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 ミスタンテという街に伝説として語られる竜が出現し、その竜が退治された。


 外野としてその情報を耳にした人間ならば、これらの刺激的な単語の並びに激しい感心や好奇心を抱いたに違いない。


 そして、現地では竜を倒したという事実で盛り上がっているはずだと、そう思う者が多いことだろう。


 ――しかし、現実というものには色々と厳しい制限がある。


 竜を倒したことによって、奪われる可能性のあった命や物は確かになくなったけれど。

 竜を倒す過程において生じた被害は存在するのだ。


 失われてしまった命がある。

 壊れてしまった物がある。


 前者は不可逆的な変化であって取り戻すことはできないが、後者ならば時間さえかければ元に戻せる。

 なんなら、努力によって戻すまでにかかる実際の期間を短くすることさえできるだろう。


 だから、ミスタンテの街は竜殺しという新しい伝説が生まれた事実によってではなく、日常を取り戻すための復興という作業で忙しなく動いていた。





 竜とグレンの戦いはミスタンテという街のあちこちを壊しに壊している。


 空の色すら変えるほどの力が衝突したのだから当然といえば当然の結果である。


 ゆえに、両者の戦闘、その余波で壊れた街の建物の殆どは原型を留めていることはなかった。

 積み上がった瓦礫の山を見ても、街の地理に詳しいものでもなければそこに何の建物が建っていたのかもわからないだろうという光景が、街のあらゆるところで広がっていた。


 そんな被害のないところを見つけるほうが難しいこの街の中において、冒険者の寄合所として使われていた建物も戦闘で破壊されたもののひとつであった。


 しかし、ここにはひとつだけ原型を留めているものがあった。


 それは、ひとつの窓口だった。

 建物があれば空間を仕切る線のひとつとして溶け込んでいただろうその一箇所だけが、建物の残骸に埋もれることもなく、ぽつんと浮き上がるように――不自然なほど完全な形で残っていた。


 そこには誰もいない。


 冒険者寄合所という建物の再建における優先度は決して高くなかったから、多くの人間は他の場所で作業をしているし。建物が健在であった頃であれば控えていただろう職員も、ほかの場所で仕事をしていて不在だからだ。


 ――無人の窓口に、ひとつの人影が近づいていった。


 その人影は少し躊躇うような様子を見せた後で、机に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。

 

 甲高い音が鳴る。

 耳に残る鈴の音は静寂の中に響き渡り、だんだんと小さくなっていく。


 そして、その音が完全に消え去る直前になって。


「いやあ、あなたが来るのを今か今かと待っておりましたよ!」


 その瞬間まで存在しなかった一人の女が、人影の対面、窓口の向こう側に現れたのだった。





 瓦礫の山に囲まれた無人の窓口。

 そこに突如として現れた女は笑顔を浮かべながら言葉を続けようとして、


「竜を退治した話は既に聞いています。さすがグレンさ、ん――?」


 続けられなかった。

 目の前に立っていた人影、その仔細を確認した結果として、驚愕のあまり固まってしまったからだ。


 なぜ驚いたのか?

 その答えは簡単だ。

 女の視線、その先に立っているのがグレンではなかったからだ。


「……誰ですか、あなたは」


 驚きによる思考停止から復帰した女が、先ほどまで浮かべていた人懐っこい笑顔がまるで嘘であったかのように表情を消して問いかけた。


 誰何の声を聞いて、ようやっと話しかける機会が掴めたというように、どこかほっとした表情を浮かべながら呼び鈴を鳴らした人間は言った。


「そのグレンさんから代理で報告をしておいてくれと頼まれた、ビオっていう地元の冒険者よ」


 呼び鈴を鳴らした相手――ビオの返答を聞いた途端に、受付に現れた女はやられたといわんばかりに顔を歪めながら頭を抱えてうなり始めた。


 ビオは女の反応を見て、何かに納得をしたように頷いて言う。


「……あー、その反応を見る限り、ミトラさん? で間違いなさそうね」

「……どうしてそう思うんですか」

「あの男が言った通りの反応をしてるもの」

「――全部わかっててやってるのかあの男!」


 名前を呼ばれて頷いた女――ミトラはビオの言葉を聞いて悔しそうな表情を浮かべながら机を思いっきり叩いた。





「いたああああああああああい!」


 ビオは自分で机に叩きつけた手をおさえながら喚くミトラを見て、この人に任せて本当に大丈夫なのかしら、と少し不安になった。



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