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結論から言えば、ビオの最後の晩餐がグレンに奢ってもらった高級料理になることはなかった。
しかし。
ビオの常識はあっさりと覆されることになった。
ミスタンテに住む誰もが疑いもしなかった日常は、その瞬間に儚くも消え去った。
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昼。
その日は快晴で、どこまで広がる青い空の下に、薄く白い雲がちらほらと見えるだけだった。
ミスタンテという街では、それが当然というように、多くのヒトや物が行き交っていて。
そこにあるのは間違いなく、誰もが疑うことのない日常の光景だっただろう。
――最初に生じた変化は音だった。
それは蟲の羽音に近い、低く連なる濁音だった。
最初は気のせいかと思うほどに小さかったけれど、段々と、無視できないほどに大きくなっていった。
これまでになかった異音を耳にした街の人間は、次々に音源へと視線を向け始める。
それらの視線の先には、空があった。
――次に生じた変化は色だった。
異音の高鳴りが頂点に達したと同時に、空の色が黒へと一変した。
次の瞬間には、赤が混ざって縞模様を作り出した。
それが割れ目なのだと、誰かが気がついたときには最後の変化が訪れていた。
――甲高く、耳に痛い割れ砕けの音が響いた。
異音は消えた。
空の色は青に戻った。
それら全ての代わりというようにひとつの影が空から街へと落ちて、轟音を響かせた。
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ミスタンテの街に、空から何かが落ちてきた。
落下していくその影が地面に届き、肉が落ちる鈍い音と、硬いものが割れる重い音が連続して響いた。
音が街中を走り抜ける。
その音に続くのは、落下物による破壊の結果だった。
落下地点の地面が割れる。建物が崩れる。
大質量の急接近によって押し出された空気が瓦礫を伴って飛び散っていく。
破壊は連鎖した。
飛散した瓦礫はその着地点で新たな破壊を生み出した。
地面の破断に巻き込まれて、かろうじて無事だった建物さえ壊れていった。
粉塵があたりを包み込む。
しかし、それによって何も見えない状態も長くは続かなかった。
――落下地点から、濁音で始まり母音で尾を引く大音声が響いたからだ。
街のどこにいても届いただろうその咆哮、その呼気に押し出されて粉塵は周囲に押しやられたからだった。
――そうしてあらわになった落下物の正体は、一匹の獣だ。
その獣は、杭のように太い爪を備えた四肢に支えられる、山のように巨大な体躯を持っていて。その全身はてらてらと光を反射する鱗で隙無く覆われていた。
薄い膜が張った大きな羽根を大きく広げ、歓喜を示すように高く掲げられた首は長く、その先にある頭には、ヒト数人程度ならあっさりと食い散らかせそうな大きな顎と牙があった。
竜と呼ばれるその姿が、そこに立っていた。
――この獣が竜なのだ。
その事実に気づいたものから混乱が伝播し、街中が恐慌状態に陥った。




