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一乗谷へ

「はっはっは! いいぞ立てろ立てろ! どんどん立てろぉ!」

「キャイキャイン! (恥ずかしいからやめて!)」

「プニ長様も大変喜んでおいでです!」

「キャンキャン! (いい加減なこと言ってんじゃねえよ!)」

「そうでしょうそうでしょう!」


 ノリに乗っている六助に抗議したところで、ソフィアが訳してくれないので全くの無駄どころか助長にすらなっている気がする。

 軍議にて焼き討ちなし、「プニ長登場」「ぼくがプニ長だよ」の旗を立てることで方針を決定した織田軍の行動は速かった。というより、朝倉軍の抵抗があまりにもささやかだった、という方が正しいか。

 軍議の翌日、特に何の問題もなく一乗谷の城下町に突入した織田軍は、焼き討ちを恐れて逃げ惑う町民たちを眺めながら、恥ずかしい旗を立てまくっている。しかしどんな世界、どんな場所にも変わり者というのはいるもので。


「わしゃ何があってもここを動かんぞ!」


 家の前で立ったまま動かない老人がいた。ソフィアが近寄り挨拶をする。


「あら、おじいさん。こんにちは」

「な、何じゃこの変な生き物は」

「変な……」


 「お犬様に付き添う妖精様」の存在は知名度も地域等によってまちまちらしい。そもそもお犬様の知名度がそうだし、モフ政みたいに妖精が常に付いてるわけじゃないしな。

 愕然とするソフィアを置いて、六助もこちらに近寄りじいさんに声をかける。


「我々は略奪をする気はない。心配せずともここに居たからと言って殺されるようなことはないぞ」

「嘘をつけ。なら何で皆一目散に逃げとるんじゃ」

「それは……」


 実際、その答えは聞かれたところで俺たちにもわからない。町に近付いた瞬間、何もしていないのに民衆が勝手に逃げ出したからだ。俺が何も言わなければ家臣団は焼き討ちをしてたわけだからある意味正解だけど。

 まあ思い当たる節がないではない。織田家が比叡山を焼き払った件は日本中に広まっているだろうし、その際に逃げるように下山して来た敵兵も斬っている。それに朝倉家も民衆に対して何か吹き込んでいるかもしれない。

 六助は弁解すべきか迷っているのだろう、中々後が続かない。その隙に立ち直ったソフィアが割って入る。


「本当ですよ、旗を立ててるだけですから安心してください!」

「変な生き物の言う事なんか信用できんわい」

「ええっ……」


 またもショックを受けた様子のソフィアは、両拳を目に当てながらこちらに飛んで来た。


「わ~ん! プニ長様、おじいさんがいじめます!」

「キュキュンキュキュン(女神が一般市民に泣かされてどうする)」

「こうすれば『何!? 俺のソフィアがやられた!? 死刑!』って言ってくださるかと思って……」

「キュキュウン(俺には帰蝶がいるんで)」


 取り付く島もなく、じいさんは最終的に放置することにした。略奪はしていないから死ぬこともないだろう。

 一通り恥ずかしい旗を立て終わった最低な街並みを眺めながら、六助が真剣な表情で口を開く。


「さて、旗はこのくらいでいいでしょう。もたもたしていれば朝倉義景に逃げられてしまいます。忙しなくなりますが、このままの勢いで一乗谷城へと突入してしまいましょう」

「キュン(うん〇)」

「うん〇、だそうです!」

「キュキュンキュン(そこはちゃんと訳すのかよ)」

「何ですと!? 了解致しました、すぐ厠にお連れします!」


 俺は興奮する六助から逃げ出すために、大地を蹴った。


 それから流れるように一乗谷城へと突入したものの、朝倉軍の兵はせいぜい数百名といったところで、市街地と同じく目立った抵抗はなかった。


「足下にお気をつけください」


 俺もあっさりと一乗谷城に入城。とはいっても特にすることはない。六助に促されて観光がてらに足を踏み入れてみただけだ。


「こちらが朝倉義景めの寝室にございます」

「キュキュン(知らんがな)」

「プニ長様の部屋とそれほどの違いはありませんね」


 部屋に入るなり、ソフィアは軽快に飛び回ってあちこちを観察している。俺は特に興味もないのでその辺に寝転ぶと、六助が目の前で座った。


「ところで。当の義景なのですが、未だに首を獲れておりません」

「キュ~ン(ふ~ん)」

「ふ~ん、ですって。あまり興味をお持ちではないようです!」

「そうでしたか。首を楽しみにしていらっしゃったかと思っておりましたので」

「キュキュンキュン(俺はどういうキャラ設定なんだよ)」


 実際に生首を持ってこられてもドン引きする以外の反応を出来る気がしない。そう思っていたら、ソフィアがぎゅいんとこちらに戻って来て解説をする。


「この世界なら、敵の生首を手に入れて喜ぶ人の一人や二人いると思いますよ? とある方などは敵の頭蓋骨を薄濃にして酒の肴にしたという話もあるくらいです」

「キュン(こわ)」


 そんなことしたら逆に酒がまずくなりそうだけどなあ、まあそういう世界だってことにしておこう。

 ソフィアと話を終えたところで六助に視線を戻すと、何故かその表情には明らかに陰りがあったので尋ねてみた。


「キュキュン? (どうしたんだ?)」

「どうしたんだい? 元気がないじゃないか」とソフィアがお髭を生やしたナイスミドル風に訳す。

「いえ、義景めを逃してしまい、誠に申し訳ございません」


 そうか、首を獲れてないってことはそういうことになるのか。


「キュンキュン(別にいいよ)」

「お許しになられるそうです!」

「寛大な御心、いと尊しにございます」


 申し訳なさそうに、座ったまま一礼をする六助。だって生首持ってこられても怖いだけで困るし……思いながら寝転ぶと、六助は聞いてもいないのに勝手に事情を説明し始めた。


「我々がここに攻め入った時点で、義景はすでに城を出ていたものと思われます。家臣の手引きでどこかにかくまわれているのでしょう」

「キュン(ふむ)」

「とはいえ、もう朝倉家そのものは終わったも同然です。義景の捜索は継続するにしても、そこまで気に留める必要もないでしょう。これで浅井家の小谷城攻略に全力を注げます」

「キュン(了解)」


 というわけで朝倉家を実質的な壊滅状態に追いやった織田軍主力部隊は、そのまま反転して小谷城方面へと引き返すことに。ところがその数日後、戦後処理を誰に任せるかなどが決まり、移動する為の準備を始めていた時だった。

 六助が笑顔で息を切らしながら天幕に飛び込んで来た。


「プニ長様、朗報です! 義景が家臣の裏切りによって自害に追い込まれ、その家臣が義景の首を持参して来ました! こちらです!」


 と言って上げた右手には義景の首が握られている。びびった俺は思わず声にならない声をあげてしまった。


「キャインキャイン!」

「きゃ~!」


 ソフィアの悲鳴はわざとらしく、びびってはいないみたいだ。


「プニ長様は何と!?」

「大変お喜びになっておいでです!」

「キャンキャン! (どこがじゃボケ!)」


 するとソフィアは六助の手から義景の首を奪い取り、髪の毛を両手で掴んで垂らす形で俺の方へ運んで来た。


「ほ~らプニ長様、宿敵の首ですよ~」

「キャンキャンキャイン! (おいやめろバカ!)」

「よっぽど嬉しいんですね! ほら、思う存分にご覧になってください!」

「キャインキャイン! (本当にやめて!)」


 こいつこういうグロいのとか女神的な意味で好きじゃないはずなのに、俺をからかいたい気持ちが勝ってやがる。

 本当に喜んでいると勘違いして微笑む六助や馬廻衆に見守られながら、俺は割と本気で逃げ惑ったのであった。

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