第5話 買い物と初対面 ◇◆
◇◇◇
彼女を見ているとふと思い出す。
眠れない夜に俺を抱きしめてくれるお母さんの温もり。
そんな夜は大抵お母さんが俺よりも先に寝てしまって、少しだけ悪い顔をしたお父さんが俺を真夜中のコンビニに連れ出してくれた。
そんな懐かしくも遠い記憶。
「アルマくん! あの、アルマくん!」
「ん? あぁ、悪い。どうした?」
「あの、流石に日用品だけでなく洋服まで買ってもらうのは…」
彼女、ツキミハルカが考え事をしていた俺の顔を覗き込みながらそう言う。
俺は彼女の面倒を見る事に決めた。
そこに何か大きな理由があるわけではなく、なんとなくハルカが放っておけなかったのだ。
ハルカが俺のもといた世界の言葉を知っていたからという理由もなくはないが、それに関しては興味こそあれども面倒を見る理由には直結していない。
ハルカを見ていたらお父さんが「女の子には優しくしろ」と言っていたのを思い出したのが、一番の理由と言われればそうである気もする。
「アルマくん? おーい。聞こえていないのかしら?」
「ん? あぁ、悪い。どうした?」
「それ2回目よ? 何か考え事でもあるの?」
「ああ。いや、なんでもない。それで服を買ってもらうのが悪いって話だったか?」
「一応聞いてはいたのね。ええ、流石に貴方みたいな小さい子供にたかるのは気が引けるというか…」
「金なんて稼ごうと思えばいくらでも稼げるから気にするな。それより、そろそろ家に戻らないとだから早くしてくれ」
「でも…」
「あぁ、もう。おいミスタ! いるんだろ! 出て来い!!」
ここの服飾店の一人息子であるミスタを呼びつける。
ミスタは俺よりも二つ年上の少年で、いつも店番をサボっては店の奥で昼寝ばっかりしている変な奴だ。
なんでも睡眠こそ人類に許された至上の喜びらしいが、俺にはまったく理解できない。
「んん〜? あぁ、アルマか。どうしたんだい? またパンツに穴でも空いたの?」
「いや、今日の客はこっちだ。適当にいくつか見繕ってくれ」
「適当にって言われても、ローブをかぶって顔すら見えないんじゃ見繕い様もないよ。身長がだいたい1670メルで胸囲が890メルって事以外何もわからない」
「なっ!?」
ハルカが驚いた声を上げる。
確かにミスタの特技には驚くよなぁ。
俺も始めて身長を言い当てられた時はかなり驚いた。
「ハルカ。ローブを脱がないと服を用意出来ないってさ」
「い、嫌よ! ここでローブを脱いだらウエストまで言い当てられそうじゃない!」
「なんとなくだけど体重も分かるよ」
「もっと嫌!!」
「はぁ。時間が無いって言ってるだろ。早く脱げ!!」
「あ、ちょっと!!」
無理矢理ローブを脱がせた事でハルカの黒い髪がさらりと零れ落ち、窓から差し込む陽の光をキラキラと反射する。
俺は思わずその光景に見とれてしまっていた。
「んん? その黒髪、もしかして例の噂の人かい?」
「あ、ああ。フィリップのとこのアイツを殴ったらしい」
「へぇ。アルマと似てるけどどういう関係なの?」
「さぁ? 娘?」
「さっきも言ったけどその関係は無理があるんじゃ…」
「なるほど。そういう事か」
「え!? 受け入れるの!?」
「まぁ、アルマとリヴィアさんのする事にいちいち驚いていても仕方ないしね。はい、適当に見繕っておいたから、要らない物があったら返しに来てね」
「あ、ありがとう」
「金は近いうちに持って来るからつけといてくれ」
「了解。ふわぁぁ、それじゃあまた」
「ああ。またな」
さて、これで買い物も済んだし母さんにハルカの面倒を見る事を報告しないと。
それにしても、なんでハルカはさっきから自分の体を抱きしめて震えているんだ?
◆◆◆
アルマくんの指示に従って昨日も訪れたレストランに入るや否や、厨房から【剣鬼】さんの声が聞こえてきた。
冒険者の多くが昼間はダンジョンに潜っているため、宿場町であるこの村の店はどこも空いているのだが、町に住む人々が多く訪れるこの店はアルマくんのお母さん一人で回すのは大変らしい。
「アルマ! とりあえず手を洗ってここの皿を運んでくれ!」
「了解! ハルカは荷物を上に置いたら降りて来てくれ」
「上ってどこの?」
「そこの階段を登った上だ。階段を上がってすぐが俺の部屋だから、適当にそこら辺に置いとけ」
「そこら辺って……行っちゃったわね」
「キュキュキュー」
ここで突っ立っていても仕方ないし、一先ずはアルマくんの指示通りに二階に上がる。
二階の部屋は奥と手前の二部屋のみだったため、特に迷うこともなかった。
「お邪魔しまーす」
誰に言うでもなくそう言いながら部屋のドアを開ける。
部屋の中は中学一年生の部屋にしてはかなり綺麗で、壁にいくつかの武器が置いてある以外はなんてことのない普通の部屋だった。
「男の子の部屋になんて入るのは初めてだけれど、なんてことない普通の部屋なのね」
「キュキュキュ?」
「ええ。この調子だとエッチな本とかもなさそうだわ。彼、そういうのに興味なさそうだし」
先ほど服屋さんで私のバストの話になっても一切表情を変えなかったし、思春期もまだまだこれからなのだろう。
どこか大人びている雰囲気だけれど、そういうところは子供なのね。
「ふふ。私に弟がいたらこんな感じなのかしら」
「アルマが弟だと? お主の様な生娘がおかしなことを言う」
「誰!?」
部屋の中には私とわたあめ以外の姿はない。
そもそもこの部屋に人が隠れられる様なスペースなんてないし、今の声は一体どこから…
「気づいておらぬのか? こっちだこっち」
「こっちって、もしかしてこの槍が!?」
「違う違う。その下だ」
「この剣が?」
「違う。その左だ」
「左…? こっちは盾よ?」
「お主、わざとやっておるのか? まったく、仕方ないのう」
その声と共に私の右側にあった小太刀が輝きと共に姿を変え、銀髪の少女の形をとる。
私もこの世界に来てそれなりに経つし今更このぐらいでは驚かないが、この少女は一体……。
「貴女は誰?」
「此れはアルマの所有物だ」
「名前は?」
「まだない」
「どういう事?」
「此れはまだアルマと話した事はない。よって名もまだない」
「よく分からないけれど、名前がないならつけてあげましょうか?」
「それはならぬ。此れはアルマに名を付けてもらう事を望んでおる」
「まだ話した事すらないのに?」
「うぐっ。それはだな…」
おかしな格好のおかしな銀髪の少女が人差し指を突きあわせながら恥ずかしそうに唇を尖らす。
こうやって恥ずかしがる人、本当にいたのね。
「もしかしてアルマくんが好きなの?」
「なっ、ななっ、なぜそれを!?」
「だって見るからにそれっぽいし…」
「そ、そんなわけあるか!! 此れはアルマの所有物だ! それなのにアルマの事がす、すす、好きなどと!」
「ふぅん。まぁ、アルマくんがおかしな幼女に好かれていようとどうでも良いわ」
「よ、良かないわい!」
「キュキュー」
「そうね。あんまりアルマくんを待たせられないし、私はもう行くわね」
これ以上待たせたらアルマくんになんと言われるか分からないし、アルマくんのお母さんはかなり怖そうだ。
だから早く下に行って配膳のお手伝いでもしたい。
そう思っていたのに……
「ちょ、ちょっと待て! 此れはお主に頼みがある!」
「他を当たってちょうだい。私は忙しいの」
「そ、そこをなんとか!」
この子、なんで初対面の私にこんなに図々しいのかしら。
こんなにバイタリティあふれているなら、さっさとアルマくんに告白でもなんでもして名前をつけてもらえば良いじゃない。
「頼む! お主しか頼める相手はいないのだ!」
「そんな事言われても、私にはどうする事も出来ないわ」
「しかし!」
「私と貴女は初対面。だから貴女の言うことを聞く必要はないはずよ」
「それはそうだが…」
「あぁ、もう。煩いわねぇ」
今度は壁にかかっていた一振りの刀が光と共に姿を変えて、銀髪の女性が現れた。
見たところこっちの幼女のお姉さんといったところかしら。
次から次へと、本当に勘弁してもらいたいわ。
「念のため聞いておくけど、貴女は?」
「此方はアルマの所有物よぉ」
「名前は?」
「まだないわぁ」
「そう。それじゃあ姉妹仲良くおままごとでもしていてちょうだい。それじゃあ私は今度こそ…」
「お待ちなさぁい」
「はぁ、貴女も私に用があるの?」
「特にないわぁ。半身が迷惑をかけたみたいでごめんなさいねぇ」
「え、ええ。それじゃあ失礼するわ」
「おい! まだ此れの話は終わって…」
呼び止める声を無視して私はアルマくんの部屋を後にした。
今のは一体なんだったのかしら。
なんだか無駄に時間を取られた気がするわ。
「キュキュ?」
「そうね。早いところ下に戻りましょうか」
こうして、謎の姉妹とこれまた謎の出会いを果たした私はわたあめと共に一階へと降りて行くのであった。