第3話 巣穴の探索と調査 ◇◆◇
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巣穴の周りの調査自体はそれほど面倒ではない。
俺は【空の神ユピテルの加護】のお陰で自由に空を飛べるし、【気配感知】を並行して発動させておけば人や魔物の気配は大抵浚える。
息を潜める様に木々の隙間に身を隠している者がいれば見落とす可能性もあるが、ここいらの森は俺にとって庭も同然だし、身を隠せる様な場所も全て把握していると言って過言ではない。
そんな俺の庭と言っても差し支えのない森を記憶の中の姿と照らし合わせながら空から見下ろしていると、普段では見たことのない痕跡を見つけた。
「燃えカスは新しくないな。多分半日ぐらいは経ってる」
地上に降りて焚火の後に手を突っ込んで灰になった木を触って確かめてみると、微かに湿っている。
おそらく朝露によって燃えた灰が湿ったのだろう。
昨日見回りに来たときには見なかったものだからおそらく昨日の夜から今朝にかけて–––灰が湿る条件と合わせると昨日の晩の野営跡だろうか。
「怪しい。怪しすぎる」
野営跡がある事自体は珍しくない。
宿に泊まる金もない冒険者が『エイムス』の近くで野営をする事はよくある事だし、事実今日も早起きな冒険者が町の近くで俺を見上げて手を振っていた。
だが、ここはそこいらに魔物が湧く森の中だ。
夜にはゴブリンがそこら辺をうろついているし、こんなところで寝ていると良くて身包みを剥がされるか、最悪だと巣穴に連れて行かれてゴブリンに弄ばれる事になる。
つまり、こんなところで野営をするのはゴブリンと結婚したい物好きか、命知らずのアホ、もしくは町に近づきたくない訳ありのどれかなのだが、どれもこれもろくな者ではない。
ゴブリンごとき歯牙にかけない強者なら話は変わってくるが、そんな強者がこんな底辺の迷宮に足を運ぶとは思えない。
「周囲に戦闘の痕跡は無いし、足跡は人間サイズ。運良く朝を迎えて出かけたのか」
女性用のブーツによって出来たのであろう足跡が一定の間隔で続いている。
この足跡が『エイムス』から離れていくのなら足跡の主は放っておいたのだが、その足跡は迷宮の方へ続いていた。
「仕方ない。ゴブリン好きの変人に会いに行ってみるか」
今日の仕事は少し面倒くさそうだった。
◆◆◆
予め闇市で掴んでいた情報だったが、この迷宮は予想通りに退屈なものだった。
「ギャンッ!!」
飛びかかってきた狼を【聖別された魔剣】で斬りはらい、刀身についた血を払い飛ばして鞘に戻す。
この魔剣は刀身を晒している間、精神を蝕むため長期戦には向いていないのだが、ここの魔物相手には長期戦にもつれ込む事は一切なさそうである。
「わたあめ。ここの魔物だと大したお金にならなさそうね」
「キュー。キュキュキュ?」
「そうね。もう少し先に行ってみればお金になる魔物もいるかしら」
「キュー! キュキュキュキュ、キュー!!」
「ふふ。わたあめはその遊びが好きね」
わたあめがいつもの様に私の髪にぶら下がり、可愛いらしい鳴き声を上げながらブラブラと揺れる。
髪が引っ張られて少しだけ痛いけれど、可愛いさに免じて今日も許してあげるわ。
「ギャンッ!!」
「グガオッ!!」
「ギュアッ!!」
…………
………
……
…
現れる魔物を倒しては血を払い飛ばし鞘に剣を納めてを繰り返していると、迷宮の中に隠蔽された一角を見つけた。
その一角は一見するとこれまでと同じ洞窟の壁にしか見えないのだが、壁の向こうに空間があるみたいだし、何より通路を塞ぐ岩の壁に封印の気配を感じる。
「まぁ、私には大抵の封印は通じないのだけれど」
特に何の力も使わずに封印された壁に手を触れるだけで壁にかけられた封印は力を失い、新たな道が拓ける。
あの悪魔はあの時以来一度も私の前に姿を現していないが、褒美と言って私に授けていった加護はしっかりと働いているらしい。
「さて、封印を施してまで隠すものならそれなりの価値のあるものであってちょうだいよ」
そう呟いた私は闇市で買った情報には無かった何かを求めて新たな道を進んで行ったのであった。
◇◇◇
あの野営跡を見つけた時点で何となく嫌な予感はしていたのだが、案の定というか何というか……
「グャアアアオァァァァァァァァ!!!」
「今すぐに武器を置いて引き返しなさい。従わない場合は先に貴方を斬るわ」
今日の仕事は久方ぶりにかなり面倒なものになってしまった。
俺の前では現在巣穴に俺が封印しておいた【獣王ラングレイザ】と噂の黒髪の女が俺に牙を向けて殺気をビシバシと飛ばしている。
いや、黒髪の女の方は長剣か。
「待ってくれ。何度も言うが、俺はアンタに危害を加えるつもりはない」
「信じられないわ。私がコイツと戦っている間に攻撃を仕掛けてくるつもりなのでしょう?」
「だから何度も言っているだろ? 俺がそいつと戦う。アンタはそれを見てる。それなら文句ない筈だ」
「貴方がコイツと戦うですって? [中学生]ぐらいにしか見えない貴方が?」
「………。俺がここで死んでもアンタには関係ないだろ?」
母さんに余計なことは口にするなと言われている。
[中学生]という言葉は俺の元いた世界の単語のはずだが一体……
「ゴャアアアオァァァァ!!」
「ちっ、話し合ってる暇はなさそうね」
「ああ。俺が前衛をやるからアンタは後ろから援護を頼む」
「ちょっと! 誰が貴方の言うことなんて––––」
黒髪の女性が未だギャンギャン騒いでいるが、人の言葉を解さぬ【獣王ラングレイザ】は俺たちを待ってはくれない。
久方ぶりに目を覚まして体が疼くのか、その鋭い爪で地面を抉りながら前に出た俺に突っ込んで来た。
さて、コイツはここの迷宮を保つために必要な存在だし殺してしまう訳にはいかない。
どう手加減したものだろうか。
「ガァァァ!!」
「仕方ない。軽く痛めつけるか。【インパルスストライク】」
【剣鬼】である母さん直伝の【超級剣術】で【獣王ラングレイザ】のつま先をすれ違いざまに斬りつけて、相手の自慢の爪を削りとる。
【獣王ラングレイザ】の面倒なところの1つはその鋭い爪なのだが、それらは根元の肉をすくう様に刃を入れれば意外と簡単に抉り取る事が出来る。
まだあいつには右前足以外の爪が残っているが、爪を順に切り落としていけば牙を砕かずとも無力化できるであろう。
「貴方は一体………」
そういえばこの人がいたんだった。
今は戦闘中にも関わらず何故か呆けているため後ろから刺される心配はなさそうだが、さっさと仕留めないとあの異様な雰囲気の長剣で襲われかねない。
よし、久し振りにあれをやるか。
「スゥ………おいアンタ、目を閉じろ」
「え? 何で?」
「忠告はしたからな」
俺は母さんほど剣を扱える訳ではないが、それでも魔法に関しては母さんよりも上手く使える自信がある。
最初は神様にもらったこの力だが、今ではすっかり体に馴染みそれなりに使える様になっていた。
「これはなんて事のないただの棒切れ。棒は棒に過ぎないが、人はそこに価値を見出し意味を持たせる」
「ちょ、ちょっと! そんな隙を見せたら…」
魔法とは体の中の生命力を魔力に変換し、その魔力をもって周囲の魔素に影響を与えて結果を導き出す1つの理論だ。
例えば体内で精製した魔力で魔素を炎が生まれる形に変える事が出来れば、結果として炎が生まれる。
これは言い換えれば、魔力を使って現実を自分の望む形に書き換えていると言うことも出来る。
ならば必然、こういったことも可能だ。
「この棒切れの意味は切断。ただ物を斬るがために存在し、そこにはそれ以上の意味も価値もない。これはただ全てを斬り裂くために存在する絶対の刃なり。【固有魔法・斬】」
現実が俺の魔力によって動かされた魔素によって1つの結果へと収束し始める。
俺が導いた結果はただ一つ、斬り裂くこと。
例え俺の振った剣の軌道上に何があっても、硬さも大きさも空間も関係なく物体であれば全てを斬り裂く。
これはそういう魔法……いいや、そうなる様に導いた【固有魔法】だ。
「ふぅ、どっと疲れた………けど、ちゃんと加減できたな。偉いぞ俺!」
俺の視線の先では胴体をそこそこに斬り裂かれた【獣王ラングレイザ】が地面に倒れ伏しながらもしっかりと呼吸している。
こっちは雑に手当てをしておけばどうせ後で再封印するのだし、今は放っておいても問題はないだろう。
後は後ろで剣圧に耐えられずに倒れた黒髪の女性をどうするかだが………。
「キュー。キュキュキュー!」
「えぇっと。ご主人に手を出すなら許さない?」
「キュキュー! キュキュッキュー!!」
「ご主人はズボラで抜けているところもあるけれど、悪いやつではない」
「キュキュッキュー!」
「お願いしますマジで勘弁してください……って、そこはお前がそのご主人のために戦うとかじゃないのか?」
「キュキュキュー! キュキュッ!」
「自分マスコットなんで…って、そうかい」
気絶する黒髪の女性の上で決めポーズをとるシルバースカロウには戦闘の意思はないらしい。
それならばこっちにとっても好都合だな。
【獣王ラングレイザ】が死んでしまう前に怪我の手当てをして封印したいし。
「迷宮の外までは護衛してやるから、ちょっと外に出ててくれないか? コイツを封印したい」
「キュキュキュ?」
「ああ。この迷宮はコイツの放つ魔素で保ってるからな。コイツに死なれると困るんだ」
「キュキュキュキュー」
「え? 自分じゃご主人を重くて運べない?」
「キュキュッ!」
「あぁ、そうだったな。お前はマスコットだった」
なんとも頼りない使い魔だが、マスコットとしてはかなり優秀な様だ。
さてと、さっさと封印を済ませて噂の黒髪の女性をイリスさんのところに連れて行きますかね。