表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/22

16



 グレンと竜の戦闘は、何度かの衝突を繰り返してなお終わらなかった。


 竜の一撃はそれがたとえどのようなものであっても人間を殺すには十分すぎる代物だが、当たらなければ殺せない。

 

 だから、グレンは回避を続けて攻撃を繰り返す。


 しかし、竜の頑丈さも他に並ぶものが少ないほどに優れている。

 グレンが瞬時に出力できる攻撃力では竜を倒すには至らない。


 ゆえに、竜は攻撃を耐えて反撃へと移る。


 ――畢竟、両者の戦闘はひたすらにそれを繰り返す我慢比べだ。


 地上も空中も関係なく上下左右に必要なだけ移動して、激突と離脱を反復する。


 ただ、それは決して無限に続くものではなかった。


 グレンは回避と攻撃の並行作業に神経と体力を削られていく。

 動きの精度を保てる時間は少しずつ減っている。


 竜は少しずつ蓄積する損耗を無視できない。

 攻撃を当てるよりも先に動けなくなる可能性は大きくなっていく。


 終わりはある。

 どちらかの命が失われる瞬間はすぐそこまで近づいている。


 グレンも竜もそのことはしっかりと理解していた。


 それでも両者ともに、この地味で不毛な我慢比べで先に音をあげるつもりはない。


 ――この戦いは命の賭けどころを誤ったほうの負けだ。


 グレンと竜はその時機を見落とすことがないようにと、冷静に思考を回しながら次の一手の準備に入った。



 


 拮抗状態を崩す一撃を先に放つことができたのは竜だった。


 竜が大きく身を回して見舞った尻尾による攻撃がグレンの身体をしっかりと捉えたのだ。


 竜は確かな感触に歓喜し、その喜びを表すように尻尾を勢いよく振りぬいた。


 グレンの身体が宙を舞う。

 竜の一撃がどれだけ強烈なものであるかを示すように速くまっすぐに飛んだグレンの身体は、周囲のものを壊しながら移動していく。


 普通ならこれで決着だ。


 しかし、竜は油断をしなかった。


 竜はグレンがいるだろう方向を見据えたまま地上に身体を下ろして身構える。

 顎を開き、叫ぶような声をあげる。


 ――その瞬間に、空の色が青から黒へと一変した。


 発生源は竜の前方、開いた顎の先にある光弾だ。


 空の色を変えるほどに光を放つその弾は力の塊だ。

 今この瞬間、この場に留まっているだけでも、篭められた力の余波として放射される熱が周囲を溶かしている。許容量を超える存在の威圧に空間が悲鳴をあげるように軋んで不快な音を響かせる。


 ――竜の吐息。


 竜という種族がもつ最も強い攻撃方法であるそれは、個体によっては国すら焼き払うことができる代物である。平均的な個体の放つものであっても、ヒトひとりを殺すには過剰すぎる選択肢だ。


 グレンはまだ瓦礫の中から立ち上がる気配を見せておらず、このまま牙か爪による一撃を追加するだけでも勝てるかもしれないこの状況で使うような手段ではない。


 けれどもこの竜は、この一撃で決着させることを選択した。

 この選択こそが、今の自身にとって最善なのだと確信していたからだ。


 たとえ他の食糧が余波に巻き込まれて消え失せようとも、この敵を滅ぼすには全力を出さねばならないのだと、ここまでの激突を経てそう学んだがゆえの行動だった。


 ――音が止まる。


 それは束ねられた力が過不足なく制御されたことを示す合図だ。


 一拍の無音を挟み、空気が膨らんで弾けるような音が響く。


 決着の一撃――黒の光弾が目標に向けて射出された音だった。


  

  


 竜の前方にあった黒い光が目標に向かって最短距離をまっすぐに飛んでいく。


 その直前に、もうひとつの動きがあった。


 それは竜によって地面に叩き伏せられたグレンの、竜の吐息が発射されたことに対する反応だ。


 破壊の余波で積み上がった瓦礫の上、粉塵の中で、グレンは竜の行動選択に感謝していた。


 ……命を懸けた甲斐はあったな!


 互いに決め手が欠けて拮抗している状態が続いた後にわずかな隙が見出せたのなら、一撃で決めたいという欲が出るものだ。


 実力伯仲であればなおのこと、その傾向は強く出る。


 ……そう思わせるために時間をかけた。


 実際のところを言えば、グレンが何の支障もなく使える手札で竜を倒しきることは非常に難しかった。

 グレンが集団で行動する冒険者として持っていた役割は囮や盾であって、単純に何かを上からねじ伏せるだけの力を持ち合わせていなかったからだ。

 

 決め手に欠けた状態で戦闘が長引けば、負けるのは体力面で劣るグレンのほうである。


 しかし、グレンも自分だけで強敵を倒さなければならない場面を何度も経験した猛者だ。

 条件さえ整えれば竜すら倒しうる一手はしっかりと持っていた。


 ……相手の攻撃に耐えて、自分の力を上乗せして返す。単純な技だ。


 それは、グレンがこの戦闘が始まってからずっと使っている技でもあった。

 ただ、これまでの激突において放った一撃には相手の攻撃の威力もこちらの準備も足りなかったのだ。


 ……しかし、今回は違う。


 互いに時間をかけて放つ最大火力同士の激突ならば、必ず決着はつくことだろう。


 ――黒の光弾が迫ってくる。


「さあ、最後の賭けだ!」


 グレンはその事実を認めて笑みを浮かべながら、自分から光弾を迎えにいくように走り出した。

 




 ――決着は一瞬だ。


 竜の前方から光弾が射出されて、その光弾がグレンと接触するまでには、まばたきほどの時間もかからなかった。


 光弾とグレンが激突する。


 ――空の色が黒から青へと一変する。


 それは光弾が爆ぜたことによって生じた変化ではない。

 黒い光弾が青い文字列に呑み込まれて消え失せたがゆえに起こった結果だった。


 青が黒を貫いて飛ぶ。

 その先には最大火力を放った直後で身動きが取れない竜がいる。




 竜は己の放った本気の一撃を乗り越え、まっすぐこちらに飛んでくる敵の姿を認めた。


 だから、


 ――見事!


 意識が消え失せるその直前に、敵に対する惜しみない称賛の一言を脳裏で思い浮かべたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ