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 さて、ミトラが不穏な呟きを残して街から姿を消したときに、竜を退治した張本人であるグレンはどうしていたのかというと、ミスタンテという街と中央の間にある各街を繋ぐ街道をひとりで歩いていた。


 グレンの居る場所は、既にミスタンテの街並みが遠くに見えるほど離れているところであった。


 ……あの街にそのまま居ると、面倒事が増えそうだからなぁ。


 本当は傷を癒すためにもゆっくりする時間が欲しかったのだが、復興作業に参加しろと言われても困るし、お礼にといって誰かとのつながりを深める羽目になるのも御免被りたかったグレンは、仕方なく街を離れるという選択をしたのだった。


 自分で選んだ行動なのだから、そこに不満を感じるところはない。


「とんだ貧乏くじを引いてしまったものだ」


 ただ、溜め息を吐きながら口からこぼれた言葉こそが今回の件についての感想だったのは間違いない。


 グレンはここに至るまでの過程を思い返す。


 ……お互いのために、仲間と呼べる人間から離れることを考えて実行した、まではよかった。


 しかし、そこから先はほとんど最悪だった。


 ……ミトラからの依頼を断れない状況になると本当に厳しいな。


 グレンはミトラのことを本当に油断ならない女だと、心底からそう思う。


 ――あの瞬間のグレンには弱みがあった。

 

 中途半端なところで急に仕事を降りることを決めた、自分自身の身勝手さに対する罪悪感と。

 あの一党のその後に関して心配する気持ちがあったからだ。


 ……後者については、傲慢と言われても訂正できない上から目線だが。


 いずれにせよ、関与しなくなる時間に対して後ろ髪を引かれる思いがあったことは間違いなく。

 それをミトラという女は見逃さなかった。


「俺も口が軽いよなあ」


 どう考えても受けるに値しない内容の依頼を押し付けてきたが、話の流れからして、その依頼を受ければ、ミトラがあの一党のその後について多少なりとも気にかけてくれる可能性が高かった。

 

 ……敵に回せば怖い女は、味方に回れば心強い。


 ゆえに、この件はもう引き受けざるを得なくなっていた。


「最後の奉公というやつだ」


 グレンという人間がこれから先を憂いなく生きていくためには、長く仲間としてやってきた一党の連中に対して何かを残してやれたという実感が必要だったからだ。


 たとえそうすることで命が失われる危険性が増そうとも、まだ冒険者であったその時点であれば、命を賭けたとて気にする必要もなかった。


 なぜならば、それが冒険者という生き物であるからだった。


 その結果として伝説に記された竜を退治するような事態に陥ったことは、想定外にも程があったのは確かだが。


 生き残って成果を出せたのだから、気にするような失敗ではない。


 だから、グレンは次のことを考える。


「さて、これからどうするか」


 依頼は果たした。

 当座をしのぐくらいの金はあるし、時間に余裕もある。


 いくつかの懸念事項もないわけではなかったが、それらは確認しなければならないというほどのことでもなかったから。


「ひとまずは、次の街で何も考えずにゆっくりしようか」


 グレンは自分で口にしたその内容がとてもいいものに思えて、笑みの吐息をひとつ挟んでから、街道をいく足を速めたのだった。





 ただ、グレンにもひとつ見誤っていた事実があった。


 ――それは、中央とそれ以外では世界が違うということだ。


 竜殺しの所業は中央であれば大して話題にもならなかったかもしれないが、それ以外では一大事だ。


 そこに加えて、グレンの風貌は特徴的である。

 仮面をしてもしなくても目立つ。

 

 グレンという人物の名前は売れに売れて、面も既に割れている。

 誰も彼を見逃さない。


 ――そんな状況で本当にゆっくりと過ごすことが可能なのか?


 そんなの、考えるまでもなく誰にでもわかることだった。

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