親子の再会
戦後処理等を全て終えて美濃へと帰って来た織田軍はひとまず解散。俺と六助はお市に会わせるべく、浅井三姉妹を帰蝶の屋敷へと連れて行くことにした。
「あねうえ、つぎはわたし……」
「えー! さっきかわったばっかりじゃん!」
「……」
屋敷への道中、初と江が順番に俺を抱っこしている。一方でそわそわしている茶々からは「私も抱っこしたい」オーラを強烈に感じるのだけど、長女だから我慢しているのか中々言い出せないらしかった。
女の子が自分を巡って争っているなんて、人によっては男が一度は夢見るシチュエーションのはず。なのになんでだろう、全然嬉しくない……。
「くうっ。幼子相手とはいえ、プニ長様を占有されてしまうとは、この六助一生の不覚……!」
「キュキュンキュン(子供相手に本気になるな)」
涙しながら歩く六助にツッコミをいれるも、その言葉を訳してくれる女神はいなくなっている。
別の世界に行かなければならない時間ぎりぎりまでだらしない顔で三姉妹を見守っていたソフィアだったけど、さすがに仕事の放棄まではしない。時間が来てしまえば血涙を流しながら旅立っていった。
「これから空き時間は全てこちらの世界に来ますので」と言っていたけど、正直知らんがなという感想しかない。女神と言えどプライベートな時間の使い方は人それぞれだ。
で、今日は今のところ来ていない。どうやらどうにも時間が作れないくらい忙しい日もあるらしかった。
屋敷に着くとすでに連絡が行っていたらしく、早々に帰蝶とお市が出迎えてくれた。お市は今にも泣き出しそうな表情をしている。
「お帰りなさいませ、プニ長様」
「あんたたち……!」
顔を合わせるなり、帰蝶はいつも通りの挨拶を。お市はまるで心の堤防が決壊したかのように、顔をくしゃっと崩して三姉妹にかけよった。一応言っておくとこの場には司寿六助さんもいらっしゃる。
「ははうえー!」
「ははうえだー!」
「ははうえ……」
茶々はお市と同じように、泣きながら勢いよく抱きついた。初は元気にぴょこんと、江は静かに歩み寄るだけだ。
帰蝶から、お市はちょこちょこ子供たちを心配していたと聞いている。でもお互いに生きているだけでましなこの厳しい世界で、自分だけそんな泣き言を他の人に聞かせるわけにはいかなかったのだろう。
それに、一応は人質という立場上の問題もある。
しかし、実際に子供たちと会えば安堵して緊張の糸が切れ、気持ちを抑えられなくなったといったところか。帰蝶も目が潤んでいるし、俺もこうして親子の再会を眺めていると泣いてしまいそうだ。
「皆元気で良かったね、お市ちゃん」
「うん……!」
返事も涙で言葉の形を成すことが出来ていない。
しばらく四人を眺めていると、ようやく涙が止まり始めたお市が、赤い目をこすりながら初と江に尋ねた。
「あんたたち、また茶々にたくさん迷惑かけたんでしょ」
「え、かけてないよ!」
「初はかけてた……きづいてないだけ」
「え! そうなの? いってよあねうえー!」
「ひぐっ……ぐすっ……」
茶々はまだお市の胸で泣きじゃくっている。母親に甘えたい年頃だろうに、長女というだけで色んなものを我慢してきたであろうことは想像に難くない。
そしてその傍らには、静かに彼女らを見守る元浅井家当主の姿があった。
「…………」
「あ! 長政だ!」
初が元気に指を差すと、モフ政はふりふりと尻尾を振り始める。
「長政、元気にしてた!?」
「ハッハッ」
正面から両前足の付け根を持つ形で初が抱き上げると、モフ政はやはり全く抵抗することもなくただ舌だけを出していた。どうでもいいけど子供たちにまで完全に犬扱いされてるな。まあ犬なんだけど。
江もゆらりとそちらの方へ歩み寄る。
「長政」
「もうね、そいつは長政じゃないのよ。モフ政って名前になったの」
「モフ政! 可愛い!」
「モフ政……」
そこからモフ政は初と江におもちゃにされる運びとなった。けど、そこで一人その輪に入らない子もいる。
「……」
茶々だ。
「……」
「……」
……めっちゃ見てる……。
ずっと妹たちに抱っこさせてたから、俺が空いている今の内に自分もしておきたいんだろう。ただ、一部を除いて一応は織田家当主として扱われていているから遠慮しているのかもしれない。
子供なんだからもうちょっとわがままでいいと思うんだけどな。まあこの世界じゃ無理もないことか。とにかく、この場はかわいそうなのでどうにか抱っこをさせてあげたいところだ。
すくっと身体を起こして数歩分近付いて見上げる。目が合った。
「……」
やはりじっと見るだけで触れてはこない。ならば。
「キュウ~ン(きゅるりんビ~ム)」
「……!」
この技にかかれば、人類なら思わず抱っこせずにはいられないはず。どう見ても人類の子供である茶々には効果てきめんらしい。ふらふらっとこちらに歩み寄ってきて、作戦は成功かに思われた。
でもそこで何かを見た茶々の動きがぴたりと止まる。視線を追ってみれば、そこには静かに皆を見守っていた帰蝶がいた。
帰蝶もこちらに気付き、茶々に静かに微笑みかける。
「う……」
「どうしたの?」
近づいて膝を折り、目線を合わせてあげる帰蝶。対する茶々はうろたえ、俯いてしまう。
「ご、ごめんなさい」
「プニプニやモフモフを賜りたいんだったら、大丈夫だよ」
「え? でも」
「プニ長様は寛大な御方だから怒ったりしないよ。それに、皆がそうやって遠慮してたら誰も触れなくて、プニ長様が寂しいでしょ?」
「うん」
「だから、たまに茶々ちゃんがプニ長様と触れ合ってくれたら私も嬉しいな」
やっぱり帰蝶はすごいな。なるべく遠慮しなくて済むような言い回しが出来る気配りとコミュ力だけじゃなくて、「茶々ちゃん」を噛まずに言えたことが本当にすごい。俺には無理。
「ほんとうによろしいのですか?」
「うん。だからほら、早速モフモフして差し上げて?」
「は、はい」
茶々は俺に歩み寄り、遠慮がちにそろっと抱き上げる。するとさっきまで曇っていた表情が一気に晴れた。俺を見つめながら、ゆっくりと身体を揺さぶるように腕を動かしている。
「かわいい」
「ふふ。そういう時はね、いと尊しって言うのよ」
「いととうとしです」
「このお腹の辺りなんておすすめだよ」
「こうですか?」
茶々がお腹に頬をこすりつけてきた。くすぐったい。
「どう?」
「すごくやわらかくてきもちいいです」
「そっか」
その後もしばらく、どこを触ると気持ちいいだとか肉球はどうとか、帰蝶による初心者の為のプニモフ講座が続いた。
「あーっ!」
突然の叫び声に三人で振り返ると初がこちらを指差していた。
「あねうえずるい! わたしもモフモフする!」
そう言って駆けよってきた初に茶々が俺を譲ろうとする。
「こら、初! あんたと江はここに来る途中でも抱っこしてたんでしょ、茶々に譲ってあげなさい」
「え、なんでしってるの!? 六助さまにきいたの?」
「聞かなくてもわかるわよ。母親なんだから」
「しょうがないなあ、あねうえいいよ」
やんわりと拒否され、俺は再び茶々の腕の中に戻った。
「ほら、あんたと江はしばらくモフ政で我慢しなさい」
「ワウ」
お市がモフ政を初と江に差し出す。いやいや、モフ政の扱いどうなってんだよ。
「ちぇー」
「でも、これはこれで……」
初が渋々といった様子で受け取り、江が頭を撫でる。モフ政のモフモフも中々のものだから悪くはないといった感じだ。
「ははうえ、ありがとう」
「あんたも子供らしく、もうちょっとわがままを言いなさい」
そう言って優しく茶々の頭を撫でるお市は、紛れもない一人の母としての顔をしていた。