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叱責

「あれほど言ったのに……全く柴田殿たちと来たら」


 一晩と更に一日をかけて徹底的に朝倉軍を追撃した織田軍は、明後日の朝になってようやく休息を取るに至った。

 敵兵の鼻の中に大量の味噌を詰めることで幾分か心が晴れた様子の六助は、ようやくいつもの感じに戻っている。今は先手に配置されていた武将たちを俺の陣に集めて叱責しようとしているところだ。

 正直他でやって欲しいけどソフィアがいないので文句も言えない。柴田、秀吉、丹羽、佐久間、滝川を前に、子供のように頬を膨らませてプリプリと怒る六助を寝転びながら眺めていた。


「いやはや、申し開きの仕様もないでござる」

「私としましては、六助殿があまりにも出遅れるなというのを強調するものですから、むしろ出遅れて欲しいのかと」


 真面目で誠実な柴田は言い訳すらしない。対して秀吉は思っていたことをそのまま説明した。


「丹羽殿、佐久間殿、滝川殿は如何なされたのですか?」

「天正元年八の月のとある晩、丹羽五郎左の陣営に睡魔なる者がやってきた。それはまるで夏の夜空を覆う雲のように我々に襲いかかり、誰もが心地よく深い眠りへと誘われてしまった。もちろん長である五郎左とて例外ではない。淡く輝く月に見守られながら溶けゆく意識は、次第に深い深い闇の中へと流れる。気付けば」

「丹羽殿も寝坊と。わかりましたもういいです、佐久間殿と滝川殿は」

「まあ大体似たようなものです」


 と言いながら、ぽりぽりと頬をかく滝川の目線が泳いでいる。


「……目が泳いでますぞ」

「え、いえそんなことは」

「昨晩はお楽しみでしたかな?」


 六助に迫られて俯き押し黙る滝川。

 この世界での「お楽しみ」は、戦場においては男同士でするものらしい。以前にどこかで聞いたことがある。とある理由から戦場に女性を連れてくるわけにはいかないので、武将はそういった相手として美男子を連れてくるんだとか。

 とは言ってもこっそり抜け出して宿場町で女性と致したのかもしれない。その辺は俺にはよくわからない。

 そこで真剣な表情をした柴田が一歩前に出た。


「六助殿、かくなる上は拙者たちで二百回の腕立て伏せをすることで責任を取ろうと思うでござる」

「に、二百回……!?」


 秀吉が目をひんむいた。こいつはどう見ても体力がなさそうなので腕立て伏せは相当きついということだろう。

 しかし、六助は無言で首を横に振る。


「二百回程度で私の腹の虫が収まるとお考えですか? そもそも重要なのはそこではありません。先手を担った皆さんがそれでは、他の者たちにも示しが」

「ならば五百回」

「いえだからそう言う問題では」

「ならば千回でどうでござるか!?」

「お待ちください柴田殿! それ以上は……!」


 必死の形相で柴田を止めにかかる秀吉。今にも泣き出しそうだ。


「い、一万回と言ったら?」

「のったでござる!」

「のらないでくださいよもぉ!」


 面白そうだと気付いた六助の悪ノリに乗っかる形で、家臣団でも特に重臣と呼ばれるやつらの腕立て伏せ大会が決定した。




「な、何でわしまでこんな目に」

「いや、お見事な腕立て伏せでしたぞ」


 地に横たわったまま息を荒げる佐久間に、六助はご満悦の様子だ。

 結局「反省! 腕立て伏せ大会」は昨日から今日にまでかけて行われた。既に山の稜線に赤みが帯びているとはいえ、今日中に終えることが出来たのはむしろ褒めるべきだと思う。

 織田軍全体としては今日、明日と兵に休みを与えている。ゆっくり英気を養って一気に朝倉の本拠地、越前の一乗谷へと乗り込む予定だ。


「…………」

「全く以てお主は鍛錬が足りんでござるなあ」


 もはや倒れたままぴくりとも動かない秀吉。対照的に柴田は腕組みをしながら直立していて、汗をかいてはいるもののまだまだ余力がありそうだ。

 柴田を除いてぐったりとしている重臣たちを眺めながら、六助は満足そうに一つうなずいた。


「約束通り、これで今回の失態は不問と致しましょう」

「かたじけのうござる」


 動く気力のある柴田だけが丁寧に一礼をした。


「ひとまずは明日一日しっかり休息を取り、また明後日から始まる朝倉との最後の戦に向けて英気を養ってください」




 そして翌々日。ほとんどのやつは二日、柴田たちは一日休んでからの軍議が執り行われた。


「して、これからどうするおつもりでござるか?」

「どうする、とは言っても後は一乗谷を攻めるしかないかと」

「拙者もそう思うのでござるが、ここでいつも通り真正面から突撃と言えば叱責を受けるものかと」


 六助の返事に、柴田はほおを指でかきながら言った。


「柴田殿も随分と学習なされたようで」

「貴様に上からものを言われる筋合いはないわ」


 お決まりのやり取りをさらりと流して秀吉は続ける。


「もちろんただ真正面から突っ込むわけではありません。最も新しい報せによれば現在、越前国内で朝倉家に味方をしようとする勢力は激減。加担しそうな平泉寺の僧兵集団も私の方で調略しておきました」

「さすがは木綿藤吉、といったところですかな」


 うんうん、と六助が笑顔でうなずく。


「情報に工作か。確かに拙者も、幾分かはハゲネズミめを見習うべきなのかもしれないでござるな」

「柴田殿……」

「か、勘違いするな。別にお主を褒めたわけではござらんからなっ」


 おっさん二人が出した良い雰囲気? を取り払うように、六助が咳ばらいをする。


「というわけで、秀吉殿のおかげで外堀を埋めることも出来ています。今回は順当に正面からの制圧で問題ないでしょう」

「のようでござるな。して、今回も街に『プニ長参上』の旗は立てるので?」

「それに関してはプニ長様に御伺いしましょうか」


 家臣団の視線が一斉にこちらに向く。

 今日はソフィアが来てくれている。普段は意思疎通が図れないので致し方無しと意見を聞かれない俺も、今日は違う。やっちゃダメなことはビシッと言ってやることが出来るというわけだ。


「プニ長様、ひとまずは一乗谷の城下町を焼き払い、その後『プニ長参上』の旗を立てるということでよろしいですか?」

「キュンキュキュン(いいわけねえだろ潰すぞコラ)」

「いいわけねえだろ、今回は参上じゃなくて登場にしろキャイ~ン! と仰っております!」


 ただ、それもソフィアがちゃんと訳してくれればの話でした。

 俺の言葉(偽)に家臣団がどよめく。


「確かに、毎度同じでは飽きるものな」

「それよりも今日の語尾はキャイ~ンなのか、いと尊し」「いと尊し」

「キュキュンキュンキュン、キュンキュ(まあ適当なこと言うのはいいけどよ、焼き払うってのはちゃんと止めてくれよな)」


 人が斬られるのは多少見慣れて来たけど、それと焼き討ちを見過ごせるかは話が違う。もし人が焼け死ぬ様なんて見たらトラウマになるかもしれない。


「かしこまりですっ!」


 滞空したままびしっと敬礼のポーズ。


「皆さん、プニ長様は旗を立てるのは大賛成でも、町を焼き払うのには反対の意思を示しておいでです!」

「おお……理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「自分の毛に火が燃え移るかもしれないからだそうです!」

「キュンキュキュン(まだ何も言ってねえだろ)」


 家臣団はまたも盛り上がりを見せる。


「プニ長様の仰ることは正しい」

「確かにあのモフモフの喪失は日の本の宝を失うに等しい」

「我々の浅はかさが恥ずかしい」「焼き討ちは中止だ」


 こいつらまじで言ってんのか。いや、でもチワワの毛が燃えると可哀そう、失ってはならない、という点では俺も同意見だし許そう。


「では『プニ長登場』というのは如何ですかな?」

「キュキュン、キュキュ(如何ですかな、じゃねえよ)」

「おお、それは素晴らしい!」「さすが六助殿じゃあ!」

「一段と尊さが増しましたな!」


 そこでソフィアがしゅたっと勢いよく挙手をした。


「私は『ぼくがプニ長だよ』もいいと思います!」

「キュキュン(悪ノリすんな)」

「おお、それもいいですな!」「どちらか選び難し」

「なら旗を二種類作ればよいのでは。ひっひっひ」

「それは名案ですな」「さすがは秀吉殿じゃあ!」


 というわけで反対する間すらなく、焼き討ち無し、二種類の旗を立てることに決定したのであった。何の決定だよそれ……。

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