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 夜。

 黒い空には、ぽっかりと穴が開いたような満月が浮かんでいて。

 満月の光に照らされて白く浮かび上がった雲の下には、月光に負けじと輝きを放つものがあった。


 それはヒトの営みを示す街の灯火だった。


 夜の街を照らす光の中では、さまざまな形の影が動き続けていた。

 それらは街を街たらしめるヒトの影だが、そこにあるのは人の形だけではなかった。

 身体のところどころに角や尻尾といった特徴を含むものから、そもそもからして人の形を逸脱した――多足歩行の異形もあった。


 彼らは街を思い思いに練り歩いている。


 しかし、それらが行き交う場所に混乱は生じていなかった。

 ましてや違和感などあろうはずもなかった。


 それが、彼らにとっての日常であるからだった。


 ――それがこの世界における当然であるからだった。


 魔法の残り香としての魔術が残っているのがこの世界では、あらゆるものが肯定されていた。

 そして、そんな世界の中心と言ってもいいこの街には、ヒトの夢が集まっていた。


 強大なものを倒して得る名声が欲しいのならば、神が用意した迷宮に潜ればよい。

 なんなら、その神に挑んで倒してしまったって、誰も構いやしないだろう。


 あるいは、孫の代まで遊んで暮らせるほどの金が欲しいと言うのならば、神の迷宮から得られる希少な品を売り払うなり、人が集まっているがゆえの商機を活かしてやればいい。

 

 成り上がるための機会だけは転がっている。


 ここはそういう世界で、そういう街だった。


 ――ただ、ここにあるのは成功だけではない。


 駆け上がることが出来ずに地べたを這いずり回るようなものもいるし。

 なにかしらの成果を得られたものの、どこかで失敗し、凋落するものが出る。


 ――今このときにも。

 



 この街は夜も眠らない。

 しかしそれは、静かな場所がないということを意味するわけではなかった。


 夜半を越えてなお賑わいを見せる街の中心部から離れれば、そこには、月の光と街の中心にある灯火で暗闇に浮かび上がる建物の群があった。


 それらはこの街で暮らす人間が休むための場所だった。


 そんな区画のひとつ、宿屋の看板を掲げるある建物で、ひとつの灯りが窓を横切るように動いている。


 暗闇の中で、その灯りに照らし出されるのはひとつの人影だった。


 彼はある扉の前で立ち止まると、懊悩するような間を挟み、意を決したように吐息をひとつ吐いた後で扉を叩く。


 控えめに、音が響きすぎないようにだ。


 すると、扉の向こうから誰何の声が響いて。

 彼はその声に応じるようにこう名乗った。


「グレンだ。おまえの知っている、冒険者のグレンだよ。

 聞き覚えのある声だろう?」


 グレンの声はかすれていて、一度聞けば忘れはしないだろうというような、独特の響きをもっていた。


 それは、夜という時間帯を鑑みて声をひそめていることを考慮に入れても、今にも消えてしまいそうな――かろうじて言葉として拾えるだけの、不気味な音だった。

 

「――大事な話をしに来た。

 ようやく決心がついたんだ。扉を開けて、話を聞いてくれないか」


 グレンは相手の返事を待たずに、続けて用件を口にした。


 扉の向こうからは、了承の言葉が返ってきた。


 その返事が来る前には、迷うような間があって。

 その声音には躊躇うような響きが含まれていた。


 グレンはそれらの事実に気づかなかったふりをしながら、扉を開いて部屋に入った。



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