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 竜は他人の手によって空を舞うという初めての出来事に困惑した。


 しかし、その困惑に支配されて硬直していたのは、ほんの少しの間だけだった。


 思考停止から回復してすぐに、無様に回る己の身体に意識を巡らせ、力の流れを理解して整える。

 身を回し、余分な力を外に弾くように翼を広げる。


 一連の動きで風を周囲に押しやり、空中で身を留めることに成功した竜は、視線を地上のある一点へと向けた。


 ――そこにいるのは、この街にただ一人だけ存在する敵だった。


 敵はこちらの視線に気づくと、地上を走って向かってきた。


 ――戦いならば望むところだ。


 竜はそう考える。


 ゆえに、敵に向かって空から一直線に落ちる動きを選択した。





 竜の巨体は、ただ空から落ちてくる、というだけでも脅威となる。


 それが意思をもって飛び込んでくるとなれば尚更だろう。


 しかし、グレンは足を緩めることなく――むしろ意気込むように速度をあげてみせた。


 グレンと竜は互いに近づく方向に動いていたから、両者が交差するまでに一瞬とかからなかった。


 竜が地上に接触する。


 重い肉が叩きつけられた事実を示す鈍い音が響き、地面が揺れる。


「――っ!?」


 ただ、そこで破壊は生じなかった。


 その代わりというように生じるのは、竜の落下地点を中心として広がる青い光だ。


 その光は街の中を波紋のように走り抜けた後で、何かにぶつかって戻ってくるかのように、再び中心へと押し寄せてきた。


 広がったときと異なる点があったとすれば、それは、その光が集う場所が竜の落下した場所から少しずれていたということだ。


 光は竜の後方、尻尾のあたりまで走り抜けていたグレンの元へと集まっている。


 そして、グレンは宙を泳ぐ竜の尻尾、その先端を掴んで抱えて身を縦に回し、


「飛べ!」


 放った言葉の通りに、光が弾けると同時に竜が再び空に飛び上がった。





 グレンは宙を舞った竜が最初よりも遥かに短い時間で体勢を立て直した事実に舌を巻いた。


 ……対応が早いな!


 しかし、そう思った瞬間には次の一歩を踏み終わり、竜の鼻先まで飛び込んでいた。


 ――拳は既に固めてある。


 拳を振りぬく動きは背後から正面への振りかぶり。

 上から下への打ち下ろしだ。

 

 ……溜めのある遅い動きだが。


 それでも、竜の対応は間に合わない。


 ――当たる。


 薄くて硬い、割れ砕けの音が響き渡った。


 その音に続くのは、破壊の連鎖だ。


 竜の身体が拳の軌道に沿って空から地面へと叩き落される。

 その勢いのまま、地面の上を滑るようにして移動する。

 同一直線上にある障害物は、竜との激突に耐え切れずに壊れていく。


 急激に押しやられた空気が発生した隙間を埋めるように動いた。

 

 そうして生まれた風に押しやられた粉塵の向こう側、街にできた瓦礫の上には健在を示すように声をあげる竜の姿が見えていた。


 ――戦闘はまだ終わっていない。


 だから、


 ……そうだろうとも!


 グレンは宙を蹴り、竜に向かって真っ直ぐに空を落ちていった。

 


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