リミット
「ゴホッゴホッ……」
僕がそれを最初に聞いたのは、中3の時のことだった。
校内で人気の無い施錠された屋上に続くだけの階段の踊り場の一つ。
蹲っていたのは、同学年の少女。
それを聞いて立ち止まった僕は、その子をジッと眺めた。
それから、少女は辺りを見回すと、当然、僕を発見した。
「あ……」
距離があって分かりにくい、さらには、そこは薄暗かった。でも、いくらか蒼白に見えた相貌は口を半開きにして、間抜けな表情をしていた。
「そんなとこで、なにやってんの?」
「え!?……えぇと、そう!リミットごっこ!」
「……リミットごっこ?」
怪訝そうな僕の声に、アワアワと挙動不審にした少女は、どもりながらも説明する。
「そ、そうよ、リミットごっこ!私、小説とか好きでさ!病気になって余命を告げられたヒロインが、人知れず苦しんでいるところを再現してたの!」
「へぇ、だから蒼白なんだ?」
「そ、そうよ!」
だいぶ、墓穴を掘っている気がするけど、僕は少女のことをよく知らなかったので、それ以上を聞く気は起きなかった。
「じゃあね。見つからないように、気をつけなよ」
「え、えぇ……」
ホッとしたような、どこか寂しそうな様子で少女は、立ち去る僕を見送った。
……
それから、何度かあの場所で見たけれど、少女はいつも蹲っていて、相貌は蒼白だった。でも、毎日、学校には来ていたし、元気にお喋りしてる様子も観察できた。
病気は病気なのかもしれないけど、大したことがなくて、厨二病を拗らせただけだな、僕はなんとなく、そう結論付けた。
……
高二の春。あの少女と同じクラスになった。
土橋 文乃。それが少女の名前らしい。
別段、同じクラスになったからと関係ができたわけではなかった。僕は大人しい系の男子、少女は趣味系の女子、クラスに男女混合グループもあったけど、僕らはどちらもいなかった。
出来事があったとすれば、ある夏の早朝だったろうか。
暑くならないうちにと、さっさと家を出た僕が学校の教室に一番乗りだった。
次に来たのは、少女だった。
「えっはやっ!?」
「おはよう、土橋さん」
「お、おはよう」
ちょっと気まずそうにする少女。
「どうしたの?ただの挨拶だよ?」
「えっ、いや、えっと、その……」
ふと思い、会話を続けてみることにした。その反応は割と面白くて、悪戯心を刺激される。
「もう、リミットごっこはやめたの?」
「えっ、なんで!?なんで知ってるの?!」
少女は劇的な反応をして、僕に迫る。だいぶ近い。
「ほら、中3の時」
「え、……あ、あっ、あぁぁ!!あの時の!まさか、同じクラスになるなんて!えっと、その、ね?」
「なるほど、ネタにして良いと」
僕が笑顔でそう言えば、
「そんなわけあるかー!」
頭を抱えてのけぞった。
「いやぁ、そのリアクションも青春だねぇ」
「うっ……」
含みのある僕の言い方に、赤面する少女が徐々に体勢を普通の状態に戻す。
「うぅー」
どうしての良いのかわからないのか、唸るだけになってしまった。
「ははは、ごめんごめん。大丈夫だよ、僕はほら、そもそも喋らないからさ。キャラじゃ無いだろ?」
「そ、そうよね。確かに、うん」
納得したのか、うんうんと頷いている。
「失礼だね、やっぱりキャラ崩してでもネタにすべき」
「わわ、ごめんなさい、ごめんなさい。許してください〜」
「からかい甲斐があるねー」
プクゥと今度は頬を膨らませて、不満を表す。
「ほら、そろそろ、席着いたら?他の子が来て、変な噂になっちゃうよ?」
「むっ……わかった。ほんと、言わないでね!」
「はいはい」
それで結局、それっきり。僕はその後、大人しく過ごし、少女もいつもどおりに過ごしていた。
そのはず、だった。
……
晴天の日。担任の口から少女の訃報が届けられた。
少女の机には花瓶が置かれ、授業は無機質にいつもどおり。
理由はわからない。けれど、それを知る手段が見つかった。
机の中を掻き出して、家に帰る、終業式の日。
遺書だった。
何の関係もないはずの、ただすれ違ったようなだけの関係、何故か僕の机に押し込まれていた。
……
主人公のなり損ない へ
これを読んでいるあなたは終業式を迎えていることでしょう
中3のあの日、わたしは確かに苦しんでいました。そして、どこかで期待していました。最期の時をキラキラと輝くモノにしてくれる素敵な誰かに
けれど、わたしを見つけたのは、あなただった。大人しい普通の子。主人公には到底なれなさそうな期待外れ
でも、縋りつきたくて、何度も何度もあなたが見つけたあの場所で発作に耐えました。そして、いつもあなたの姿を見つけました
高校はあなたと一緒になりたくて、勉強しました。嬉しかったです。高2の春、あなたと同じクラスになれて。嬉しかったです。あの日、会話ができて、それでわたしのこと覚えていてくれて
余命は、中3の時には半年あるかないかと言われていて、それでもこれまで生きていたのはあなたがいたからです
ありがとうございました
ヒロインのなり損ない より
……
「……なんだよ、それ」
気づけば、涙が溢れて止まらなかった。
結局、僕は知らないフリをした。そう、やったことはそれだけだ。
勝手だ。本当に身勝手だ。
どうして、もっと関わってこなかった。どうして、もっと我儘にならなかった。どうして……
僕の心はこんなに空虚なのか?
「……さみしいです」
それは本音じゃなかった、でも、本音を言葉にしてしまえば、僕の限界を超えてしまう気がした。