気が何倍にも膨れ上がる。

 彼の力になりたい。

 期待に応えたいという思いで胸がいっぱいだ。

 不遜なことはわかっている。

 釣り合わないということも……でも私は、殿下のことが好きなんだ。


「ところでこれ、また新しいポーションかい?」

「あ、はい! 以前から試してた万能ポーションの試作品です」

「へぇ、ついに完成したのか?」

「いやまだまだです。既存の病気には効果がありますが、末期まで進行してしまった物は治せないので……」


 病気の強さによって効果が異なる。

 これではまだ、万能ポーションとは呼べない。


「十分に凄いじゃないか。これ一つでたくさんの人たちが元気になる。素晴らしい発明だよ!」

「あ、ありがとうございます」


 殿下にそう言ってもらえただけで幸せだ。

 頑張った甲斐がある。


「いつ発表するんだい?」

「まだ決めていませんが、十日以内には研究データをまとめようかと思っています」

「……そうか、なるほど。もし良かったら僕にも見せてもらえないかな?」

「もちろんです」


 殿下にはいち早く見てほしいと思った。

 錬金術は難しいし、素人には理解できない内容も多い。

 だから説明は簡易的に。

 足りない部分は資料にまとめて殿下にお渡しした。

 いつも、新しい研究が進む度にこうして説明する機会を頂いた。

 今から思えば、おかしい所しかない。

 だけど私は気づけなかった。

 認められた嬉しさで、全然見えていなかったんだ。


  ◇◇◇


 事件は三日後に起こった。

 正確には、気づいたのが三日後というだけで、事件そのものは少し前から起こっていたのだろう。

 発表があったんだ。

 新しいポーションが完成したという。

 その内容は……私が開発途中の万能ポーションだった。


「そんな……どうして?」


 意味がわからなかった。

 私は誰にも話していない。

 殿下以外には。

 発表者の名前には……


「ミーニャさん?」


 彼女がこのポーションの開発者として名前が挙がっていた。

 確かに彼女も、近いうちに良い発表があるとは言っていたと思う。

 だけど、今回のは明らかにおかしい。

 提出された資料は、そのまま私が研究していた内容だった。

 寸分たがわず、まったく同じ内容だ。

 いかに同じ素材、同じテーマで研究を下としても、ここまで似ることはありえない。

 

「まさか……」


 彼女が私の研究成果を盗んだ?

 可能性としては考えられなくはない。

 思えば今までだって、私が考えていた理論を先に発表したり、似た物を提出したり。

 不自然な点はあった。

 ただ彼女が天才で、私より優れているからだと思っていたけど……

 もし盗んでいたのなら、全て私の成果だとしたら。

 でも証拠はない。

 彼女に問いただしたところでしらを切られるか、最悪私が悪者にされてしまう。

 名家の生まれである彼女には後ろ盾があるんだ。

 無策で挑めば、立場が危うくなるのは私のほう。


 どうすれば……


「そうだ」


 一人、味方をしてくれそうな人がいるじゃないか。

 この件に関しては特に、真実を知っている人が。


「殿下に相談しよう!」


 殿下は知っている。

 彼女が発表したポーションの開発者が私だということを。

 王子である彼が証人になってくれたら心強い。

 彼ならなんとかしてくれる。

 私に期待してくれている彼なら――


 急いで研究室を飛び出し、私は殿下のお部屋に向った。

 時間的には執務を終え、自室に戻っている頃だろう。

 殿下のお部屋を尋ねるなんて、普通に考えたら失礼極まりない。

 でも今回は事情が事情だ。

 やさしい殿下ならわかってくださる。

 そう信じていた。


 そしてたどり着いた。

 殿下の部屋をノックしようとした時、声が漏れてきた。


「君は今日も美しいね」

「ありがとうございます、殿下」


 殿下ともう一人、聞き覚えのある声。

 聞き間違えかと思ったけど、次の言葉で確信へと変わる。


「今夜も来てくれてありがとう。嬉しいよ、ミーニャ」

「めっそうもない。私の心は殿下の物です」

 

 ミーニャさんの声だ。

 殿下の部屋に彼女がいる。

 時間的にはとっくに仕事を終え、王宮を出ているはずの彼女がなぜ?

 ううん、それよりも声の感じがまるで……


「殿下……今夜も優しくしてくださいますか?」

「もちろんだよ。君は頑張ってくれているからね」

「まぁ嬉しい」


 愛し合っている男女のよう。

 私はすでに、殿下の部屋を訪ねた理由を見失いかけていた。

 それ以上に動揺していたんだ。

 彼女と殿下が、この扉の向こう側で何をしているのか。

 気になって仕方がなかった。

 けれど……


「君の発表、素晴らしかったよ」

「ありがとうございます。全ては殿下のお陰です。殿下があの女から手に入れた情報を下さったから」


 え……?

 今……なんて?


「いつものことさ。彼女は単純だからね? 少し褒めれば簡単に見せてくれたよ。大事な研究データだというのに」

「ふふっ、罪なお方。ですが聊か今回は強引過ぎたのではありませんか? これでは殿下が疑われてしまうかも」

「それはないさ。彼女が僕を信じているからね? 僕が疑われるどころか、今よりもっと近づこうとするんじゃないかな?」

「そうなれば殿下の思い通りに動く人形の出来上がりですね」


 ああ……聞き間違いじゃない。

 二人の会話は、私のことを言っている。

 私のことを蔑んでいる。


「つくづく不憫な娘だ。せめて唯一の長所を有効活用してあげないと」

「ええ。全ては殿下と、私のために」


 どこまでが本当で、どこからが嘘なのだろう。

 いいや、きっと全てが嘘だったんだ。

 私に見せていた表情も、言葉も、どれも偽物で……今、聞いていることが真実。

 利用されていたんだ。

 私は……殿下と彼女に、弄ばれていた。


 後ずさる。

 一歩、倒れるように。

 大きく後ろに出た一歩が、廊下に音を響かせる。

 その音は部屋の中にも届いていた。


「――?」

「誰だ?」


 扉に駆け寄る音がする。

 きっと殿下だ。

 逃げないと、立ち去らないと。

 そんなことを思う余裕すらなくて、扉が開いて殿下が現れた時、私は絶望を覚えた。


「殿……下」

「ユリア? どうしてここに――」


 一瞬で理解したのか、殿下の表情が変わる。

 蔑むように冷たい眼差しで私を見る。


「そうか。今の話を聞いてしまったんだね?」

「あ……わ、私は……」

「最初に言っておくけど、全て事実だよ? 君のことは最初から利用させてもらった」


 悪びれもなく、堂々と殿下は罪を告白した。

 きっと罪だとは思っていない。

 だから答えられる。


「ど、どうして?」

「どうして? それは何に対してかな? 君を利用していたこと? それとも優しくしていたこと?」


 どちらも、と答えるだけの力が出ない。

 代わりに部屋の奥から、ミーニャさんが口にする。

 

「どちらもじゃありませんか?」

「そうだろうね。まぁ一言でいうなら、君が扱いやすかったからだよ」

「あ……」


 扱いやすい?


「優しい言葉をかければ簡単に信用して、靡いてくれるだろう? 最初は遊んであげようかと思ったんだけど、さすがに没落した辺境貴族……芋臭さを感じる娘は嫌だからね」

「芋臭い……」

「あらあら、酷いお言葉」

「そうでもないさ。褒めているんだよ? 芋臭いだけの娘じゃなくて、利用価値はあったんだからさ? 君の努力はちゃんと実を結んだよ? 君より美しくて家柄もある彼女によってね」


 二人は見つめ合う。

 厭らしく、愛らしく。

 私だけがショックを受けている。

 利用されていたことより、裏切られた気分が大きい。

 私にかけてくれた優しい言葉も、全部嘘だったんだと。

 知ってしまったら、涙が止まらなくなった。


「ぅ……――」


 気付けば私は逃げ出していた。

 真っすぐに廊下を走って。


「あら? 逃げてしまいましたよ?」

「いいさ、どうせもう潮時だ」

「本当にひどいお方……でもそこが素敵です」

「ははっ、君の美しさには敵わないよ」


 ◇◇◇


 早朝。

 普段なら起きてすぐ、研究所に向かう時間だ。

 でも今日は、そんな気分になれなかった。


「……夢」


 じゃない。

 現実だ。

 私が昨夜、あの場所で見聞きした全ては。


 信じたくない。

 だけど信じないわけにはいかない。

 目の前で見てしまったから。

 私の耳でハッキリと聞いてしまったから。

 疑いようのない事実を。

 嘘を嘘だと見抜けなかった……自分の愚かさも含めて。


「悔しい」


 涙は昨日のうちに出し尽くして枯れた。

 今は悲しさより、悔しさのほうが目に染みる。

 これまでの努力を踏みにじられ、利用されていたんだから。

 

 トントントン――


 ふいに扉をノックされた。

 こんな朝早くに誰だろうと、私はゆっくり扉へと向かう。

 泣いて晴れた瞼を擦りながら。


 扉を開けると……


「え?」

「ユリア・ロクターンですね?」

「は、はい」


 扉の前に立っていたのは、屈強な騎士三人。

 背も高くて威圧感がある。

 

「陛下がお待ちです。ご同行願います」

「え、陛下が? どうして?」

「それは私どもからはお伝えしかねます。ともかく来てください」

「はい」


 陛下から呼び出されるなんてありえない。

 ただ、思い当たるふしはある。

 昨晩のこと……殿下とミーニャさんが行った不正。

 もし陛下がそれに気づいてくれたのなら、これはチャンスだろう。

 違った用件だったとしても、陛下に真実を語ることが出来る。


 そう思っていた。


 

 王座の間。

 陛下が謁見の際に用いる豪華な部屋。

 赤いカーペットの先に玉座があって、陛下はそこに座している。

 四十代後半の男性で、髭が厳格さを醸し出す。

 雰囲気だけで、この国の王様なんだとハッキリ伝わる。


「来たか? 宮廷錬金術師ユリア・ロクターン」

「はい」


 私は膝をつき、頭を下げる。

 すると陛下は淡々と語り始める。


「宮廷付きとは、選ばれし者たち。才能は当然、努力を欠かさず、わが国のために貢献することこそが使命。なればこそ、それ相応の待遇を与えている……が、君には失望した」

「失……望?」

「わからぬか? 君は宮廷付きでありながら、私の期待を裏切ったのだ」


 予想していた内容と違う。

 なぜか私に対して怒っているように聞こえる。

 いや、怒っているんだ実際に。

 なぜ?

 その答えは、陛下の隣に立つ彼の姿を見て理解した。


「殿下」

「ゼノンから聞いたぞ? 君は同僚の研究成果を盗み、自分の手柄にしようとしたそうじゃないか?」

「なっ……そんなことはしていません!」

「ほう? ならば君は、ゼノンが嘘をついたというのかね?」


 陛下の鋭い視線が突き刺さるようだ。

 どうやらゼノン殿下に嘘の情報を教えられてしまったらしい。

 私が動くより先に、今朝のうちに。

 息子の言葉を信じている陛下には、私の声は届かない。

 それでも私は言い返す。

 感情が高ぶって、悔しさが前面に出てしまった。


「成果を盗んでいたのは殿下たちのほうです! 私の成果を殿下が盗み、ミーニャさんに渡していたから! だから私よりも先に――」

「ふざけるな!」


 それが良くなかった。

 陛下の前だというのに堂々と、殿下のことを悪く言ってしまったから。


「この期に及んで嘘を並べるか! 救いようがない……今すぐこの者を叩き出せ!」

「はっ!」

「ま、待ってください!」


 もはや何も届かない。

 騎士たちに両腕を掴まれ、無理やり王座の間を追い出される。

 抵抗しても意味はないけど、私はなんとか弁解したかった。

 言葉を並べて、真実を口にして。

 けれど、誰も信じない。

 私の言葉なんて、聞いてすらもらえない。

 結局私は……貴族の肩書を失った時から、何も変わっていないんだ。


  ◇◇◇


 王宮を追い出されて三日。

 私は一人、行く当てもなく彷徨っていた。

 陛下から言い渡されたのは、王宮及び王都からの追放。

 金輪際立ち入ることは許されない。

 もしも破れば、罪人としてその場で処理される。

 ほとんど無一文で追い出されてしまった私は、王都の次に栄えているサエカルという街にたどり着いた。

 別に目指していたわけじゃない。

 適当に歩いてたら、なんとなく到着しただけ。

 

「これから……どうしよう……」


 何も考えていない。

 何も考えられない。

 積み上げてきた物は、たった一日で失ってしまった。

 今の私に残っている物はなんだろう?

 空っぽになった私に価値なんてあるのだろうか?

 これでどうやって、幸せになれるというの?


 ああ、わからない。

 もう何も……


「いらっしゃいませー! 新作入荷してますよ!」


 悲嘆にくれる私の声をかきけすように、周囲から客引きの声が飛び交う。

 なんだか妙に賑やかだ。

 ここは以前にも訪れたことがあるけど、前はもっと静かだったような……

 よく見ると露店が多い。

 なにか催しがあるのだろうか?


「……関係ないか」


 どれだけ賑わっていようと、私には関係のないことだ。

 お金もないし、このままだと餓死する。

 そんな危機感すら薄れて、もうどうでもよく感じてしまっていた。


「おいおい、なんだよこの値段! 高すぎんじゃねーのか?」

「いえ、この値段で適切です。むしろ安い方ですよ?」

「ふざげんじぇねーぞ! こんな高いわけねーだろうがぁ!」


 立ち去ろうとした時、男の人の怒声が響いた。

 私が目を向けると、露店の一か所で何やら不穏な空気が漂っている。

 売っているのはポーションのようだ。

 可愛らしい赤髪の女の子が接客をしている。


「もっと安いに決まってんだろ! 冒険者なめてんじゃねーぞ!」

「い、いえそんなつもりは」


 女の子は困っていた。

 それに赤髪の所為かな?

 少しだけ頬が赤いように見えて……体調が悪そうだ。

 そんなのお構いなしに男は乱暴な口調で言い続ける。


「いいからこの値段で売れよ!」

「いけません。値段はこれ以上下げられないので」

「うるっせーな! 文句言ってんじゃねーぞ!」


 男はお金をたたきつけ、ポーションを奪って立ち去ろうとする。

 遠目に見てもあきらかに足りていない。

 女の子は慌てて追いかけ、彼の手からポーションを取り返そうとした。


「ちょっ、待ってください!」

「触るなガキが!」

「きゃっ」

 

 女の子はポーションを持ったまま地面に倒れ込む。

 倒れた時に肘を打ち付けたのか、ぶつけた部分から血が流れる。

 周囲がざわつく。

 なのに誰も助けようとしない。

 私以外は。


「だ、大丈夫?」


 自分でも意外だった。

 流れる血を見たら、咄嗟に身体が動いていたんだ。

 気付けば倒れた彼女に駆け寄っている。


「お、お姉さん?」

「なんだてめぇ! お前も邪魔するのか?」

「貴方こそ何を考えているんですか? お金も払わずに商品を取り去るなんて……ただの泥棒じゃないですか!」

「んだとてめぇ! 女の癖して嘗めた口きいてんじゃねーぞ!」


 男は腰から剣を抜く。

 往来で堂々と、切っ先をこちらに向ける。

 私も女の子も、刃を向けられたら恐怖を感じる。

 彼女の震えが伝わってきた。

 私だって怖い。

 怖いけど……重なる。

 つい先日体験した理不尽と、目の前で起きている理不尽が。

 それがどうしようもなく、腹立たしい。


「さっさとそれをよこせ。俺が買ったんだ。もう俺の――」

「やめとけよ」


 男の腕を鷲塚む。

 オレンジ色の髪に赤い瞳。

 どことなく、誰かに似ている雰囲気の青年が私たちを庇った。


「なんだてめぇ? てめぇも――いっ!」


 メリメリメリ。

 掴んだ腕が音を立てている。

 彼は細腕で男の腕を握りつぶす勢いだった。


「やめろと言っただろ? これ以上やるなら、このままへし折るぞ?」

「っ、わ、わかった! わかったから離してくれ」


 痛みに耐えかねた男が逃げるように後ずさる。

 はれ上がった腕を見ながら、謝罪するのかと思ったら……


「てめぇ……」

「なんだ? まだやるなら相手になるぞ?」

「っ、なんなんだよ。お前には関係ないだろ!」

「あるにきまってるだろ? うちの団員……妹に手を出したんだ」


 妹?

 そうか、似ていると思ったのは彼女に。 

 それに団員って?


「四風の旅団『春風』は俺のホームで、ここに居る連中は俺の家族なんだよ」

「なっ、お前が旅団長のエアルなのか」

「ああ。だから言っただろ? 無関係なわけあるか」

「く、くそが……」


 彼の名前を聞いた途端、男は悔しそうな顔をして去っていった。

 なんだったのかわからない。

 とりあえず助かった。


「はぁ……ありがとうな。助けてくれて」

「え? いえ私は……!?」


 緊張が解れたからか、今さら気づく。

 呆気にとられていたせいか、忘れてしまっていた。

 彼女が怪我をしていることを。

 加えて身体が熱い。


「はぁ、はぁ……」

「レンテ!」


 彼も彼女の辛そうな表情に気付いたようだ。

 レンテというのが彼女の名前らしい。


「どうした? 怪我痛むのか?」

「……違う」

「え?」


 怪我は大したことない。

 見た感じ、軽い打撲と出血で済んでいる。

 苦しんでいる理由は別だ。


「きっと病気です。熱もある」


 思えば最初から顔が赤かった。

 あれは髪色の所為じゃなくて、熱っぽかったんだ。


「くそ気付かなかった。早く病院に――」

「大丈夫です」


 幸いなことに一つだけ、ポーションの残りがある。

 ただ傷を治すだけのポーションだけど、これに使用した材料なら、発熱を癒す効果に作り替えれば。

 

「お、おい何をしてるんだ?」

「少し待ってください」


 私は懐から手袋を取り出した。

 手袋の内側には錬成陣が描かれている。

 取り出したポーションに手をかざし、錬金術を発動させた。


「君は……錬金術師だったのか?」

「はい」

「何をしてるんだ?」

「ポーションを一度分解して、作り変えています。ただこれだと傷は治せないので、清潔な布と水がほしいです」


 打撲と擦り傷のほうは応急手当が必要だ。

 彼も理解してくれてすぐに立ち上がる。


「わかった。それは俺がとってくる」


 その間に私はポーションを作り変え、彼女に飲ませた。

 解熱鎮痛効果のポーションだ。

 症状的には風邪に近いし、これで一先ずは落ち着くだろう。

 ポーションの良い所は、すぐに効果が現れることで、飲み干した直後に彼女の顔色が改善していく。


「ぅ……あれ? 身体が楽に……」

「良かった。ちゃんと効いてくれたみたいですね」

「レンテ! 元気になったか?」

「お兄ちゃん? えっと……」


 彼女は私に目を向ける。


「彼女が助けてくれたんだよ」

「そうだったんですか? ありがとうございます!」


 彼女は笑顔でお礼を口にした。

 無邪気で太陽みたいな笑顔で、見ていてホッとする。

 その所為か、一気に緊張がほぐれて。


 ぐぅ~


 大きくお腹の虫が騒ぎ出す。


「ご、ごめんなさい! 私はこれで」

「いや待ってくれ! 良かったらお礼をさせてくれないか?」

「え?」

「受けた恩は三倍にして返す! それが俺たち四風の旅団のモットーなんでね?」


 そう言って彼も笑う。

 妹さんと似て、太陽みたいに温かな笑顔だった。


 これが私にとって運命の出会いになると、この時は知らなかった。


  ◇◇◇


 王宮の一室。

 ユリアが使っていた研究室に足を運ぶ二人。

 ゼノン殿下とミーニャ。


「ようやくすっきりしたね?」

「ええ」

「手はず通り、ここにある物は君が使って良いよ。そのままにしてあるから、全部君の好きにすればいい」

「ありがとうございます」


 残された研究データを見ながら、ミーニャはニヤリと笑う。


「最後の最後まで可哀想な人でしたね」

「ふふっ、君だってそう思っていないだろう?」

「ええもちろん、邪魔で仕方がありませんでしたから」


 ゼノンにとっては利用しやすい駒。

 ミーニャにとっては目障りな女。

 彼女がいなくなったことは、二人にとって良いことだった。


「ですがよかったのですか? これで一人、宮廷錬金術師がいなくなってしまいましたよ」

「構わないさ。一人くらいなら補充も効く。使えそうならまた利用するまで」

「酷いお方」

「君のためでもあるんだよ?」


 彼らが想像する未来は、どれも自分たちに都合が良いものばかり。

 この先にあるのは幸福だと、信じて疑わない。

 

 だが二人は知らない。

 失った物の大きさを……


 ユリア・ロクターンという錬金術師が、ただの天才では収まらないということを。

 これからすぐに……知ることになるだろう。

 

 

読了ありがとうございます。

連載版の投稿を開始したので、気になる方はぜひとも読んでみてください!

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