お茶目な家康
「あなたは僧兵ですか? そうですね、きええええええ!」
「うわああああっ!」
「問答無用なんていい! すごくいいよ! もっといこう! 君ならいけるよ!」
結局、明智が加わったところで暴走するやつが一人増えただけだった。
最初は明智に呑まれてテンションの下がっていた六助も、いざ検問を始めてみればこの調子だ。山から下りて来たお坊さんを、一応声はかけるものの容赦なく斬り捨てている。
止めに来たというのに全く止めることが出来なかった、という事実を反省しながら、あまり見ていて気分のいいものでもないので木陰で休んでいた。
すると休憩なのか、六助もこちらに来て俺に気付く。
「おお、プニ長様。こんな血生臭いところまで来ておられたのですか」
「キュウンキュキュン(血生臭くしたのはお前だろうが)」
「このような汚れ仕事は私共の役目、貴方様は是非本陣にお戻りください」
「キュキュン(お前が戻れ)」
どかっと俺の隣に腰かけた六助の顔はとても晴れやかだ。例えば一作業を終えて束の間の休息を楽しむ農夫みたいな。
麦わら帽子に、首にはタオル。頬を伝う汗は陽光を反射して煌々と輝き、その手にはお茶、コーヒー牛乳、あるいはコーラが握られている。もちろんそれは俺的な日本の農家イメージだけど。農家の皆さんごめんなさい。
比叡山は、なおも勢いを増して燃え続けている。この世界の文明レベルではあれを消し止めることなんて不可能だろう。象徴を破壊され、僧兵を始めとした門徒も一通り斬られ。天台宗という宗派は壊滅状態になってしまうのかもしれない。
これからの織田家はどうなるのだろうと思いつつ、一つの文化の終わりを眺めながら。俺はゆっくりと目を閉じた。
結果として比叡山への攻撃は建物を焼き払い、兵を徹底的に殲滅した形となったので、織田家は各勢力から主に非難の声をあびた。やはり天台宗の総本山である延暦寺を燃やしたという、文化財産的な面が大きかったようだ。
あの焼き討ちがただの山火事であるという事実は受け入れてもらえなかったらしい。織田家が比叡山に恨みを持っているのは明らかだし、兵を挙げて押し寄せたのも事実だからだ。
ちなみに、その後ソフィアが遊びに来てからも、あの山火事が柴田隊の火の不始末によるものであろうことは黙っておいた。今更だし、せいぜい六助を興奮させてしまうだけだろうと思ったから。
帰り道の六助はすっかり憑き物の落ちたような顔をしていたけど、織田家の情勢は厳しくなっていく一方だった。
以前として本願寺、浅井朝倉という勢力は健在だし、あの『甲斐の虎』、武田信玄も比叡山の焼き討ちを非難していたらしい。家臣に聞いた話によれば、武田信玄は信長でも恐れるくらい強いのだとか。
そんなある日、俺の部屋に来客があった。
「ニンニン……」
すっと襖を開けて現れたのは普通のおっさんこと服部半蔵だ。
「あら、服部様こんにちは」
「キュン(おっす)」
「ニンニン……」
今は部屋に俺と帰蝶、そしてお市とモフ政がいる。俺とモフ政が、それぞれ帰蝶とお市の膝の上に乗ってくつろいでいるところだ。
「え、誰これ」
「こらお市ちゃん。そんな言い方しちゃダメでしょ、武将様なんだから。徳川家に仕える、服部半蔵様よ」
「ニンニン……」
「よ、よろしくお願いします」
武将だとわかったところで、「ニンニン……」しか言わないただのおっさんだからなのか、お市は戸惑いながらも土下座みたいな挨拶をする。
それが終わると、帰蝶が話を切り出した。
「本日は一体どのようなご用件でお見えになられたのですか?」
「ニンニン……」
「……」
「……」
帰蝶が困ったようにお市の方を見るも、そのお市も首を横に振る。
「あの、申し訳ございません。私共では何と仰られているか……」
「ニンニン……」
悲しそうに肩を落とす半蔵。仕方ねえな。
「キュ、キュキュン(よし、俺に任せろ)」
「プニ長様?」
天国、もとい帰蝶の膝の上から旅立ち、半蔵の前に躍り出た。
「ニンニン……?」
「キュン(うん)」
「ニンニン……」
「キュン(うん)」
「ニンニン……!」
「キュン(うん)」
「ニンニン……」
「キュン、キュウンキュン(うん、全然わからん)」
わかるわけがなかった。そもそも、こいつの言葉がわかったとしても他の人に伝える手段がない。
ていうか何で一人で来たんだよ。言葉が通じないのはわかってるんだから、家康みたいな通訳の出来るやつと一緒に……。
などと考えていると、俺から見て半蔵の右辺りの畳が突然に勢いよく飛び上がって、中から人が現れた。
「わあ!」
轟音といきなりの出来事で、物理的な面と精神的な面の両方から、その場にいた誰もが度肝を抜かれてしまう。
「ワオ~~~~~~~~~ン! (あああああああああああ!!!!)」
「「きゃあああああああ!!!!」」
「うわあああああああああ!!!!」
「バウバウッ! バウバウッ!」
「ニンニン……」
何故か畳の中から出て来たやつまで驚いている。えっ、というかこいつは。
「キュン? (家康か?)」
「い、家康様?」
帰蝶も気付いたらしい。床下から、肩から上の部分だけを出して驚いていた家康は、頭の後ろに手をやり、悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべる。
「はは。これはお恥ずかしい。皆さんが予想以上の反応をしてくださったので、私まで驚いてしまいました」
「キュンキュキュン(何やってんだお前)」
「家康様って、あの、徳川家康様ですか!?」
瞳を輝かせながらがばっと身を乗り出した帰蝶に、家康は相変わらずな爽やかスマイルで対応した。どうでもいいけどそこから出てこいよ。
「ええ、家康様ですよ。あなた様は何と仰るのですか?」
「あっ、これは大変失礼を致しました。私、故信長の妹でお市と申します。今は一応この犬……じゃなくてプニ長の妹ということになっております」
がばっと、慌てて礼をするお市。
家康はそこでようやく床下から出てくると、ぱんぱんと服についた埃やらを払ってから半蔵の隣に回り込んで座った。畳はそのままなんかい。
「そうでしたか。いやはや、プニ長殿にこのような可憐な妹君がいらしたとは、全く存じませんでしたよ」
「か、可憐……!」
紅潮させた頬に両手をあてるお市。こんなにわかりやすく女の子している妹はあまり見たことがないので新鮮だ。
そんな彼女をニコニコと見守っていた帰蝶は、ほどなくして家康の方を向いて、柔らかく微笑む。
「それにしてもびっくりしました。家康様でもあのようなお茶目なことをなされるのですね」
「いえいえ、むしろ屋敷にいる時はいつもあんな感じですよ。忠勝なんて中々驚いてくれないものですから、いつもあれこれと趣向をこらしています」
「仲がよろしいのですね」
俺を差し置いて家康と帰蝶が何だかいい雰囲気だ。でも、帰蝶の幸せを思うのなら、このままよろしくやって家康と結婚する方がいいのかもしれない。もちろん家康は結婚しているけど、大名の一夫多妻なんて普通だし、むしろ純粋に恋をして結婚をした側室の方がのんびり生きられて幸せになりやすいらしい。
正室はほとんどが政略結婚だから、子供を産まなければ面目が丸潰れになるので結構必死なのだとか。
膝の上に戻って来た俺を撫でながら、帰蝶が話を再開する。
「それで、本日はどういったご用件なのですか?」
問われた家康は姿勢を正し、表情を引き締めた。
「先日から、本願寺や浅井朝倉を始めとした各勢力が織田家を狙っていますよね」
「はい。どうやらそのようですね」
「それらを主導しているのが現在、足利義昭様であるとの情報が入って来ました」
「えっ!?」
「キュン(まじか)」




