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鳥居強衛門(とりいすねえもん)

本日より長篠の戦い編のみ投稿します。なのでいつもより早めにまたお休み期間に入ります。

 翌日、織田軍は岡崎城を出発して長篠城を目指した。昨晩に一足早く出て行った鳥居強衛門はすでに到着している頃かもしれない。

 移動中に駕籠のなかでぼーっとしていると、いつものように突然ソフィアが目の前に現れた。


「武さん、こんにちは!」

「キュキュン(はいこんにちは)」


 でも、今日の妖精女神様は登場するなりどこかそわそわしている。口に手を添えながらぼそぼそと何やら話しかけて来た。


「あの。これってもしかして長篠に向かってるんですか?」

「キュウン(そうだけど)」

「やっぱり!」


 ある程度しかこちらの状況を把握していないらしい女神は、詳細が分かるなり目を輝かせた。


「いや~長篠の戦い、楽しみにしてたんですよ!」

「キュウンキュン? (楽しみにしてた?)」

「はい!」


 確かに長篠の戦いは俺も知っているくらい有名な出来事だけど。


「キュキュンキュウン。キュンキュキュン(いくら似てるって言ってもここは別世界だろ。長篠の戦いが起きない可能性だってあったんじゃねえの)」


 するとソフィアが、ドヤ顔で人差し指を左右に振った。


「ちっち、甘いですねえ武さん。歴史上の出来事というのはどれも起こるべくして起こるんです。あの世界と似た様な条件さえ揃えば、長篠の戦いが発生することも分かっちゃうんですよ。今までだってそうだったでしょ?」

「キュキュンキュン、キュウンキュン(んなこと言われても、俺は日本史の知識皆無だからな)」


 本当に有名だった出来事しか知らない。だから、これまで日本と完全に同じ歴史をたどっているかどうかだってわからない。

 長篠の戦いだって覚えてはいたけど、どういった経緯があって起きたかとかまでは分かっていなかったから、これから向かう場所でそれが起きるとは全く認識していなかった。


「キュキュンキュン、キュウンキュキュンキュンキュウン(ていうかお前も懲りねえな、姉川の戦いを鑑賞した時も人が死ぬところを見てテンション下がってたじゃねえか)」

「そ、それは~あはは……」


 たまに聡明で、人の心の機微にとても敏感な女神らしい一面を見せる一方で、こいつにはどうもこういう少し抜けたようなところがある。

 庶民派女神ソフィア様は大河ドラマがお好きらしく、向こうの世界で有名だった戦やらを見たがる傾向にある。でも、俺たちの目の前で起きているドラマは作り物なんかじゃない。

 致命傷を負った足軽も、首を取られた武将も皆本当に死んでしまうのだ。


 それがわからないはずもないのに、目の前で本物の戦を見られるという興奮の前にあっては忘れてしまいがちになるらしい。

 そこで突然ソフィアが目を大きく見開いた。


「あっ、ということはもうそろそろあれがあるのでは!?」

「キュン? (あれ?)」


 俺の疑問も無視して、ソフィアはどこからか取り出したいつもの杖を振り、姉川の戦いを鑑賞した時のものと同じような鏡を出した。姉川の時のように、ここから長篠の戦いを観戦する気なのだろう。


「キュ、キュキュンキュンキュウン?(お前、下界の者に干渉するのは嫌だ的なこと言ってなかったか?)」

「干渉していませんよ? ここから観るだけです!」

「キュン、キュンキュキュンキュン(俺に、俺だけじゃ得られないような情報を与えるのはどうなんだよ)」

「まあまあ細かいことはいいじゃないですか!」

「……(……)」


 確かに、俺が得た情報を使った上で指示を出すなどして戦闘に参加し、かつ結果を変えなければそこまでの影響にはならないんだろうけど。まあ俺としては構わないから別にいい。もう何も言わないことにした。


「キュウン。キュキュン(まあいいけどさ。まだ戦は始まってもないだろ)」

「長篠の戦いはね、始まる前から名場面があるんです」

「キュ(ほう)」


 と言いつつ、ソフィアの顔は浮かない。


「キュキュンキュン(何でそこでテンション下がるんだよ)」

「あ。いえ、先ほどの武さんの言葉があるので……」

「?」


 首を傾げて続きを促すと、ぽりぽりと頬を指で掻きつつ、苦笑いで応えた。


「長篠の戦いは始まる前に一つ有名な出来事があるんですけど、日本の歴史で言うと多少残酷な終わり方をするので」

「キュウン(なるほどな)」


 よくわからんけど、人が斬られたり死んだり、とにかく血を流すということなんだと思う。それで俺の言葉を思い出して、鏡の中で傷つく誰かの姿を思い浮かべて悲しくなってしまったということだろう。


「うん。今回はもう観るのを止めますね……」

「キュンキュン(いやいや)」


 しゅんとしながら鏡を消そうとするソフィアを慌てて止めた。

 そこまで言われたら気になるし、それでなくてもいつも戦の間は本陣で待機するしかなく、ぶっちゃけ暇な俺にとっては是非とも観たいものではある。


「だって、きっと痛くて辛い終わり方をしますし……たしかに女神として、興味本位で観ていいものではありませんでした」

「キュキュン(そんなことないって)」

「私は女神失格です……」

「キュウンキュンキュン。キュンキュンキュキュン(お前が俺の担当をしてくれて本当に良かったって思ってる。もうお前以外の女神なんて考えられない)」

「もう、二度とこのようなことはしません」

「キュウンキュン(そこを何とかお願いします)」


 何かどこぞのカップルの別れ話みたいなそうでないような感じになってる。そんなやり取りを繰り返すこと数十分。ようやく長篠の戦いを観戦するという方向で話がまとまった。

 再度鏡を出現させたソフィアは、俺の横に座ってせんべいを食べながら観戦をする構えだ。さっきまでのしおらしさはどこへ……。


「あら。このおせんべい、おいしいですね」

「キュキュン(そりゃよかった)」

「武さんも食べますか?」

「キュウン(食べません)」


 ゆったりと変わらないペースで進む駕籠の中。ソフィアの鏡は長篠城と思われる城の前を映し始めていた。


 〇 〇 〇


 視点はそのまま、城から少し離れたところにある陣地の中に変わる。そこには旗印から考えて武田家の武将と思われる男とその部下、そして何やら見覚えのある顔が一人いた。


「キュキュン(鳥居何とかじゃん)」


 それはつい先日、長篠城への救援を要請しに岡崎城までやって来た男だった。鳥居何とかは縄で捕らえられ、武将の前に正座をさせられている。そしてその尻からはどういうわけかとうもろこしが生えていた。いや本当にどういうわけだよ。

 武将は腕を組んだまま立ち、鳥居を見下ろしながら言った。


「もう一度聞く。貴様は長篠城からの刺客であり、岡崎城まで援軍を要請しに行ったと」


 すると鳥居は口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべて答えた。


「そうだ! そして織田徳川連合軍はもうすぐここに到着する! 早く撤退せねば如何に武田と言えどどうにもなるまい! がっはっは!」

「そうか……おい」

「はっ」


 武将に促され、短く返事をした足軽は鳥居に尻に差し込まれたとうもろこしを、こともあろうに勢いよく蹴り上げた。


「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


 鳥居強衛門の断末魔が武田陣営に響き渡る。


「おおっ、これはすごいプレ……いや激しい拷問ですね!」

「……(……)」


 明らかに興味津々なソフィアの瞳が爛々と輝いている。呆れて言葉の出て来ない俺を差し置いて鏡の中の活劇は進んで行く。

 激しい拷問を受けた鳥居は、それでも屈することなく顔を上げて武将を睨みつけていた。


「今更命など惜しまん、故に何度でも言おう。私は織田徳川の刺客で、援軍がもうすぐ長篠城へ到着する!」


 しかし意外なことに武将は憤慨することもなく顎髭を撫でながら、静かに鳥居を見つめていた。


「ふむ。その豪胆さ、敵ながら真に天晴なり。殺すには惜しい命のような気もするが……さて」


 そこでその武将は後ろにいる何かの方へと振り返った。


「父上! この者をどう致しましょう?」


 するとそこから陣を囲む布をめくって、何かが入って来た。鳥居強衛門だけでなく俺とソフィアも、それを見て思わず目をひんむいてしまう。


「「ええっ!?」」


 そう、鏡に映し出されたのは……。

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