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連載候補短編

宮廷を追放された錬金術師、善人ばかりの旅団に拾われ幸せを手に入れる ~私の才能に今さら気付いたってもう遅い! 甘い言葉で利用して『芋臭い没落貴族の娘に興味はない』と言った王子に協力なんてしない!~

作者: 日之影ソラ
掲載日:2021/07/22

 私の生まれは辺境の小さな貴族の家柄だった。

 富も権力も、貴族と呼ぶには小さすぎて、少し裕福なだけの家だったと思う。

 あまり記憶にないんだ。

 だってその家は、私が大人になる前に没落してしまったから。


 当主である父の病死。

 流行病にやられて、あっけなく父はいなくなってしまった。

 続けて、父の代わりに頑張っていた母が過労死した。

 これもあっけなく。

 子供だった私には何も出来なかった。

 悔しさを感じることすら出来ず、ただ悲しかった。

 でも……

 母は最期、私に言い残した。


「ユリア……幸せになりなさい。自分の……したいことを……して」


 苦しくて辛い……弱音をはいてしまいそうな時に、母から出た言葉は私の幸せを願う一言だった。

 思えば父も、同じことを言っていた。

 自分たちの後を追うことはない。

 貴族であることが幸せだとは限らない。

 もし、自分らしく生きられる道があるのなら、迷わず進めば良い。


 幸せになろう。

 強い父が、優しい母が。

 安心して天国で過ごせるように。

 私は私らしく生きて、幸せを掴んで見せる。


 

 ロクターン家。

 それが私の生まれた家で、王国の南端にある小さな領地を統治していた。

 両親が他界したことで、貴族としての威厳は保てなくなった。

 領地は王国に返上。

 いずれ別の領主が誕生するだろう。

 屋敷での生活にもお金はかかる。

 母が私に残してくれたお金もあるけど、当然無限じゃない。

 使えばなくなってしまう。

 どれだけ切り詰めて使っても、五年くらいが限界だ。

 それまでに生きていく術を見つけなければならない。


 幸い私には、誰にも教えていない特技があった。

 いや、特技ではなく才能と言ってしまったも良いと思う。


 錬金術。

 物質同士を掛け合わせ、新しい物質を錬成する。

 使える者が限られている魔術の亜型。

 私には錬金術の才能があった。

 一生、使うことなんてないと思っていたけど、錬金術師は貴重だ。

 使い熟せるようになれば、必ず生きるための武器になる。


 私は生まれ育った土地を出て、王都へ向かった。

 王都、王宮には専属で働く錬金術師がいるという。

 目指すなら一番良い場所を。

 宮廷錬金術師になることを目標に、私は王宮に駆け込んだ。


 それから年月は流れ。 

 五年後――


  ◇◇◇


 水が流れる音。

 金属同士が擦れる音。

 台座に刻まれた錬成陣の上に、数種類の薬草が置いてある。

 あとは水の入ったガラス瓶と少量の塩。

 

「よし」


 準備は整った。

 私は錬成陣に両手をかざす。

 すると、錬成陣は光り輝き、用意された素材が消えていく。

 素材を分解し、再構成している。

 光が極限まで強くなって、次第に弱まり消えていく頃には、青い液体の入った小瓶がちょこんと置かれていた。


「うん、成功」


 私は小瓶を手に取り、成分を分析する機材に流し込んだ。

 ざっと確認した限りでは、予定した通りの出来だ。

 

「うーん、まだ効果が薄いかな? これじゃ万能ポーションとは言えないよね」


 私が作ろうとしているのは、どんな傷、どんな病もたちまち癒せる万能ポーション。

 これ一つで全ての病を駆逐し、人々を苦しみから救えるような。

 夢物語みたいなポーションを作るため、私は日夜研究に励んでいた。


 十七歳になった私は、宮廷で働いている。

 念願だった宮廷錬金術師には二年前に着任した。

 十五歳の成人と同時に宮廷に入れたのは運が良かったし、私が最年少だったらしい。

 驚かれはした。

 けれど、褒められることはなかった。

 私の出自、辺境の貴族に生まれながら没落し、身一つで王都までやってきたこと。

 哀れな娘だと言われ、宮廷での扱いはあまり良くない。

 本来宮廷付きという役職は、名のある貴族の中から選ばれることがほとんどだった。

 私はその中でも例外だ。

 落ちた元貴族、いわば一般人から宮廷付きに選ばれたのだから。


 中でも一人。

 特にちょっかいをかけてくる人がいる。


「あら? こんな時間から働いているのですか? 相変わらずせわしない方ですね」


 素材を研究室に運ぶために廊下を歩いているところを、彼女に声をかけられた。

 派手な金髪に派手な衣装。

 見るからに貴族の令嬢らしい立ち振る舞いの彼女は、私と同時期に錬金術師になったミーニャ・フロレンティア。

 フロレンティア家は王都でも名のある大貴族で、そこに生まれた者は代々、何かの分野で秀でた才能を持っている。

 当代では錬金術師としての才能を持った彼女が生まれた。

 貴族の生まれという点では似ているけど、ここに至るまでの道程は全く異なる。

 彼女は家柄のお陰で、宮廷付きの試験を受けずに宮廷錬金術師になった。

 それだけ期待され、贔屓されていた。


「ミーニャさんこそ、こんな朝早くに来られるなんて珍しいですね? 研究ですか?」

「研究? ふふっ、そんな面倒なことしなくても、私は正解にたどり着けるの。貴女みたいな凡人と違って……ね?」


 彼女は自信の塊だ。

 錬金術師にとって大事な研究という過程を軽く見ている。

 しかし現に、彼女はこれまでに多くの成果を出してきた。

 私が研究の果てにたどり着いた物を、彼女はいつも一歩先にたどり着いていた。

 悔しいけど認めるしかない。

 彼女はきっと、天才なのだろうと。


「近々いい発表が出来ると思いますわ。楽しみにしていてくださいね?」

「はい。私のほうも近いうちに出来そうです」

「へぇ~ それは楽しみね」


 彼女に負けたくない気持ちが、私のやる気をかきたてる。

 天才に努力で勝ちたい。

 恵まれた人に、恵まれなかった人が勝てる未来を想像して、奮い立つ。


 ただ、それだけじゃない。

 私のやる気を保ってくれている人が、もう一人いる。

 私が研究室に戻ると、彼が扉をノックした。


「入るよ、ユリア」


 優しい声に振り返る。

 声とピッタリな表情をした彼が、扉を開けて研究室の床を踏む。


「やぁユリア、今日も頑張っているね」

「ありがとうございます。ゼノン殿下」

  

 ゼノン・マクスウェル。

 私が暮らす国、ソロモン王国の第一王子様だ。

 

「重たそうな荷物だね? まさか自分で運んできたのかい?」

「はい」

「そういうのは男に頼むと良い。君は女性なんだから、もし怪我でもしたら大変だよ? 必要なら僕を頼ってくれたらいいのに」

「そんな! 殿下の手を借りるなんて」


 彼はゆっくりと首を振る。


「遠慮はいらないよ。錬金術師は国の発展に大きく関わる役職だ。君に期待している分、有意義な環境で研究に取り組んでほしいのさ」

「殿下……」


 彼はとにかく優しい。

 かけてくれる言葉も、表情も全て。

 きっと心も。

 私みたいな元田舎貴族の没落令嬢なんて、普通なら相手にもしないのに。

 殿下は期待してくれているんだ。

 私の頑張りを認めてくれている数少ない理解者。

 

「無理せず頑張ってくれ。僕が王になった時に、君の話を自慢したいからね」

「はい!」


 彼に褒められると心が躍る。

 期待されていると知って、やる気が何倍にも膨れ上がる。

 彼の力になりたい。

 期待に応えたいという思いで胸がいっぱいだ。

 不遜なことはわかっている。

 釣り合わないということも……でも私は、殿下のことが好きなんだ。


「ところでこれ、また新しいポーションかい?」

「あ、はい! 以前から試してた万能ポーションの試作品です」

「へぇ、ついに完成したのか?」

「いやまだまだです。既存の病気には効果がありますが、末期まで進行してしまった物は治せないので……」


 病気の強さによって効果が異なる。

 これではまだ、万能ポーションとは呼べない。


「十分に凄いじゃないか。これ一つでたくさんの人たちが元気になる。素晴らしい発明だよ!」

「あ、ありがとうございます」


 殿下にそう言ってもらえただけで幸せだ。

 頑張った甲斐がある。


「いつ発表するんだい?」

「まだ決めていませんが、十日以内には研究データをまとめようかと思っています」

「……そうか、なるほど。もし良かったら僕にも見せてもらえないかな?」

「もちろんです」


 殿下にはいち早く見てほしいと思った。

 錬金術は難しいし、素人には理解できない内容も多い。

 だから説明は簡易的に。

 足りない部分は資料にまとめて殿下にお渡しした。

 いつも、新しい研究が進む度にこうして説明する機会を頂いた。

 今から思えば、おかしい所しかない。

 だけど私は気づけなかった。

 認められた嬉しさで、全然見えていなかったんだ。


  ◇◇◇


 事件は三日後に起こった。

 正確には、気づいたのが三日後というだけで、事件そのものは少し前から起こっていたのだろう。

 発表があったんだ。

 新しいポーションが完成したという。

 その内容は……私が開発途中の万能ポーションだった。


「そんな……どうして?」


 意味がわからなかった。

 私は誰にも話していない。

 殿下以外には。

 発表者の名前には……


「ミーニャさん?」


 彼女がこのポーションの開発者として名前が挙がっていた。

 確かに彼女も、近いうちに良い発表があるとは言っていたと思う。

 だけど、今回のは明らかにおかしい。

 提出された資料は、そのまま私が研究していた内容だった。

 寸分たがわず、まったく同じ内容だ。

 いかに同じ素材、同じテーマで研究を下としても、ここまで似ることはありえない。

 

「まさか……」


 彼女が私の研究成果を盗んだ?

 可能性としては考えられなくはない。

 思えば今までだって、私が考えていた理論を先に発表したり、似た物を提出したり。

 不自然な点はあった。

 ただ彼女が天才で、私より優れているからだと思っていたけど……

 もし盗んでいたのなら、全て私の成果だとしたら。

 でも証拠はない。

 彼女に問いただしたところでしらを切られるか、最悪私が悪者にされてしまう。

 名家の生まれである彼女には後ろ盾があるんだ。

 無策で挑めば、立場が危うくなるのは私のほう。


 どうすれば……


「そうだ」


 一人、味方をしてくれそうな人がいるじゃないか。

 この件に関しては特に、真実を知っている人が。


「殿下に相談しよう!」


 殿下は知っている。

 彼女が発表したポーションの開発者が私だということを。

 王子である彼が証人になってくれたら心強い。

 彼ならなんとかしてくれる。

 私に期待してくれている彼なら――


 急いで研究室を飛び出し、私は殿下のお部屋に向った。

 時間的には執務を終え、自室に戻っている頃だろう。

 殿下のお部屋を尋ねるなんて、普通に考えたら失礼極まりない。

 でも今回は事情が事情だ。

 やさしい殿下ならわかってくださる。

 そう信じていた。


 そしてたどり着いた。

 殿下の部屋をノックしようとした時、声が漏れてきた。


「君は今日も美しいね」

「ありがとうございます、殿下」


 殿下ともう一人、聞き覚えのある声。

 聞き間違えかと思ったけど、次の言葉で確信へと変わる。


「今夜も来てくれてありがとう。嬉しいよ、ミーニャ」

「めっそうもない。私の心は殿下の物です」

 

 ミーニャさんの声だ。

 殿下の部屋に彼女がいる。

 時間的にはとっくに仕事を終え、王宮を出ているはずの彼女がなぜ?

 ううん、それよりも声の感じがまるで……


「殿下……今夜も優しくしてくださいますか?」

「もちろんだよ。君は頑張ってくれているからね」

「まぁ嬉しい」


 愛し合っている男女のよう。

 私はすでに、殿下の部屋を訪ねた理由を見失いかけていた。

 それ以上に動揺していたんだ。

 彼女と殿下が、この扉の向こう側で何をしているのか。

 気になって仕方がなかった。

 けれど……


「君の発表、素晴らしかったよ」

「ありがとうございます。全ては殿下のお陰です。殿下があの女から手に入れた情報を下さったから」


 え……?

 今……なんて?


「いつものことさ。彼女は単純だからね? 少し褒めれば簡単に見せてくれたよ。大事な研究データだというのに」

「ふふっ、罪なお方。ですが聊か今回は強引過ぎたのではありませんか? これでは殿下が疑われてしまうかも」

「それはないさ。彼女が僕を信じているからね? 僕が疑われるどころか、今よりもっと近づこうとするんじゃないかな?」

「そうなれば殿下の思い通りに動く人形の出来上がりですね」


 ああ……聞き間違いじゃない。

 二人の会話は、私のことを言っている。

 私のことを蔑んでいる。


「つくづく不憫な娘だ。せめて唯一の長所を有効活用してあげないと」

「ええ。全ては殿下と、私のために」


 どこまでが本当で、どこからが嘘なのだろう。

 いいや、きっと全てが嘘だったんだ。

 私に見せていた表情も、言葉も、どれも偽物で……今、聞いていることが真実。

 利用されていたんだ。

 私は……殿下と彼女に、弄ばれていた。


 後ずさる。

 一歩、倒れるように。

 大きく後ろに出た一歩が、廊下に音を響かせる。

 その音は部屋の中にも届いていた。


「――?」

「誰だ?」


 扉に駆け寄る音がする。

 きっと殿下だ。

 逃げないと、立ち去らないと。

 そんなことを思う余裕すらなくて、扉が開いて殿下が現れた時、私は絶望を覚えた。


「殿……下」

「ユリア? どうしてここに――」


 一瞬で理解したのか、殿下の表情が変わる。

 蔑むように冷たい眼差しで私を見る。


「そうか。今の話を聞いてしまったんだね?」

「あ……わ、私は……」

「最初に言っておくけど、全て事実だよ? 君のことは最初から利用させてもらった」


 悪びれもなく、堂々と殿下は罪を告白した。

 きっと罪だとは思っていない。

 だから答えられる。


「ど、どうして?」

「どうして? それは何に対してかな? 君を利用していたこと? それとも優しくしていたこと?」


 どちらも、と答えるだけの力が出ない。

 代わりに部屋の奥から、ミーニャさんが口にする。

 

「どちらもじゃありませんか?」

「そうだろうね。まぁ一言でいうなら、君が扱いやすかったからだよ」

「あ……」


 扱いやすい?


「優しい言葉をかければ簡単に信用して、靡いてくれるだろう? 最初は遊んであげようかと思ったんだけど、さすがに没落した辺境貴族……芋臭さを感じる娘は嫌だからね」

「芋臭い……」

「あらあら、酷いお言葉」

「そうでもないさ。褒めているんだよ? 芋臭いだけの娘じゃなくて、利用価値はあったんだからさ? 君の努力はちゃんと実を結んだよ? 君より美しくて家柄もある彼女によってね」


 二人は見つめ合う。

 厭らしく、愛らしく。

 私だけがショックを受けている。

 利用されていたことより、裏切られた気分が大きい。

 私にかけてくれた優しい言葉も、全部嘘だったんだと。

 知ってしまったら、涙が止まらなくなった。


「ぅ……――」


 気付けば私は逃げ出していた。

 真っすぐに廊下を走って。


「あら? 逃げてしまいましたよ?」

「いいさ、どうせもう潮時だ」

「本当にひどいお方……でもそこが素敵です」

「ははっ、君の美しさには敵わないよ」


 ◇◇◇


 早朝。

 普段なら起きてすぐ、研究所に向かう時間だ。

 でも今日は、そんな気分になれなかった。


「……夢」


 じゃない。

 現実だ。

 私が昨夜、あの場所で見聞きした全ては。


 信じたくない。

 だけど信じないわけにはいかない。

 目の前で見てしまったから。

 私の耳でハッキリと聞いてしまったから。

 疑いようのない事実を。

 嘘を嘘だと見抜けなかった……自分の愚かさも含めて。


「悔しい」


 涙は昨日のうちに出し尽くして枯れた。

 今は悲しさより、悔しさのほうが目に染みる。

 これまでの努力を踏みにじられ、利用されていたんだから。

 

 トントントン――


 ふいに扉をノックされた。

 こんな朝早くに誰だろうと、私はゆっくり扉へと向かう。

 泣いて晴れた瞼を擦りながら。


 扉を開けると……


「え?」

「ユリア・ロクターンですね?」

「は、はい」


 扉の前に立っていたのは、屈強な騎士三人。

 背も高くて威圧感がある。

 

「陛下がお待ちです。ご同行願います」

「え、陛下が? どうして?」

「それは私どもからはお伝えしかねます。ともかく来てください」

「はい」


 陛下から呼び出されるなんてありえない。

 ただ、思い当たるふしはある。

 昨晩のこと……殿下とミーニャさんが行った不正。

 もし陛下がそれに気づいてくれたのなら、これはチャンスだろう。

 違った用件だったとしても、陛下に真実を語ることが出来る。


 そう思っていた。


 

 王座の間。

 陛下が謁見の際に用いる豪華な部屋。

 赤いカーペットの先に玉座があって、陛下はそこに座している。

 四十代後半の男性で、髭が厳格さを醸し出す。

 雰囲気だけで、この国の王様なんだとハッキリ伝わる。


「来たか? 宮廷錬金術師ユリア・ロクターン」

「はい」


 私は膝をつき、頭を下げる。

 すると陛下は淡々と語り始める。


「宮廷付きとは、選ばれし者たち。才能は当然、努力を欠かさず、わが国のために貢献することこそが使命。なればこそ、それ相応の待遇を与えている……が、君には失望した」

「失……望?」

「わからぬか? 君は宮廷付きでありながら、私の期待を裏切ったのだ」


 予想していた内容と違う。

 なぜか私に対して怒っているように聞こえる。

 いや、怒っているんだ実際に。

 なぜ?

 その答えは、陛下の隣に立つ彼の姿を見て理解した。


「殿下」

「ゼノンから聞いたぞ? 君は同僚の研究成果を盗み、自分の手柄にしようとしたそうじゃないか?」

「なっ……そんなことはしていません!」

「ほう? ならば君は、ゼノンが嘘をついたというのかね?」


 陛下の鋭い視線が突き刺さるようだ。

 どうやらゼノン殿下に嘘の情報を教えられてしまったらしい。

 私が動くより先に、今朝のうちに。

 息子の言葉を信じている陛下には、私の声は届かない。

 それでも私は言い返す。

 感情が高ぶって、悔しさが前面に出てしまった。


「成果を盗んでいたのは殿下たちのほうです! 私の成果を殿下が盗み、ミーニャさんに渡していたから! だから私よりも先に――」

「ふざけるな!」


 それが良くなかった。

 陛下の前だというのに堂々と、殿下のことを悪く言ってしまったから。


「この期に及んで嘘を並べるか! 救いようがない……今すぐこの者を叩き出せ!」

「はっ!」

「ま、待ってください!」


 もはや何も届かない。

 騎士たちに両腕を掴まれ、無理やり王座の間を追い出される。

 抵抗しても意味はないけど、私はなんとか弁解したかった。

 言葉を並べて、真実を口にして。

 けれど、誰も信じない。

 私の言葉なんて、聞いてすらもらえない。

 結局私は……貴族の肩書を失った時から、何も変わっていないんだ。


  ◇◇◇


 王宮を追い出されて三日。

 私は一人、行く当てもなく彷徨っていた。

 陛下から言い渡されたのは、王宮及び王都からの追放。

 金輪際立ち入ることは許されない。

 もしも破れば、罪人としてその場で処理される。

 ほとんど無一文で追い出されてしまった私は、王都の次に栄えているサエカルという街にたどり着いた。

 別に目指していたわけじゃない。

 適当に歩いてたら、なんとなく到着しただけ。

 

「これから……どうしよう……」


 何も考えていない。

 何も考えられない。

 積み上げてきた物は、たった一日で失ってしまった。

 今の私に残っている物はなんだろう?

 空っぽになった私に価値なんてあるのだろうか?

 これでどうやって、幸せになれるというの?


 ああ、わからない。

 もう何も……


「いらっしゃいませー! 新作入荷してますよ!」


 悲嘆にくれる私の声をかきけすように、周囲から客引きの声が飛び交う。

 なんだか妙に賑やかだ。

 ここは以前にも訪れたことがあるけど、前はもっと静かだったような……

 よく見ると露店が多い。

 なにか催しがあるのだろうか?


「……関係ないか」


 どれだけ賑わっていようと、私には関係のないことだ。

 お金もないし、このままだと餓死する。

 そんな危機感すら薄れて、もうどうでもよく感じてしまっていた。


「おいおい、なんだよこの値段! 高すぎんじゃねーのか?」

「いえ、この値段で適切です。むしろ安い方ですよ?」

「ふざげんじぇねーぞ! こんな高いわけねーだろうがぁ!」


 立ち去ろうとした時、男の人の怒声が響いた。

 私が目を向けると、露店の一か所で何やら不穏な空気が漂っている。

 売っているのはポーションのようだ。

 可愛らしい赤髪の女の子が接客をしている。


「もっと安いに決まってんだろ! 冒険者なめてんじゃねーぞ!」

「い、いえそんなつもりは」


 女の子は困っていた。

 それに赤髪の所為かな?

 少しだけ頬が赤いように見えて……体調が悪そうだ。

 そんなのお構いなしに男は乱暴な口調で言い続ける。


「いいからこの値段で売れよ!」

「いけません。値段はこれ以上下げられないので」

「うるっせーな! 文句言ってんじゃねーぞ!」


 男はお金をたたきつけ、ポーションを奪って立ち去ろうとする。

 遠目に見てもあきらかに足りていない。

 女の子は慌てて追いかけ、彼の手からポーションを取り返そうとした。


「ちょっ、待ってください!」

「触るなガキが!」

「きゃっ」

 

 女の子はポーションを持ったまま地面に倒れ込む。

 倒れた時に肘を打ち付けたのか、ぶつけた部分から血が流れる。

 周囲がざわつく。

 なのに誰も助けようとしない。

 私以外は。


「だ、大丈夫?」


 自分でも意外だった。

 流れる血を見たら、咄嗟に身体が動いていたんだ。

 気付けば倒れた彼女に駆け寄っている。


「お、お姉さん?」

「なんだてめぇ! お前も邪魔するのか?」

「貴方こそ何を考えているんですか? お金も払わずに商品を取り去るなんて……ただの泥棒じゃないですか!」

「んだとてめぇ! 女の癖して嘗めた口きいてんじゃねーぞ!」


 男は腰から剣を抜く。

 往来で堂々と、切っ先をこちらに向ける。

 私も女の子も、刃を向けられたら恐怖を感じる。

 彼女の震えが伝わってきた。

 私だって怖い。

 怖いけど……重なる。

 つい先日体験した理不尽と、目の前で起きている理不尽が。

 それがどうしようもなく、腹立たしい。


「さっさとそれをよこせ。俺が買ったんだ。もう俺の――」

「やめとけよ」


 男の腕を鷲塚む。

 オレンジ色の髪に赤い瞳。

 どことなく、誰かに似ている雰囲気の青年が私たちを庇った。


「なんだてめぇ? てめぇも――いっ!」


 メリメリメリ。

 掴んだ腕が音を立てている。

 彼は細腕で男の腕を握りつぶす勢いだった。


「やめろと言っただろ? これ以上やるなら、このままへし折るぞ?」

「っ、わ、わかった! わかったから離してくれ」


 痛みに耐えかねた男が逃げるように後ずさる。

 はれ上がった腕を見ながら、謝罪するのかと思ったら……


「てめぇ……」

「なんだ? まだやるなら相手になるぞ?」

「っ、なんなんだよ。お前には関係ないだろ!」

「あるにきまってるだろ? うちの団員……妹に手を出したんだ」


 妹?

 そうか、似ていると思ったのは彼女に。 

 それに団員って?


「四風の旅団『春風』は俺のホームで、ここに居る連中は俺の家族なんだよ」

「なっ、お前が旅団長のエアルなのか」

「ああ。だから言っただろ? 無関係なわけあるか」

「く、くそが……」


 彼の名前を聞いた途端、男は悔しそうな顔をして去っていった。

 なんだったのかわからない。

 とりあえず助かった。


「はぁ……ありがとうな。助けてくれて」

「え? いえ私は……!?」


 緊張が解れたからか、今さら気づく。

 呆気にとられていたせいか、忘れてしまっていた。

 彼女が怪我をしていることを。

 加えて身体が熱い。


「はぁ、はぁ……」

「レンテ!」


 彼も彼女の辛そうな表情に気付いたようだ。

 レンテというのが彼女の名前らしい。


「どうした? 怪我痛むのか?」

「……違う」

「え?」


 怪我は大したことない。

 見た感じ、軽い打撲と出血で済んでいる。

 苦しんでいる理由は別だ。


「きっと病気です。熱もある」


 思えば最初から顔が赤かった。

 あれは髪色の所為じゃなくて、熱っぽかったんだ。


「くそ気付かなかった。早く病院に――」

「大丈夫です」


 幸いなことに一つだけ、ポーションの残りがある。

 ただ傷を治すだけのポーションだけど、これに使用した材料なら、発熱を癒す効果に作り替えれば。

 

「お、おい何をしてるんだ?」

「少し待ってください」


 私は懐から手袋を取り出した。

 手袋の内側には錬成陣が描かれている。

 取り出したポーションに手をかざし、錬金術を発動させた。


「君は……錬金術師だったのか?」

「はい」

「何をしてるんだ?」

「ポーションを一度分解して、作り変えています。ただこれだと傷は治せないので、清潔な布と水がほしいです」


 打撲と擦り傷のほうは応急手当が必要だ。

 彼も理解してくれてすぐに立ち上がる。


「わかった。それは俺がとってくる」


 その間に私はポーションを作り変え、彼女に飲ませた。

 解熱鎮痛効果のポーションだ。

 症状的には風邪に近いし、これで一先ずは落ち着くだろう。

 ポーションの良い所は、すぐに効果が現れることで、飲み干した直後に彼女の顔色が改善していく。


「ぅ……あれ? 身体が楽に……」

「良かった。ちゃんと効いてくれたみたいですね」

「レンテ! 元気になったか?」

「お兄ちゃん? えっと……」


 彼女は私に目を向ける。


「彼女が助けてくれたんだよ」

「そうだったんですか? ありがとうございます!」


 彼女は笑顔でお礼を口にした。

 無邪気で太陽みたいな笑顔で、見ていてホッとする。

 その所為か、一気に緊張がほぐれて。


 ぐぅ~


 大きくお腹の虫が騒ぎ出す。


「ご、ごめんなさい! 私はこれで」

「いや待ってくれ! 良かったらお礼をさせてくれないか?」

「え?」

「受けた恩は三倍にして返す! それが俺たち四風の旅団のモットーなんでね?」


 そう言って彼も笑う。

 妹さんと似て、太陽みたいに温かな笑顔だった。


 これが私にとって運命の出会いになると、この時は知らなかった。


  ◇◇◇


 王宮の一室。

 ユリアが使っていた研究室に足を運ぶ二人。

 ゼノン殿下とミーニャ。


「ようやくすっきりしたね?」

「ええ」

「手はず通り、ここにある物は君が使って良いよ。そのままにしてあるから、全部君の好きにすればいい」

「ありがとうございます」


 残された研究データを見ながら、ミーニャはニヤリと笑う。


「最後の最後まで可哀想な人でしたね」

「ふふっ、君だってそう思っていないだろう?」

「ええもちろん、邪魔で仕方がありませんでしたから」


 ゼノンにとっては利用しやすい駒。

 ミーニャにとっては目障りな女。

 彼女がいなくなったことは、二人にとって良いことだった。


「ですがよかったのですか? これで一人、宮廷錬金術師がいなくなってしまいましたよ」

「構わないさ。一人くらいなら補充も効く。使えそうならまた利用するまで」

「酷いお方」

「君のためでもあるんだよ?」


 彼らが想像する未来は、どれも自分たちに都合が良いものばかり。

 この先にあるのは幸福だと、信じて疑わない。

 

 だが二人は知らない。

 失った物の大きさを……


 ユリア・ロクターンという錬金術師が、ただの天才では収まらないということを。

 これからすぐに……知ることになるだろう。

 

 

読了ありがとうございます。

連載版の投稿を開始したので、気になる方はぜひとも読んでみてください!

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