ープロローグー
どこで何を間違えたのだろうか。
校内の階段を駆け上り、古びた鉄扉を開けると夕暮れに染まった空と見慣れた屋上が眼前に広がった。
屋上の中央には友人の京上彩夏が裸足で立っていた。
「なんかもう疲れちゃったんだよね」
彩夏は振り向かないまま話し出した。その声色はとても落ち着いていた。
俺はなんて声を掛けたらいいのかわからず、少しの間沈黙が続いた。
俺がどのような返事をしたらよいのか悩んでいるのに気が付いた彩夏は「困らせちゃったね」と微笑みながら俺の方を向いた。
「今日はすごく夕日が綺麗。こんな日に消えられるなら悔いはないや」
彩夏は口角を上げたまま、だが目線は迷わずまっすぐ俺を射抜く。
「そ、そんなこというなよ。今はつらいかもしれないけどあと少し我慢すればきっと…!」
俺は話が終わらないように必至で言葉を紡ぐ。もし話が途切れてしまったら、彩夏が本当に消えてしまいそうだから。
「海斗君は優しいね。一生懸命私のことを引き留めてくれて。でももうあの教室には戻りたくないや。ごめんね。」
彩夏はまた顔を前に向けた。そしてそのまま一歩ずつ踏みしめるように柵側へ歩いて行った。
「彩夏、頼む。やめてくれ。考え直してくれ。死ぬなんてだめだ。」
風が吹き始めた。彩夏の自慢な艶やかな髪と身にまとっているセーラー服が風になびく。
俺は止まる気のない彩夏に呆然とし、足が動かずにいた。
「今までありがとう。」
彩夏は柵を乗り越えながら言う。
俺は今すぐにでもその手をつかんで止めたいのに。くそ、なんで足が動かないんだ。
彩夏はついに柵につかまっていた手を放し、空中にその身をふわりと投げ出した。
「さようなら」
瞬く間に彩夏の姿は下に落ちていった。俺はあまりの出来事に膝から崩れ落ちた。
どこから歯車はずれてしまったのか。
もしも、俺が彩夏を止められていたら。
もしも、俺が傍観するだけではなく、声をあげて彩夏を守っていたら。
もしも、俺があのゲームの噂話をしなかったのなら。
もしも、、もしも、、。
俺の中にもしもが無限に広がり続ける。この思考から抜け出す術はないのだろう。
そんな俺をあざ笑うかのようにミンミンミンと蝉がなり続けていた。