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 一人の人間が竜を殴り飛ばした。


 その事実をすんなりと受け入れられたのは、殴り飛ばした本人とビオだけだった。


 ……いやまぁ、驚いてはいるけどね?


 なんで竜と人間がぶつかりあって質量が大きい竜のほうが飛んでいくのよ、とかいう物理法則はどこへいったという疑問符は頭の中に浮かんだままだ。


 そんな非常識なことを実現するために、どんな手段を用いているのかなど想像さえできはしない。


 ただ、この場においてビオだけは彼がどこから来たのかを知っていたから、それくらいはやってもおかしくないのだろうと納得できただけだった。


 ――中央とそれ以外では世界が違う。


 殆どの人間にとって、この言葉は街の規模や人の密度を示すものだと認識されている。


 ビオだって、今こうして本物を目の前にするまではそういう意味だと思っていた。


 しかし、その認識は誤りだった。


 ――中央はヒトの夢が集まっている。


 それは名声や富という、わかりやすい成果だけを示す言葉ではなくて。

 多くの人間がありえないだろうと思い込んでいる部分を越えた非常識さを、夢があると表現しているに過ぎないのだろう。


 だから、ビオは目の前に立つ彼――グレンという男に対してこう言った。


「どうせ助けに入るんなら、もっと早くに来てくれたほうが嬉しかったんだけどなぁ」


 グレンはビオの言葉を受けて、一頻り笑った後でこう応じた。


「いい返事だ。冒険者を名乗るのなら、ふてぶてしくそう言える人間でなくてはな」

「いや、今はそういうの要らないから。遅れた理由って何よ」

「……関係各所と報酬および物損に関する話し合いが長引いたんだ。

 無償で誰かのために命の危険を冒すというのは美徳だが、俺はそこまで善人じゃない」


 ……そりゃあ夢のないことで。


 ビオはグレンの回答を受けて、内心でそんなことを考えながら問いかけた。


「……それで、勝算はあるの?」

「なかったら出てこないさ。

 冒険とは命の危険を冒すことを意味する言葉だが、冒険者とは無闇矢鱈にそれを行う者という意味じゃないだろう」

「じゃあどういう意味だって言うのよ」

「わずかにある失敗の可能性、それが起こってしまったら命を失うかもしれないという不安を乗り越えて、目的のために行動できる人間のことを言うのさ」

「冒険者という言葉の第一印象からは最も遠い在り方だわ、それ」

「あんなのを相手にする仕事は、臆病なくらいでなければ長くやっていられんよ」


 ビオはグレンが意識を自分から離しかけていることに気がついた。

 

 そしてグレンの意識の向く先を視線で追えば、弾き飛ばされた竜が体勢を整えて次の動きに移ろうとしている様子が見えたから。


 ……じゃれあいもここまでね。


 そう悟って、最後に聞くべきことを聞いておこうと声をかけた。


「……私たちに出来ることはある?」

「余計な真似はするな。邪魔になるだけだ。

 ――あとは精々、俺がうまくやれることを祈っていろ」


 グレンはビオの問いかけにそう応じると、竜と相対するために走り出す。


 ビオは了解の言葉を返して、その背中を見送ることしかできなかったが。


「伝説に残るような竜を倒すなんてことは、まさに夢のような出来事だけど。

 ……まぁ中央で現役のあなたならやってのけるのでしょうね」


 その胸中には、もはや不安という二文字は存在しなかった。



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