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 ミトラの説明を聞いたビオは、それでもわからないことがあると質問を追加した。


「なぜそこまでして、彼に冒険者稼業を続けさせようとするの?」


 ミトラはその質問が投げかけられた瞬間にぷっと吹き出し、鼻で笑ってみせた。

 しかし、ビオの表情が変わらなかったから、眉をひそめて吐息を吐きながら聞き返した。


「本気で聞いてるんですか?」

「一人の冒険者に固執する理由がわからないもの」

「……本当にわからないんですか?

 考えることを放棄しているだけではありませんか?」

「考えるのが面倒になっていることは否定しないけどね。

 すぐに思いつくような理由がないのは、本当のことよ」


 ビオの回答に、ミトラは大仰に、顔を俯かせて肩を落としながら大きな溜め息を吐いてみせた。

 そしてしばらくそのままの状態で身動きを止めた後で、気を取り直すようにひとつ呼吸を挟んでから、顔をあげて言葉を続けた。

 

「グレンさんの実力は理解できていますか?」

「べらぼうに強くてしたたかな冒険者だということは、理解しているつもりだけど」

「それが字面を理解しているだけでないのなら、少し想像力を働かせるだけで理由に思い至ることはできると思いますが?」

「……あんたはこう言いたい訳?

 彼が強いから手放したくないって」

「その通りです」


 ミトラは物分りの悪い人間がようやっと正解を口にしてくれた、と言わんばかりに不満と満足が入り交ざった表情を浮かべながら頷いた。


 ビオはミトラの態度が鼻について仕方がなかったけれど、考える手間を惜しんだ代償ということで甘んじて耐えた。

 ただ、わからないことは残っていたから問いを重ねた。


「有用な人材を手放したくない、という理由は理解できるわ。

 誰だって、便利に使えるものが手元からなくなることを惜しいと思うものでしょうし」


 一息。

 ビオはあえて間をあけて、ミトラの意図が理解できないのだと強く主張するために語気を強くして言葉を継いだ。


「でもね、たとえばこの街で有名な冒険者が身を引こうとする、つまりグレンと同じような状況が発生したときに、あなたほど周到に準備をして型に嵌めてまでその誰かを留めようとする人間はいないと断言できるわ。

 だから聞いているのよ。なぜそうまでして彼に冒険者稼業を続けさせたいのかと」


 ミトラはビオの言葉を受けて、ふむ、と何か得たものがあったかのように頷いてから、考え込むように腕を組んだ後で片手を顎に添えた。


 ビオはミトラからの回答を急かすように言葉を重ねる。


「グレンって実は中央の冒険者といえばこの人! みたいな有名人なの?」

「いいえ。彼と似たような実力者はほかにも居ますよし、彼以上の力を持った者もいます」

「それでも足りないし回らないほど中央ってのは忙しいの?」

「いいえ。彼一人が欠けたくらいで回らなくなるほど、人手不足に陥ってるわけではないですね。

 一人でも多いほうが楽であることは間違いないですが」

「それじゃあ、そんなに執着しなきゃいけない理由ってのは何なのよ!?」


 ビオが押し問答のようなやり取りに我慢ができなくなったのか、声を荒げて問いかけた。


 ミトラはそんなビオの様子を見て、心底落胆したように長い長い吐息を吐いた後で、表情を消して冷ややかな視線を向けながら口を開いた。


「理解に苦しむ程度の低さですが、時間を与えてなおわからないと仰るのならば言葉にしましょう。

 私がグレンさんに冒険者でいて欲しい理由は、単純なものです。

 街をこれほどまでに容易く壊す力が枷もなく自由に動いている状況など、恐ろしくてたまらないからですよ」


 ミトラの口から出てきた回答、その内容があまりにも予想外だったがために、ビオは絶句した。






「……は?」


 かろうじてビオの口から漏れた疑問符を相槌として、ミトラは話を続けた。


「グレンさんには地方で伝説に残るような竜を上回る力があり、油断なく事を進める頭もある。

 今このとき、彼が中央以外で何かをするにあたって障害となり得るものは殆どないでしょう。

 彼がその気になれば、物理的にも経済的にも政治的にも、惨状と呼ばれる状態を生み出すことが可能です」

「……そんなことをするような人間には見えなかったけれど」

「気が変わったらそれでおしまい、というのはぞっとしない話でしょう」

「それは、中央にいるらしいほかの人間でも一緒じゃないの?」


 ビオの問いかけに、ミトラは少し悩むような間を置いてから答えた。


「……実はそうでもないんです。

 今回の件で現れた竜を倒すような実力者は、私の把握している範囲でもかなりの数が存在します。

 彼よりもうまくやれるかどうかはさておき、倒すだけなら出来る人材は豊富にいるといってもいいでしょう」


 だったら、とビオが口を挟もうとするより先に、ミトラの言葉が続いた。


「しかし、その人材のほとんどと、彼との間には大きな違いがあります。

 それは、しがらみの有無です」


 一息。

 ミトラは本当に困ったと言わんばかりに表情を歪めてから続ける。


「グレンさんには借金がありません。

 物損の賠償、必需品の購入など、冒険者稼業にはお金がかかる部分が多いはずなのですが、彼は非常に堅実でしたたかでした。

 ――あなたも冒険者稼業をしているのなら、それがどれだけ凄いことなのか理解できるでしょう?」


 ミトラに問いを投げかけられて、ビオはミトラが語るグレンの凄さには感動すら覚えた。


 冒険者稼業は命の危険と隣り合わせである仕事が多く、その見返りとして報酬金額が大きく設定されていることが多い。

 まとまった金があって次の日には死んでいるかもしれないなんて状況になれば、宵越しの銭は持たないという思考になる者が殆どだろう。

 そうでなくても、冒険者という職業で黒字を維持し続けるのは難しい。


 それは、ミスタンテという街ですらそうなのだ。


 中央ならばその傾向はもっと強くなっていることだろうと、ビオには簡単に想像できた。


 今回の竜退治のようなすさまじい依頼が当然のように出回っていて、報酬だって膨れ上がっているのだろうし。その金額に比例して命の危険だって大きくなっているはずだ。


 命の危機というものがすぐそこにあって、金と物が揃っている状況で堅実に過ごすなどということは、少なくともビオからしてみれば正気の沙汰とはとても思えなかった。


 ビオの表情から理解が及んだことを察したミトラが、話を継いだ。


「中央にいる殆どの冒険者は、一度でも仕事に成功してしまったら死ぬまで止まれなくなります。

 だから外に出て行くことがない。

 他所で何かを面倒事を引き起こすかどうかなどという心配をする必要もない。

 しかし、グレンさんだけは違います。

 ……私も、それはもう長い間、冒険者という生き物を見てきましたが。彼ほど綺麗に降りることができる人間は見たことがありません」


 もっとも、と付け足して。


「お金で縛ったところで本当に動きを制限できるかどうかは怪しいものですがね。

 無いよりはマシ、という話です」


 ミトラはそう語ったところで、語り終えたことに少しだけ満足したように吐息を吐いた。



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