義昭の陰謀
義昭と言えば、俺としては創作の中でしか見たことのなかった、「~であろ」とかいう言葉を多用したり、一人称が「麻呂」だったりする変態だ。
という個人的な事情はさておき、やつは織田家が助けたおかげで上洛し、そして室町幕府第十五代将軍の座に就くことが出来た、という経緯がある。それが敵対勢力の主導者となれば正に恩を仇で返す形だ。
「義昭様と言えば、以前織田家が上洛を助けた、あの……?」
半信半疑な様子で問う帰蝶に、家康はしっかりとうなずく。
「そうです」
「あの義昭様がどうして? 摂津での戦も、織田家側で参戦してくださったと窺っておりましたのに」
「ええ、確かにそのはずで、私も未だに信じられないというのが正直なところなのですが、今まで半蔵が持ってきてくれた情報に間違いはないので。何らかの理由で反感をかい、各勢力との争いで一時は劣勢に立たされた織田家をみて、これを機に……というのが有力でしょう」
「ニンニン……」
君主から信頼の言葉をかけられて照れる半蔵。その姿はやはり照れるおっさん以外の何者でもない。
そんな半蔵を横目に見て笑みながら家康は続けた。
「とにかく、義昭様に対してどうするかを考えつつ、今後についての対策を早急に練らなければなりません」
「どうするか、というのは……」
「比叡山を燃やした、仏をも恐れぬあの織田家です。この際将軍をやってしまったとしても、そこまでおかしくもないでしょう」
からかうような表情を見せる家康。こいつ、わかって言ってやがるな。山火事だということは他の勢力には信じてもらえなかったというのに。きっと、半蔵の手下の忍たちから漏れ聞いているのだろう。もしかしたら、柴田隊の火の不始末というところまで知っているのかもしれない。
それはともかくとして、家康は何気にとんでもないことを言っている。帰蝶もお市も、口をぽかんと開けたまま言葉を失っていた。
ややあって、帰蝶が気を取り直してから口を開く。
「家康様の仰ることもわかりますが、やはり将軍様ですし」
「ええ、そうですね。最終的にどうするかは織田家の皆様が判断されることですから。私はただ情報を持って来たまで」
「ありがとうございます。では、まず六助殿に……」
「お待ちください。そこなのです」
「え?」
ばんっと突き出された家康の手に、帰蝶が目を見開いた。
「私の個人的な意見はともかくとして、義昭様の件は、織田家としては慎重に対応すべき事案ですよね」
「はい……」
話が見えてこないので、不思議そうに、可愛らしく首を傾げる帰蝶。一方で、お市はさっきからずっと頬を朱に染め、どこか緊張した様子でびしっと正座をしたまま家康の話を聞いていた。
「ですが、六助殿にこの話を伝えたらどうなると思いますか?」
「ああ」
そこで帰蝶は、ようやく得心いったとばかりにうなずく。
「六助殿は、義昭様のことがお嫌いなのでしたか」
「そうです」
家康も元気に首を縦に振った。
「この話をかの御仁のところに持っていけば、恐らく軍議を開くまでもなく京へ進軍しようとなさるでしょう。そうなる前に、私はまずプニ長殿と帰蝶殿に……と考えたのです。ですから、六助殿がこの街にいない時間を狙って参りました」
「ニンニン……」
「そういうことなのです」と言わんばかりに、半蔵も首肯した。
俺も知らなかった。あいつ、今この街にいないのか。友達もいないのに一体何をしに出掛けているんだろう。
「さすがは家康様。聡明なお考え、見抜けずに申し訳ございませぬ」
ぺこり、と丁寧に一礼をする。それにお市も続く。
「いえいえ。どうしていいかわからずこうしてここにやって来たのですから、そんな立派なものではありません。お気になさらず」
「そのようなことは……」
「さて、申し訳ないのですが私はそろそろ」
次の言葉を探している帰蝶に気を使ったのか、家康が半ば強引に話を切って立ち上がろうとすると。
「あ、あのっ。よければ、この後一緒に、お食事でもいかかですかっ」
座ったまま突然身を乗り出して、お市がそんなことを言った。
その姿はどう考えてもアレだった。「意中の人を思い切って誘ってみました」的なやつだった。真剣な眼差しを家康に向けたまま、右手はぎゅっと強く胸元を握りしめ、息を呑んで返事を待っている。
けど、俺を含めた周囲の全員が、呆気に取られて固まったまま数瞬が過ぎると、お市は自分が何を言ったのか察して頬を朱に染め、勢いよく身体を起こした。手をぱたぱたと振りながら慌てて弁解を始める。
「あれ、えと、違うんです。そういう意味じゃなくて、もうすぐご飯の時間だしと思って、本当にそれだけで」
そんなお市を目の当たりにした帰蝶と家康は、まるで幼い子供を慈しむ母親と父親のように微笑んだ。
「そうですか、それは丁度良かった。ではお言葉に甘えてご一緒させていただきましょう。な、半蔵」
「ニンニン……」
静かにうなずいた半蔵はその後、何故か帰って行った。
場を取り繕う為に言ったものの、実際に昼飯の時間は近かった。その後も楽しく談笑していると程よい時間に飯が運ばれてくる。先程お市が知らせに行ったので、ちゃんと家康の分も用意されていた。
帰蝶と俺、お市とモフ政が向かい合って並び、お誕生日席、または審判的な位置に家康が座っている。
けど、運ばれて来た料理を見て、お市が怪訝そうに眉をひそめた。
「……六人分……?」
この城、というか少なくとも美濃においては、俺とモフ政は犬の身ながら基本的に人として数えられる。家康、帰蝶、お市、俺、モフ政なら五人分の食事が運ばれてくる、ということになるはずだ。
だから、お市が疑問に感じているのは「何故多いのか」ということ。
それぞれが同じ気持ちになって首を傾げていると、飯を運んで来た給仕たちの後ろから、ぬっと一つの影が躍り出た。
「ふっふっふ、家康殿。こちらに来ているのに友人の私に何の連絡もないとは、水臭いではありませんか!」
「これは六助殿。どうして私が来ているのがわかったのですか?」
あくまで爽やかな笑顔で対応する家康だけど、その口の端が引きつっていて、完全には動揺を隠しきれていない。
家康の話が本当なら、六助は外出先から急に引き返して来たということになってしまって不気味極まりない。俺たちの気持ちを代弁した家康の言葉に、六助は屈託のない笑顔で応えた。
「いやあ、鷹狩りに出かけていたところ、美濃の方から家康殿の気配がしまして。まさかと思い引き返して城まで来てみたら、給仕たちが家康殿がいらしていると言うではありませんか! 私も驚きましたよ!」
「キュキュンキュン(その言葉に俺たちの方が驚いたわ)」
人間、というか六助の第六感は恐ろしい。きっと鷹狩りには一人で行っていて、すごく寂しかったに違いない。本当にいるかどうかもわからない友人(仮)の気配を感じて帰って来るなんてよっぽどだ。
帰蝶は苦笑い。お市は完全にドン引きしている。モフ政はと言えばいつも通り、大人しく座ったままじっと六助を見つめていた。
「いや、たまたま美濃まで出かける用事がありまして、プニ長様を始めとした織田家の皆様お顔を拝見したくなり、足を運んだ次第です。もちろん六助殿の方にも後からお伺いしようと思っておりました」
「何と友人の私に会うためにわざわざ美濃まで!? これは照れますなあ! がっはっはっは!」
テンションと雰囲気が合っていない、俗に言う「空気が読めていない」状態な上に人の話を聞いてねえ。
どうすればいいのかと、家康すら苦笑いするしかないこの状況の中で、六助は平然と部屋に踏み入って来た。
「さあさあ、食事にしましょう。早く食べねば冷めてしまいますぞ」
家康の向かい、丁度全員で六角形になるような位置にいそいそと座る。一つ余分な食事はこいつの為のものだったらしい。
小さい台的なものが用意されていないので、こいつだけ直接床に皿を置くはめになっているが、そんなのも全くお構いなしだ。
「それではいただきましょう!」
そうしてただならぬ雰囲気のまま、食事が開始された。




