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第1話 異世界は美しい ◇◇

 

 ◇◇◇



 俺の住む町は普通の町だ。

 近くにあるそこそこ有名な迷宮(ダンジョン)を攻略しに来る冒険者をターゲットにした、『エイムス』というそこそこの宿場町である。


 そんな小さな宿場町では当然のことながら、噂話やなんかは隅から隅まですぐに伝わりやすい。

 普段であれば三軒隣のアンナと五軒隣のジェットが結婚しただとか、金物屋のヤコスが火傷をしただとかくだらないものなばかりのだが、今回の噂はそれらとは様相が違った。


 俺の働く『炎の種火』という酒場に伝わって来た噂はこんな話である。


 —―最近この村の近くに黒くて長い髪の女が現れる。とある男が夜遅くにふらふらと歩くその女を偶然見かけて声をかけたところ、いきなりもの凄い力で突き飛ばされたらしい。その男が目を覚ましたのは次の日の事で、近くにはへし折られた大木が転がっていただとかなんとか。


 本来であればこんな子供騙しな噂話、信じるまでもなく聞き流すところなのだが、今回に限ってはそうはいかなかった。



「おいアルマ! 噂の黒い髪の女について何か知らねぇのかよ!」

「知らねぇよ。注文でもないのに声かけんな」

「そうつれない事言うなって、本当は何か知ってるんだろ? 小遣いやるから教えてくれよ〜」

「だから知らねぇってんだろ。あんまりしつこい様ならぶっ飛ばすぞ」

「おぉ、怖っ。黒髪のアルマに聞けば何か分かると思ったんだけどなぁ」



 そう、ここ最近噂になっている女は()()()()では珍しい黒髪で、俺の髪も黒髪。

 そんな絶対的な共通点があれば推理が下手なやつでも、俺と噂の女に何かしらの関係があると考えるらしく、ここ最近の俺は会う人々にその話題で話しかけられていた。

 身に覚えのない俺にとっては迷惑も良いところである。



「おいこらアル! 客にメンチ切ってる暇があったらこっちを手伝え!」

「はい! 今すぐ行きます!」

「へぇ、【神童】でも【剣鬼】には頭が上がらねぇんだな」

「お前なら【剣鬼】のケツを蹴飛ばせるとでも?」

「いや、俺が悪かった。【剣鬼】のケツを蹴飛ばした日にゃ、俺のケツが4つに割れちまうよ」

「4つならマシな方だ。機嫌が悪けりゃ1ミレずつスライスにされるだろうな」

「そいつは怖ぇな」

「だったら余計なことは考えないことだな」

「おいアル! ケツをローストされてぇのか! 早く来い!!」

「すみません!! 今行きます!!」



 これ以上彼女、【剣鬼】リヴィア・グランツバートを待たせたら俺のケツがローストにされて薄くスライスされ兼ねない。

 1秒でも早く厨房で怒鳴り声を上げる彼女の元へ向かうべきだろう。



「すみません! 遅くなりました!!」

「おせぇよアル。もう眠くなったのか?」

「いえ! まだ大丈夫です!」

「よし、なら仕事だ。アタシは今手が離せねぇから、それを5番、そっちを8番に持って行ってくれ。それと、3番のヤツの注文を取って来い」

「はい! 分かりました!」

「よし、良い返事だ。行って来い!」

「はい!」



 今年13歳になった俺には5年以上前のこの世界の記憶がない。

 俺を拾ってくれた母さん、リヴィア・グランツバートによると、俺はとある森の中で気絶していたらしい。

 そこから母さんに拾われた俺は共に世界を旅し、流れに流れてこの『炎の種火』で働き始める事になるのだが、それはまた別の話だ。



「はい。オークのステーキとエール4つ。これで全部だな?」

「おう! ありがとな!」

「あいよ。それじゃあごゆっくり」



 これで5番、8番への配膳は終わったし、次は3番の注文取りだ。

 そうして母さんの指示どおりに3番の席に向かったのだが、そこに座る客はかなり怪しい人物だった。



「お客さん。注文は?」

「……お水」

「水? 何も食べないのか?」

「食べない」



 薄汚れたローブを目深にかぶった人物は俯いたまま短く返事をする。

 おそらく話し方的に西方の出身、それと女性だ。



「まぁ、良いや。ちょっと待ってろ。今持って来る」

「ありがとう」



 そう言う彼女の視線を背中に感じはしたが、俺は何も言わずに厨房に向かった。

 彼女からは何となく——そう、何となくだが面倒事の匂いがしたのだ。



「3番の注文はなんだって?」

「水だって」

「はぁ? それだけか?」

「金が無いんじゃないか?」

「ならそいつは客でも何でもねぇじゃねぇか。追い出せ」

「あぁ……それじゃあ、エイムス茸のパスタを追加注文で」



 相手は見ず知らずの女性ではあるが、流石にいきなり追い出すのも気がひける。

 それなりに働いている俺の蓄えは一食奢るぐらい訳無いし、あの女性を客にするぐらいの金は出しても良いだろう。

 母さんはそんな俺の考えが分かったのか——



「分かった。今日だけはタダで良いから食わせてやれ。その代わり、首を突っ込むなら最後まで面倒見ろよ」

「そんな、猫や犬じゃあるまいし…」

「良いからこれを持ってさっさと行って来い。お前も少し休憩だ」

「ありがとう」

「あいよ。よく噛んで食べろよ」



 こうして二人分のエイムス茸のパスタを手に入れた俺は、グラスと水差しも持って謎の女の座る3番席へと向かった。

 謎の女は俺がやって来ても顔を見せたくは無いのか、俯いたままである。



「ほらよ。母さんが奢ってくれるって」

「母さん?」

「ほら、あそこにいるだろ。赤い髪の女の人」

「あの人が貴方のお母さんなの?」

「まぁ、そうだな」



 母さんは俺が義理の母親とか育ての親とか言うとかなり期限を悪くするし、余計なことは言わない方が良い。

 どうせ今も俺たちの話を聞いているだろうし。



「そう。それじゃあ貴方は違うのね」

「違う? 何がだ?」

「ううん。なんでもない。ご馳走さま。それとお母さんにも美味しかったって言っておいて」



 謎の女がそう言い残して、席を立って店を出て行く。

 女の座っていた席には完食されたパスタの皿と、空になった水差しが置いてあった。



「あ、ああ。って、もう食べ終わったのか!? それに水差しも空!?」



 たかが数言しか言葉を交わしていないのに、そんな短時間で完食していたとは恐れ入る。

 面倒ごとには巻き込まれなかったが、やはり謎の女だった。




 ◇◇◇




 5年経った今でも昨日の事の様に思い出す。


 目を焼く様な光と全身を襲う突き刺す様な痛み、それと自分の肌が焼け焦げる臭い。

 東京に住んでいた当時8歳の俺は両親と共に、ごく普通のありふれた火事で死んだ。

 後に神様から聞いた話だと俺が死んだのは不幸な事故で、古くなった電気ストーブが原因の火事らしい。


 神様はそんな何の意味もなく死んだ俺を哀れんでくれたのか、二度目の人生を()にくれると言い出した。



「でも、元いた世界に戻してあげる事は出来ないの。それは世界の理に反する事だから」



 もう死んでしまった僕はお母さんにもお父さんにも会う事は出来ない。

 神様は僕に二度目の人生をくれると言っていたけれど、そんなものはどうでも良かった。

 ただお母さんとお父さんに会いたい………それだけだった。



「ごめんね、ごめんなさい。私がもっと力のある神だったらこんなにも幼い貴方を死なせる事もなかった。本当にごめんなさい」



 神様が僕のために悲しんでくれている。

 お父さんはいつも僕に何があっても女の子は泣かせてはいけない……いつもそう言っていた。

 だから、その時の僕は神様の手をとってこう言ったんだ。



「泣かないで。僕は大丈夫だから」



 本当は何も大丈夫なんかじゃ無い。

 今すぐにでもお母さんとお父さんに会いたい。

 でも、お父さんとお母さんの言いつけを破る方が嫌だった。



「ありがとう。キミは優しいんだね」

「うん。どういたしまして」

「あはは。うん、キミは素直で良い子だ」



 神様はそう言って僕の頭を優しく撫でると、手を引いて歩き始めた。

 僕たちの周りには沢山の流れ星が流れていて、まるで宇宙の中を歩いている様な気分になる。



「今からキミが行く世界はキミが元いた世界とは違って、魔物がいる危険な世界だ。でも、ううん……それだからこそ、みんな手を取り合ってお互いに声を掛け会いながら一生懸命生きている。中にはもちろん悪い事をする人や、どうしようもなく悲しい事や辛い事もあるけれど、その分だけ優しい人も沢山いるし、綺麗なものも沢山あるの」

「神様はその世界が好きなの?」

「そうだね。もちろんどの世界も大切だけれど、一番好きな世界はどこかって聞かれたらここだって言っちゃうかな。あ、でも…私がこう言ってたのは秘密だよ? 神様はみんなに平等じゃないといけないんだから」



 神様は唇に人差し指を当ててしーっと言う。

 僕も神様の真似をして唇に人差し指を当ててしーっと言った。



「それでね、今からキミが行く世界には沢山の神様がいて、その神様がみんなに加護っていう不思議な力を与えてくれるの」

「かご?」

「そう、加護。例えば水の中でも自由に息が出来る加護とか、空を飛べる加護とか色々あるんだよ」

「すごい! 僕も空飛びたい!」

「そっかそっか。キミは空が好き?」

「うん! ヒコーキから見たお空が凄く綺麗だった!」

「それじゃあ空を司る神様に君が空を飛べるようになる様に、お願いしておいてあげるね」

「良いの!?」

「うん。さっき私を慰めてくれたお礼」

「すごい! 神様すごい! シャチョーみたい!」

「え? そうかなぁ?」

「うん! すごいよ! 多分シャチョーよりもすごい! ソーリダイジンよりすごい!!」



 お母さんが空を飛ぶには大きな翼が必要で、昔の人はその大きな翼を作るために凄く頑張ったって言っていた。

 そのぐらい空を飛ぶのは難しい事なのに、空を飛べる様にしてくれる神様にお願いが出来るだなんて、この神様は凄い神様だと思う。

 多分赤レンジャーより凄い!



「えぇ? 照れるなぁ。よし、それじゃあ特別の特別に、キミには私の加護もあげちゃおう!」

「神様の加護?」

「そう。【全てを与えるもの】でもある私の加護は全てを知る力。まぁ、簡単に言えば、他の人よりもちょっと物知りになれる力かな」

「それって凄いの?」

「どうだろう? 力っていうのはそれを使う人次第だから、私からは何とも言えないかな。もしかしたら知りたかった事を知れるかもだし、知りたくない事を知ってしまう事もあるかもしれない。でも、知識は皆の前に平等だ。だから、全ては在真(アルマ)君、キミ次第だとも言えるね」

「ん〜………よくわかんない」

「あははは。キミには少し難しかったかな、でも、加護は使うも使わないも君たち次第だから、持っておいても損は無いと思うよ」

「そっか。それじゃあもらっておくね」

「うん、それが良いと思うよ。………よし、到着だ」



 僕の手を引いていた神様はそう言って足を止めた。

 ついさっきまでは沢山の流れ星の中を歩いていたのに、僕たちの下にはチキューみたいな星が見える。

 よーく目を凝らして見てみると、綺麗な海や燃える火山、猫さんの耳が生えた人や、トカゲさんの尻尾を生やした人や、剣を持っている人、それに杖を持っている人とか、赤い髪の人、色んな人が見えた。



「これからキミをこの世界に送るけれど、いきなり一人で生きて行けって言われても難しいだろうから、優しいお姉さんのところに送ってあげる。そのお姉さんは一見すると怖い人に見えるかもだけれど、優しくて強いお姉さんだから、十分に頼ると良い。きっとキミの力になってくれると思うよ」

「うん、分かった!」

「それと、この世界の言葉が分からないと困るだろうから、そのお姉さんの話せる言葉をキミにも教えてあげよう。あぁ…それと、魔物に襲われても最低限の対処は出来た方が良いか。あとはキミにはこの世界を愛して欲しいから、色んな人に好かれやすくなる力と………それと長生きもして欲しいからあんまり病気にはならない様にしてあげよう。あとはえーっと…」

「神様にはまた会える?」



 神様が僕に色々くれるみたいだけれど、もうこの神様には会えないのだろうか。

 せっかく仲良くなったのに、もう会えないのは嫌だなぁ。



「あぁ、もう! 可愛いなぁ。よし、特別の特別の特別に、キミを私の使徒にしてあげよう!」

「シトってなに?」

「使徒って言うのはそうだなぁ………。例えば、使徒は私に近しい存在で、神である私にはいつでも使徒が何をしているのか分かるし、キミが私に会いたいと思えば私の方から会いに行く事も出来る。まぁ、ざっくり言うとメル友みたいなものかな」

「メルトモって?」

「あぁ、最近の子は知らないのか。メル友って言うのは、遠く離れていても仲良しな友達のこと……かな?」

「それじゃあ僕、神様のメル友になる!」

「よしよし、正確にはメル友じゃないけれど、それじゃあ私の使徒にしてあげよう」

「よろしくね! 神様!!」

「うん。よろしくねー。それと……よし、これで最後かな」



 神様はそう言うと、優しい顔で僕の頭に手を置いてゆっくりと撫でながら話を始める。

 その神様の手は暖かくて、なんだかお父さんやお母さんに頭を撫でてもらっている様な気がした。



「これから先、キミは長い長い旅をする事になる。その長い旅はキミに何度も辛い経験をさせ、何度もキミを絶望の淵に叩き落とすだろう。でも、そんな時こそ思い出して欲しい。キミの周りにはキミを大事に思ってくれる人が必ずいるし、キミのいる世界はとても美しく素晴らしい世界だ。その点においてはこの私が保証する。キミが大人になって奥さんが出来て子供も出来て、ふとこれまでの旅路を振り返った時に今まで良い人生だった。あぁ、幸せだったな。そう思える日がきっと来るはずだ。だからどんなに辛くても歩みを止めずに頑張って欲しい。それが私、【母なる女神レアー】からのお願いかな」

「うん。分かった! 僕頑張るよ!」

「よし。それと、とある人達からキミに伝言だ」

「伝言? 僕に?」

「そう、キミに。伝言を受け取る準備は良いかな?」

「うん。大丈夫だよ」

「よし、それじゃあ一人目だ。在真アルマ)、体には気をつけて元気でやれよ。それと女の子には優しくな」

「そ、それって…」



 僕は神様に誰の伝言なのか尋ねようとしたが、神様は何も答えてくれない。

 そのまま二人目の伝言を話し始めた。



「ある、どんな時も感謝を忘れない優しい子でいてね。あと、野菜もちゃんと食べないとダメだよ。それと、どうか幸せになってね……だってさ」

「分かった、僕頑張るよ。女の子に優しくして、ちゃんとお礼を言って、野菜もちゃんと食べて幸せになるよ!」

「……うん。どうやら何の心配も要らないみたいだね。よし、それじゃあそろそろ行こうか!」

「うん! ありがとう神様! 僕、精一杯頑張るよ!」

「良い子だ。それではアルマ、キミを私の愛する世界の一つに招待しよう! キミの旅路がより良いものになる事を私は願っている! さぁ、旅立つのだ! 優しき少年よ! キミの未来に幸があらん事を!!」



 新しい世界は危ない事があるって聞いてちょっとだけ不安だけど、神様が見守ってくれていればきっと大丈夫!

 だって僕はお父さんとお母さんの息子だもん!



「うん! 行って来ます!!」



 僕はそう言って新しい世界に足を踏み入れた。

 そして最後に………



「「行ってらっしゃい。頑張れよ!(頑張ってね!)」」



 これから新しい世界で旅をする僕の背中を、お父さんとお母さんが優しく押してくれた気がした。




 ◇◇◇




 魔術【初級火魔法】を習得しました。

 魔術【初級水魔法】を習得しました。

 魔術【初級風魔法】を習得しました。

 魔術【初級土魔法】を習得しました。

 魔術【初級回復魔法】を習得しました。

 スキル【身体強化】を習得しました。

 スキル【初級剣術】を習得しました。

 スキル【初級槍術】を習得しました。

 スキル【初級拳闘術】を習得しました。

 スキル【見切り】を習得しました。

 スキル【病魔耐性】を習得しました。

 スキル【センティラスト語】を習得しました。


 クラス【英雄】を獲得しました。

 クラス【母なる女神レアーの使徒】を獲得しました。

 一定条件を満たしたため、クラス【初級魔術師】を獲得しました。

 一定条件を満たしたため、クラス【初級戦士】を獲得しました。

 一定条件を満たしたため、クラス【来訪者】を獲得しました。

 一定条件を満たしたため、プロミネントクラス【神童】を獲得しました。


 女神レアーより【母なる女神レアーの恩恵】を授かりました。

 これにより、スキル【世界知】を習得しました。

 女神レアーより【母なる女神レアーの天啓】を授かりました。

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