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第6話 貴族の屋敷へ◇◆◆

 


 ◇◇◇



 昼の忙しい時間を乗り切った後、俺は自分の分の昼飯を食べながら母さんにハルカを家に住まわせる事の説明をしていた。

 だが、ハルカはどうも母さんが苦手らしく、先程から妙にビクビクしている。



「へぇ…。それでそいつの面倒を見ることに決めたのか」

「ああ。基本的に俺の仕事に付き合わせて、暇な時にでもハルカの旅に付き合うつもりだ」

「なるほどな。まぁ、好きにすると良い。ただし、困った事があったらちゃんと相談しろよ」

「ああ。ありがとう」

「………お前も、返事は?」

「は、はい!」



 そう言えば俺も初めて母さんに会った頃はこんな感じだったっけ。

 母さんは自分の話を無視されるのが大嫌いみたいで、無理矢理にでも返事をさせようとするんだよなぁ。



「よし。それじゃあ私は夜の仕込みをするから、後は好きにしてくれ」

「皿洗いが終わったらまた買い物に行って来る。枕とか色々いるだろうしな」

「あの、私はマントがあれば眠れるけれど」

「ん? 折角ベッドがあるんだからベッドで寝れば良いだろ? それに枕ぐらい買ってやるよ」

「私がベッドを使うとアルマくんの寝る場所が無いんじゃ…」

「は? 一緒に寝れば良いだろ?」

「えぇ!? 一緒に!?」



 俺の部屋のベッドはそれなりにデカイんだし、俺とハルカが並んで横になってもちっとも窮屈ではない。

 それなのに、ハルカは何を驚いているんだ?



「お前が何を考えているのかは分からんが、アルマにその気は無いから安心しろ。というより、アルマはそういう事をまだ知らない」

「あ、あぁ……なるほど。そうですよね。まだこれからですよね」

「何の話だ?」

「い、いいえ。何でもないわ。そ、そうね…それじゃあ枕だけでも買ってもらおうかしら」

「だから最初からそう言ってるだろ?」

「なんだったら、お前がアルマに女を教えてやっても良いぞ」

「お、教えません!!」

「なぁ、女を教えるってどういう意味だ?」

「ぬあっ!? え、えぇっと………どういう意味なのかしらねぇ」



 ハルカが何かを隠している事は見れば明らかなのだが、そこまで興味がなかった俺はそれ以上追求しないでやる事にした。

 大人というのは無闇やたらに人に尋ねたりしないものなのだ。



「あぁ、そうだ」

「な、何かしら!?」

「買い物が終わったら今日のうちにフィリップのところに行くぞ」

「え? あ、あぁ〜。その話ね!」

「? イリスさんも謝るなら早く行けって言ってたし、ハルカもその方が良いだろ?」

「そ、そうね。ふぅ、いきなりアルマくんに一緒に寝ようとか言われるのかと思ったわ」

「まだ明るいぞ? 眠いのか?」

「あぁ、何でもないのよ。そ、それじゃあ、早速案内をお願いするわね!」



 ハルカのやつ、見るからに様子がおかしいのだが何か困った事でもあるのだろうか。

 今日から俺とハルカは家族みたいなものなんだし、遠慮なく相談してくれれば良いのだが…



「はぁ………まさかいきなり男の子と同衾する事になるなんて。で、でも、相手はまだ子供だし大丈夫よね。うん、大丈夫大丈夫」



 後ろでブツブツ言い続けているが、本当に大丈夫なんだよな?




 ◆◆◆




 つい先程はアルマくんと一緒に寝ることが決まって混乱していたためなんとも思っていなかったが、生活に必要な雑貨を買ってもらってそれなりに気持ちが落ち着いてくると、貴族のお屋敷に謝罪に行くというのはかなり嫌になってくる。

 元はと言えば酔っ払って絡んで来たあっちが悪いのに、実情がどうであれこの世界では身元の保証されていない私の方が貴族よりも悪いということにされてしまう。



「これだから人権なんて存在しない無法地帯は嫌なのよ」

「本当にそれが口癖なんだな。ジンケンってどういう意味なんだ?」

「人権というのは、人間が人間らしく生きるために必要な権利のことよ」

「………人間が人間らしく?」

「要は身分や生まれがどうであれ命は大事にして、皆仲良くしましょうって話よ。人権というのは、全ての人がそれぞれ自覚して守ろうとする事で成り立つの」

「皆仲良くしましょうって、ハルカのいたところではそんな事出来ていたのか?」

「皆が皆とは言わないけれど、この世界よりは理不尽な暴力で命を落とす人は少なかったわね」

「そうか。優しい世界なんだな」



『エイムス』を出てフィリップという貴族のお屋敷に案内してくれているアルマくんは哀愁を帯びた様子でそんな事を口にする。

 初めはアルマくんとリヴィアさんに血の繋がりがあると思っていたから諦めていたけれど、この反応を見る限り彼が私と同じ世界、日本からこの世界にやって来た可能性はかなり高い。

 日本では毎年かなりの数の失踪者が出ているし、その内の一人がアルマくんで私と同じ様にこの世界に連れて来られた可能性は十分にある。



「ねぇ、アルマくんは本物の両親に会いたいとは思わないの?」

「俺の今の親は母さんだけだ。そこに本物も偽物もない」

「ごめんなさい。私の言い方が悪かったわ」

「気にするな。聞きたいのは俺を産んだ両親の事だろう?」

「ええ。もし良ければ教えてくれないかしら?」

「………俺のお母さんとお父さんはもう死んでいる。だから俺がどう思おうが二度と会う事は出来ない」

「それは……ごめんなさい」

「ハルカは謝ってばかりだな。俺は今の生活に満足しているし、お母さんとお父さんにはちゃんと別れを告げている。俺は肉親を失ったやつの中ではかなり幸せな方だ」

「そう、アルマくんは結構大人なのね」

「ああ、よく言われる」



 そう言うアルマくんの背中は間違いなく子供のものなのにかなり大人びていて、自分の目的のために人の事情に無遠慮に踏み込んだ自分が小さく感じられた。

 とは言え、私は元の世界に帰るためには手段を選んでいられないのも事実なわけで……



「はぁ……」

「キュキューキュキュキュ?」

「大丈夫よ。なんでもないわ」

「………そいつ、何か食べ物を持っていないか聞いてたぞ」

「……………」

「今までもわたあめと話しているつもりで全く意思疎通出来ていなかったんだろうな」

「も、もう! そういう事は言わなくて良いの! アルマくんはもっとデリカシーを勉強するべきだわ」

「デリカシーってなんだ?」

「私に対して常に尊敬の気持ちを持ち、私を第一に考えるという意味よ」

「まったく……それはさっきのジンケンとかに反していないのか?」



 私は何としても元の世界に戻らなくてはならない。

 けれどもアルマくんと仲良くなるための時間ぐらいはあるはずだ。

 それに何となく無愛想な弟が出来たみたいでそこまで悪い気はしないし…



「改めてよろしくね、アルマくん」

「ああ…」



 アルマくんとちょっぴり仲良くなれた気がする。

 そんな穏やかな昼下がりであった。




 ◆◆◆




『エイムス』を含めここのあたりを治めているのはフィリップ・ボントワールという伯爵らしい。

 何でも代々ボントワール家の長男が家を治めているらしく、ここのあたりでは誰もが知る名家であるそうだ。

 私としては領主をやっている人なんだから領民なら誰もが知っておきなさいよと思わなくもないが、アルマくんが名家と言うのならそれなりに真っ当な貴族なんだと思う。



「ねぇ、アルマくん。私、こうやって貴族に会うのは初めてなんだけど、気をつけたら良い事とかあるかしら」

「いきなり殴りかからなければ良いんじゃないか?」

「いやいやいや。流石にそんな事しないわよ」

「俺はハルカがいきなりポールを殴ったからここまで来ているんだが」

「それは……ごめんなさい。でも、私は近くの木を殴っただけなのよ?」

「フィリップも馬鹿じゃないからそう言えば分かってくれるだろ。ほら、俺の紅茶もやるから大人しくしていてくれ」

「うん。………もしかして紅茶苦手なの?」

「苦いからな」



 アルマくんが少し恥ずかしそうにそっぽを向いてそう言う。

 大人びているけれど、やっぱり子供なのよねぇ。

 こんな小さい子に貴族への謝罪を付き合ってもらうなんて、私は何をやっているのかしら。



「はぁ………」

「キュキュキュ?」

「ええ。クッキーは食べて良いわよ」

「……今のはため息なんてついて大丈夫かって言ってたぞ」

「……………そ、そう」



 今度は私の方が恥ずかしくなってしまった。

 もう、わたあめは結局クッキーを食べ始めているし、呑気なものよね。


 なんて事を考えつつ良い香りのする紅茶を飲みながらボントワール邸の応接室でフィリップさんを待つ事数分。

 わたあめを撫でながらのんびりしていると、茶色い短髪の中年のおじさんとこの前酔っ払って私を襲おうとしてきた青年がようやくやって来た。

 中年のおじさん––フィリップさんは部屋に入って来るなりアルマくんに親しげに声をかける。



「ようアルマ。また背が伸びたんじゃないか?」

「成長期なんだからこのぐらい普通だろ」

「そう言えば筋肉をつけすぎると背が伸び辛くなると聞いたことがあるが、アルマはどうだろうな」

「え!? そ、それは本当か!?」



 アルマくんとフィリップさんだけで話を盛り上げるものだから、残された私とポールという男性はただ黙っている事しか出来なかった。

 それにさっきからポールが私の事をものすごい目つきで睨んでくるし、物凄い気まずい。

 お願いアルマくん! 身長の話はもう良いから早く話を進めて!



「筋肉がつきすぎってどのぐらいなんだ? 腹筋が割れてるのは駄目なのか!?」

「いやぁ、俺も人伝てに聞いた話だったからどうだったか」

「おい! まだボケる様な歳じゃないんですから早く思い出してくれよ!」

「まぁまぁ。それより、今日はそっちのお嬢ちゃんの件で来たんじゃなかったのか?」

「ん? あぁ、そうだった」



 良かった。

 ようやく話を先に進める気になってくれたらしい。

 早いところ謝ってさっさとお家に帰りましょう。



「おいポール。お前を襲った女はこいつで間違いないか?」

「ああ。間違いない」

「そうか。こいつは俺の親戚なんだ。許してやってくれないか?」

「そいつの誠意次第だ」

「だってさ。ハルカ、誠意を見せてやれ」



 いきなり誠意を見せろって言われてもどうすれば良いのかしら。

 そもそも始めは向こう側が襲って来てそれを私が威嚇しただけだったし、私の方は何も悪い事をしてないのよね。

 確かに多少脅しすぎた気はしなくもないけれど、どちらが謝るべきかを考えれば謝るのはポールの方だと思う。


 しかし、ここは平等からほど遠い中世っぽい世界だ。

 となるとここで謝るという行為は貴族に対して歯向いませんという意思表示をする事になる。

 アルマくんの親戚になる前ならパパッと頭を下げて済ませるところだが、それだと【神童】として名高いアルマくんの面子に泥を塗る事になるかもだし……。


 そうだわ。

 出来るだけ舐められない様にしつつ、謝罪している事は分かる様にしましょう。



「ポールさん。この度は酔っ払って強姦しようとしたポールさんを脅してすみませんでした。名家として名高いボントワール家の嫡男があの程度の威嚇で逃げ出すとは思っていなかったのです。今後は強姦しようとして来た男性でも落ち着いて対処する様に心がけますので、どうか許してください」



 どうかしら?

 これならしっかりと謝罪するというポーズをとりつつ、私が悪くない事は主張できたはずよ。

 さて、ポールの反応は……って、あら?



「おいポール。お前、酔い覚ましに森の中を歩いていたらいきなり襲われたんじゃなかったのか?」

「そ、そうです! 俺はただ歩いていただけなのにそこの女が!」

「アルマ。ポールは本当にそこの嬢ちゃんを襲ったのか?」

「さぁ? 俺はその場にいなかったからな」

「おいポール。本当のことを言え。正直に話せば、俺からの罰は軽くしてやる」

「ほ、本当に俺は襲ってない! そ、そもそも、その女は真夜中なのにローブを被っていたんだ! 男か女かもわからないのに、襲うわけないだろ!」

「貴方が襲って来た時、私はローブを被っていませんでしたよ? それに、黒髪の女性に襲われたって自分で言いふらしているじゃないですか」

「どういう事だ?」

「『エイムス』でポールが黒髪の女性に襲われたって噂が流れてる」

「ち、違う! その女が襲おうとした時にローブが外れたんだ!」

「なぁ、ポール。いくらなんでもハルカがローブを被っていたから男か女か分からなかったって無理があるだろ」

「ど、どういう事だ!」

「はぁ……フィリップ、何でも良いからローブを貸してくれないか?」

「ああ。分かった」



 アルマくんに頼まれたフィリップさんが使用人を呼びつけて高級そうなローブを持って来させる。

 流石は貴族のローブね。

 分厚くてかなり良い布を使っているわ。



「ハルカ。それを着てみろ」

「え? ええ…」



 アルマくんに言われた通りローブを着て、ついでにフードも被る。

 けれども、これに一体何の意味があるのかしら?



「ほら、これで男か女かわからないってのは無理があると思わないか?」

「確かに……」

「チッ…」



 え? どういう事かしら?

 ただローブを着ただけで真実が証明されるなんて……

 って、もしかして!?



「ちょ、ちょっと! 3人揃ってどこを見て話しているんですか!」

「どこって、ハルカの胸だろ? ローブをそんなに押し上げる胸があるんだから、どう見ても女だって分かるだろ」

「それはそうかもしれないけれど、だからってこんな…」

「あぁ、悪い。俺たちも悪気があったわけじゃねぇんだ。それに、これでポールが悪いって事は分かったから…な? だから、そんな怖い顔で睨まないでくれよ」

「違う! 暗かったからよく見えなかったんだ! そいつが着ていたのは黒いローブだったし…」

「良い加減にしてちょうだい。それ以上戯言を言うなら今度は貴方を砕くわよ?」

「す、すみません! 良い女がいると思って俺が先に手を出しました!!」

「おぉ、流石はアルマの身内の女性なだけあっておっかないな」

「何か言いましたか?」

「いえ。何も」



 はぁ、こんな事なら初めからこうしておけば良かったわ。

 とにかく、これで私の無実は主張できたのだし早いところ帰らせてちょうだい。

 そんな思いを視線にのせながらアルマくんに目配せをしてみる。



「…それじゃあ話も済んだみたいだし俺達は帰るわ」

「ああ。今回はうちのバカ息子が迷惑をかけて悪かったな。来月の剣闘大会に参加してくれたらポールと戦わせてやるから、今回はそれで勘弁してくれ」

「もう関わりたくないので結構です」

「ありゃりゃ。嫌われちまったか」

「そうなのか?」

「別にそんな事はないわ。無用な諍いを避けたいだけよ」

「ふぅん。で、アルマの親戚って言ってたけど、このお嬢ちゃんはアルマの従姉とかなのか?」

「いや、俺の娘だ」

「そうかそうか。アルマの娘なら俺の娘も同然だ。よろしくな、嬢ちゃん」

「いやいやいや。私がアルマくんの娘なわけがないじゃないですか。親戚のおじさん感覚で仲良くしようとしないでください」

「気難しい嬢ちゃんだな」

「だろ? さて、それじゃあまた何かあったら来るわ」

「おう。リヴィアさんによろしく言っておいてくれ」

「あいよ。ほら、ハルカも挨拶ぐらいちゃんとしろよ」

「はぁ………お邪魔しました」

「おう。嬢ちゃんもまた遊びに来てくれよな」



 フィリップさんが分かってやっているのか本当に私がアルマくんの娘だと思っているのかは分からないが、これ以上長居したくなかった私は流れに身をまかせる事にした。

 もう、アルマくんは普通にハルカは姉だとか言えば良いのに、なんで娘だなんて言っちゃうのかしら。

 そんなに私、幼く見えないわよね?


 そんな疑問(しこり)を残しつつも無事に貴族様への謝罪を終えた私は、アルマくんと一緒にお屋敷を出て『エイムス』への帰路につく。

 そうしてようやく『エイムス』が見えて来た頃になって、アルマくんが振り返って声をかけてきた。



「さて、これで面倒ごとも済んだし後はハルカの好きな様にしてくれ」

「好きな様にって?」

「このまま俺と一緒に帰って店で働いても良いし、冒険者登録をして金を稼いでも良い。ただ、人様には迷惑をかけない様にだけはしてくれよ?」

「………それじゃあ、旅に出たいと言ったら?」

「目的があれば俺も同行するって言っただろ? ハルカは俺の家族なんだから、言ってくれれば護衛でも何でもしてやる。ただ、死ぬのと大怪我をするのは無しだ。それさえ守ってくれれば好きにすれば良い」

「アルマくんと話していると、年上のしっかりした大人と話している様な気持ちになるわね」

「そうか? それで、今日はどうするんだ?」

「旅の目的地も決まっていないし、今日のところはお店の手伝いをするわ」

「そうか」



 アルマくんは短くそう返事をすると、私に背中を向けて町の中に入って行く。

 相変わらず素っ気なく無愛想な返事だったが、振り返る直前に少しだけ笑みを浮かべていたのを見て、少しだけキュンとしてしまったのは、彼には秘密にしておこう。



「キュキュキュ?」

「そうね。しばらくはここでお世話になりましょうか」



 そうしてわたあめと当面の方針を確認しあった私は、アルマくんの後を追って『エイムス』に足を踏み入れるのであった。


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