第4話 事情聴取と取引 ◆
◆◆◆
勝てば官軍負ければ賊軍という言葉がある。
要は勝った方が正義で負けた方が悪という言葉なのだが、いつの間にか気絶させられて冒険者ギルドに連行された私はどうやら賊軍らしい。
少なくとも部屋の出入り口にあの少年が立っている以上、私は被疑者扱いなのだろう。
「それで、そろそろ自分の目的を話す気になったかな?」
「観光です」
この金髪を大きな三つ編みにしたイリスという女性が私を取り調べる警察官といったところか。
見たところだと私よりも歳上に見えるのだけれど、外国人は歳上に見えるらしいしもしかすると私と同い年ぐらいなのかもしれない。
「はぁ。それじゃあ、ここ数日の間に貴族のご子息に襲いかかった?」
「いえ。覚えていません」
取り調べでは少しでも思わせぶりな素振りを取ると調書にあらぬ事を書かれてしまうと、ドラマで見た覚えがある。
確か5日ほど前に酔っ払ったおじさんに襲われて反撃したけど、あのおじさんは貴族のご子息というほど綺麗な身なりをしていなかった。
おそらくあれは痴漢の常習犯とかそういった類だろう。
「キューキュー。キュキュキュー」
ほら、わたあめだって私の無実を証明してくれている。
ふふっ、こんな時でも私を庇ってくれるなんて、なんて良い子なのかしら。
「ご主人は強姦されそうになって、反撃したって言ってます」
「なるほどなるほど。襲われそうになって反撃したっと」
「ちょ、ちょっと! 言ってもいない事を勝手に書かないで! はっ、ここは人権なんて存在しない無法地帯! これだから中世は嫌いなのよ!!」
「キュキュキュー、キュキュ」
「これはご主人の口癖だって言ってます」
「ふぅん。ここはジンケンなんて存在しない無法地帯。これだからチューセーは嫌いなのよが口癖っと。ジンケンってなんだろ?」
「さぁ? 魔素の一種じゃないですか?」
「だから言ってもいない事を勝手に!」
「おい。自分の立場をわきまえろ」
後ろに立っていた少年が凄まじい顔で睨んでくるが、私には【聖別された魔剣】が……
「って、あれ? ない!?」
「アンタの剣ならここにあるぞ」
「なっ!? どうして貴方がそれを!?」
「どうしてって、流石に放置したら可愛そうだし…」
あり得ない。
あの剣は私以外が触れると精神を狂わせて魔力を吸い切るまで暴れさせるのに、一体どうしてこの子は無事なの!?
「あぁ。この剣の触れるだけで狂気にあてられる呪いなら解いたぞ? なんか魔力を吸い取る機構になってたから、それも自分の意思で分け与える感じに変えといた。それと通信機能もとりあえず外しといたけどマズかったか?」
「通信機能?」
「ああ。自分の位置を相手に知らせて、相手の言葉を一方的に届けるやつ」
アイツら、まさかそんな事までしていたなんて。
あの悪魔の指示に従って教会の奥から盗み出した剣だったけれど、GPSみたいな機能がついていたなんて知らなかった。
しかしここまでの道程が全て筒抜けだったとすると、今すぐにでもここから離れた方が良いかもしれない。
通信機能が外されたなんて気がついたら、アイツらなら間違いなく私を探しに来る。
「ふぅん。なるほどね。西方教会と一悶着あったのか」
「な、何故それを!?」
「あれ? もう澄まし顔は良いの?」
「質問に答えて!!」
「だから…」
「アルマくん、大丈夫だよ。だからその剣を下ろしてあげて、ね?」
「……分かりました」
全然気が付かなかった。
ここまでわたあめとの2人旅だったから後ろの気配は出来るだけ注意する様にしていたのに、まさか自分の髪が床に落ちるまで一切気が付かなかったなんて……。
さっきの大きな獣の魔物も一撃で倒していたし、この子は一体何者なの?
「それでえぇっと。ツキミハルカさんだったかな?」
「ど、どうして私の名前を……」
「そこの君のお友達が教えてくれたんだよ」
「わたあめが?」
「キューキュキュキュー」
「ああ。行って良いぞ」
男の子の横にいたわたあめがトテトテと歩いて来て、私の肩によじ登る。
良かった。怪我はないみたいね。
「さて話を戻すけれど、君は今、西方教会に追われる立場なんだよね?」
「…………」
「あぁ、そうだね。先にそう考えた理由を話した方が良いかな。とは言っても理由は単純で、アルマくんのお母さん…あぁ、【剣鬼】リヴィア・グランツバートさんなんだけど、その剣を見た事があったんだって」
「あの人が?」
「ん? もしかしてリヴィアさんを見た事があるのかな?」
「………」
「まぁいっか。それでリヴィアさんによると、その剣を扱える人はほとんどいないからって事でその剣は教会に封印されていたらしいけど、君はその剣を持っている。となると西方教会に所持を認められたか盗み出したかのどちらかになるんだけど、君はほら、こういうロザリオを持ってないでしょ?」
「…っ」
「あぁ、違う違う。私は確かに西方教会の信者だけど、別に君を害そうとは思ってないよ。それにこのぐらいのロザリオなんて、お隣さんの金物屋にも置いてあるしね」
確かに西方教会のロザリオはどこにでも置いてあるしどこにでも刻まれているが、だからと言って彼女の言葉を信じられるかはまた別の話だ。
アイツらは目的のためなら手段を選ばないし、もしかするとこのイリスという女性もアイツらの仲間である可能性は大いにある。
「うーん。やっぱり疑いは払拭出来そうにないかな」
「イリスさん」
「うん。そうだね。そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「そう。ここまではこれまでの事実関係の確認で、ここからは君のこれからの話」
「これからの…」
「ツキミハルカさん。君には二つの選択肢がある。一つは貴族様のご子息を傷つけた罰で中央で審問にかけられる道。そうなると流石に処刑という事はないと思うけれど、もしかすると君に用のある人や組織が君の身柄を引き取りに来るかもしれない。まぁ、おおっぴらに言えば西方教会が君の身柄を引き取るかもって事だね」
「………」
「けれど落ち込むのはまだ早いよ。もう一つの道は、そこのアルマくんの家族になるという方法だね」
「家族? こんな年端もいかない子供と結婚して何の意味が…」
「あぁ、違う違う。家族とは言っても夫婦じゃなくて、親子や兄弟や姉妹みたいな血縁関係の事だよ。ほら、君とアルマくんはよく似た容姿をしているし、血縁関係だと言い張りやすいでしょう?」
「確かにそれはそうだけれど、彼には母親もいるしこんな子供が私を姉と言い張るぐらいでアイツらが納得するとは思えないわ」
「母さんと俺に血の繋がりはない」
「え?」
「それとアルマくんはこう見えて【神童】だから、いくら西方教会でもその身内には手を出せないかな。そんな事をしたらアルマくんと繋がりのある各勢力が黙っていない」
【神童】?
聞いた事はないけれど、【剣鬼】と同じ様に称号の一種だろうか。
この世界には【騎士】だの【司教】だの【鍛治師】だのそういう職業を自分の肩書に持つ人が沢山いるけれど、【神童】という肩書きがどういう職業なのか想像もつかない。
神童………神の子?
いやいや、確かにこの子は強いみたいだけれど流石に神の子という事はないだろうし……。
普通に物凄く優秀な子供って事で良いのかしら。
「ちなみに【神童】っていうのは伝説のクラスの一つで、発言権は小国の王様よりも上だよ」
「なっ!? こんな子供が王様よりも偉い!?」
「まぁ、リヴィアさんが権力とかそういうのが大嫌いな人だからアルマくんも【神童】である事を自慢しないけれど、もしもアルマくんがその気になれば一介の【調香師】の私なんてアルマくんの操り人形になっちゃうだろうね。権力的にも、もちろん実力的にも」
「イリスさん……」
「あぁ、ごめんごめん! アルマくんはそういう事しないもんね! ほら、こっちにおいで〜」
「え、遠慮しておきます」
アルマと呼ばれる少年が抱きしめようと腕を広げたイリスという歳上の女性を見て恥ずかしそうにしている。
こんな普通の––目つきは多少悪いけれど––-少年が王様よりも偉い?
やっぱりこの世界は色々とおかしい。
「ちぇぇぇ。昔はイリスお姉ちゃんって呼んでくれてすごく可愛かったのになぁ」
「勘弁してください。俺はもう13です。あと2年もすれば成人するんですよ?」
「13!? 貴方13歳なの!?」
「ああ。それが?」
「それがって、中一でこんなやさぐれてるとか……やっぱりこの世界はおかしい」
「キュキュキュー」
「これも口癖なのか。ていうか、やさぐれてるって…」
「ただ単に修羅場を潜りすぎて人生経験が豊富すぎるだけだと思うけどね〜」
このアルマという少年はこの世界ではかなりの権力者で、彼の身内と名乗るだけで西方教会に追われる生活は終わる。
しかし私には元の世界に帰るという目的があるしこの少年の身内になった場合、自由が失われる事でその機会はなくなる可能性もある。
もしかすると小国の国王よりも権力のある彼の元にいれば日本に帰る情報を手にする事が出来るかもしれないが、余計なリスクは負いたくない。
それに自分よりも年下の子供に養われるというのはいくらなんでも………ねぇ。
「仮に。仮に彼の身内になった場合、私の生活はどうなるんですか?」
「さぁ? どうなるの?」
「母さんが怠け者を許すとは思えないから、洗濯だとか最低限のことはしてもらう事になると思います。後は好きにすれば…」
「それじゃあ、旅に出たいと言ったら?」
「ツキミハルカさんの身元が保証されるのはアルマくんが側にいるとき限定だから、アルマくん次第じゃないかな?」
「…………目的なく旅をするわけじゃなければ構わない」
「具体的には?」
「目的地とそこで何をするのか決まっているなら、同行しても良い。ただ、旅費は自分で用意してくれ」
これなら条件としては悪くない……のかしら?
生活の上でそこまで大きなデメリットは無さそうだし、旅に出ようと思えば彼がついて来るけれど不可能ではない。
そして何より大きいのは、王様よりも偉い人が身元保証人になってくれる。
仮に気にくわない事があれば逃げれば良いし、最終迷宮から抜け出した私なら1人の少年から逃げるぐらい余裕だと思う。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「分かった」
「あれ? それだけ? 折角家族になるわけだから、もう少し何かあっても良いんじゃないの?」
「何かですか?」
「そう。例えば…よろしくツキミお姉ちゃんとか?」
「え? 俺が弟なんですか?」
「それじゃあよろしく娘よ…の方が良い?」
「あの、私は17歳ですし流石に娘というのは無理があるんじゃ…」
「でもアルマくんが保護者である事は間違いないし、これから生活の面倒をみてもらうんでしょ?」
「それはそうですけど……」
私がこんな小さい男の子の娘……。
いや、やっぱり無いわね。
半ば養ってもらうとは言え、いくら権力があって強くてもそれはないわ。
「まぁ、良いや。それじゃあ私はまだ仕事があるからもう行くね。それと貴族様のご子息にはキチンと謝りに行くように」
「………」
「お返事は?」
「……はい。分かりました」
「よろしい。アルマくんと一緒に行けば面倒ごとにはならないだろうけれど、フィリップ様とは知り合いだから何かあったらいつでも言ってね」
「フィリップ?」
「ここらへんの領主。ハルカを襲った馬鹿の親」
「馬鹿の親って……。それに呼び捨て…」
「あ、イリスさん。これ今日の報告書です。ハルカ以外は特に問題は無かったので、後はお願いします」
「了解。あ、お昼になったらお店に行くからいつものお願いね」
「はい。お疲れ様でした」
「うん。アルマくんもおつかれさま〜」
イリスさんはそう言うと、手をヒラヒラと振って取り調べ室から去って行った。
部屋には私とアルマくん、それにわたあめだけが残される。
「あ、あのー。これからよろしくお願いします」
「ああ。ほら、ハルカの剣だ」
「あ、どうも」
迷宮でも思ったけれど、ついさっきも無視されたしなんだか無愛想な子ね。
まぁ、これからお世話になるわけだからあまり強くは言えないけれど。
……何かしら。
すごいジッと見つめられている。
「な、何かしら?」
「いや、何でもない。まずは……買い物からか。ついて来い」
「は、はぁ………?」
何を考えているのかは分からないけれど、悪い子ではないらしい。
「キュキュキュー」
「そうね。まずは様子見といきましょうか」
「……そいつ、腹が減ったって言ってるぞ」
「え? 情報は全てを制するのだ! じゃなくて?」
「ああ。俺には大抵の生物と話せる加護があるから分かる」
「キュキュ、キュキュー」
「分かった。途中で売ってたら買ってやるよ」
………何かしら。
わたあめが私以外の人と話しているのを見るとモヤモヤするわね。
「アルマ・グランツバートだ。アルマで良い。よろしく」
「え? あぁ、うん。星見遥よ。よろしく」
こうして、私とアルマくんの奇妙な関係は始まったのであった。